第40話 ディーナ、ゲットだぜ?
「それで、話してもらえるのだろうな。
何故こんな事をしたのか」
俺はへたり込むディーナに、少しだけ強めの口調で話しかける。
別に怒ってなどいないのだが、だからといって甘くするとまた欺かれるかもしれない。
ポーズや振りってやつも時には必要なのだ。
「……私は、この世界で言う所のミズガルズ歴2800年……丁度貴女が封印された後に、こちらの世界に来たテストプレイヤーです。
気が付いたら自分が使っていたアバターに憑依した状態で、ここに来ていました」
そこは俺と同じだ。
俺も自分が使っていたアバター……ルファス・マファールに憑依してこの世界に来てしまった。
だがそんなのはもう分かっている事だし、俺の知りたい事ではない。
だから俺は無言で話の続きを促す。
「当時は、沢山の英傑がいました。
流石にゲームみたいにドーピング勢やレベル1000が溢れ返っていたわけではありませんが、それでもレベルにして優に500を超える強者が大勢いたのです」
「何? そこからもう違うのか?」
「はい。それと、一部のプレイヤー……具体的には『ノベルに描かれなかった』プレイヤーも、まるで最初から存在しなかったかのように痕跡すら残さず消えていました。
私が思うに、ここはゲームではなく……ノベライズされた方の世界なのかもしれません」
俺は思わず下唇を噛んだ。
それは……まずいな。
何がまずいって、ノベル化してる奴ってのは実はそう多くないんだ。
というのも、プレイヤーの人数に反して作家の数が圧倒的に足りていない。
だから小さな出来事や冒険なんてのはほとんど有料じゃなきゃ書いてもらえなかったし、公式が勝手に物語化するような出来事は、数そのものが少ない。
勿論7英雄以外にもレベル1000に達していて、かつ公式の物語に名を連ねた奴はいた。
いた――が、その人数は3桁が精々だ。
それに俺の国民に入らなかったフリーの高レベルだっていた。
そういう奴に限って『物語に語られず影で動くって格好よくね?』とか言ってノベル化せずゲームに打ち込んでいたりしたものだから、多分そういう奴もここにはいないのだろう。
版権に引っかかるアバターなんて論外もいい所だ。
つまり、エクスゲートオンラインの世界に数万はいただろうカンストプレイヤーの大半が、この世界には最初から存在すらしなかった事になる。
「私と同じ境遇の者はいませんでした。
皆、まるで最初からこの世界の住人であったかのように……いえ、事実彼等にとってはそうなのでしょう。
この世界におけるイレギュラーは私一人だったのです」
「其方が気付かなかっただけで、他にいた可能性は?」
「もしかしたら居たのかもしれません。しかし今となってはもう確認する手段も……」
ディーナはテストプレイヤーなのにノベル化されていたのだろうか。
いや、今はそんな事どうでもいい。
それより、この世界の過去の出来事を聞くほうが重要だ。
ノベル化云々なんて後で聞けばいい。
「でも、それでも、皆は私にとっては数少ない知人でした。
私の知る『現実』の名残が彼等にはあった。
けれど……」
「……全員、死んだのだな?」
「……はい」
俺は思わず、溜息を吐きそうになった。
ああ、なるほどな……そりゃ、負けるのも仕方ないか。
そもそも、これが真っ先に考えるべき疑問点だった。
本当にゲームそのままで、100万人以上も高レベルがいるならばだ……いくら魔神王相手でも負ける道理がない。
考えても欲しい。今俺と戦ったディーナですら、ドーピング抜きの素の1000レベルだ。
想像して欲しい。ディーナが100万人いて、一斉に『明けの明星』を落とす、その光景を。
……防げるわけがない。
ゲームでは戦争時を除き、一度に組める最大PT人数は12人と決まっていた。
つまり13人以上は同時に魔神王に挑めないわけだが……この世界ではそんなの関係ないだろう。
それこそ100万の高レベルで圧殺してしまえばいい。
それをせずに負けているという事は、即ち出来なかった、という事。
その時点で俺は『ここがゲームの世界である』という前提から引っくり返す必要があった。
しかし俺はその発想にまるで至らなかった。
「私は、悔しかった。憎かった。
私の知るわずかな『現実』の名残すら奪われ、私の知る世界が蹂躙されていくのが何よりも辛かった。
けれど私では、他の魔神族はともかく王には勝てません。
7曜とかいう烏合の衆を騙して内部に潜り込み、内側から侵略を遅らせる程度の事は出来ましたが、それだけです」
「だから余と12星を、か」
「……はい。マファール塔には背景同然の娘がいたことを思い出し、彼女になりすましました。
そして、上手く貴女を誘導して魔神王にぶつければ、奴を倒せると考えたのです」
……――。
まただ。また違和感を感じる。
今のディーナの言葉、何かおかしい所でもあったか?
特に追求すべき部分はないように思うが……。
いや、いい。とにかく続きを聞こう。
「ユピテルのあの叫びの意味する所は?」
「彼が指定した時刻に私がリーブラ様を連れ出し、20分間の時間を稼ぐという約束をしていました。
しかし私はそれを破り、ユピテルがまだ街にいる時点でリーブラ様を街に帰しました。
彼が叫んだ通り、私は最初から彼を嵌めるつもりだったという事です」
なるほど、道理で丁度リーブラがいなくなった瞬間に出てきたわけだ。
あれは裏でディーナが手を回していたから出来た事だったらしい。
ついでに、リーブラが最初発見した時にユピテルはディーナと接触しかけていたらしいが、これは多分情報交換か何かの為の待ち合わせだったのだろう。
「では次が最後の質問だ。
其方、結局余の敵なのか?」
「いえ、敵対する気はありません。
もっとも、利用しようとしていた事自体、ある意味敵対と取られてもおかしくはありませんが」
俺の問いに対するディーナの答えは『NO』。
利用はするが、積極的に敵対する気はないか。
俺は腕を組み、決して回転がいいとは言えない思考を必死に巡らせる。
問題はこの後のディーナの処遇だ。
正直なところ殺すという選択肢はない。何だかんだでこいつには世話になったし、それに嫌いになれないからだ。
利用だろうが何だろうが恩は恩だ。彼女がいなければ俺は何をしていいかも分からず、途方に暮れていただろう。
だからといって見逃して放置したら何するか分かったものじゃない。
魔神王を倒したいからといってスヴェルやギャラ国を巻き込みはじめたら目も当てられん。
……仕方ない。
「ならばよい。引き続き余に仕えよ」
「え?」
「此度の件、全て不問にすると言ったのだ」
ディーナは俺を騙して利用していた。
それがどうした。少なくともそれで何か俺に害があったか。
俺は何か一つでも損をしたか?
――していない。それどころか得ばかりをしている。
それにディーナの目的である魔神族殲滅だって、結局の所俺の意向とそんなに外れているわけではないのだ。
別に積極的に滅ぼしたいとまでは言わないが、俺がルファスである以上、魔神王との激突は避けられないだろう。
ならばここはむしろ、内情に通じているディーナを取り込んでしまった方がこちらにとっても有利になる。
「あ、あの、いいのですか? 私は……」
「構わぬ。其方にはこの世界で色々と助けられた恩もあるしな。
それを返さぬうちから処断する程、今の余は短気ではない。
それにだ……」
俺は口の端を吊り上げ、唖然としているディーナを見下ろす。
「腹に何を抱えているかも分からぬ参謀、というのも面白い。
物騒な部下を持つのも、ある意味では定番だ」
「……あの、貴女、本当に中身は『プレイヤー』なんですよね?
プレイヤーの記憶を持ったルファス様本人とかじゃないですよね?」
「フフ、さて、どうだろうな。記憶が混ざっている状況が続きすぎて、余自身、変わりつつあるのは自覚している。
この考えが『ルファス』のものなのか、それとも『プレイヤー』のものなのかも、イマイチ区別がつかん」
そう。俺は多分、もうとっくに本来の『俺』じゃなくなっている。
生き物を殺す事に何も感じないし、戦いにもまるで躊躇しない。
どちらも『俺』じゃありえない反応だ。
しかし、だからといって『ルファス』かというとそれも違う。
少なくとも話に聞く彼女ほど冷酷にはなれないし、苛烈にもなれない。
それこそ本当のルファスなら、この場でディーナの首を刎ねるくらいはしただろう。
ま、いい感じに混ざってしまっているんだろうな。多分。
しかし少なくとも自我が消えているわけではないし、意識の連続性は保てているわけだから恐怖などはそこにない。
「何より、折角出会えた同郷だ。
多少の悪戯には目を瞑ろう」
メグレズも、そしてメラクも結局同郷ではなかった。
この分だとベネトナシュも中身はプレイヤーではないだろう。
と、なれば俺とディーナはこの世界に二人だけのイレギュラーという事になる。
俺は座りこんだままのディーナに手を差し出し、笑う。
「余と共に来い。
そしてその知と力を存分に余の為に役立てよ」
ディーナはしばし、差し出された手を呆けた顔で見詰めていた。
しかし、やがて吹き出すように笑い声をあげ、俺を見上げる。
「流石ですルファス様。
貴女は私が見込んだ通り……いえ、それ以上でした。
やはり、魔神王を倒し世界を統一するのは貴女しかいません」
いや、別に世界統一とかはする気ないんだが。
そう思う俺を無視してディーナは俺の手を取り、立ち上がった。
「王命、承りました。我が主。
ならば貴女が魔神王を倒すその日まで、私は貴女の参謀でありましょう」
「うむ。これからも頼むぞ」
「仰せのままに」
ディーナと固く手を握り合い、俺は後ろを見る。
そこでは丁度、魔力の反応を感知したらしいアリエス達が駆けて来る所だった。
さて、どう誤魔化したもんかな。
*
天空王メラクが座する王座の間。
今、そこには数人の白い翼の男達が引き立てられていた。
そのいずれもが、ユピテルの甘言に乗ったとはいえ黒の街を攻め落とす事を考え、義勇軍という名の反乱分子を結成していた男達だ。
彼等はメラクが許可をしていないにもかかわらず、王の前で口々に言い訳を述べる。
これもまた、メラクが王として舐められているが故の事だろう。
「王よ、これはあんまりです! 我々はこの国の為を思って動いたのですぞ!」
「そうですとも、全ては国の為に」
「確かに魔神族などに騙されはしましたが、それも本を正せば貴方に代わりこの国を正常にしようとしたが故の事でございます」
次々と並べ立てられる、無礼としか言えない物言い。
たかを括っている。どうせこの王は強気に出られないからと確信している。
きっと処罰されない。精々あって謹慎処分程度。
そう思い、舐め腐っている。
加えて、その発言を諌めるべき他の者達すらも何も言わない。
それぞれが王の弱腰な在り方に不満を抱くからこそ……そしてやはり、王を侮っているからこそであった。
「…………」
メラクは静かに目を閉じ、思う。
これらを育ててきたのは自分だ。
自分の弱気な態度こそが彼等の増長を招いた。
だからこそ、やはり他でもない己がそれを正さねばならないのだろう。
そう決意し――天空より押し潰すかのような重圧をその場に発生させた。
「お前達……一体誰の許可を得て発言している?」
瞬間、その場の全員を襲ったのはまるで巨大な腕で押さえつけられたかのような威圧感だった。
天翼族ならば誰もが生まれながらに持つ他者を屈服させる『威圧』の才。
本来は動物や魔物を飼いならす為に神に与えられたと言われるその力だが、彼等は生まれてよりこれまで、これほどに暴力的な威圧を受けた事はなかった。
レベル500のメラクだからこそ発する事が出来る、王の重圧。
それを受け、初めて彼等は目の前の存在が『天空王』であると強く認識した。
「私は発言どころか、まだ顔を上げる許可も出していなかったはずだが……それを無視して勝手に話し、挙句の果てには責任転嫁ときたか……。
……なあお前達……これは侮辱罪で首を刎ねられても構わんと受け取っていいのか?」
王の威圧に晒された男達は今更ながらにガクガクと震え、脂汗を垂れ流す。
否と言いたい。
首を横に振りたい。
だが出来ない。それすら出来ぬほどに、身体が恐れてしまっている。
「私はお前達に寛大に接してきた。
住むべき場所を失ったからと流れてきたお前達を受け入れ、街も与えた。
多少の無礼は許したし、恐怖させぬよう振舞ってきた。
……だがどうやら、私は間違えていたらしい」
威圧感が、更に強くなる。
最早此処まで来れば暴力だ。
呼吸すら困難になり、直接浴びていない近衛騎士や大臣すらもが荒く息をつき、膝を震わせている。
「――私がいつまでも優しいと思うな」
まるで獲物を見る猛禽類の瞳だった。
圧倒的な格差。埋められない実力の違い。
それを本能的に察し、場の全員が恐怖に竦み上がる。
怖い、恐ろしい。
今まで気弱で、情けないだけだと思っていた王が、魔神族などより余程恐ろしい。
威圧が弱まり、多少の自由が利くようになった男達が取った行動は平伏であった。
許しを請うように頭を床に擦りつけ、歯をガチガチと鳴らしながら、王の情けを乞う。
彼等だけではない。大臣も騎士も、誰もが平等に服従の姿勢を取っていた。取らずにはいられなかった。
自分達は間違えていた。
この男こそが王。全ての翼ある民を纏め上げる天空の王なのだ。
そうして平伏する者達を見下ろし、メラクは溜息を何とか喉の奥へと呑み込む。
やはり、こういうのは苦手だ。
他人を捻じ伏せるというのは気分のいいものではない。
しかしそれは王の義務であり、舐められない事が王の責務だ。
それを怠ってきたからこその今であり、これはそのツケを払っているだけに過ぎない。
(……これでいいんだよな、ルファス……。
まだ不安はあるが、私はもう大丈夫だ。
問題は山積みだろうが、きっと乗り切ってみせる。君を道化になどしない。
だから……私の事は気にせず、先へ進んでくれ)
既にこの国を発ったのだろう、かつての友を想いメラクは微笑を浮かべる。
次に会う時は、きっと誇れる自分になってみせる。
そう決意した男の横顔は、未だ頼りないものの確かな力強さを秘めていた。