第76話 勇者のすなかけ
この世界に存在する人類以外の肉を持つ生き物は大きく分けて『生物』と『魔物』に分別される。
生物はマナの影響を受けていない本来の姿を保った生き物であり、魔物はマナの影響で変質してしまった生物だ。
そして一般的に考えるならばその力関係は魔物が生物を上回る。
例えば猫と虎が戦えば考えるまでもなく虎が勝つだろう。
だがその猫がマナで変質した猫ならば、あるいは猫が勝ってしまうかもしれないのだ。
マナによる変質とはそれほどまでに、生物を在り得ざる強さへと変えてしまう。
だが、このミズガルズにはその力関係を無視したような怪物が存在する。
それこそが恐竜。人類種の誕生以前からこの世界に生きていた太古の怪物達。
マナによる変質など関係なく、強い奴は強いから強いのだと言わんばかりに視界に映った全てを餌として襲いかかる恐怖のハンター達。
人類は餌、魔物も餌、同族も餌、そして魔神族すらもが餌。
何もかもを己の捕食対象と見なす天然の強者達。それが肉食の恐竜だ。
故に彼等はミズカルズにおいて魔物以上に恐れられ、そして忌み嫌われる。
二百年前にルファス・マファールによってその数を激減させられたものの、未だ少数はこの世界に生き残り、そして今も恐怖を振りまいているのだ。
そしてその中でも特に恐れられる肉食恐竜がいる。
北に生息するディノレックス。
西に生息するディノアクロカント。
東に生息するディノタルボ。
そして南に生息するディノギガント。
他にも危険とされる恐竜は数あれど、特に郡を抜いて危険とされるのがこの四体だ。
そして今、そのうちの一体が瀬衣の前に立ち塞がっていた。
その全長は十三メートルにも届き、体重は十三トン。掛け値無しの化物だ。
対し、こちらは新米勇者と華奢な天翼族の少女の二人。
傍から見ればどう考えても戦いが成立する絵面ではない。無謀もいいところだ。
だがこの祭に参加しているのは何もこの二人だけではない。
恐竜の存在を知り、何人かの冒険者や旅人が瀬衣達の援護に駆けつけてくれた。
「フッ……恐竜か。五秒で始末してやろう」
全身黒尽くめのクールな剣士が前に出て剣を抜く。
刀身もまた、真っ黒で趣味の悪い一品だ。
彼は強者の風格を漂わせながらマントをはためかせて悠々とディノギガントへと近付いていく。
これはあれか? いきなり脈絡なく登場した強キャラがクールに敵を倒してくれる展開だろうか?
そんな期待を込めながら瀬衣は黒尽くめの動向を見守る。
「我が絶技にて――散るがいい。
秘剣・黒影流麗刃!」
黒尽くめさんが低くて格好いい声で格好よさそうな技名を宣言し、ディノギガントへと斬りかかる。
そして尻尾で弾き飛ばされて「おうふ!?」と叫びながら吹っ飛んで行った。
この間、実に五秒の出来事であった。お前が五秒で始末されてどうする。
「少しは骨がありそうだ」
続いて兎耳のガチムチな髭男が拳を鳴らしながら前へと出る。
ディノギガントの体躯、そして今の瞬殺劇を見ても怯みもしない。
己の強さに絶対の自信を持つベテランの風格だ。
そしてディノギガントの足元まで走ると、その太い足を両手で掴んだ。
だが動かない、ピクリともしない。まさか投げ飛ばせるとでも思っていたのだろうか?
いや、そりゃ無理ってもんだよ。サイズ差考えろよ。
瀬衣がそうして呆れていると間抜けな彼はディノギガントに蹴り飛ばされて地面を転がり、白目を剥いた。
「雑魚共め。戦いの手本を見せてやる」
最後にビキニアーマーのマッチョなおっさんが歩み出る。
そしてディノギガントの足元まで走ると、その太い足を掴んだ。
だからそれ無理なんだって。お前一体何を見てたんだよ。頼むからサイズ差を考えてくれ。
学習しない間抜けな男はやはりディノギガントに蹴り跳ばされ、兎耳と仲良く二人で白目を剥いて気絶した。
「……何しに来たんだよ、あいつら」
結局、恐竜の強さを目の前で分かり易く実演してくれただけの三人に瀬衣が呆れ、気を取り直して剣を構える。
ウィルゴも剣を持ち直し、緊張した面持ちでディノギガントと相対した。
犬の魔物がトコトコと前に出ようとしたが、瀬衣は慌てて犬を掴んで後ろに置き、改めて構える。
意外なのはディノギガントだ。すぐに襲いかかってくると思われたが、何故か彼もまたその場に留まり瀬衣を……いや、ウィルゴの出方を見るように佇んでいた。
もしかしたら野生で生きるが故に強さには敏感なのかもしれない。
見た目では分からないウィルゴの脅威を見抜き、迂闊に出るべきではないと本能で判断したのだろう。
「GUUUUU……GYAOOOOOOOO!!」
だが元より待つのは性に合わない。
ディノギガントは咆哮を轟かせ、その場で回転して尾の一撃を放つ。
狙いは空中のウィルゴ! だが彼女は一気に距離を詰めて尾を避けながらディノギガントの足元へと潜り込む。
そして一閃! 片足を斬り付けて再び空へと舞い上がり、射程外へと逃れた。
足を斬られたディノギガントは体勢を崩して転ぶも、切断には至っていない。
すぐに立ち上がり、憎々しげに空のウィルゴを睨んだ。
「す、すげえ……」
その早技に瀬衣は口を開けて唖然とし、そして魅入った。
華麗。それでいて鋭く速い。
先ほどに吹っ飛んだ黒尽くめさんとはまるで格が違うと一目で分かる。
実際にはウィルゴは完全後衛型であり、今のもただのレベルとステータスのゴリ押しなのだが瀬衣がそれに気付くには単純にレベルが足りない。
そうしてレベル不足な彼が呆けている間にもウィルゴとディノギガントの戦いは続き、少女がヒット&アウェイでディノギガントを幾度も斬り付ける。
出来れば援護したいし、男としてこのまま見ているのは情けない。
だが下手に手を出せばかえって足手纏いになるだろうと言う事を理解出来ない彼でもない。
故に彼は剣を持ってこの戦いに割り込む事は早々に諦めた。
代わりにポケットからハンカチを出すとその上に適当に砂や砂利を乗せて包み、ウィルゴが離れた瞬間に大きく振りかぶってディノギガントの目へと投げつけた。
「GAAAA!?」
「目晦ましだ。少しは効果あるだろ!?」
本当、俺って勇者っぽくないなあ。などと思いながらもこれが今打てる最善だと自分に言い聞かせた。
ステータスが低いとはいえレベル30もあれば本来の身体能力など比較にならないくらいには強くなっているし、砂入りのハンカチくらいなら軽々とディノギガントの顔にぶつけるだけの強肩だってある。
ディノギガントが怯んだ隙にウィルゴが剣先から光の刃を飛ばし、胴体を深く傷付けた。
すると益々ディノギガントは怒り、ウィルゴばかりを追い続ける。
どうやら瀬衣は脅威と判断されないらしく、完全に無視されているらしい。
情けない話だ。何が勇者なのだと自嘲したくなる。
だが……。
(……好都合だぜ。トカゲ野郎)
自分は弱い。それは自覚している。
だが弱いからって何も出来ないわけではないのだ。
瀬衣は最近覚えたばかりの勇者スキルの一つである『光剣』を発動する。
次に行う攻撃の時のみ、武器攻撃力が二倍になるというしょっぱいスキルだが、黒翼の王墓にあったというこの刀と合わせれば絶大な威力を誇る技へと変化を遂げる。
(タイミングは……ここだ!)
そしてディノギガントがウィルゴに襲いかかろうと大きく踏み出した瞬間、その足元の地面を攻撃!
ギリギリディノギガントの足が入る程度の微妙な落とし穴を作り、即座に走って距離を取った。
彼が行った攻撃はこの上なくせせこましい攻撃だろう。
とても勇者と呼ばれる男の選ぶ戦いではない。
だがその効果は小さいなれどこの場において決して無価値ではない。
ディノギガントの足が嵌って体勢を崩し、再びウィルゴに渾身の一撃を放つ機会を与えたのだから。
「やああああああーッ!」
一度天高く飛翔してから両手で剣を掴み、大きく振りかぶる。
そして急降下!
以前見たルファスとスコルピウスの戦いを真似て加速し、全力を込めて剣をディノギガントの頭へと叩き込んだ。
更にこの瞬間にラピュセルの効果を発動し、光の斬撃と合わせて頭へと剣をめり込ませていく。
「援護させてもらうぜ! 『光剣』!」
そこに瀬衣のスキルが発動し、ウィルゴの持つラピュセルの武器攻撃力を倍加させた。
文字通り光の剣となったラピュセルがディノギガントの頭を更に深く斬り、血が迸る。
そして剣を振り切った時、ディノギガントの頭から鼻先までに至る巨大な裂傷が完成していた。
「GA……A……」
ディノギガントの巨躯がグラリと傾き、轟音を立てて崩れ落ちた。
ただ倒れただけではない。
いくら待っても起き上がる様子はなく、ピクリとも動かない。犬の魔物がノコノコと近付いておしっこをかけても動かない。
それを見て倒したのだと実感すると同時に瀬衣は拳を強く握った。
勝てた、などとおこがましい事は思わない。勝ったのはあの少女だ。
だが、この危機を乗り切った事を喜ぶ事は出来る。
まだ実感が沸かないのか呆けている少女へと駆け寄り、瀬衣は彼女の健闘を称えた。
「やったじゃないか! この怪物を倒したぞ!」
「あ。これ、やっつけたの? 恐竜は怖いってお婆ちゃんから聞いてたからまだ立ち上がったり変身したりするのかと……」
「変身!?」
繰り返すようだがウィルゴは井の中の蛙である。
だがそこに住んでいた仲間達は皆が皆化物ばかりだ。
巨大化する羊に全身武装のゴーレム、巨大化する蠍にやっぱり巨大化する悪魔。
蟹さんは今の所大きくならないが、やはり彼もきっと巨大化するのだろう。
だから強いと言われている恐竜も、この程度で終わるとは思っていなかったのだ。
しかしそれは勘違いだ。
瀬衣は「それはない」と手を振り、彼女の言葉を否定した。
「ええと、有難う。貴方の援護、凄く助かったよ」
「いや、そう言って貰えると嬉しいんだが……悪いな、あんなしょっぱい援護しか出来なくて」
力不足は理解しているし、あれは間違えた選択ではなかったとも思っている。
だがそれはそれとして情けないものは情けない。
女の子に戦いを任せて自分は砂を投げたり穴を掘ったりするだけとか、どこの世界にそんな情けない勇者がいるというのだ。
ライトノベルの踏み台勇者だってもう少し格好いい戦い方をするというのに。
「ええと。そうだ、名前をまだ名乗ってなかったな。
俺は瀬衣。南十字瀬衣だ」
「ミナミジュージ・セイ? 変わった名前だね」
「ああ、瀬衣の方が名前なんだ。俺の国では名前と姓が反対でさ」
「そうなんだ。あ、私はウィルゴ。家名はないよ」
互いに自己紹介を済ませ、和気藹々と話す。
同じ祭に出ているライバル同士ではあるが、この強敵と共に戦った仲間だ。
二人の素直な性格も相まって警戒心などはなく、思いの他気も合った。
だがやはり二人共まだ未熟だったのだろう。
いくら倒した敵が動かないからと、そこで気を緩めてしまうのが間違いだ。
今まで倒れていたディノギガントの目がカッと開き、飛び上がるようにその巨体を立ち上がらせた。
そう、彼はまだ死んでいない。
呆れた事に彼の馬鹿げた生命力は頭を割られても尚活動を可能としていたのだ。
「っ!」
「そんな、まだ!」
ウィルゴと瀬衣が咄嗟に振り向くが、ディノギガントの巨大な口はもう目の前だ。
だがその口が届く前に一陣の風が吹き抜ける。
するとディノギガントの動きがピタリと止まり、そして白目を剥いて今度こそ絶命。地面に崩れ落ちた。
ウィルゴ達から見れば突然起き上がって突然死んだようにしか見えない。
一体何だったのかと思うも、何が起こったのかを理解する術がない。
「……? 何だったの?」
「さあ? 起き上がったはいいけどやっぱ力尽きたとかじゃないか? 驚かせてくれるな」
とりあえず今のが最後の力だったのだろう。
そう結論を下し、二人はとりあえずその場を離れる事にした。
*
「…………」
「やったな、リーブラ」
俺は今、観客席から離れた上空で腕を組みながらリーブラを労っていた。
俺の隣では狙撃用のライフルを構えたリーブラが無言でスコープを覗いている。
恐竜が出たと知ってから俺が取った行動は、リーブラを連れ出しての狙撃命令だった。
ウィルゴのレベルならば恐竜如きに遅れを取るはずがないと分かっていたが、何せ彼女は戦闘経験が浅い。もしかしたら万が一もなくはないのだ。
だからもし討ち漏らしてしまった時の為に、いつでもフォローに入れるようにこうして空中でスタンバっていた、というわけだ。
そして見事、リーブラは俺の期待通りに恐竜を狙撃してくれた。
やっぱこいつ凄い頼りになるわ。
「…………」
「リーブラ?」
「……私ではありません」
俺の言葉を否定し、リーブラが無表情で答える。いつも無表情だけど。
どうやら恐竜に止めを刺したのはリーブラではないらしいが、彼女以外にこんな芸当出来る奴なぞ今の時代にはそういないだろう。
俺は彼女へと視線を向け、続きの言葉を待つ。
「私の弾丸が届くよりも一瞬速く、何者かが放った矢が対象の頭部を貫きました。
私の放った弾は死体を撃ち抜いただけです」
「何者だ?」
「分かりません。しかし今の時代であのような芸当が出来る者は限られています」
リーブラはライフルを収納し、そして遠くを見ながら答える。
「50%以上の確率で『射手』がこの付近にいると考えられます」
「……サジタリウスか」
「はい」
どうやら、息抜きのつもりで来たはずのこの国でも一騒動起こりそうだ。
これは幸運なのか不運なのか……何とも、騒動って奴は中々に俺を好いてくれているらしい。
Q、ディノゴジ○を魔物化させたらどうなるの?
A、日本に上陸して他の怪獣と戦います