第32話 ギャラルホルンの火の粉
ギャラルホルンの技一覧
ニア ひのこ
オーバーヒート
じばく
だいばくはつ
時刻は夜。
長いようで短かった一日を終え、俺はベッドの上でゴロゴロしながら思案を巡らせていた。
アリエスは既に就寝し、リーブラは相変わらず部屋の隅に立っている。
……身じろぎ一つしないから本当にただの置物のように思えてしまうが、何かあればすぐに動くんだろうな。
この街の問題を解決するには、メラクに動いてもらうのが多分一番いい。
しかしそもそもメラクはこの国の王様であって、接触そのものが困難だ。
俺なら気付かれずに潜入とかも出来るだろうが、それはあまり穏便とは言えない。
何度も言うが、基本的に俺は騒動と無縁でいたいのだ。
で、どうやって接触するかだが……本当、どうしようかね。
一応リーブラがメラクらしき生命反応をキャッチしてはいるんだが、城から全く動く様子がないらしい。
動けよ天空王。それとも天空王の名を捨てて不動王にでもなるつもりか?
「……ただいまーっと……皆さん、寝ちゃいましたかね?」
俺が何の解決策も見出せない無能な置物と化していると、ドアを開けてコソコソと有能な参謀が帰って来た。
小声でも帰りの挨拶をするのが律儀というべきだろうか。
ディーナには聞きたい事が色々とあるし、リーブラも僅かに視線を動かして今問い詰めるべきかと俺に目で尋ねてくる。
しかし俺は無言で首を振り、それを否定した。
今はアリエスが寝ているからな。起こす必要はないだろう。
問い詰めるとしたら明日だ。
「――と、言う事でこれより被告への尋問を開始する」
「発言は全て私のメモリに記憶いたしますので、遠慮なく洗いざらいブチ撒けて下さい」
「え? え?」
翌日。
俺とリーブラは眠そうにベッドから這い出してきたディーナを捕まえ、テーブルの前に連行して二人で逃げられないように囲んでいた。
実の所、俺としてもそろそろディーナの謎にはメスを入れておくべきだと思っていたのだ。
元背景NPCの割には多彩すぎるし、転移魔法とか使えるし、何かもう怪しんで下さいと言わんばかりだ。
案外存在感が薄すぎて昔の俺達が気付かなかっただけというのも考えられるが、どうもそれは違う気がする。
ぶっちゃけこいつ薄くない。むしろ濃い。
昔から変わっただけかもしれないが、今のこいつを見てるとステルスしてたというのが信じられない。
ゲームなら分る。ゲームならばな。
しかしここは現実であり、俺以外にアリエスやリーブラもいた。
リーブラはデータが飛んでいるらしいが、アリエスが忘れているというのは結構おかしい事だ。
「まずディーナよ。其方の使う転移魔法だが、あれは『エクスゲート』だな?」
「『同意がなければ使えない』という証言をルファス様が聞いております。
それは『エクスゲート』の使用条件とも一致します」
「あ、はい。そうです」
…………。
おい、普通に認めたぞこいつ。
いや、よく考えたら別に隠すような事でもないし隠してもいなかったのか。
レアな術ではあるが、実際俺もそれでこの世界に呼ばれたっぽいし、レベルの低いあのエルフの兄さんでも使えた事を思えば、まあ……うん、その気になって問い詰めた俺がアホみたいだな。
「ええと、次だ。
其方、実際の所何者なのだ? 200年前からいたのは余の記憶にもかろうじてあるから分かるが、少なくとも人間族ではないだろう。
かといってエルフや天翼族、吸血鬼の特徴も見えぬし……」
「ただのハーフエルフですが」
「…………」
……ああ、うん……そういやハーフがあったね。
人間族とエルフの混血なら、確かに外見人間でエルフの寿命も成立するわ。
ゲームだとハーフなんてキャラ作れなかったからなあ……これも完全に俺のミスだ。
「その多彩な能力は……」
「200年間頑張って修行しました。
今度は背景にならないように――背景にならないように!」
「…………」
大事な事なので二度言ったんですね、わかります。
どうしよう、聞く事がなくなってしまった。
見事なまでにこちらの追求をのらりくらりと完全回避し、ディーナは何だか得意気だ。
俺は助けを求めるようにリーブラを見るが、彼女はあっさりと両手で×マークを作る。
どうやらこの尋問、俺達の負けで無罪放免のようだ。
うーむ、俺の考えすぎだったのか?
あの頭痛も偶然あの時痛んだだけで、特に何の意味もなかったのかもしれん。
やっべ、俺超恥ずかしい奴じゃん。
というかあれだ。『観察眼』使えばいいじゃん。
何で今まで俺は彼女に対し、これを使おうという気にならなかったのか……自分でも不思議だ。
【ディーナ】
レベル 300
種族:ハーフエルフ
クラスレベル
アコライト 100
プリースト 100
メイジ 100
HP 11000
SP 9800
STR(攻撃力) 650
DEX(器用度) 1000
VIT(生命力) 683
INT(知力) 3850
AGI(素早さ) 900
MND(精神力) 2967
LUK(幸運) 643
何だ、普通に強いじゃないかディーナ。
俺や12星天には劣るけど、7曜さんとなら互角に戦えるレベルだぞこれ。
……まだ何か一つ、決定的な見落としをしている気はするんだがな。
そう考えている俺を余所にディーナは壁に設置されている振り子時計を一瞥すると、何かを思い付いたように声を弾ませた。
「あ、そうだ。今思い付いたんですけど、私の転移魔法でリーブラ様ならどこでも連れていけますよ」
「む? 余は無理でリーブラは可なのか」
「はい、『エクスゲート』の使用条件に無機物やアイテムは含まれません。でないと服が脱げてしまいますからね。
そしてリーブラ様はゴーレムですので、エクスゲートでの持ち運びが可能です」
俺が使用条件に引っかかるのは、心のどこかでディーナを信用してないか拒否しているって事になる。
そして実際俺は今、彼女を疑っていたので信用しているとは言い難い。
多分これが拒否と見られて引っかかっていたのだろう。
くそ、変に疑わなければ俺もテレポート出来たって事かい。
「何でしたら、今試してみますか?
ぶっつけ本番よりも、何度か実験してみた方が必要な時すぐに使えますし」
「ふむ……リーブラ、其方はどうだ?
余は試してみる価値はあると思うが」
「……問題はないと判断します。
ユピテルもまだこの付近には接近しておりません。
都合よく私の移動を感知する手段でもない限りは、この間隙を突かれる可能性は5%未満です」
リーブラの探知範囲は確か最大で150kmだと本人から聞いている。
つまり彼女がこう言う以上、ユピテルは少なくとも付近150kmにはいないわけだ。
ならば確かに、リーブラの転移と同時に移動とかしない限りは奴がこの隙に現れる事はないわけだ。
ならばまあ、問題はないだろう。多分。
そう思い、俺は転移の許可を出した。
「あ、そうだ。
ならついでにこの前手に入れたルファス様の装備を一緒に整頓しません?
私じゃあ、どれが役に立つのかイマイチわからなくて……武器には詳しくないんです、私」
「承知しました。マスター、10分程お時間頂きますがよろしいでしょうか?」
「ああ、構わん」
僅か10分の間に都合よくユピテルが現れるなんて、そんな事はそうそうない。
だから俺は安心して二人を送り出し、実際に転移するのを見届けてから再び部屋でゴロゴロした。
とりあえず行動を開始するのは二人が戻ってきてからだ。
それから、とりあえずメラクとどう接触するのかを話し合うとしよう。
とか思っていたら僅か7分後、白の街が何者かに攻撃を受けたらしくいきなり騒がしくなった。
ちょ、おま、マジか……!?
*
天空王メラクの人生は常に栄光と共にあった。
整った容姿は勿論の事、優れた天法の素質を持ち、何よりも光り輝かんばかりの純白の翼を持って彼は生まれた。
父は天翼族の王であり、母は正妃。
何もかもに恵まれ、彼の人生は最初から絶頂期にあった。
王家に生まれた光の御子――人は彼をそう評し、彼もまた己が人々の上に立つ事に疑いを持たなかった。
己は特別で、王の子に生まれて、そして高い素質を持つのだから自分こそが人々を導くのだと信じた。
民が苦難に喘ぐならば自分がそれを救うのだと確信していた。
しかしそれは最初から決められた予定調和の道でしかなく、自分で決めたものではない。
彼は生まれてよりずっと、自分で何かを決めた事がなかったのだ。
彼女は違った。
ルファス・マファールは違った。
己とはまるで逆の禁忌の黒翼を持つその少女に栄光などなかった。
不吉な子、悪魔の子、忌まわしき子。そう呼ばれ、石を投げられ、常に軽蔑の視線に晒されていた。
その名ですらも人を堕落させる悪しき魔であるハルファスとマルファスから取り、ルファス・マファールと名付けられた。
本来の家名は別にあるのだろうが、彼女はそれを名乗る事すら許されなかったのだ。
しかし彼女はそれで腐る事はなく、むしろ糧として前進した。
世界すら敵に回し、踏み潰し、小さな集落で何か喚いているお前ら全員小さいぞと天翼族全てを嘲笑った。
世界中のあらゆる国家に無差別で戦争を仕掛け、呑み込む様は皮肉にも名前の元となった悪魔そのものの所業であり、やはりあいつは悪魔の子だったのだと皆は震えた。
しかしメラクには彼女が眩しかった。
メラクが座る玉座は与えられたものだ。彼女のように自らの力で勝ち取った物ではない。
メラクの民は最初からそこにいた者達だ。彼女の忠臣のように自らの意思で集った者達ではない。
メラクの人生は最初から決まっていたものだ。彼女のように自ら決めた生き様ではない。
持つ者と持たざる者。白と黒。光と影。
間違いなくメラクの方が恵まれた環境にあった。
しかし蓋を開けてみれば彼女が覇を握り、魔神族すら容易には手出し出来ない存在にまで登り詰め、メラクは気付けば彼女を見上げていた。
自分にあれが出来るか?
黒い翼に生まれ、劣悪な環境に晒され、それらを引っくり返してあそこまで登り詰める事が出来たか?
……無理だ、出来るわけがない。
王とは彼女の事であった。
例えどのような環境にあろうとも、構わず覇を握る者。それこそが真の王だ。
故にメラクは今でも考える。
ルファスを討ってしまったあの日からずっと、一日とて欠かさず自問する。
そして必ず同じ答えを自答するのだ。
――私は、王に相応しくない……。
「ですから王よ、思いあがっている穢れた翼共に英雄の力を見せ、大人しくさせるべきなのです!」
「いや、それよりもいっそ国外追放としましょう」
「住民の不満も高まっております。変に奴等を対等に扱うから付け上がるのですぞ!」
己の周囲で囀る重役達を他人事のように見ながらメラクは考える。
彼等は翼の白さに拘るが、それは古い考え方だ。
いつまでもそれでは、天翼族はいずれ衰退していく事となる。
そもそも天翼族の絶対数が少ない上に翼の色が変色した赤子は実は結構な頻度で誕生する。
マナの豊富な土地ではその傾向が強いというので、恐らく大気中のマナが翼を黒くする原因なのだろう。
だとすれば翼の色とは即ち、生まれる前に取り込んだマナの種類や豊富さを示すものであり――実は黒い翼の方が種として優れているのではないか?
天翼族の翼が基本的に白いのも、あるいはマナの少ない山に好んで住むのが原因なのでは?
メラクは最近、こう考えるようになっていた。
そしてもし、この考えが正しいとしたら天翼族は自ら進化の道から逆走している事になる。
第一この連中、偉そうに囀ってはいるものの、国に住んでいたのは混翼派の方が先だ。
元々このギャラルホルンは、住む場所のない変色した翼を持つ者達の為にメラクが建国したのが始まりであり、その理由は裏切ってしまったルファスへの罪滅ぼしに他ならなかった。
しかしそのルファスの部下であった12星天の一人、『乙女』のパルテノスが彼等の故郷を占拠してしまったのだから皮肉なものだ。
結果として仕方なく受け入れたものの、そうすれば今度は権利を主張し始め、また変色した翼の者達に石を投げ始めた。
これでは以前と何一つ変わらぬではないか。
だから、増長しているのはむしろ彼等の方であり、混翼派は被害者でしかないのだ。
ならばメラクが言ってやればいい。お前等いい加減にしろと喝を飛ばすべきだ。
しかしメラクには白の派閥の者達の気持ちも理解出来てしまった。
今まで長年に渡り続いてきた伝統、常識。それをいきなり変えるなど出来るはずもなく、彼等の言い分も少しは尊重したいと思ってしまう。
そうしてどっち付かずな対応を続けた結果が今だ。
黒も白も、どちらも不満が高まり、メラクへの信頼は失せ、いつ爆発してもおかしくない状態になっている。
(私は、無能だ……)
メラクの自問自答は常にこの答えで締めくくられる。
己への罵倒に終始する。
だが今日に限ってはそれで終わりではない。
これまで問題を先延ばしにし続けてきた代償。それを支払うべき時がやってきたのだ。
白の街の一角が爆ぜた。
その報告が来ると同時に、メラクはいよいよ内戦が止められない段階に進んだ事を知ってしまった。
【7英雄のここが駄目】
・メグレズ
実は結構優秀だった賢王。
国は何だかんだで発展したし、ミズガルズ随一の魔法大国にも成長させた。
守護神レヴィアを造ったり魔法機関を開発したり、あらゆる者に学問の門出を開いたりして手腕を奮い、民からの信頼も厚かった。
しかしやたら自責の念を感じていた彼は賞賛の言葉と視線に耐え切れなくなり、あろうことか王を引退。
後進に譲って隠居してしまった。
その後、王座を譲った人間が代を重ねた後に権力欲に塗れた『俺王様だから偉い!』というアホと化してしまい、更にかつて側近としていた人間達の子孫が『俺達貴族だから偉い』という選民思想のアホ化。手がつけられなくなってしまった。
寿命せっかく長いんだから、ずっと王座にいればよかったのに……。
無能とよく言われるが、別に無能ではない。
むしろ有能なのに王座を降りてしまったのが最大の問題。
・メラク
7英雄で最も穏やかな男。
それ故に、王にまるで向いていない。
優柔不断で物事をハッキリ言わず、周囲に流される。
リーダーシップ皆無のコミュ障。
・ベネトナシュ
不明。
高い軍事力を誇るが、メラクやメグレズからの救援要請などを全て握り潰しており、他の国と連携する意志がまるで見えない。
『王』としては他の二人よりも優れているらしく、国は繁栄している。
【故・アリオト】
鼻パスタ。