第37話 おめでとう、ルファスはピエロに進化した
~前回までのあらすじ~
意外ッ! それは『ルーペ』ッ!
アイゴケロス(ドヤァァァ……)
ルファス(……何故ルーペ)
ディーナ(モノクルェ……)
リーブラ(ルーペ……)
アリエス(何でルーペ?)
メラク(ルーペ……?)
(;0w0)<ルーペ……
アイゴケロス「?」
白の街と黒の街の衝突は未然に、ギリギリではあるが防がれた。
しかしそれで事態が解決したかといえば、残念ながら否と答えるしかないだろう。
確かに今回の衝突は避けたものの、原因である互いへの悪感情は何一つ解決していない。
それどころか、いかに魔神族に唆されたとはいえ、白の街の連中が自主的に義勇軍を結成して黒の街の連中を殺そうとしていた、とわかってしまっては、互いの仲はますます悪化するばかりだ。
そしてこればかりは俺達じゃどうしようもない。
この国の王はメラクなのだ。ならば彼が凛として双方を抑えない限り、内戦の危険はいつまでも続くだろう。
と、他人事みたいにドヤ顔で語ってはみたものの、事態は既に俺達が知らん顔をするのを許容してくれそうにはない。
全くもって自業自得ではあるし、リーブラやディーナに命令を出したのも俺なのだから後悔など出来るはずもないのだが、メラクからの視線がめっちゃ厳しい。
俺は未だ物影に隠れて様子を見ている状態だが、メラクの視線は完全にリーブラに固定されている。
そりゃまあ、破壊されたと伝えられているゴーレムが普通に出てきたら怪しむよな。
ついでに、ゴーレムはアルケミストのスキルじゃないと回復しないので、自ずとリーブラを直した奴の正体も限られてくる。
わざわざ(この時代では)攻略困難な王墓の最上階まで出向いて、リーブラ直して外に連れて行き、更に破壊されたと虚偽情報をバラ撒くアルケミスト……ま、そんな事出来る奴は今の時代じゃメグレズか俺くらいだわな。
で、実行に移す奴と言ったら……うん、俺しかいないわ。
ま、実際の所嘘情報散布はディーナがやった事なんだが。
そんなわけで俺の生存を疑われるのは予想出来た流れではあった。
「そこのゴーレム……ええと、ブルゼフスキ17世だったかな?」
「いいえ、コペルニクス4世です」
「…………。
うん、どちらでもいいが、私と一緒に王城まで来て貰えるかな?
勿論そこのお嬢さんや、他に同行者がいればその者達も一緒にね」
有無を言わさぬメラクの強い口調。
それに対しリーブラは表情を変えずにサラリと断言した。
「お断りします。貴方は私への命令権を所有しておりません」
「そ、そういわずに来てもらえると嬉しいのだが」
リーブラが強気に出た途端、メラクが何か弱気になってしまった。
おい国王。ちょっとヘタれるの早いだろ。
このままだとリーブラは俺の指示がない限り『嫌』の一点張りだろうし、メラクは強気に出れないし……仕方ない、俺が出るか。
そう決めた俺はローブを被り(男装? ああ、あれはもうやめたよ……)メラク達の前に姿を現した。
「まあ待て。折角の王の誘いだ。
ここは受けようでないか」
「マスターがそう仰るならば、私に異論はありません」
俺が出る事でリーブラはあっさりと城への同行に賛成し、そのまま俺の斜め後ろにまるで定位置のように立つ。
ディーナとアリエスも俺の側に駆け寄り、『これで全員だ』という事をアピールした。
実はアイゴケロスが俺の影の中に今も潜んでいるのだが、これはわざわざ教える必要もあるまい。
「助かるよ……それでは、行こうか。
色々話したい事がある」
民衆の前だからか何とか気を張っているものの、先を歩くメラクの背にはこう、何というか覇気とか威厳とか、そういうものがまるで感じられない。
メグレズはまだ威厳が感じられたのに、これは一体どういう事だ。
アリエスも小声で「あの人、本当にメラクなんですか?」とか俺に聞いてくる程に、それは王らしからぬ姿だった。
自信というものがまるで感じられないのだ、彼からは。
ゲームではどうだった?
俺の知るメラクは……いつも落ち着いていて、皆を諌める役割だったはずだ。
決して強く自己主張するわけでも、意見を出すわけでもない。
しかしただ流されているだけではなく、誰かの意見がぶつかっていた時は、やんわりと互いの長所と短所を教えるなどして間を取り持っていたはずだ。
戦闘でもそうだった。
あいつは決して自分が前に出て活躍するタイプではない。
天翼族は戦闘向きの種族ではあったが、同時にアコライトなどの後衛職との相性もいいという面がある。
だから俺のように自らを補佐しつつ立ちまわる戦闘型と、完全に後衛に徹した補佐型の二種類のプレイヤーがおり、メラクは後者だった。
あいつ自身は活躍も無双もしない。
しかしメラクがいるといないとでは、戦闘の難易度は段違いだった。
いつだって的確に、一番欲しいタイミングで支援を飛ばしてくれる。
空気を読む……とでも言えばいいのだろうか。
不思議と、こちらが支援を求めるメッセージを書き込むよりも早く、求める事をやってくれる。あいつはそんな奴だった。
だから俺は、あいつを凄い奴だと思っていた。
いつでも場を収める事が出来る、相手の求める事が分る、そんな奴だと。
……俺の過大評価だった?
本当は、『一歩退いた視点で見る事が出来る』じゃなくて『前に出れない』。
『控え目』なのではなく、単に『自信がない』。
落ち着いているようで、その実自主性がないだけ。
空気を読んでいるわけではなく、自分では何かを出来ないだけ。
そういう、事なのか?
俺があいつを勝手に凄い奴だと思い、勝手に己の想像を押し付けていた?
だとしたら不味いな。
俺はゲーム上でしか王になった事はないし、本当の王というのがどれだけ大変かなどまるで分からない。
云わば素人。いかにルファス・マファールとなろうとも、俺自身はただの一般人だ。
しかしそんな俺でも、自信のない王様ってのは不味いと分かる。
ましてやこんな導火線に火が付いた状態で、王が自己主張をしないのはかなりやばい。
多少強引でも王の威厳を以て双方を抑えるくらいの事は必要なはずだ。
……こりゃあ本当に、魔神族が何もしなくても滅ぶぞ、この国。
――なんか、腹が立つ。
それでも其方、余を斃した男か。
「さ、座ってくれ」
メラクは俺達を自室と思われる部屋へ案内すると、人数分のカップに紅茶を注いだ。
紅茶なんぞ缶かペットボトルに入った午前の紅茶くらいしか知らない俺だが、それでも注がれたそれは相当善い物なんだろうという事は香りで分かった。
流石は王様。いい物を飲んでるって事か。
「ドラウプニルから取り寄せた茶葉で淹れた紅茶だ。
きっと口に会うと思う」
また俺の知らない名前だ。
俺は紅茶を一口飲み、隣の席に座っているディーナへと視線を走らせた。
すると彼女も予想していたのか、小声で俺に教えてくれる。
「今は亡き獣王ドゥーベが作った、獣人の国です。
この国の農作物は質がいい事で知られているんですよ」
「ほう」
学者の集う国スヴェルに、工業品のブルートガング。そして農業がドラウプニルか。
なんだかんだで、それぞれの国が色々な分野で活躍してるんだな。
「この国は?」
「魔物使いの素質を活かしての家畜の養殖や酪農が主な収入源です。
ただ、鶏肉だけは絶対出荷してくれないんですけど」
「それはまあ、自分達も鳥みたいなものだしな」
天翼族は今更言うまでもなく翼のある人類である。
その発生元は公式でも一切説明されなかったが、最も有力視されているのが『天使の末裔』説だ。
しかしそれ以外にももう一つ、『マナで変質した鳥』説が存在する。
つまり天翼族の祖先は天使などではなく、鳩とかペリカンとか、鶴とか、そういうのじゃないのかと考える酷い説だ。
正確に言えば、それらから派生した獣人だな。それが人間と交わって出来たのが天翼族なのではないか、と一部では考えられている。
勿論真偽は不明だし、それだともっと様々な色の翼があっていいだろうとも思う。まさか都合よく白い翼の鳥だけが変異したなんて事もあるまい。
しかし、もしそれが本当だとすると鳥なんて出荷するわけがない。
自分達のご先祖様を家畜にして売るとか許されざる行為だ。
「さて……もういいだろう。
そのフードを取って顔を見せてはくれないか」
「うむ、よかろう」
周囲に人はいないし、ここでならば顔を出しても問題ない。
俺は言われるままにフードを外し、素顔を見せてやった。
するとメラクは泣き出しそうな、嬉しいのか悲しいのか分からない複雑な顔をし、項垂れた。
「やはり、君か……ルファス。
懐かしいな。生きて、いたのか」
その様子を見て、俺は軽い失望を感じていた。
予想はしていたが……こいつ、プレイヤーじゃない。
始めからこの世界で生きて、今日まで歩んできたこの世界の住人だ。
俺みたいな混ざり物じゃない。
「其方は、随分と変わったな。
少し見ぬ間に弱くなった」
「そう、見えるか?」
メラクは俺の、取り方次第では侮辱とも取れる発言に反論せずに弱弱しく笑う。
まるで今にも壊れてしまいそうな、情けない笑顔だ。
「違うんだ……違うんだよルファス。
私は元々弱かった。王の器じゃなかったんだ」
ぐしゃり、と己の髪を両手で掴んで彼は自嘲する。
頭を抱えるその姿は天空王と呼ばれる英雄にはとても見えず、打ちのめされた一人の青年でしかない。
「あの頃は君がいた。アリオトやドゥーベがいて、皆が前に立ってくれた。
僕はただ、君達の後ろを歩いていただけだ」
よほど疲れているのか、一人称まで変わってしまっている。
『王』としての仮面が完全に剥がれ落ち、その姿は最早憐れみすら感じさせた。
多分、こっちが本来の顔なのだろう。
弱気で、自己主張がなくて、周囲に合わせる気弱な青年。
先程までの姿など、必死に取り繕っていた虚勢でしかない。
それが、俺という昔の知人と合う事で完全に剥がれてしまった、といったところか。
もっとも、俺は俺で彼の知るルファスじゃないんだがな。
「だ、大丈夫なんですかこの人。
なんか放っておいても胃に穴開けて死にそうなんですが」
「うむ……余も此奴がここまで気弱だったとは今初めて知ったぞ」
ディーナが呆れたような口調で俺に聞いてくるが、俺だってメラクがこんな奴だったなんて今初めて知った事だ。
こいつ、こんな打たれ弱かったのか、
メグレズなんかも結構追い詰められていたが、あいつとはまた種類が違う。
メグレズはむしろ罵倒や軽蔑を望んでいたが、逆を言えばそうしたものを望む程に慕われていたという事でもある。
つまり、何だかんだでちゃんと国を纏めていたし、慕われていたんだ。メグレズは。
しかしメラクに同じ事したらストレスで死んでしまう気がする。
……やばい。7英雄、超面倒臭い。
「僕は王になるべきじゃなかった……君が王のままであるべきだった。
ああ、どうして僕は200年前に君と敵対してしまったんだろう……。
僕が死ぬべきだった……あの時、僕は勝ってはいけなかったんだ……」
放っておいたら、なんかどんどん落ち込んでブツブツと下らない事を言い始めた。
駄目だこいつ……このままじゃ本当に自殺しかねん。
仕方ない。ちとショック療法だが、活を入れてやるか。
あまり説教ってのは好きじゃないし得意でもないのだが、メラクに踏ん張って貰わないとこの国マジで終わるからな。
俺は席を立つと、ズカズカとメラクの隣まで歩いて行く。
そしてメラクの座っている椅子を蹴り、彼を床に転ばせてやった。
打ち所が悪いと結構やばい事になりかねない行為だが、こいつのHPは万を超えているのでこの程度ならダメージにもならない。
こんな時だけ言うのも都合のいい話だが、ファンタジー万歳である。
「戯けめ。
先程から聞いていれば、まあ随分と好き勝手言ってくれる。
其方、余を間違いで斃された道化と呼ぶか」
俺はこいつの知るルファスじゃない。
しかしあの時俺が吐いた(というより書いた)最後の言葉をこの世界のルファスも言っていたならば、きっと負けた事自体に悔いなどなかったはずだ。
だというのに、勝った側が後悔して挙句の果てに『勝ってはいけなかった』などとほざく。
これではルファスも浮かばれないし、俺も気に食わない。
勝者にそう言われてしまっては、負けたこちら側の立場というものがないのだ。
なあ、俺達は間違いで倒された道化なのか、と。
そう思うしかなくなってしまう。
だから俺はメラクの胸倉を掴み、片手で彼を強引に立たせた。
「胸を張れ。背筋を伸ばせ。
其方はこのルファス・マファールに勝った男だ。
これ以上の無様は認めぬぞ」
そうとも、認めるわけがない。
勝者がこんなに情けなくては、ルファスが報われない。
俺に持ち上げられたメラクはしばらく唖然としていたが、やがてその整った顔を歪めて両目から涙を溢れさせた。
「……敵わないな、君には。
君は変わらない……200年前と、同じ、自信に溢れた君のままだ」
「これでも少しは変わっているのだがな」
俺はメラクを離し、椅子に座らせる。
柄にもなく偉そうな事を言ってしまったが、間違えた事を言ったつもりはない。
とはいえ、こんな大口叩いた後だと気恥ずかしくもなる。
これ以上、ここに居座るわけにもいかないし、早々に立ち去ってしまうとしよう。
「ここは其方の国だ。
余はもうこれ以上其方を助けんし、助言もせぬ。
後は自力で何とかしてみせよ――天空王」
俺はさっさと背を向けて、その後にディーナ達も続く。
これ以上言う事などないし、する事もない。
俺達がこの事態を解決したとしても、王はメラクなのだ。
ならばメラク自身が己に自信を持たない限りまた同じ事が起こる。
「余に勝ったのだ。その程度の事はやってみせよ。
余を道化にしてくれるなよ」
メラク「でもやっぱり、僕なんかじゃ国を纏めるなんて自信がないし、胸張っても格好悪いだけだし、皆に嫌われてるし、やる事全部空回りするし、運も悪いし、魔神王にも負けたし、ベネトナシュにはヘタレとか言われるし、協力要請も無視されたし……何しろ威厳ないでしょう……『立て』だの『胸を張れ』だの言うのは簡単だけど……そんな言葉に乗せられて出たら……要するに僕がただ困るわけで……そういうのちょっと僕には向かない……っていうか……無理……多分無理……っていうか不可能……」ブツブツ……
ルファス(七英雄面倒臭EEEEEEEEEEEEEEE!!)