第23話 野生のリーブラが現れた
※第4話にレベルとクラスレベルに関する説明を追加
繰り出されたゴーレムの拳を軽く受け流し、小声で待機を命じる。
そして見た目だけ派手にゴーレムを吹き飛ばし、あたかも撃破したように見せかけた。
AIレベルの低い下層のゴーレムは撃破してしまっても問題ない。どうせあいつ等はもう俺の事すら認識出来無いし命令にも従わないからだ。
ただ目の前の相手を攻撃し続けるだけの壊れた全自動攻撃マシーン……そんなものは壊してしまうのが正解だ。
しかし中階層以上にいるゴーレムはレベルも高いし、簡単な命令なら理解してくれる。
何より俺やアリエスを味方判定して、攻撃を中断してくれる奴を倒したくはない。
だから俺は中階以上のゴーレムは倒した振りだけをし、その全てを無傷のまま残していた。
「ヒュウ、すげえなスファルさん。またゴーレムをふっ飛ばしちまった」
「本当にレンジャーなのか……?」
ジャンとニックにそろそろ疑いを持たれてそうだが、翼さえ見せなければ問題あるまい。
王墓に入って大分経ち、俺達は現在106階まで来ていた。
ここは108階層で構成されているっていうから、後2階層で最上階だ。
前の調査隊とやらは1ヶ月かけたとはいえ、ここまで到達したらしい。
俺はそれを聞いて彼等への敬意と、同時に余りにも惜しいという気持ちを同時に味わう事となった。
レベルを考えればゴーレム1体ですら脅威のはずだ。
なのに、その不利の中ここまで来られたというのは彼等が本当に優秀な調査員だった事を意味している。
だからこそ惜しい。それだけの者達を失うのは今の人類にとっては痛手だったはずだ。
「……全員、下がれ」
107階へ続く階段の前、そこに鎮座する存在を見て俺は声を発した。
何とまあ、あんなものまで残っていたか。
そこにいたのは他のゴーレムと比べて一回り巨大な、10mを超える鋼の番人。
貴重な素材アイテムの『ミスリル銀』を使う事で限界レベル600を実現させた、俺が(課金せずに)自分一人で作りうる限りの最高レベルのゴーレム。
あの決戦前、俺は自分の持つ最高の素材を使い、数体の拠点防衛用のゴーレムを作り出した。
ミザールに作ってもらったリーブラ程ではないが、それでもそのレベルは俺が作りうる限り最高の600。
恐らく湖の水全てを使ったレヴィアなどには戦えば負けるだろうが、それでも国家防衛に付いていてもおかしくない、この時代で考えるならば最強クラスのゴーレムのはずだ。
よくもまあ、調査隊とやらはこいつを突破出来たものだ。
……多分、何人かが囮になって仲間を進ませたんだろうな。
【ゲートキーパー】
レベル 600
種族:人造生命体
属性:金
HP 105/45000
SP 0
STR(攻撃力) ????
DEX(器用度) ????
VIT(生命力) ????
INT(知力) ??
AGI(素早さ) ???
MND(精神力) ???
LUK(幸運) ???
……っち。ステータスが未表示になっている。
これはつまり、俺の所有物判定になっていないという事だ。
レベルに倍以上の開きがない場合、味方判定以外の相手はこうして名前とレベル、HPやSP、それから属性だけが表示される。
ゲートキーパーは確かAIレベル3か4で作っていたはずだが、俺の事を判別出来ないのだろうか?
……試してみるか。
他のゴーレムに出来てこいつに出来ないわけはあるまい。
「……余が分かるか、ゲートキーパーよ」
まずは無造作にゲートキーパーへ近付いて行く。
ジャンが「危ない!」と叫んでいるが無視だ。
さあ、どうだ? 俺を判別出来るか?
『……接近……シンニュウシャ、カンチ……カン、カン、カンチ……。
ハイ、ハイ、ハハハ、排除、スル、ルルルル、ル……』
繰り出されたゲートキーパーの拳を避け、俺は確信する。
極度に減っているHPを見た時から嫌な予感はしていたが、どうやら当たってしまったようだ。
こいつはもう壊れている。
ただ機能停止していないというだけで、俺の事すら認識出来ていない。
残念だが、これでは最早壊す以外にないだろう。
他のゴーレムがまだ動けていたところから見るに、経年劣化だけが原因ではあるまい。
こいつがここまでHPを減らされる相手など……まあ、魔神族しかいまい。
勿論7曜の弱さから見るに一度二度の襲撃程度ではビクともしないだろうが、10も20も続けば流石にHPだって減る。
むしろ、よくまだ動けているものだと感心すらさせられた。
「スファルさん!」
「案ずるな。この程度でどうにかなる余ではない」
心配するジャンの声に返事を返し、前進。
俺は飽きずに攻撃を繰り返すゲートキーパーの攻撃を潜りぬけ、その懐へと入る。
――一撃!
手刀でゲートキーパーを貫き、残り僅かなHPを0にする。
紫電が迸り、彼を構成していた金属部品が散乱する。
瞳に相当するモノアイが点滅し、そして彼は地面に崩れ落ちた。
「ア、アア……ガ……シンニュウシャ、ハイジョ……ハイ……」
壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返す様は何とも滑稽で哀れなものだ。
俺は手に纏わり付いた金属片を振り払い、倒れたゲートキーパーの横を通りぬける。
これでもう障害はない。後はリーブラを止めるだけだ。
そうして次の階層へ行こうとした俺に、しかし雑音混じりの声がかけられた。
「……オカ……エ……ナサイ…………ルファ、……様……。
……オカ……リ……」
ほとんど聞き取れないか細い声。
だが俺にはそれが聞こえた。聞こえてしまった。
俺はそこに立ち止まると、倒れたゲートキーパーを一瞥する。
彼は壊れた身体で、まるで俺の帰りを祝福するかのように手を伸ばしていた。
たった今、自らを破壊した俺に対して、だ。
「……忠道、大儀であった。よくぞ今まで働いた。
…………もう、ゆっくり休め」
「……アア……」
最期に、声にならない、安心したような呟きを漏らしてゲートキーパーは機能停止した。
……少しやり切れないな。
壊す以外に方法がなかったのは分かっているが、やりきれない。
変だ。妙に心がざわつく。何かとんでもない間違いを犯してしまった気がしてならない。
直接会った事などないはずだ。
こいつと会うのはこれが初めてだろう?
たかがゴーレムだ。命令された通りにだけ動く、道具みたいなものだ。
何故、俺はこんなに嫌な気持ちになっている。
「……これで、残るは107階と最上階だけだ。
其方等はここに残れ」
この先にいるのは間違いなくリーブラだ。
ならばここでパーティーは一時解散。俺一人で行かなければならない。
しかしそれに反発するようにジャンが叫んだ。
「ま、まてよ! 一人で行くってのか!
そりゃ無茶ってもんだろ!」
「否、それが最善。余以外はリーブラの初撃に耐えられん。
あやつの『ブラキウム』は其方等など30回は消し飛ばしてお釣りが来るぞ」
「……!」
ジャンは息を呑み、疑わしそうに俺を見る。
俺の言葉を疑っているわけではない。
俺の存在そのものを疑っている。そんな目だ。
「あんた……一体何者なんだ?」
「…………」
「俺は馬鹿だけど、ここまで来てあんた等の桁外れの強さに気付かない程馬鹿じゃねえ。
途中からずっと、俺達を戦わせないようにゴーレムを排除していた……あのごっついゴーレムの拳にも微動だにしねえ……挙句リーブラの事を知っているような口ぶり……。
あんた、一体……?」
「……答える義理はないな」
俺は返答を拒否し、彼等に背を向ける。
言及はディーナとアリエスに及ぶだろうが、ディーナなら俺なんかよりもずっと上手く誤魔化してくれるだろう。
俺はなんというか、今は駄目だ。
たかがゴーレム1体だってのに、無駄に揺らいでしまっている。
自分でも意味が分からないくらいに冷静さを欠いている。
本当に意味が分からない……本当のルファスならともかく、俺は違うだろう。
悲しいなんて気持ちを、抱く理由が俺にはないはずだろう……?
ああ、何て事だ。俺はどうかしている。
階段を登り、107階へ踏み込む。
瞬間、目に付いたのは所々が崩れ、罅割れた広いだけの無機質な空間。
その中央にはメイド服の少女――否、少女を模したゴーレムが1体。
かつて俺が与えた服は所々に修繕の跡が見られ、だがそれでも足りないのかあちこちが破れている。
剥き出しになった腕は人ならざる関節部が剥き出しになり、よく見れば身体には細かい亀裂が走っていた。
200年の昔に俺が材料を集め、ミザールが造り出した人造の生命体。
それはキィ、と軋むような音を立てると俺へ顔を向ける。
『――侵入者を確認……警告……10秒以内にこの場を去る事をお勧めシマす。
これに従ワぬ場合、アるいは敵性行動に出たならバ、武力を以て、排除致します』
きっと何度も繰り返されただろう、テンプレのような警告文。
俺はそれに答えず、されど進む事もせずに髪を解く。
『10……9……8……』
眼鏡を外し、背中に手を伸ばす。
メグレズからもらった包帯を外し、少しずつ翼を外気に晒して行く。
『7……6……5………………。
…………』
カウントが停止する。
それに構わず俺は更に包帯を外し、黒翼を解き放った。
リーブラは無表情ながら、心底驚愕したかのように固まり、カウントも依然進まないままだ。
それが何だか少し可笑しくなり、俺は笑みを浮べて彼女に語りかけた。
「久しいな、リーブラ。
どうした、そんな豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして。
余の顔を見忘れたか?」
「……ルファ、ス、様……?」
微動だにせず固まるリーブラを俺は黙って見守る。
まずは彼女の結論待ちだ。
俺を認識して攻撃を中断してくれるならそれでよし。
ブラキウムを発射してくるようなら、まずはそれを凌いで動きを止める。
先ほどのゲートキーパーほどの酷い損傷ではないようだし、まだ修理が間に合うはずだ。
「照合……生体データ、一致……本物のルファス・マファールであル確率、99.99989965%……。
状況推察……あノ戦いデの生還率ハ1%未満……総合確率、……。
判断不能……不能……ハ、判断、ハン、ハ、ハン、ダン……不能、不能……」
「よい、無理に考えるな」
これはまずいな。
死人がいきなり出てくるという未知の事態に遭遇して混乱を起こしている。
普段ならばこんな事にはならないのだろうが、こいつもきっとゲートキーパー同様壊れかけているのだろう。
それでなくても190年間ここに放置され、休まず守護し続けていたのだ。
そりゃあ、正しい判断なんぞ出来無くなっても仕方ない。
「今、余がそちらに行って修理してやる。
其方には休息が必要だ」
「――! 警告!
そこカラ一歩デモ近付いた場合、排除条件ニ抵触シマス!」
「構わん」
リーブラの警告を気にせず、俺は堂々と踏み込む。
一歩、二歩!
リーブラは攻撃してよいものかどうか決めかねているようだが、その間にもどんどん俺は距離を詰めて行く。
「さあ、動いたぞ。
止めなくてもよいのか?」
『……。
プログラム・セレクション!』
リーブラの目が輝き、全身が発光する。
まず作り出されたのは周囲全てを覆う光の膜。
敵を決して逃さない為の、そして無駄な被害を出さない為のブラキウム発射の為だけの隔離空間だ。
その中央でリーブラに白い輝きが収束し、星の如く煌く。
鮮烈な輝きが膨張し、脈動する。
さて、この世界に来てから初の大ダメージだ。
正直声をあげない自信がないが……何故だろうな。
今だけは、無性にこいつ等に殴られてしまいたい俺がいる。
自分でも正直理解出来ないんだがな。
『――ブラキウム発動!』
そして星が爆発する。
室内全てが白い極光に満たされ、かつて感じた事のない衝撃が全身を襲う。
まるで暴風のように光が荒れ狂い、色鮮やかな粒子が空間内に舞い散る。
内部にいる総てを捻り切り、蹂躙し、破壊する。
防御など知らぬ、耐性など知らぬ、スキルも天法も知らぬと何もかもを貫通して強制的にカウンターストップの最大固定ダメージを叩き込んでくる。
やばい、痛い。
そして熱い。
まるで全身を焦がされているような熱さが身体中を刺す……というか実際焦がされている。
自分のHPが凄い勢いで減っているのが自分で分かる。
「ぬ……っ!」
食いしばった歯から、くぐもった声が漏れる。
しかし俺はあえて、この光の中を前進した。
正直今すぐ階段から転げ落ちて安全な場所に退避してしまいたいが、それをやるわけにはいかないし、何よりそれは格好悪すぎる。というか多分出来ない。
ブラキウムが一度発動したら終了するまで脱出は不可能と見た方がいいだろう。
1歩、2歩、3歩。
輝きの中を前進し、リーブラとの距離を詰める。
その間にも光は容赦なく俺を襲い、HPを削り続ける。
これは、かなりキツいな。
だが、俺にとっては耐えられないほどじゃない。
『――!』
「やれやれ、ようやく辿り着いたぞ」
リーブラの目の前まで到達すると同時にリーブラが動いた。
左手の手首から先が腕の中に収納され、代わりに青白く輝く光の刀身が出現。
俺に向けて真っ直ぐに突き出されたその切っ先を紙一重でかわし、左手を掴んで動きを止める。
そしてアルケミストのスキルである『オールリペア』を発動。
ゴーレムのHPを完全回復させる単体用ゴーレム限定回復スキルだ。
このスキルは実に使い勝手が悪く、ゴーレムなら何でも修理出来るわけではない。
直すには、術者の所有物でなくてはならないのだ。
そしてリーブラはゲートキーパーと違い、あの戦いで俺がやられた時に最後まで所有していたゴーレム。
その判定が持続しているならば、と思って試してみたがどうやら無事通ったようだ。
リーブラの全身の皹が消え、HPが回復していくのが分かる。
「長い間待たせて済まなかったな。
迎えに来たぞ、リーブラ」
「…………状況判断……ルファス様本人である確率、100%……ルファス様本人であると確定。
……王墓防衛の任務を解除します」
リーブラはそう言い、安らいだかのように目を閉じる。
任務を終えて、ようやく休む事が出来た彼女を俺はそっと抱きかかえた。
ルファス「久しいな、リーブラ。
どうした、そんな豆鉄砲を食らった鳩のような顔をして。
余の顔を見忘れたか?」
リーブラ「……ルファ、ス、様……?」
リーブラ「ルファス様の名を騙る不届き者ぞ! であえ! であえー!」
ルファス「!?」
\デーンデーンデーン/
【ブラキウム】
元々は岩男X2のギガクラッシュ的な技にする予定だったが、「王墓の耐久力どうなってるの?」という突っ込みを受け急遽変更。
周囲にブラキウム専用の隔離フィールドを形成してから発射するよくわからない技となった。