第89話 ルファスのねんりき
さて、共闘と言ったはいいが実際のところ勇者パーティーはこの戦闘じゃほとんど出番がないだろう。
レベル差もあるが、単純に相性が悪すぎる。
相手は物理攻撃はほとんど通じない水の塊で、対し勇者パーティーは剣聖に傭兵、冒険者と騎士だ。
唯一の支援要員であるエルフの兄さん……クルスは俺にびびってるだけで動こうともしないし、かろうじて使えるのは勇者である瀬衣少年くらいだろう。
確か勇者って低レベルのうちでも結構優秀な支援技覚えたはずだし、援護としてなら役に立たない事はない。
まあ一番いいのはウィルゴとアリエスをもどしてリーブラの火力で薙ぎ払い、マナに戻った所を俺が林檎に変えてしまう事なんだろうが。
「しかしあれは……何やら無節操にマナを集めているようだが」
「ええ、ちょっと面倒ですね。この国周辺だけじゃなく、他の地域からも掃除機みたいにマナを集めてますよ」
遠目で見る感じ、ウィルゴが頑張ってマナを消しているようだがありゃ間に合いそうにないな。
というかあれ、パルテノスのスキルじゃないか。
名前は確か『ヴィンデミ・アトリックス』だったか……魔法を一つ打ち消すだけの便利なような使いどころが限られているような微妙スキルだ。
しかし魔神族=魔法なこの世界なら魔神族への有効な攻撃と成り得るわけか。
パルテノスの奴、あんなのをウィルゴに教えていたんだな。
しかし、それでもまだ手が足りていない。水が増える方が早い。
多分当初はこの国周辺のマナだけで実体化していたんだろうが、ウィルゴの存在に対抗して他所のマナまで集め出したんだろう。
水の化け物はこの国の周辺のみならず、関係ない場所からもマナを集めてどんどん巨大化している。
今はまだ俺達でも手に負えるが、このままミズガルズのマナを全部集めたらやばいかもな。
ま、要するにそれをさせなきゃいいだけの話なんだが。
俺は手の中に白い光球を生成し、それを空へと打ち上げた。
「災禍なき宮殿」
俺の宣言と同時に光球が弾けて広がり、王都全域を覆う光のドームとなる。
『災禍なき宮殿』、その効果は敵全体に対するデバフだ。
それと効果発動中は敵味方問わず魔法の威力がそこそこダウンする。
味方に魔法型がいると逆に味方の邪魔をしてしまうので、場合によってはマイナスに機能してしまう扱い難い技だ。
しかし反面、魔法なんか知った事ではない脳筋前衛パーティーならばこの上ない助けとなってくれる。
設定上はマナを遮断しているらしいので、役立つだろうと思って試してみたのだがどうやら当たりのようだ。
外からのマナの流入を完全に防ぐことに成功している。
しかし、ドヤ顔をしていた俺の後ろで誰かが倒れるような音が響き、振り返れば何故か虎の剣聖さんがぶっ倒れていた。
「あー……ルファス様。そのマナ除けの結界は魔物や獣人にはかなり効いてしまうといいますか……この結界の中では獣人は自由に動けなくなります。ましてやルファス様の力で無遠慮に張られた結界となれば、十二星クラスじゃないと満足に指すら動かせないんじゃないかと……」
ディーナの困ったような説明を聞き、俺は耳を疑った。
え、マジで? これ敵に対するデバフのはずなのに味方にまで影響がいくってどうなのよ。
俺は慌ててアイゴケロス達へ視線を移し、彼らへの影響を確認した。
「ご安心下さい、主よ。多少の影響はありますが、我ら程の実力ともなれば十分に活動は可能です」
「ああん、ルファス様からの拘束プレイなんてご褒美ですわあ」
「No problem! 丁度いいハンデです!」
「全く影響ありません」
ふむ、どうやらアイゴケロス、スコルピウス、カルキノスは多少の影響はあれど活動には支障なし。
リーブラは全く影響なし、か。
ゲームだとこれ、プレイヤーだろうがゴーレムだろうが弱体化させる事が出来たんだけど、随分違うな。
リーブラに全然効いてないし、味方に影響出るし。
今回みたいな事態でもない限り、あんま使う事はなさそうだな。
「マ、マナ除けの結界……それも王都全体を一瞬で……」
「クルスさん、この王都って広さどんだけあったっけ?」
「……3000km2です。純粋な面積だけならばスヴェルをも上回ります」
「東京都の約1,5倍かあ……それを一瞬で覆うとか、規模ちょっとおかしくないかな、これ」
クルスの説明を聞き、俺は改めて一国としては有り得ざる狭さに溜息を吐きたくなった。
仮にも数種類の種族が共存する、皇帝専制の国の面積が東京都にちょっと毛が生えた程度って。
改めて人類の生存圏の狭さを痛感する。
これ、下手すると人類の生存圏って全部合わせても日本よりはマシくらいの狭さなんじゃないのか?
……まあいい。この件に関しては魔神族を根絶すればどうにかなるだろう。
「今からウィルゴの援護に向かう。全員付いてこい」
俺は瀬衣少年を脇に抱えると翼を広げて飛翔し、その後をディーナを掴んだリーブラと、カルキノスを掴んだアイゴケロスが続く。
忘れがちだけどアイゴケロス、飛べない事はないんだよな。
スコルピウスは束ねた髪を伸ばして山に突き刺し、髪を縮める事で一気に跳んだ。射程距離半端ないな、おい。
どうでもいいが髪を突き刺している都合上、後ろ向きに跳んでいるのが何か間抜けだ。
ついでに勇者パーティーは久しぶりの出番となる俺の念力で運んだ。
俺達は山の付近で戦っているウィルゴのすぐ近くへと着地し、改めて水の塊を見上げる。
こうして間近で見るとでかいな。全長にして……もう一㎞を超えてるんじゃないのか?
このまま巨大化を続ければブルートガングすら飲み込めそうだ。
「ルファス様!」
「ウィルゴ、怪我はないか?」
「は、はい!」
瀬衣少年を近くに下し、ウィルゴを『観察眼』で確認する。
ダメージはほとんどなし。アリエスはちゃんと彼女を守り切ってくれたようだ。
そしてアリエス自身もあまりダメージは受けておらず、割と余裕をもって戦えていたらしい。
彼は俺に気が付くと人化し、俺の隣に着地した。
どうでもいいが服はちゃんと着ている。戻る瞬間に早着替えでもしているのだろう。
「ルファス様、ごめんなさい。あいつ、いくら焼いてもすぐに戻っちゃって……」
「ああ、気にするな。よくぞウィルゴを守ってくれた」
アリエスに命じたのはウィルゴのサポート。
彼はその指示を見事に果たし、こうしてウィルゴを守り抜いてくれた。ならば俺がそれを責める道理などどこにもない。
この巨大水に関しては、相性が悪かっただけだ。アリエスはマナを消す技なんか持ってないからな。
そして俺やアイゴケロスならばいくらでも手はあるが……折角だ。
ここはウィルゴに手柄を挙げさせてやろう。
俺は『エスパー』のスキルを起動して巨大水に念力をかける。
『サイコ・コンプレッション』……まあ、何て事はない相手の動きを短時間だけ鈍らせつつダメージを与えるスキルだ。
それを強めにかける事で巨大水を圧迫し、更に圧縮する。
子供の頃、考えた事はないだろうか? 仮に絶対壊れない入れ物があったとして、その中に水を入れてどんどん容器を小さくしたら中の水がどうなるのか?
水をある程度圧縮するとそれ以上圧縮出来なくなり、水の反発で容器が壊れる。
だがこの仮定では容器は絶対に壊れない。
俺がやっているのはそれだ。今、俺は巨大水を囲う目に見えない不壊容器を作り上げ、水を閉じ込めたのだ。
そして遠慮なくどんどん体積を縮めて水を圧迫し続けている。
温度にもよるが三千五百気圧を超えた辺りで水は氷Vと呼ばれる物質へと変わり、六千二百気圧を上回る頃には氷VIへと変じる。
俺の念力による圧力がどれだけかなど測った事もないので、今は何という物質になっているかなど知らないがかなり小さな氷になっている事だけは見て確認出来る。
とりあえず今度、炭で実験でもしてみるとしようか。
確か炭素がダイヤモンドになる為に必要な気圧は百万だったはずだから、ダイヤモンドに変われば俺の念力による圧力が気圧百万に匹敵するという証明になるだろう。
……まあ、物理法則さんがサボタージュしてるこの世界じゃ、あまり指針にならないかもしれんがな。
この世界なら、炭どころか石がダイヤモンドになっても不思議じゃない。本当に何でもありだからな。
ともかく、これでチェックだ。巨大水はもう水としての形も保てずマナに分散し、そのマナを俺が無理矢理圧縮した事で変な水晶になってしまっている。
「…………た、大量のマナを極限まで超圧縮する事によってのみ生成可能な伝説の魔金剛石……マナ・ダイヤモンド……じ、実在したのか……というか人の手で造れる代物なのか、あれ……」
クルスが何やらブツブツ呟きながら放心しているが、どうしたのだろうか。
そう思っているとディーナが俺に耳打ちして教えてくれる。
「ああ、今ルファス様が造った水晶ってミズガルズじゃ誰も見たことがないとまで言われる幻のアイテムなんですよ。二百年前もルファス様達が騒ぎになるのを面倒……もとい、恐れて外には一切公開せずに自分達のアクセサリーの材料とかに使ってましたし」
「なるほど、レアアイテムか」
どうやら意図せずに結構レアなアイテムを造ってしまったらしい。
案外錬金術の材料とかに役立つのかもしれないな。
だが今はウィルゴを活躍させてあげるのが最優先だ。レアアイテムの一つくらいその為なら惜しくない。
俺はさっさとそう決断すると、水晶を宙に浮かせてウィルゴが狙いやすい場所へ置く。
「さあウィルゴ、止めだ。派手に決めてくれ」
「は、はい!」
結晶化させたこのマナの塊だが、ここで破壊してしまうとまた水へ戻ってしまう。
ならばここはウィルゴの出番だ。
彼女は俺の声に応えて両手を掲げ、手の中に純白の輝きを生み出す。
「ヴィンデミ・アトリックス!」
マナを完全消去してしまう完全魔法無効スキル。
ゲーム時代でもパルテノスしか使用出来なかった微妙スキルをもってウィルゴが結晶を照らす。
すると限界まで圧縮された結晶が薄れ、この世から完全に消え去っていく。
「マナ・ダイヤモンドがー! 伝説の結晶がー!?」
クルスが何やら死にそうな声で絶叫しているが、残念ながら誰も彼の心情を察する事はなかった。
俺は一応説明を受けていたので分からないでもないが、それでもああまで叫ぶような事だろうかと疑問を感じてしまう。
あ、真っ白に燃え尽きて倒れた。オーバーな奴だな。
*
「…………」
玉座に腰をかけたまま魔神王オルムが閉ざしていた目を開く。
今、遠く離れた地で一つの仮初の命が消えた。
そして、その死地へと赴かせたのは他ならぬ彼である。
ウェヌスが追い出されたことで七曜を躍らせる者はいなくなった、そうテラは考えている。
それは全くの事実であるし、彼の下した判断は正しい。
だが種はもう撒かれていた。
ドラウプニルの守護竜が毒に犯され、それを知ったメルクリウスがドラウプニルへと向かう事は彼の性格とルーナへの秘めたる想いを知る者なら容易く予想出来た事であり、結局のところメルクリウスは用意された破滅のレールの上を走っていたに過ぎないのだ。
後は魔神族を呪われた宿命から解放出来る力を得た魔神王が、本当はさして興味もない守護竜の首を欲しているように振る舞えばいい。
それだけでメルクリウスは勝手に自滅への道を歩んでくれるし、事実そうなった。
そう――内部から七曜を破滅へと導いていたのはウェヌスだけではない。
彼らの頭目である魔神王こそが、誰よりも女神の魔法である魔神族が自分の近くから消える事を望んでいる張本人なのだ。
オルムは、以前にカストールから奪った鍵を手の中で弄び、憂鬱気に眉を伏せる。
「悩み事ですか?」
後ろから声がかかり、玉座の背もたれからディーナが顔を出した。
相変わらずの神出鬼没ぶりだ。気付けば彼女は何処かにいて、さも当然のように話しかけてくる。
オルムは薄く笑い、鍵を懐へと戻した。
「いや、なに……メルクリウスの目を思い出してな」
「目、ですか?」
「ああ。……ルーナの事を想って私へ懇願する奴の目は、いつになく真剣だった。
時折な、私は思うのだ。彼らは本当に人形なのだろうかと」
オルムの呟きにディーナは意外そうに眼を細め、それから静かに、情を捨てた口調で語る。
「人形ですよ。自我があろうと誰かを好いていようと、お人形はお人形です。
持ち主の思うままに動き、遊ばれて最後は捨てられる。そういう運命なんです」
「厳しいな」
「事実ですから。持ち主の意に反して勝手に動くお人形なんて不気味じゃないですか。
だから、持ち主に気付かれないようにコソコソと動く事しか出来ないんです。
捨てられるのが嫌なら、見付かる前に元の位置に戻って転がって、『私はお人形です』ってアピールしないとダメです。じゃないと……ポイされちゃいますよ」
オルムは目を閉じ、背もたれに身体を預ける。
その表情は無表情で、本心は読めない。
「だがメルクリウスは女神の意に反した動きをしたわけではない」
「そうですね。なら答えは簡単、他の人形を壊して回る悪いお人形が紛れ込んでいるんです。
バレたらゴミ箱直行ですね、これ」
「怖いな。私も捨てられるのかな?」
「かもしれません。あるいは、もう捨てられてるのかも?」
ディーナが嘲るようにクスリと哂い、オルムも釣られて笑う。
二人しかいない玉座の間で、魔の王と青髪の少女の目だけが不気味に輝いていた。
ルファス(それにしても……あのゴリラの獣人はまるで堪えた様子がないな。
実はああ見えて十二星クラスなのか?)
女騎士「?」
※人間です