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第90話 ゆうしゃはにげだした!

 無事に七曜の一人であるメルクリウスを退けた――というよりは退けてもらった瀬衣一行はゲルへと戻り、そこでカイネコからの惜しみない称賛を受けていた。

 しかし瀬衣としてはどこかこの称賛は喜べないものであり、何だか手柄を横取りしたような後ろめたさを感じてしまう。

 いや、『ような』という曖昧な表現は止めよう。まさしく瀬衣達はルファスの手柄を横取りしてしまっているのだ。

 現在この場所にウィルゴを除いたルファス一行はおらず、下手に騒ぎになるのを嫌って彼らの所有する移動型ゴーレムとやらの所まで戻ってしまっている。

 手柄に関してはルファス本人が『そんなのは要らんからウィルゴと山分けしておけ』と言ったので本人公認の横取りなのだが、それにしても落ち着かない。

 一応報酬を多めにウィルゴへ分配する事で話は落ち着いたが、一番の報酬であるエリクサーをこちらが独り占めというのは気分的にあまりよろしくない。

 だがルファスはこれに関しても『要らん』と切り捨ててしまったので、結果的に瀬衣達はほとんど何もしていないのに七曜打倒の名誉とエリクサーを手に入れてしまったのだ。

 あまりにも気前がよすぎて裏があるんじゃないかと勘繰りたくなってしまう。


「勇者達よ、本当によくやってくれた。

諸君等はこの国を救ってくれたのだ。国を代表して吾輩から心からの礼を述べたい。

また、諸君等の名は今後永遠に我が国に刻まれる事だろう」


 無事エリクサーを手に入れて上機嫌のカイネコが瀬衣達を労う。

 そして彼が手を上げて合図をすると後ろに控えていた獣人達が瀬衣の前に金塊を次々と置き始めた。

 その光景を前にジャンを初めとする冒険者組は目を輝かせ、瀬衣は価値も分からず困惑している。


「数えてくれ。全て合わせて500万エルの価値はあるはずだ」

「あの……一桁多くないですか?」


 瀬衣がこの依頼を受けた当初、報酬は参加で1000エル、成功報酬で50万エルと説明された。

 だがこうして依頼を終えて実際に渡された額はその十倍だ。

 僅かとはいえエリクサーまでも譲渡された事を思えばまさに破格の報酬である。

 その疑問に対し、カイネコは当然のように答える。


「諸君等はレーヴァティンが認めた正式な勇者一行だ。それを働かせ、冒険者と同じ程度の報酬しか与えんのでは我が国が周辺諸国から常識を疑われてしまう。

これは諸君等が受け取るべき正当な報酬だ。遠慮はいらない」


 カイネコの説明は、この世界に生きる者ならばさして疑問を抱くようなものではない。

 冒険者とはそういうものであり、社会的な地位は最底辺に位置する。

 そんな彼らに払う額など、50万でも多すぎるくらいなのだ。

 瀬衣がこれに僅かな不快感のようなものを感じてしまうのも、彼が比較的労働者が恵まれている日本の出だからに過ぎない。

 ジャンはそんな瀬衣の気持ちを察して彼の肩を叩き、気にするなと告げた。


「それと勇者瀬衣殿。此度の活躍を聞いた我が国の皇帝と皇女が是非貴方に会いたいと仰られた。

そしてもし貴方がよろしければ、我が国の皇女の婚約者として貴方を迎え入れ、わが国の皇族にその名を並べたいと皇は仰られている。どうだろうか?」


 カイネコが笑顔を浮かべながらとんでもない事を語るが、その瞬間クルスの目が鋭くなった。

 やはり来たか――クルスはそう思い、そして前へと踏み出す。

 勇者の名が売れればこうして唾を付けようとする王族や貴族が現れるだろう事は最初から予期出来ていた。

 ならば後は早い者勝ち。先に勇者と皇女を婚約させてしまえば他からちょっかいをかける事は出来ないし、今後勇者が立てた手柄は全てドラウプニル皇族のものとなる。

 恐らく今回の活躍を見てドラウプニルの皇は瀬衣を見込み有りと判断したのだろう。

 少なくとも、何人いるかも分からない皇女のうちの一人を与えてやってもいいと思う程には。


「待たれよカイネコ殿。それは早期に過ぎるというもの。

瀬衣殿にはやるべき事があり、全てが終われば帰るべき故郷もある。

申し出は有り難いのですが、そのように縛るべきではありません」

「ええ、勿論存じておりますとも。ですから瀬衣殿さえよければ、と申したのです。

どうだろう瀬衣殿。ひとまず一目だけでも皇女様に会っては貰えぬか? 皇女様も勇者殿にお会いしたいと仰っている」


 カイネコの申し出にクルスは歯噛みし、カイネコがニタリと笑った。

 それはまさしく鼠を追い詰める猫の笑み。

 この糞猫、人畜無害のような顔をして瀬衣の逃げ道を塞いでやがる!

 そうクルスは確信し、拳を強く握った。

 皇族が会いたがっている、などと言われては断る事も出来ない。


「皇女、ですか」


 そして瀬衣は結構満更でもなかった。

 何せ今までが今までだ。ここに来て降ってわいたファンタジーらしいイベントに少しワクワクしてしまうのも仕方のない事だろう。

 勇者に王女、使い古された王道ではあるがそういうのはやはり少しも憧れないといえば嘘になる。


「ふふふ、皇女様が気になるかな?」

「あ、いえ、その」

「隠す事はない。男児ならば当然の事。

そして喜ぶがいい、これから君が出会う第四皇女のリーチュ様は美姫として名高い。

大きくつぶらな瞳に純白の雪のような肢体。愛らしいお顔に全てを包むような包容力。

国中の男達が嫉妬する事間違いなしだ」


 カイネコの畳みかけるようなアピールに瀬衣は揺らいだ。

 皇女という事で多少の誇張表現はあるのだろうが、そこまで言われると見てみたいと思ってしまう。

 それにルファスやウィルゴと出会って分かったのだが、この世界の美少女という生き物は、美しい人物は本当に常識外れに美しいのだ。

 化粧もしていないすっぴんでフォトショップによる加工もせずに、あんなのが普通に外を歩いているとか今でも少し信じられない。


「じゃ、じゃあ、会うだけなら」

「うむ、決まりだな!」


 瀬衣の返事にカイネコは内心でほくそ笑み、勝利を確信した。

 後は瀬衣が皇女を気に入るかどうかだが、気に入るという確信が彼にはあった。

 一目見れば心惹かれずにはいられない。

 きっと元の世界に帰りたいという気すら失せて、この国への永住を決めてくれる事だろう。

 それほどにリーチュは美しく、実のところカイネコですら瀬衣に嫉妬してしまいそうなのだ。


「そうと決めれば早速、皇帝陛下のおられるゲルへ向かおうではないか」


 カイネコは勇者の気が変わる前にと話を進め、外へと出る。

 用意のいいもので外には既に馬車が用意されており、またしてもクルスは顔をしかめた。

 この糞猫、既に手をまわしてやがった……!

 これで瀬衣がその皇女とやらに惹かれてしまえばお終いだ。

 勇者をドラウプニルに盗られてしまう。

 しかし打てる手もなく、そもそも下手に動けば王族への無礼と取られてしまう。

 結局クルスは何も言えず、渋々同行するしかなかった。




 瀬衣達が連れて来られたゲルは、最早ゲルと呼んでいいかも分からぬ代物であった。

 まず単純に大きい。恐らくは数階建てになっており、余程骨組みがしっかりしているのだろう。

 床には赤い絨毯が敷き詰められ、照明はシャンデリア。

 ここまで来ると最早テントではなく宮殿だ。

 というか、テントをここまで無理にグレードアップさせるくらいならば素直に普通の宮殿を造れと瀬衣は考えてしまう。

 人間から見るとやや大きめの玉座の上にはモンゴルの民族衣装を思わせる衣装に身を包んだ白熊が座っており、頭の上で王冠が輝いている。

 この時点で瀬衣は既に嫌な予感しか感じていなかった。


「勇者よ、よくぞ来た。此度の働き真に見事であったぞ」


 偉そうに話しているそれは、どこからどう見てもまさしく熊であった。

 熊の獣人、とは言うが元々熊は結構二足歩行で歩いたりする生物である。

 指の爪は本物の熊と違って引っ込める事も可能で若干人間の指に近い形状をしているがやはり太いし毛皮に覆われているせいであまり違いが分からない。

 つまりは服を着ている事と喋ること以外、ほとんど普通の熊と見分けが付かない。

 そして玉座の隣にはもう一つ椅子があり、そこにドレスを着た白熊が座っている。

 ……うん、もう読めたよ。オチがもう見えている。

 確かにつぶらな瞳で、白い肢体(というか体毛)で、可愛らしい顔だ。

 包容力? 確かに相手を抱きしめる事が出来そうな大きさだ。

 間違いない、あれが皇女様だ。

 畜生こんなオチだと分かってたよ、と瀬衣は泣きたくなった。

 それはそうだ。ここは獣人の国だぞ。なら皇女だって獣人に決まっている。

 だが少しくらい夢を見てみたかったのだ。


「して勇者よ。もしよければ我が娘を……」

「へ、陛下。申し訳ないのですが自分はまだ未熟の身。大事な娘さんを預かる事の出来る身ではございません」

「そ、そうか? 朕は別に気にしないのだが」

「い、いえ! 陛下に許して頂けずとも、自分で自分が許せないのです!」


 早速娘との婚姻の話に持っていこうとする熊王だが、瀬衣はそれを丁重に断った。

 無理、絶対に無理。差別とかそういう問題じゃなくて熊のお嫁さんはどう考えても無理。

 ちょっと小突かれただけで自分など死にそうだし、何よりやっぱり美的感覚が違いすぎる。

 可愛いのは間違いない、事実だ。

 だが可愛いの方向性が違う。犬とか猫を見て感じる『可愛い』とウィルゴなどの異性を見て感じる『可愛い』は全くの別だ。

 少なくとも異性としてみる事は出来ない。というか服装で違いがかろうじて分かるものの、服がなければ性別の違いすら見分けが付かないし、それどころか個体差すら判別出来ない。


「そ、そうだ! エリクサーを守護竜様に与えなければ! さあ行きましょうカイネコさん!」

「え? いやしかし」

「こうしている間に守護竜様が毒で死んだら一大事です! さあ!」

「……解せぬ」


 瀬衣は言うだけ言うと逃げるようにテントを飛び出してしまった。

 これは言うまでもなく無礼に当たる行為なのだが、幸いにして熊王は全く気にしている様子はない。

 流石は獣人の王というべきか。細かい作法など彼自身もさして気にしていないのだ。

 ただ少しばかり残念そうに耳が垂れており、気落ちしているのは見て取れた。


「……朕、何か悪い事したかの?」

「い、いえ、何も! 後で勇者には私共からきつく言っておきますので!」

「ん? あー、別によいぞ。朕は勇者を称える為に呼んだのであって、叱る為に呼んだわけではない。此度の事は全て不問とする」


 クルスは必死に頭を下げながら、しかし内心では安堵していた。

 よかった、瀬衣がこの国の皇女になびかなくて。

 皇帝を前にしてのあの態度は少しばかり問題ではあったが、まあ彼が言うにはそもそも王族と顔を合わせる機会など滅多にない国の生まれだというのだから仕方のない事なのだろう。

 それに分からないでもない。誰だって熊と結婚なんて御免だろう。

 そう思っていると、仕切りの奥から一人の少女が歩み出てきた。

 純白の雪のような肌に、白い頭髪。

 大きくつぶらな瞳に柔和な顔立ち。そしてふくよかな胸に、頭に着いた人ならざる熊の耳。

 疑う余地もなく美少女である。

 それも、獣人と人間のカップルの圧倒的な少なさや美形として生まれる可能性の低さなどから絶滅危惧種とまで呼ばれ、幻想の存在とまで言われる『獣人の美少女』だ。


(は、半獣人!? それも奇跡的なまでに美形!?)


 驚愕するクルスの前で半獣の少女は熊王へと声をかける。


「お父様、遅れて申し訳ありません。あの、勇者様は?」

「ああ、それなのだがなリーチュ……すまん、どうやら朕は何か対応を間違えたらしい。

勇者はつい今しがた出て行ってしまったのだ」


 二人の会話を聞き、クルスは思わず吹き出しそうになった。

 そっちかよ!? 皇女そっちの子かよ?!

 じゃあ隣に座ってるドレスの熊は誰だよ!?

 そう突っ込みたいのを必死で堪え、何とか体裁を保ったまま熊王へと尋ねる。


「あ、あの、そのお方がリーチュ皇女様なのですか?」

「うむ、そうだ。朕に似て愛らしかろう」

「わ、私はてっきり隣の方がそうかと……」

「ん? ああ、隣に座っているのは第一王妃のクマールだ。美人だろう?

……ああ、なるほど。獣人同士で何故半獣の皇女がいるのか疑問なのだな?

リーチュは第四王妃の子なのだ」


 ――熊のくせに一夫多妻かよ!

 クルスはそう突っ込みたいのを鋼の理性で押し留めた。

 つまりは何だ。この熊王様は結構色々と旺盛で、奥さんが何人もいて、それでリーチュ皇女は多分人間の奥さんとの間に設けたわけだ。

 しかしここまで考え、今度こそクルスは心から安堵する。


(よかった……瀬衣がリーチュ皇女と会わなくて本当によかった……!)


フラグが折れたクマ―。

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