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第71話 魔神王は高レベルモンスターをくりだした

 ミズガルズ上空。

 ヴァナヘイムよりも更に高度、成層圏付近に彼はいた。

 青い肌に金色の瞳。背まで届く長髪は黒く、漆黒の外套に身を包むのはこの世界における魔の王だ。

 その後ろには高レベルの魔物の軍勢がおり、疲れも見せずに魔神王に従っている。

 彼――魔神王オルムはある目的の為にひたすらに上空を飛翔し、『それ』を探し回っていた。

 今日でもう一週間以上にはなろうか。

 この辺りにいるとは聞いているのだが、常に移動を続ける『それ』を補足する事は魔神王を以てしても難しい。

 だが苦労した甲斐はあった。

 探し続けたそれは、今や目の前にある。


「見付けたぞ」


 オルムが呟き、見上げる。それは船であった。

 巨大な翼を生やした空を飛ぶ船、という矛盾に満ちた物体のマストの上。そこに一人の男が立つ。

 陽光に照らされた明るい金色の髪は僅かに逆立ち、顔立ちは男らしさを保ちながらも、どこか繊細さをかんじさせる青年だ。

 筋肉質なその身体は身長180を超えるだろうか。秀麗な顔立ちと相まって立っているだけで様になる。

 片目を眼帯で隠し、その衣装はいかにも『私は海賊です』と言わんばかりのものだ。

 上からは白いコートを羽織り、背中には黒い翼を象ったエンブレムが刻まれている。

 彼の名はカストール。

 またの名を――覇道十二星天、『双子』のジェミニ。


「来たか……お前が数日前から私達を探し回っている事は知っていた。

私に何の用だ? 魔神王よ」

「カストールか。君に用などない。私が用があるのは、その船に隠された秘宝だ」


 魔神王を前にしてもカストールはまるで怯む事なく、オルムもまた不敵な笑みを崩さない。

 一触即発の空気――しかし両者が共に余裕を保っていた。

 まるで戦えば勝つのが自分だと分かっているかのように。それでいて、そこには一切の油断がない。


「なるほど、財宝が目当てか。それならば欲しい物をくれてやるが?」

「いやいや、生憎と私が欲するものは金などに換えられる物ではなくてね。

天を握る鍵が欲しいのだよ、私は」

「それは無理だな。天を握るのは我が主一人だけ。断じてお前ではないぞ」

「あくまでアルコルの下に甘んじるか。妹共々、所詮はそこが君の限界だな」


 挑発するようにオルムが哂い、しかしカストールもこれを涼しげに受け流す。

 まずは互いに手を出さずに会話のドッジボールだ。


「確かに私はルファス様の下だ。彼女に従う忠実な僕である事を否定はしない。

だがお前の下になったつもりはないぞ、魔の王よ」

「ほう、私が十二の星よりも劣ると? それは流石に自尊心に傷が付くな。

これでも私は繊細なのだ」

「それは失礼をした。だが生憎と私は正直者でね。事実しか口に出来んのだ」


 互いに浮かべる笑みは爽やかさすら感じる、何の嫌味もないものだ。

 言葉さえ聞かなければ数年来の親友同士が思い出話に華を咲かせているようにすら見えるだろう。

 だが放たれる言葉は毒であり、言葉に棘をこれでもかと括り付けて相手に全力投球している。


「それはそれは……試してみたいな?」

「止めておく事を勧めよう。結果の見えている戦いは私の好むものではない」


 オルムが挑戦的に目を細め、彼の周囲の空気が蜃気楼の如く揺らめく。

 それと同時にカストールが愛用の武器である錨を手にした。

 本来は船を停める為に使うそれだが、大きさは人間が持てる程度に、それでいて長さはまるで槍のように加工されている。

 錨……というよりは錨に似た槍と言った方がいいかもしれない。

 だがサイズこそ人が持てる物でも、その重量は規格外。

 振り下ろすだけで地面を割るその錨を軽々と手にし、愛船であるアルゴー船から飛び降りる。

 そして空中に停止し、オルムと正面から向き合った。


「だが来るというならば相手になるのもやぶさかではない。

相応の火傷は覚悟してもらうがな」

「火傷で済むのか。優しいな」

「全身が焼け爛れようが火傷は火傷だ」


 一閃――二閃。

 音が後から聞こえる速度で振るわれた錨の攻撃は暴風を伴いオルムへと振るわれる。

 だがオルムはそれを腕で防ぎ、掌から圧縮したマナを放った。

 カストールは余裕を崩さぬまま錨を回転させてマナを弾き、大きく振りかぶる。


「風よ!」


 振り下ろした錨から風の刃が放たれる。

 同じ風属性といえど、魔神族七曜のユピテルが放つそれとは規模が違う。

 小さな島程度ならば両断してしまえる巨大な視えざる刃であり、当たればリーブラだろうとダメージを免れぬだろう。

 だがオルムはこれすらも片手で弾き、カストールに接近するや蹴りの余波だけで彼の頬に傷を付けた。


「ふ。やはり個の力ではそちらが上回るか」

 

 僅か数秒の手合わせではあるが、既にカストールは互いの力の差をほぼ正確に見切っていた。

 “予想通り”……個の力では向こうが上だ。逆立ちしても勝てるかは分からない。

 だがそんな事は最初から分かっていたし予定調和だ。何も驚くには値しない。

 元よりカストールの真の強みは彼個人の武力に在らず。個の強さだけを言うならばレオンやリーブラの方が上だろう。

 だがそれでも彼は、己こそが覇道十二星最大の戦力を持っていると疑ってはいなかった。

 戦いとは個の強みに在らず。『軍』の強みこそが物を言う。


 カストールが右手を空へと掲げる。

 するとそれを合図とし、アルゴー船の甲板の上に多くの人影が集った。

 そのいずれもが強者のオーラを放ち、威風堂々と出撃命令を待っている。

 オルムの顔から初めて余裕が消え、顔つきを険しく変える。


我が同胞達(アルゴナウタイ)よ! その力を私に示せ!

我等が宿敵、ここに在り!」


 号令――それと同時に『アルゴナウタイ』と呼ばれた英雄達が同時に飛び出した。

 その数は総勢五十に達し、いずれもがレベル500を超えている。

 否、強い者に至ってはカストールを超える1000に到達すらしていた。

 彼等こそは二百年前の大戦の生き残り。否、生き残りというのは正しい表現ではない。

 彼等は間違いなく、一度は死んでいるのだから。

 その正体はかつての戦いでルファスの側に味方した古の英雄達。

 そして敗れ、命を失っても尚妖精として再転生を果たし、黒翼の主への忠義を貫く戦士達だ。

 死した者のごく一部は時に昇天せずに現世へと留まる。

 それは怨霊であったり、動く死体であったり、あるいは魔物であったりと形は様々だ。

 だがその中の更に一部の存在……強い魂を持つ者だけが例外として生前の理性と高潔さを失わぬままに『英霊』と化す事がある。

 カストールの妹……『ジェミニ』の片割れである妖精姫ポルクスはそんな英霊達にマナで構成した仮初の身体を与える事で現世に復帰させ、軍勢として使役する『アルゴナウタイ』というスキルを持つ。

 だがスキルこそ反則的なれど本人に指揮能力や戦闘能力はない。

 故に、兄であるカストールが彼等を率いて戦うのだ。

 いわば兄妹のどちらが欠けても成立しない二人で一人のスキル。

 それこそがこの、『英霊の帰還(アルゴナウタイ)』であった。


「刮目せよ魔神王! これぞ我等が力、我等が絆!

妖精姫の剣、カストールが率いる黒翼の軍勢なり!」


 カストールの声に合わせて英霊達が一斉に攻勢に転じた。

 オルムの魔力弾をプリーストのシールドが完全に遮断する。

 ソードマスターの刃がオルムに従う魔物を切り刻み、グラップラーの拳が巨大な魔物を殴り飛ばす。

 アルケミストが刃を練成して剣の嵐を巻き起こし、別のアルケミストが巨大なゴーレムを練成して魔物を複数同時に叩き潰した。

 二百年前に存在していたという古の強者達の力は絶大だ。

 一人一人が万夫不当の力を誇り、一国の軍に匹敵する。

 出撃時以外はスキルの効果も中断されてしまうのでモンスターテイマーのスキルやアルケミストの練成で仲間を増やし続ける事は出来ないが、それでも彼等こそミズガルズ最強の部隊と呼んで間違いはないだろう。

 魔神王もその脅威は知っていた。

 だからこそ魔物の軍勢を連れてきたのだ。

 しかし――質が違う!

 決して弱くはない魔物の軍勢が次々と、それでいて一方的に駆逐されていく!


「魔神王よ、お前は確かに強い。個の力だけを言えば我が主にも匹敵するだろう。

その魔物達も弱くはない。だがそれだけだ」


 単純な個の力だけを言えば魔物の軍勢は決して劣ってなどいない。

 だがそれでも戦いは一方的であった。

 魔物達は群れてはいる。だが軍ではない。どこまで行ってもそれは『群』なのだ。

 そこに連携はなく、百体の魔物がいれば百体が百通りに個別の戦いを行う。

 だが英霊の軍は違う。彼等は百人いればそれで一つなのだ。

 百の力を束ね、一糸乱れぬ動きと鋼の忠誠を持って敵に立ち向かう。

 互いが互いの背を守り、励まし合い、さあ行くぞと勇気を奮い立たせて強敵にも立ち向かう。

 1+1が2ではない。10にも100にもなる。

 それこそが軍。それこそが結束だ。


「ルファス・マファールの名の元に一つとなった我等を相手に、群を群のままぶつける事しか出来ぬお前に勝ち目はない! 将としてのお前は我等が主に遥かに劣る!」


 カストールが空を滑り、オルムへと武器を叩き付ける。

 オルムの腕とカストールの錨が幾度も激突し、火花を散らした。

 黒の外套がはためき、白のコートが揺れる。

 二人の男が流星となり、空を翔け巡り幾度となく衝突を繰り返した。

 このまま一対一が続けばオルムが勝っただろう。

 だが横からカストールの援護に割り込んだストライダーがオルムの手首を浅く切り、ソーサラーの魔法がオルムを呑み込む。


「これで終わりだ、魔神王!

散れ、勇士達よ! この一撃で終わらせる!」


 カストールの指示に応じ、英霊達が一斉に下がる。

 そして放たれるのは木属性最大最強の攻撃魔法だ。

 嵐が吹き荒れ、雷が鳴り響く。

 そしてカストールの背後に現れたのは、いずれも巨大な五十の神々の威光であった。

 この世界において神というのは唯一神であるアロヴィナスの事を指す。

 だが宗教というのは時代と地域により枝分かれを繰り返し、人の想像より生まれる神々の数には際限がない。

 これはそんな、アロヴィナスの名によって歴史の闇に埋もれ、あるいは邪教として貶められ、あるいは悪魔にまで落とされた人の想像より生まれた神々の幻影。その召喚である。


「――『五十の名を持つ神』!」


 宣言と共に五十の偽神達が一斉に攻撃を仕掛けた。

 人の想像より生まれた神話において主神とされる者がいた。

 戦神とされる者がいた。冥府の神とされる者がいた。

 神と人の血を継ぐと言われる半神がいた。

 ある偽神は口から炎を吐き、ある偽神は拳で叩き潰す。

 嵐を起こし、雷を落とし、神の輝きを以て完膚なきまでに蹂躙し尽くす。

 やがてそれが終わった時、そこに立っている魔物は一体とて存在していなかった。

 オルムの姿も――もう、そこにはない。


「終わったか」


 空に浮いたままカストールは倒れた魔物達を見る。

 形を保てなくなった彼等はいずれマナへと還り、そしてこの世界を巡るだろう。

 これで何とか、妹より託された『アレ』を守る事も出来た。

 彼は主が倒れてより二百年、ずっとこの船と英霊を使い、それを守り続けてきた。

 一歩使い道を誤れば世界すらも壊してしまう、天を握る鍵。そんなものを魔神族などに渡すわけにはいかない。

 あれはいつか帰還する主の物なのだ。

 彼の妹である妖精姫は戦闘力こそ持たないが、不思議な力を持っている。

 その彼女が告げた。『主はいつか必ず帰って来る』と。

 そしてカストールに、鍵の守護を命じた。これが二百年前の事だ。

 戦い、率いる事しか出来ない自分には分からないがきっと、妹には先の展開が見えているのだろう。

 あるいは主があの戦いの前に妹に何か命じていたのかもしれない。

 だからカストールはここにいる。

 主と、妹を信じるからこそ二百年間戦い続けているのだ。


「さて、船の場所を変えるか。次が来ないうちにな」


 カストールは勝利を確信して船へと戻ろうとした。

 だがその直後の事だ。

 突然、雲を裂いて飛んで来た黒い閃光が船を撃ち抜いた。


「なっ!?」


 まだ敵が残っていたか!

 煙を上げて沈んでいく船を横目で見ながら、カストールは武器を構えて振り返った。

 英霊達も同じく臨戦体勢へと入り、各々の武器を構える。

 そして彼等は見た。


 雲の中を蠢く、巨大な……余りにも巨大すぎる、何かの姿を。


「……な……な!? こ、これは……!

そんな……馬鹿な……!?」


 全長にして……いくらだ!?

 一km? 否。

 十km? 否!

 それは余りにも巨大で、あまりにも長く……それこそ、このミズガルズすらも一周してしまうほどに……。

 その巨大な影が雲を裂いて顔を出し、そして英霊達を恐怖させた。


「う、うわああああああああああああああ!!?」


 彼等は確かに『軍』としては完全に勝っていた。

 オルムの率いる『群』を駆逐し尽くした。

 だが彼等は知らなかった。この世には本当に理不尽な存在がいるのだと。

 『軍』すらも上回る絶大な『個』が存在するのだと。



 この日、彼等は初めて理解した。

 二百年前に七英雄が敗れた、その本当の理由を――。



咳が酷いので休みます by初登場補正

カストール「……いきなり噛ませ犬とか」

マルス「(・∀・)ノ ナカーマ」

ユピテル「ヽ(・∀・) ナカーマ」

マル&ユピ「ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ ナカーマ」

カストール「私の側に近寄るな」


※尚、双子の片割れであるポルクスは神話では男なのですが、戦闘力皆無で護られてるだけの野郎とか誰得なので女に無理矢理変更しました。

というかこの二人の関係は性別変えないとちょっと┌(┌^o^)┐っぽいですし。

多分この世界ではその煽りを受けてクリュタイムネストラ辺りが男にTSしてます。まあ出ませんけど。

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