第31話 ウェヌスのわるだくみ
活動報告にも書きましたが、書籍化が決定しました。
随分妙な事になってきたものだ。
錬金術でリーブラの弾丸や武器を作りながら、俺は一つ溜息を吐いた。
この国で俺がやりたい事と言えば、7英雄の一人であるメラクと会って、中身が俺と同じプレイヤーなのか、それとも違うのかを確認する事だけだ。
それさえ済めば、さっさと離れてしまうつもりだったのに、事はそう上手く運んでくれない。
何か勝手に内戦一歩手前まで来てるし、放置すれば自滅してしまいそうだ。
自滅は不味い。何が不味いって国が滅びてメラクがやられるような事になれば守りを失った人類は更に追い込まれてしまう。
で、その内戦の原因が半分くらい俺のせい。これでは無視も出来ない。
要するに200年前に俺こと、ルファスを倒してしまった事で元々仲良くなかった白翼派と混翼派が決定的に対立し、いつぶつかってもおかしくないというわけだ。
……いやうん、アカンわこれ。
とにかく、まずはこの状況を何とかしなくてはいけない。
魔族のユピテルとかいうのを捕獲するようリーブラには頼んでいるが、その前に打てる手は打っておいた方がいいだろう。
となれば、やはり真っ先に思い付くのはメラクがちゃんと両陣営を抑えてくれる事だ。
ぶっちゃけ、これが一番面倒がなくていい。
この事態の原因の何割かはあいつが日和っているからだと俺は思う。
だから、何とかあいつを焚き付ける事が出来れば内戦前に止めるのも不可能ではないはずだ。
しかし俺は全国的に有名なド悪人であり、しかもこの国の連中は寿命が長いので顔を完全に覚えられている。
というかそもそも銅像建ってるし。
つまり俺がそのまま堂々と出向くのは完全にアウトだ。
だからといって全身ローブのままも不味い。どう見ても不審者だ。
となれば、やはり先日思い付いた男装をしてみるべきだろう。
服は錬金術でどうにでもなる。
まず髪の毛を首の後ろで括り、顔には伊達眼鏡。
頭には黒い帽子を被り、少しばかり雰囲気を変える。
胸はサラシできつく締め、白いシャツを着込む。
ズボンは黒でいいか。
最後に上からいつもの赤い外套を羽織り、翼は例のステルス包帯で隠した。
「うーむ……後はこの口調か……」
練成した鏡の前で己の姿を見る。
うん、なんだ。自分で言うのも何だが元が超美少女だからか、男装しても何か女々しい。
男にしては少し顔立ちが綺麗すぎるな。
こう、付け髭とか……いや、この顔立ちで髭は逆に不自然か。
こんな事ならストライダーの変装スキル取っておくべきだった……一定時間外見を変える事が出来るという面白スキルだったのに。
くそっ、課金スキルの上に外見変えるだけの死にスキルだったからイラネと無視していたが、こんな事なら取っておくべきだった。
それに何と言ってもこの口調だ。努力しても全然変わらない。
まるで何かに抵抗するかのように、頑としてこの口調で固定されてしまう。
残念だが、無口キャラで通す他ないだろう。
「ルファス様、もうよろしいですか?」
「うむ、構わん」
俺が鏡の前で色々なポーズを取っていると、ドアを開けてリーブラが入ってくる。
どうでもいいが現在俺がいる場所は、宿の個室だ。
驚く事にこの宿、一つの部屋の中に更に個室が付いている。
いや、普通とか言わないで欲しい。この世界だと結構これ、珍しいのである。
で、俺は今そこで変装の為の着替えをしていたというわけだ。
最初、リーブラが着替えを手伝いたがったが、俺はこれを拒否した。
こいつに任せると何か変な服着せられそうな気がして怖いからだ。
「どうだリーブラ。似合っているか?」
「ルファス様は何をお召しになってもよく似合います。
しかし失礼ながら苦言を申すならば、同性愛の殿方にアッーされてしまいそうな御姿であると感想を述べます」
「……それはつまり、男らしくないと?」
「アリエスよりは殿方に見えます」
本当にこいつ、言いたい事ズケズケ言ってくれる性格してるな。
まあ、変に遠慮されるよりはいいんだが。
というかアリエスも言いたい事結構言うし、ディーナも好き放題言うし、もしかして俺の部下って全員遠慮って言葉知らないのか?
「あえて申すならば、眼鏡よりはサングラスにするべきかと」
「なるほど、それもありだな」
確かに俺の顔はよく知られているし、眼鏡では不安も残る。
俺はリーブラの提案に頷き、それから部屋の隅を指差す。
サングラスは後で作ろう。
「それと、弾薬の練成は終わったぞ。
あそこにあるから、好きな物を持っていけ」
「感謝致します」
リーブラは一礼をし、俺が用意した弾薬の所まで歩いて行く。
そしてガチャガチャと音を立てながら、『全部』身体の中に収納してしまった。
……いや待て、今どうやった?
明らかに身体より多くの弾薬を入れていた気がするんだが。
「これでユピテルを捕獲出来る確率が上昇しました。
次に私と出会った時が奴の最期です」
リーブラが実に頼もしい事を言う。
それはフラグな気がしないでもないが、しかし負ける要素がまず見付からない。
以前に戦った7曜(笑)の強さから考えてユピテルというのも精々300レベル前後だろうし、属性でもリーブラが勝っている。
どう考えてもリーブラが圧勝するだろう。
とりあえずユピテルさんはリーブラに一任してしまうとして、俺はメラクをどうにかして動かす方法を考えよう。
アリエスとディーナは、過激派の調査にでも回すか。
白翼派の『義勇軍』とやらの規模も気になるし。
「ところでルファス様、先ほどからディーナ様の姿が見えません。
何か心当たりはないでしょうか?」
「? 其方のセンサーならば把握出来るのではないか?」
「いえ、それがこの付近100kmに渡り反応がないのです。
この国の外に出ているとしか思えません」
不思議そうに言うリーブラに、俺はああ、と手を叩いた。
多分あいつ、転移魔法で塔に戻ったな。
そういやリーブラはディーナの転移魔法を知らないんだったか。
「それなら心配あるまい。奴は転移魔法の使い手だ。
恐らく、今頃塔に戻って金策でもしているのだろうよ」
「転移魔法……それはもしや、エクスゲートの術ですか?」
「ん? いや、詳しい事は聞いていなかったな」
「驚きました。今の時代はエクスゲート以外の転移魔法があるのでしょうか」
リーブラの発言に俺は軽い頭痛を感じた。
何だ……何か、違和感が……。
……いや、それは今どうでもいいか。確かにリーブラの驚きは解る。
何故なら、200年前には“転移魔法など存在しなかった”。
ああそうだ、そんな便利な魔法など『エクスゲート・オンライン』にはない。
場所の移動方法は多岐に渡り、一瞬でマップを移動するコマンドも勿論あるが、あれは一瞬でマップこそ切り替わるものの実際は普通に移動してる扱いで転移ではなかった。
唯一の例外は設定だけの存在と化していた『エクスゲート』だが、これはゲーム中では単語と設定だけで登場すらしないし、勿論習得出来ない。
ならばディーナの『転移魔法』はエクスゲートか、この200年で新たに登場した魔法かのどちらかになる。
だが何故だ……何故こんな事を、俺は今になって思い出した。
どうして今まで当たり前に受け入れていたんだ。
「ルファス様?」
「! あ、ああ、そうだな。そういえばその辺りの説明をディーナから聞いていなかった。
戻ったら問うてみる事にしよう」
思えば、ディーナに関して俺はよく分からない事が多い。
元々モブの背景NPCだったのは確かだが、それだけに俺が知る情報というのがないのだ。
リーブラのように俺が製作に携わったゴーレムでもなければ、アリエスのような捕獲した魔物でもない。
あまり……いや、かなり気は乗らないが、一度ゆっくり話し合う必要があるかもしれないな。
*
「くそっ……あのゴーレム、滅茶苦茶やりやがる……」
町からかなり距離を開けた森の中、ユピテルは悪態をつきながら己の傷を治療していた。
今日までは全て上手くいっているはずだった。
ジュピターと名乗り、上手く白の街の馬鹿共を煽って内戦に導けていた。
後は黒と白の両陣営を潰し合わせ、国が無くなった後にメラクを潰す。
無論7英雄の一人ともなれば、いかに『敗者の刻印』があろうと簡単には勝てないだろう。
しかし内戦のドサクサで護衛さえ遠ざける事が出来れば、勝てる自信は充分にあった。
何よりメラクが得意とするのは大地の力を借りる『土』だ。自分の『木』ならば優位に立てる。
現在の距離は街から離れる事500km地点。
あのメイドゴーレムの索敵範囲は分からないが、伝説では100km離れても追跡され、200km離れても狙撃されたという逸話があるので、念には念を入れてその数倍の距離を取り、更に息を潜めて森に隠れた。
少々移動が面倒だが、自分ならばすぐに詰める事が可能な距離だ。
それにしても厄介な事になった。
あのゴーレムが街にいる以上、少し近付いただけでこちらに気付き、追跡してくる事だろう。
そして戦えば残念ながら勝ち目がない。
全く、どうしてこうなったのか……。いや、理由は分かっている。
あのゴーレムを引き連れたルファス・マファールがあの街に来ているのだ。
しかし何故『今』? この最悪のタイミングで狙ったかのように現れた?
あまりの間の悪さに、誰かが誘導したと邪推すらしてしまう。
全く、『あいつ』は何をしているのだ?
こういう事態を防ぐ為にも、ルファスを監視しているのだろうに。
「あら、随分手酷くやられましたね」
クスクスと、可笑しそうな笑い声が響いた。
ユピテルが殺意すら込めた視線を向ければ、そこにはまさに今思考に挙がっていた『あいつ』が立ち、口元に手を当てて愉快そうに嗤っている。
膝まで届く月の光のような金髪。整いすぎた美貌。
純白の法衣を纏い、底の知れない同僚がユピテルへと歩み寄る。
――7曜の一人、ウェヌス。
金の属性を司る美しい少女の姿をした、魔性。
その肌は擬態でもしているのか、透き通るような白であり――とても魔神族には見えない。
『日』を司る大将格が連れてきた存在であり、彼が言うには立派な魔族だというが、どうも得体が知れない。
大将はこいつを何故か全面的に信頼しているようだが、どうにも気味が悪いのだ。
「テメエ……今更ノコノコと何しにきやがった」
「あら怖い。怒っちゃ嫌ですよ」
「うるせえ! 何故俺の援護に来なかった!?
それにルファス・マファールがこの街に来るのを何故止めも、報告すらもしなかった!
おかげで俺はこのザマだ!」
「あら、貴方がそれを言いますか?
私、ずっと待ち合わせ場所でお待ちしておりましたのに。
レディを待たせた挙句デートの約束をすっぽかすなんて、男性失格ですよ」
よよよ、とわざとらしく嘘泣きの演技をする女をユピテルは歯が砕けそうなほどの憎悪の表情で睨む。
しかし彼女は気にした様子もなく、しらじらしく言葉を重ねた。
「報告ならするつもりでしたよ。
でもその肝心の場所に来なかったのは、貴方ではありませんか」
「ぐっ……な、なら何故、あいつ等をそのまま街に来させた!
お前なら止められただろう!?」
「無茶を言わないで下さいな。
かの覇王様を私如きが止められるはずがないでしょう。
私に出来るのはただ、その行く手を見守る事だけです」
ウェヌスのその言い様に、ユピテルはわざと聞こえるように舌打ちをする。
こいつはいつもこうだ。のらりくらりとこちらの追求を交わしてしまう。
全くもって、気に入らない。
「しかし私だって悪いとは思っているのです。
だから今宵は、貴方の協力をするべく参上致しました」
「協力、だあ?」
「ええ。邪魔なのでしょう? あのゴーレムが。
少しの間ならば私が抑えておけますよ、アレ」
ユピテルはその提案に怪訝な顔をする。
提案自体はありがたい。渡りに舟だ。
いや、むしろそれに縋るしか今の彼に道はない。
「……出来るのか?」
「20分程度ならば確実に」
「……20分か」
20分……短い時間だ。
しかしそれだけの時間があれば、ギリギリまで近付いておけばとりあえず往復は出来る。
ならば国に行き、白の街を適当に攻撃してから、あの馬鹿共に『黒の街の攻撃だ』と言ってやればいい。
そうすれば後は、勝手にあいつらが潰し合ってくれるはずだ。
メラクは……メラクは、今回は見送ろう。
国が潰れて、まずはルファス達がいなくなるのを待つ。
いくらあいつ等でも、国がなくなれば興味を失って立ち去るはずだ。
ルファスは魔神族の敵だが、7英雄の敵でもあるはず……きっと立ち去る。
その後に、どうにかしてメラクは暗殺してしまえばいい。
「わかった……絶対にやれよ。
それと合図はこの魔法石で行え」
「風の魔石ですか」
「そうだ、これを使えば俺にはそれが分かる。
いいな。絶対にやれよ」
ユピテルはそう言ってウェヌスに石を押し付けると、再びその場に座りこんだ。
ウェヌスもそれ以上何かを言う事はなく、黙ってその場から立ち去る。
その顔に、仲間であるはずの彼を蔑むような笑みを張り付けながら――。
~没ネタ~
リーブラ「マスター、そろそろよろし……」
ロボ超人「コーホー……コーホー……」
リーブラ「……マスター、その変装はどうかと思いますが」
ルファス「どうしたリーブラ、余に何か用か? というか、それは誰だ?」
リーブラ「! え? じゃあこれ、誰ですか?」
ロボ超人「両手にベアークローを付ける事によりレベル100×2のレベル200!
いつもの2倍のジャンプで更に2倍のレベル400!
そして、3倍の回転を加える事で……ルファス・マファール! お前を超えるレベル1200だー!」
リーブラ「だから誰ですか」