第73話 ここ は ドラウプニル けだものと ひとが ともになかよくくらすまち
王都、と聞くとどんなものを思い浮かべるだろうか?
まず王都というからには、でっかい王城があってその周辺に家屋が並ぶ様を思い浮かべるのではないだろうか?
今までに俺が訪れたレーヴァティン、スヴェル、ギャラルホルンの三つは国の形こそ違えどそこは共通していた。
ブルートガングは王都そのものがでっかい城だったので例外中の例外だが、まあ普通に考えてRPG世界の王都ってのは中世西洋の町並みの中央にわざとらしく城を配置してるようなのが基本だと俺は思う。
要するにあれだ。ファンタジーなRPGっていうのは基本的に西洋準拠なんだ。
たまに和風のもあるが、それは最初からそういう世界観のゲームであって、そういうのは大体敵も魔物じゃなくて妖怪とか鬼とか、そういうのになっている。
少なくとも魔物やら魔法やら剣やら勇者やら魔王やらが出るRPGは世界観が西洋風に統一される。
まあ実際あれだ。「さあ起きなさい勇者よ」と言われて、剣持った勇者が外に出ればそこは江戸時代風の町並みでした……じゃ、何かアレだろ。これじゃないって感じがする。
魔王退治の命令を受けに城に行ったら、その城が大阪城みたいな外観で王様が丁髷で着物着てたらどう思うよ。
ついでに勇者も丁髷で着物着てて、『拙者これより魔王なる狼藉者を成敗に出掛けるでござる』とか言い出したらどう思うよこれ。
で、魔王は魔王で『何故もがき閉国するのか。文明交流こそ我が喜び。西洋化こそ美しい。さあ我が文化に呑まれ近代化するがよい』とか言ったら……その、何か嫌だろ。
すっごい微妙すぎる。少なくとも俺はやらんぞ、こんなゲーム。
で、まあ流石に今の所は和風の町並みっていうのは見ていない。
RPGだと何故かこれも定番で、東の方に行くとどう考えても不自然すぎる日本風の国があったりしてジパングだとか東の国だとかいう名前で呼ばれてたりするが、この世界にはないようだ。
でもこの世界にも何故か刀が存在するので、もしかすると昔はそういう国があったのかもしれない。
実際ゲーム中にはプレイヤーが立ち上げた国の中に純和風の国もあったりしたしな。
まあそれ、俺が戦争仕掛けて潰しちまったんだけどさ。
と、話が逸れた。
俺が言いたいのは王都というと、西洋風の町並みを想像するだろうって事だ。
だが今、俺の前には西洋とはかけ離れた町並みが広がっている。
いや……というかこれは王都なのか? そもそも都なのかこれ?
今俺達がいるそこは、一言で言えば草原であった。
踏みならされてはいるがそれだけの、マジの草原だ。人が通りやすいような道すら用意されていない。
で、あちこちにテントのような建物が並んでいる。
あれ何て言うんだっけか……こう、モンゴルの遊牧民が使うようなやつ。
ゲル、だったかな確か。あんま自信はないが。
すぐ近くには森があり、その中にも獣人が暮らしているようだ。
「王都とは一体何だったのか」
「王様がいればそこが王都ですよ。まあドラウプニルでは国王ではなく皇帝と呼ぶそうですが。
だからここも正確には王都ではなく帝都と呼びます」
「ほう? 皇帝とは随分大きく名乗ったものだな」
「獣人というのは他の種族と比べて種類が多いんです。例えば天翼族ならその種類は精々白翼とそれ以外、の二種類しかありませんが獣人は違います。
猫科型や犬型、馬型に牛型。他にも象や兎など数えればキリがありません。
同じ猫科型でも猫や虎、獅子、豹、チーターと更に細かく分かれますしね」
「なるほど、形の上では一括りに『獣人』にされてしまっているが実際はかなり細かく分かれた別種族、というわけか」
ディーナの説明に俺はふむふむと頷く。
ミズガルズの人類は七種類というのが常識だが、実際のところそれは獣人を無理矢理一つのカテゴリーに入れているからそうなっているだけらしい。
まあそりゃそうだ。いくら獣人だからってライオンの獣人と兎の獣人が同じ種族なわけがない。
虎とか熊みたいに森の中で暮らす動物だっている。
だがそれをいちいち別種族にカウントしては、それこそ人類種が百を超えてしまうし、その大半が獣人というおかしな事になってしまう。だから一つに纏めてしまっているわけか。
「種の異なる獣人達を一つに纏めて従える王。故にそれは国王ではなくその上、皇帝である。というのが彼等の主張らしいですよ」
「各種族の王の上に立つからこその皇か。なるほど」
「ルファス様を差し置いて王の上を名乗るとは片腹痛いわあ……。
今すぐこの陳腐な国、毒まみれにしてやろうかしらあ」
ディーナの説明に俺はそこそこ納得していたのだが、どうやらスコルピウスは気に食わなかったらしい。
物騒な事を言いながら臨戦体勢に入ろうとしている彼女を慌てて手で制する。
「やめよスコルピウス。実際今の余は王でも何でもない。
どこの誰が皇帝だの帝王だの名乗ろうが、余にとってはどうでもよい事だ」
「ああん、流石ルファス様! 器が大きいですわあ!」
俺が止めるとあっさり狂気を引っ込めてスコルピウスは再び俺の腕に引っ付いた。
これ、俺のスペックが桁外れだから何も感じないけど普通ならとっくに腕が痺れてると思うんだ。
でもいい加減離れてくれ、とかいうと何するか分からない怖さがある。
……こいつ仲間にするの早まったかな?
「しかしスコルピウスの言う事も一理あります。Kingの上に立つEmperorの名は一度は全ての国を支配したルファス様にこそ相応しい称号です。
どうですルファス様。十二星を全て集めて再起した暁にはもう一度世界を支配し、その時こそEmperorを名乗るというのは!」
「蟹にしてはいい案ではないか。ならばその時我等は覇道十二星改め皇道十二星と改名するのはどうだろう?」
「あ、それ格好いいね!」
後ろでは当の俺本人を無視して蟹と山羊と羊が盛り上がっている。
だから俺はもう世界征服とか考えてないって言ってるだろ。何でまた同じ轍踏まなきゃいけないんだ。
そんな事したらまたラスボスルート入って勇者さんにやられちゃうだろうが。
勇者と魔神王と女神の三陣営同時に相手とか無理ゲーすぎるわ。
勇者さんは今は弱いけどクラス補正やばいから、レベル1000にするだけで俺達と同じ強さになるんだぞ。インチキチートもいい加減にしろ。
あ、ベネトとレオンもいるから五陣営か。うん、無理。
「まあ、それはどうでもよい。それより狩猟祭の受付はどこか分かるか?」
「とりあえず人の流れに付いて行けばいいと思いますが」
「ではそうしようか」
俺はディーナの案に従い、人の流れに沿って動く事にした。
どうでもいいが今回の服装は外套を上から羽織っての不審者モードだ。
一応ここにはエルフやら天翼族もいるからな。顔を覚えている奴がいないとも限らない。
幸い、色々な所から旅人やら冒険者やらが来ているおかげか、俺もあまり目立ってはいない。
冒険者の中にはそれどうなのよ? と言いたくなるような奇抜な格好のもいるから相対的に俺がマシに見えるのだ。
具体的に言うと、男なのにビキニアーマー付けてる馬鹿とかがいる。
お前、いくら装備効果がいいからってそれはどうなんだ……。
確かにゲームじゃないこの世界なら女専用装備も付けようと思えば装備出来るだろうけどさ……。
「ルファス様、あの人……」
「見てはならん」
ウィルゴがビキニアーマーさんを指差して何か言いかけたが、俺は彼女の目を塞いで前を向かせた。
あんな変態は視界に入れなくていい。目の毒だ。
「それにしても獣人というのは本当に種類が豊富だな。
ドゥーベの奴もよくこれだけの連中を一つに纏めたものだ」
辺りを見ながら俺は改めて獣人の種類の多さに感心した。
見れば見るほどに数が多い。
猫や犬といったお約束のものから、リザードマンのような爬虫類っぽいのまでがいる。
あれも大別的には獣人だというのだから驚きだ。
更に人間とのハーフなのか、人間に動物の耳や尻尾を付けた様なのも僅かながら確認出来た。
まあ難点があるとすれば、ハーフに限って顔立ちが微妙だったり野郎だったりで全然似合ってないという事か。
兎耳の髭親父とか誰が得するんだよ。マンマミーアとか言いながら空でも飛ぶのか?
「お言葉ですが、あの頭空っぽの畜生にそんな高度な芸当は出来ません。
ルファス様が築き上げた統治を横取りしただけであると断言致します」
俺は素直にドゥーベに感心していたのだが、リーブラがそこに厳しい言葉を挟んだ。
お前、本当にミザール以外の七英雄には容赦ないね。
「あ、列みたいなものが見えてきましたよ。皆並んでいます」
「どうやらあれが目的地のようだな」
人の流れに沿って歩いていると、様々な旅人やらが並んでいる列を発見した。
前の方では受付のような事をやっており、ここで間違いはなさそうだ。
俺達は最後尾に並び、順番が来るまで待つ事にした。
*
「はい、これで受付は終了です。狩猟祭は明日となりますので今日はごゆっくりお休み下さい」
受付からナンバーの書かれたプレートを渡され、無事に狩猟祭参加を決めた瀬衣は緊張した面持ちでそれをポケットへと仕舞った。
スヴェルを後にした彼等勇者一行は情報を求めてここ、ドラウプニルを訪れていた。
この地では丁度狩猟祭がある関係上、多くの旅人や冒険者、商人が集う。
その中にルファスの足跡を知る者がいる事を期待しての進路変更であり、同時に今の瀬衣の腕試しも兼ねての参加であった。
それに何といってもここはパーティー最大の実力者である剣聖フリードリヒの生まれ故郷だ。
ルファスと会って話をすると決めて以降、借りてきた猫のように大人しくなってしまった彼を元気付ける為にも一度寄っておくという事で意見が一致したのである。
「それにしても色々な人がいますね」
瀬衣は興味深々といった様子でこの地を訪れた者達を見る。
重鎧に身を包んだ屈強な戦士。踊り子のような衣装を着こなした女性。
兎耳の髭親父に、本人は格好いいと思っているのだろう全身黒尽くめで決めた黒い剣士。
そして筋骨隆々の男でありながら女性専用のビキニアーマーを装備した変態。
「……いや本当、色々な人がいますね。冒険者って皆ああなんですか?」
「いや、アレは相当アレなケースだ。頼むからあんなのを俺達と同じにしないでくれ」
ドン引きしたように言う瀬衣にジャンが慌てたように補足を入れる。
現在瀬衣達は二手に別れて行動をしていた。
一方は狩猟祭の受付をする瀬衣と彼の護衛を行うジャン、ニック、シュウの4人。
もう片方は情報収集に走るガンツ、最近鼻毛が二本に増えた副団長、虎、クルス、リヒャルトだ。
いつも影でコソコソと行動しているレンジャー部隊の皆さんはせっせと宿の予約やらを取りつけてくれている。
「おっ、見ろよセイ。あの一団、綺麗所が揃ってるじゃねえか。
同行してる男が羨ましいぜ」
話題を変えるようにジャンが列に並んでいる者達のうち一つのパーティーを指指す。
そこにいたのはあからさまに怪しい全身赤マントの不審者に、そのマントに抱き付いている際どい格好のボンデージなお姉さん。
白い翼の可愛らしい少女に、その隣にいるこれまた可愛らしい虹色の髪の毛の少女。
黒服のモノクルを付けた老紳士に、赤いベストのハンサム。
そして青い髪の美少女と、静かに佇む茶色の髪の、どこか硬質なイメージを抱かせるメイド。
……何だ、あの統一性のまるで見えないパーティーは。
あ、赤ベストのハンサムが赤マントに近付いたと思ったらメイドに殴られた。
「ちょいと変な集まりだが、ありゃあレベル高えぜ。
あの色っぽい姉さんのきつい顔立ちがそそるねえ」
「た、確かに凄い美人揃いですね」
「なあ? ところでセイ、お前さんはどの子がタイプよ?」
「えっ?! いや、そんな、タイプだなんて」
「隠すな隠すな。俺が見た感じあれだ。お前さんはあの白い翼の子か、虹色の髪の子がタイプと見た。
お前、どっちかというと大人しい感じの子が好きだろう?」
ジャンが瀬衣にアームロックをかけながら「さあ吐け」と答えを強要する。
彼はとてもいい奴で気さくなのだが、こういう時だけは少し困る、と瀬衣は思った。
だがジャンは何か引っかかる事があったのか、瀬衣の拘束を解くとうーむ、と唸る。
「ど、どうしたんですか?」
「んー? いやな、あいつ等どっかで見たような気がするんだよなあ。
いやでも、あんな美人の集団に会ったら絶対忘れねえぞ、俺。
……気のせいかなあ?」
ジャンは不思議そうに首をかしげているが、まあ気のせいだろうと瀬衣は考えていた。
こう言ってはあれだがジャンは決して記憶力がいい方ではない。
ちょっと前に手に入れたアイテムの事すらも忘れて、それを気にせずに前進するのがジャンという男だ。
だからまあ、今回もただの記憶違いだろうと思ったのだ。
「気のせいですよ。さ、行きましょう」
「いやー、絶対どっかで会ったはずなんだがなあ……どこだったかなあ……」
未だ首を捻っているジャンを引き摺り、瀬衣は今晩の宿へと向けて歩き始めた。
彼等の距離は限りなく近く、しかし未だ遭遇の時は訪れない。
【凄いどうでもいい設定】
実はミズガルズでは人型なのに人類に含めて貰えない可愛そうな生き物が結構存在している。
例えば獣人によく似た存在(?)として虫型の蟲人なる存在もいるが、見た目がキモイので魔物にカテゴライズされているらしい。
特にGやハエの蟲人は魔物であっても逃げるレベルでキモイ。