第36話 リーブラのいあいぎり
前回までのあらすじ
感想A「ディーナーの唯一の存在意義のステルスが破れた、だと⁉︎」
感想B「ばかな覚えてるやつがいただと!?」
感想C「嘘だ!!何かの間違いだ!!」
感想D「ウソダドンドコドーン!」
ディーナ「いい加減私、泣きますよ!?」
アイゴケロスのまさかの『ディーナを覚えている』発言に俺とアリエスが驚くというトラブルはあったものの、アイゴケロスを加えた俺達は無事に街へと戻ってきていた。
どうでもいいがアイゴケロスも擬人化させておいた。
彼の擬人形態は黒い執事服に身を包んだ壮年の男であり、片目にはモノクルを付けている。
髪は山羊のような枯れた白髪で、オールバック。身長は175といったところか。
何かこいつ、人の影に潜る事が出来るらしく今は俺の影に潜っている。
お前、ゲームの時そんなスキルなかっただろ。
と思ったが、よく考えたら悪魔系モンスターは『人の影に潜む』とかいう設定があった気がしないでもない。
ああ、そうそう。ついでにアイゴケロスのステータスも確認しておくとしようか。
【12星天アイゴケロス】
レベル 800
種族:ロード・デーモン
属性:月
HP 72000
SP 10100
STR(攻撃力) 3150
DEX(器用度) 4148
VIT(生命力) 3453
INT(知力) 6183
AGI(素早さ) 4140
MND(精神力) 5280
LUK(幸運) 3000
ふむ。まあ、微妙な魔法型ってところだな。
魔法メインには違いないが、そこまで特化しているわけでもない。
まあこいつの主な役割は魔法を使った妨害なわけで、むしろ敵にやられてしまわない事の方が重要だからこれでいい。
後、アリエスの服は直しておいた。
男だと分かっていてもあの際どい格好はまずい。
本気で、変な奴に狙われてしまわないかと心配してしまう。
さて、戻ったはいいものの……どうするかね。
既に民衆は暴徒と化し、互いに中央の城を挟んで睨み合っている状態だ。
とっくに狂化は解けているはずだが、その瞳の殺意や憎悪はまるで消えた様子がない。
ああ、ありゃ駄目ですわ。セルフ狂化してやがる。
だがそれでも未だ衝突に至っていないのは中央に立ち、諌めている男がいるからだろう。
緑色……いや、エメラルドグリーンという表現の方が近いだろう髪。
本来は整っていたのだろうが、痩せこけて見る影もなくなった顔立ち。
濁った青色の瞳に、やたら高価そうな白い法衣。
その上から青い外套を羽織り、外套の隙間からは白の大翼が片方だけ出ている。
俺の知る外見からは随分やつれてしまっているが間違いない。
あれは7英雄の一人であるメラクだ。
念のため、一応ステータスも確認しておこうか。
【メラク】
レベル 500
種族:天翼族
属性:木
クラスレベル
アコライト 100
プリースト 100
エスパー 100
アーチャー 100
モンスターテイマー 100
HP 55200
SP 5301
STR(攻撃力) 3750
DEX(器用度) 2920
VIT(生命力) 3009
INT(知力) 2003
AGI(素早さ) 2444
MND(精神力) 4980
LUK(幸運) 2711
【Bad Status】隻翼
【Bad Status】敗者の烙印
「……翼を奪われたのか」
俺は『観察眼』により表示されたメラクのステータスに、思わず目を伏せた。
翼は天翼族の誇りであり象徴だ。
もしメラクの中身が俺の同郷ならば、恐らくそこまで気にはしないだろう。
元々なかった器官が本来の半分になったとしても、だからどうしたで終わる。
少なくとも片手や片足を失うよりは遥かにマシだと思えるだろう。
しかしもしメラクが元々この世界の住人だったならば……メグレズと同じだったならば。
……恐らく、これほどに残酷な仕打ちは他にあるまい。
あいつは天翼族の英雄でありながら、もう飛ぶ事が出来ない。
天法での代用くらいは出来るかもしれないが、代用は所詮代用だ。
「はい。魔神王は200年前の戦いで英雄達を倒した際、その身体の一部を奪いました。
メグレズとフェクダからは足を。メラクからは翼を。
アリオトからは眼、ミザールからは腕。そしてドゥーベからは牙と爪を全て……」
「……惨い事をするな。ところで、ベネトナシュは?」
「彼女は戦いそのものに参加していません。ルファス様がいなくなってしばらくの間は魂が抜けたかのようになって、棺に引きこもっていました」
「何をやっているのだ、あやつは」
俺は彼等を襲った惨劇と、吸血姫の謎の行動に何とも言えない気持ちになる。
ゲームだと魔神王さん(笑)とか言っていたが、現実になるとこうも恐ろしい相手となるか。
流石に公式ラスボスの威厳というべきか。
いかに統率が取れていなかったとはいえ俺を倒した英雄達を倒した以上、その戦力は確実に俺より上だな。
まあ元々タイマンで倒せるようじゃ公式なんて名乗れないが。
「やめよ、我が民達よ!
争い、憎み合うだけでは魔神族の思う壺だ!
何故手を取り合おうとせぬ!」
メラクが必死に呼びかけているが、暴徒達には効果がない。
いや、効果はあるのだろう。でなければとっくに内戦が始まっているはずだ。
英雄が間に立っているだけでも効果はある。
しかし止めるには至らない。
あれではいずれ、何らかの切っ掛けで爆発するのが目に見えている。
さて、どうするべきか……。
「そこまでです!」
と、俺が悩んでいると民衆達の間に何かが突入した。
そう、文字通りの『突入』だ。
遥か上空から風を切り、爆音を響かせながらそれは一直線に降下し、地面を砕いてその場に降り立ったのだ。
無論、誰かなど今更問うまでもない。
薄茶色の髪に、比喩ではなくそのまんま人形めいた整った容姿。
背中から展開されたスカイジェットに、右手に掴んだ哀れなくらいボコボコにされた魔族らしき男。
12星天の一人であるリーブラの登場だ。
「間に合ったか、リーブラ」
俺は思わずガッツポーズをする。
きた、メインゴーレムきた! これで終わる!
先に約束した通り、しっかり魔族も連れて来ているようだし言う事なしだ。
さあ、後はそいつが全ての黒幕だったと暴露して終わらせるんだ。
「き、君は……その姿、まさか……」
リーブラを当然知っているメラクが驚きの顔で彼女を見るが、リーブラはメラクを手で制した。
そしてしれっと、突っ込み所満載の嘘を吐く。
「いえ、私は通りすがりのゴーレム、ブルゼフスキ17世です」
「あの、コペルニクス4世では……?」
「そうとも言います」
おいリーブラ、偽名変えるな。
街の人にすら突っ込まれてるじゃないか。
彼女は捕らえていた魔族をポイ、と両陣営の前に出すと周囲を見渡し、そして全員に響くような声で言った。
「さあ、この男を煮るなり焼くなり、お好きになさい!」
……。
…………。
「…………」
「…………」
「…………」
…………。
いや、おい。
それじゃ誰もわからんだろ。
ほら、メラクも固まってるし、街の人達も全員「こいつ何言ってるんだ?」みたいな顔してる。
こう……あいつが黒幕だったとか扇動してたとか、さ。
もっと他に言う事あるだろ?
しかしリーブラはそれ以上何も言わない。
周囲の人々も魔族は気になっているようだし、白翼の何人かは男の顔に見覚えがあるのか顔を青くしている。
しかしこのままでは進展も何もありゃしない。
――駄目だあいつ……まるで説得に向いていない……!
「ディーナ、やはり頼む。あのままでは何も変わらん」
「は、はい。お任せ下さい!」
俺は額を押さえ、ディーナを前に出した。
やはり説得は彼女に頼るしかなさそうだ。
せめて俺が人前に出る事が出来れば、俺がやるんだがな。
ディーナは小走りで民衆の間に入って行くと、手を挙げて「注目!」と叫んだ。
「皆様、まずは落ち着いて私の話を聞いて下さい。
結論から先に述べますが、そこに転がっている男の名はユピテルといい、魔神王に仕える7曜のうちの一人です。
白翼の方々の中には、彼の顔に見覚えがある方が何人かいるのではないでしょうか」
人類の大敵魔神族。
その中でも筆頭とされる7曜の一人となれば、場の話題を攫うには充分だ。
まず最初に注目を嫌でも攫う発言をして、己に意識を向けさせたってところだろう。
人々の視線はユピテルに釘付けとなり、先ほどとは種類の違うざわめきが場を支配する。
疑惑、困惑、恐怖、戸惑い……。
7曜などがいて、そして街の有権者と顔見知りという状況。
その事実は彼等の熱した頭を急激に冷ましたらしい。
「今、皆様は互いに憎み合い、滅ぼし合おうとしています。
しかし考えて下さい。そうなって最も得をするのが一体誰なのかを」
上手いもんだ、と思う。
先に結論から出す事で衝撃を与え、次に「お前等いいように踊ってるぞ」と教える。
そうする事で彼等の行動に楔を打ち込んだわけだ。
確かに順を追って話すよりも、こっちの方が興奮した奴には通じるかもしれん。
こうなっては無視する事も出来まい。
「そう、最も得をするのは魔神族。
貴方達を殺し合わせ、この国を落とすのが彼の狙いなのです。
今一度、冷静になって考えて下さい。本当に憎むべき敵が誰なのかを」
物影に隠れたまま、俺は自分の顔がしかめ面になっているのを自覚せずにはいられなかった。
憎むべき敵、ときたか。
『憎しみは何も生まない』とはよく聞く言葉だが、実際のところそんな簡単に負の感情を抑える事が出来るなら誰も苦労しない。
だがベクトルを変えて別の場所に発散するならば、その難度は前者に比べて遥かに楽だ。
精神分析学における防衛機構。
その一つの『置き換え』というやつだ。
人は欲求を感じ、それが叶えられないと精神が不安定になる。
だから己の精神を守る為に様々な方法で叶えられない欲求を晴らそうとする。
今、彼等は相手の街を潰したい、滅ぼしたい。
しかし現実問題、そんな事をすれば国が滅びて魔神族が大喜びする。
そこに「さあどうぞ」と投げ入れられた黒幕の魔神族。
叶わぬ欲求――憎悪を向けるには最適な相手ってわけだ。
ああ、分かっている。仕方がない。
それに実際あいつが黒幕なんだからディーナは何も間違って無いし、何よりそうするよう指示したのは俺だ。
だからこれはただの感傷……俺の中の一般人の感性がお門違いに喚いているだけの、つまらない感情のブレでしかない。
……そのはずだ。
「貴様……貴様ァ!」
俺がそうして勝手な感傷と格闘していると、突然大人しくしていたユピテルが大声を張り上げた。
その顔は先程の住民達以上の憎悪に歪んでおり、まるで親の仇のような目でディーナを睨んでいる。
どうやら、自分の置かれている状況を理解した、ってところか。ちょっと遅い気もするが。
ディーナが自分をスケープゴートにしようとしてる、と分ったのだろう。彼は怒りの形相のまま、大声で怒鳴り散らした。
「そういうことか! 道理でリーブラが早々に戻ってきたわけだ!
最初から……最初から俺を陥れるつもりだったなァァァァ!!!」
叫び、ユピテルは風となって駆け出した。
これは不味いか……?
俺は咄嗟に構え、いつでも割り込めるように意識を研ぎ澄ます。
奴は確かに速い。速い……が、俺からすればまだスロウだ。
この距離からでも、余裕を以て二人の間に割り込む事が俺には出来る。
しかしどうやらその必要はなさそうだ。
ユピテルの背後からリーブラが腕を突き出し、その身体を貫いたのだから。
「あ、が……ッ!」
「私の許可なく誰かへの攻撃行為を行ったならばその場で処分する。そう警告したはずですが」
「ま、て……聞け、お前等……ッ」
「聞きません。貴方は既に排除条件に接触しています。
主への謁見と助命の懇願を認める約定を破棄……処断します」
どうやらリーブラは相手を大人しくさせる為に、俺に対しての命乞いを許可していたらしい。
しかし今のままでは俺と会う前に街の人々に殺されてたんじゃないかな、とも思う。
……ああ、いや。そうでもないか。
レベル300だし死なないだろう。
あるいは死ぬ前には助ける約束でも交わしてたのかもしれない。
しかしディーナに対して攻撃しようとした事でその約束を全部すっぽかし、処断してしまったと。
会話から予測するにこんな所か。
「ちが、う……!
お前等……全員、そいつにだ……」
ユピテルが何かを言いかけたが、それよりも早くリーブラが首を切り落とした。
よ、容赦ねえ。頼りになるというか、味方ながら恐ろしい奴というか。
地面に落ちた首を重量に任せて踏み潰し、リーブラは無表情のままスカートについた汚れを払い落とす。
その顔には僅かの表情の乱れもなく、その辺の虫を踏み殺した程度の揺れもない。
踏み潰されたユピテルは哀れにもその場で消滅し、死体すら残らなかった。
……リーブラが味方で本当によかった。
それにしても、最後のあいつの叫びが気になるな。
最初から陥れようとしていた……それは間違いない。
リーブラが捕獲して街の人々の前に出し、そして罪を白日の元に晒す。全て予定通りだ。
だがあの叫び、ディーナに向けたあの憎悪。
どうもそれだけではないような気がしてならない。
……やっぱ俺、何か見落としてるよなあ。
これは気のせいじゃないぞ、絶対に。
ユピテル「オンドゥルルラギッタンディスカー!! アンダドゥーレハアガマジャナカッタンデ…ウェ!」
ルファス(何を言ってるのかサッパリわからん……)