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第189話 えいゆうのたましいは ぶじに てんに のぼって きえてゆきました

 神々の黄昏は終わり、再びミズガルズの大地に朝日が昇った。

 私はアルゴー船から眺めるいつも通りの景色に目を細める。

 一度は宇宙ごと抹消されたはずのミズガルズだったが、まるでその事実そのものが最初からなかったかのように昨日までと何ら変わらぬ景色が広がっている。

 アロヴィナスとの戦いの後、私は彼女に協力させてこの宇宙の時間を神々の黄昏が起こる以前へと巻き戻した。

 そんな事が出来るならばアロヴィナスは何故私を消さなかったのか、と思う事だろう。実際私も思った。

 だがその理由は何とも簡単で間抜けなものだ。

 あの女神は強すぎる事が災いして、逆に加減が下手糞だったらしい。

 いや、思えばその兆候はあった。

 存在が強大すぎるという理由でミズガルズにほとんど干渉出来ていなかった事がその証明だ。

 もしアロヴィナスに巻き戻しなどをさせてしまえば、それこそミズガルズ誕生以前にまで遡ってしまい、最悪の場合はビッグバン前にまで戻ってしまう。でなければアロヴィナスは私というバグが発生した時点で巻き戻しを行っていたはずだ。

 全能と思われていた女神の意外すぎる弱点だ。彼女は規模を無駄に大きくするのは得意だが、小さくして微調整するのは苦手だったらしい。

 これは女神自身に言わせれば、『映画を少し巻き戻そうとして、ほんのちょっとだけ戻したつもりのはずが最初まで戻ってしまう感覚に似ている』らしい。よく分からない例えだ。

 また、私は宇宙を再生する際に自らに取り込んだマナを解放した為、今は元の強さに戻ってしまっている。

 もっとも感覚は掴んだので、また女神が馬鹿をやらかそうものならばすぐに殴りに行ける自信はあるがな。


「終わりましたね」

「ああ」


 私の隣に立つディーナが簡潔に言い、私もそれに簡潔に返した。

 口数こそ少ないが、その言葉には互いに万感の思いが籠っている。

 終わった……そう、ようやく終わったのだ。

 女神に脚本を書き直させるという、ただそれだけの事だったが、それを為す為の道は余りに長かった。

 だがこのミズガルズはもう、アロヴィナスの手を離れた。

 ここから先は神の道標はない。あっても正直役に立たないが、私達自身で道を探さねばならん。


「ルファス様あああ! 妾は信じておりましたわああ!」


 スコルピウスが手を広げて私へと飛びつこうとするが、その動きは私に届く事なく止まった。

 彼女の頭をリーブラがガッシリと掴み、封じてしまったからだ。


「くおら、何すんのよ、このポンコツ!」

「マスターに近付いた変態を取り押さえました。何もおかしい事はありません」

「妾の何処が変態よお!? ぶっ壊すわよお!」

「貴方がいると話が拗れるので一足先に月に送り届けます」

「くおらあああ!?」


 リーブラの手が肘から分離し、スコルピウスを掴んだまま空へと飛んで行った。

 その向かう先は本人が言ったように月だ。

 月は一見すると普段通りだが、実は宇宙を戻す際に少しだけ細工を加えておいた。

 実は裏側に、マファール塔を移しておいたのだ。

 何故そんな事をしたのかというと、私はこれから月へ移住してそこでしばらく身を潜めるつもりだからだ。

 私は未だにミズガルズでは恐怖の代名詞みたいなものだしな。

 それに一度は世界を滅ぼした存在だ。どう取り繕っても人々から恐怖されるのは避けられない。

 だから表の世界からは完全に手を引き、月に国でも作ってそこでのんびりと暮らそうかと思っている。

 宇宙を再編する際に月を少し弄ったので既に生物が住んでも問題のない環境は出来上がっている。

 ミズガルズから見た時の外見は以前と変わらぬが、それは魔法によって見た目を誤魔化しているだけで海や自然といったものがちゃんと存在している。

 だがそれだけの真っ新な星である事も確かなので、これからはまず町などを造っていかなければならないだろう。

 勿論表の王が私だと人々は月を不吉の象徴として恐れてしまうだろうから、表向きは女神の住む星として扱い、ディーナを新女神の座に据える。

 つまり彼女の二つ名は今後、月の女神となるわけだ。どんどん二つ名が増えるな、こいつ。


「誰のせいですか、誰の」

「うむ、私のせいだな」


 ディーナの突っ込みに私は軽く返し、地上を見る。

 人々は既に箱舟から降ろした後で、その箱舟も今は月の裏側に隠れている。

 至っていつも通りの平和な景色だ。

 だがいつもと違う事もある。人々はもう、魔神族を恐れなくてもいい。

 当たり前の話だが、魔神族も地上には残れない。流石に長い間人類と敵対しすぎたからだ。

 なので彼等も全員月送りだ。彼等にしてみれば恐怖の象徴である私と同じ星に住むなど冗談ではないだろうが、今までの悪事のツケと思って諦めて欲しい。


「しかしよろしいのですか? 今ならばマスターが再び世界制覇に乗り出す事も不可能ではありませんが」

「確かに今ならば容易いだろうが……元々私が世界征服を目指したのは魔神族に怯える事なく弱い者が暮らせる、そんな平和な世にしたかったからだ。

だがその魔神族はこちらで引き取るのだ。ならば目的は達成したと見ていいだろう」


 リーブラの疑問に、私は手を振って否定を返した。

 今になって世界を手に入れようとは思わないし、手に入れる理由すらない。

 私の最後の仕事は魔神族などのミズガルズに残したら間違いなく火種になるような連中を引き取る事くらいだ。

 無論引き取るのは魔神族だけではない。

 亜人達の集落や、レベルが300を超えているような今の時代だと明らかにやばいような一部の高レベルの魔物なども月に移住させるつもりだ。

 ピスケスが統治していた海底王国だけはそのままミズガルズに残留させ、今後も海を守ってもらう。


「それにな、私はどうも統治者というのに余り向いていないらしい。

出来る事と言えば力で押さえ付ける事だけ……理ではなく力と恐怖で民衆を従えるのが私のやり方だった。

これでは覇王や暴君にはなれても名君にはなれん。

動乱の中ならばそうした王にも需要はあったのだろうが、今後のミズガルズに私のような王は要らんだろう。

何より私は一度、表舞台から姿を消した身だ。今更未練がましく返り咲こうとも思わん。

……後は、今を生きる者達に委ねるさ」


 自分自身でハッキリと言ってしまうが……平和な世の中ならば私は王としてはむしろ無能の類だろう。

 侵略、制圧、そして自身が前線に出ての殲滅。私が得意とするのは結局のところ、こういう暴力沙汰ばかりだ。

 戦乱の世の中ならば私は多分優秀な王なのだと思う。勝てば官軍の理の中ならば私に勝る者など女神以外に存在しない。

 だが戦乱の中で領土を拡大する事と、平和になった後の世界を統治するのはまるで別問題だ。

 恐らく私の統治者としての能力など、メグレズの足元にも及ぶまい。

 覇王だの覇者だの、呼び方だけは格好いいが、結局のところそう呼ばれる手合いの者は敵がいてこそ威厳を保てる不安定な王でしかないのだ。

 敵を殺して、殺して、殺し尽くして、その屍山血河の果てに敵の居ない平和を築き上げる。私にはそれしか出来ない。

 ならば平和になった後はどうする? 敵のいない世界で、敵がいなければ威厳を保てない無能な王はどうすればいい?

 新しい敵を探すのか? あいつは気に入らない、こいつも気に入らないと敵を作り続けてそれを延々繰り返して……きっとその果てに、私は独りになるのだろう。

 今だから言える。私はアリオト達に負けてよかった……そうでなければ私は今頃第二のアロヴィナスと化していたかもしれない。

 平和になった世の中に私のような王は要らない。いや、いてはならない。

 それが、一度この世界から離れて異世界(ちきゅう)の知識や在り方を見て下した、私の結論だ。


「そういえばルファス様、魔神族はどうなるんですか?」

「ああ、それなのだがな……やはり魔法である彼等を生物にする方法は無いらしい。

まあ、そんなのが出来るなら女神とて生物をわざわざ地球から持ち込んだりしなかっただろうからな」


 ディーナの問いに私は先に、魔神族にとっては残酷とも言える結論を答えた。

 やはり彼等を生物にする方法はない。もしかしたらあるかもしれないが、女神アロヴィナスですら見付けられない以上、それはもうほとんど『不可能』と断じていいだろう。

 だがこれは予想出来た事でもあった。

 そもそもアロヴィナスは生物を創り出せずに地球から生き物を持ち込んでいたのだ。

 つまり魔法を生物にするような芸当が出来るなら、ミズガルズはもっと異なる生態系を築いていたはずだ。

 しかし、何も悪い話ばかりではない。


「魔神族を魔法から生物にする方法はなかった……だが、そう悲観するばかりでもない。

魔法としての性質を変えるくらいならば容易な事だ」

「性質、ですか?」

「ああ。元々魔神族は人類に向けて放たれた攻撃魔法だったわけだが……その性質をアロヴィナスに変えさせ、人類への攻撃衝動を失わせた。

それと、魔神族にも一応擬似的な魂と呼べるものはあるらしいから、アバター作成の要領で生まれる前の赤子に擬似魂を憑依(インストール)して転生する事は可能だそうだ」


 実はこれは私にとっても少し意外な事であった。

 まさかアロヴィナスがそんな救済措置みたいなものを用意しているとは思っていなかったのだ。

 もっとも聞いてみればそれは救済措置でも何でもなく、単に一からまた新しく創るのを面倒臭がったアロヴィナスが気軽に再利用出来るようにしただけの手抜きの為の措置だったらしい。

 あいつは魔神族をリサイクルのプラスチックか何かと一緒にしているようだ。

 これに関してアロヴィナスは、少し意外そうな顔をして私にこう言った。


『え? 気付いてなかったんですか?

私、以前にポルクスを操った時に貴女の前でマルスとかいう魔神族を出したはずですが……』


 言われてみれば確かにその通りであった。

 魂がなければ召喚出来ないアルゴナウタイのスキルで、確かにポルクスは一度マルスとかいう変な奴を召喚してみせている。

 あの時は全く気にしなかったが、なるほど、これは私の見落としだろう。

 まさかこんな所で答えが出ていたとは思わなかった。

 だから魔神族……以前ドラウプニルで死んだメルクリウスとかいう奴は既に英霊として転生しているし、今頃はテラと話している事だろう。

 だが戻る者がいれば去る者もいる。

 私は朝日を見る事を止め、アルゴー船の甲板を見る。

 そこには、アリオトとドゥーベ、フェクダ、ミザールが立っていた。

 少し離れた位置にはベネトナシュ、メグレズ、メラクの存命組がおり見守るように佇んでいる。

 それを見ただけで私は、彼等の決断を理解した。


「……もう、逝くのだな」

「ああ。話し合ったんだけどよ、やっぱ今更現世にしがみ付くのも違う気がしてな」

「オイラ達はもう終わったはずの過去の存在クマ。潔く還る事にしたクマよ」

「おいドゥーベ、語尾」

「おっと、間違えたでミドヴィエーチ。まあ気にしちゃいけないアルクトス」

「お前わざとやってるだろ」


 アリオトとドゥーベが漫才染みたやり取りをするが、それも随分懐かしい気がする。

 馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、どうやら彼等は死んでもそのままだったらしい。

 それが何だか妙に嬉しくて、私は思わず笑った。


「俺達の冒険はもう終わっている。若い世代の邪魔をする気はねえ」

「儂なんてこのまま残ったら二人になってしまうからな。大人しく墓の下に戻るのが一番じゃ」


 フェクダが穏やかに言い、ミザールもまるでこれから家に帰るかのような気軽さで話す。

 せっかちな奴等だ、とは思う。

 折角現世に戻って来たのだからもう少しくらい生を謳歌しても罰など当たらんし、もし当たったら私が女神に文句を言えばいいだけだ。

 しかしこれは彼等なりのケジメなのだろう。

 ならば私も駄々を捏ねたりせずに見送ってやるべきだ。

 少しばかり寂しい気持ちもなくはないが、な。


「お前がやり遂げる所もしっかり見届けさせて貰ったしな。もう心残りはねえ」

「最後にまた、お前さんの仲間として戦う事が出来た。儂等にはそれで十分すぎるわい」


 アリオトとミザールが憑き物が落ちたように話す。

 彼等は彼等でずっと悔いていたのだろう。昔の失敗を。

 そうさせてしまった私が言うのは少し違う気もするが、満足出来たならば何よりだ。


「そう、か……ならばせめて一杯くらい付き合っていけ」


 私が指を鳴らすとリーブラが素早く全員にグラスを渡し、ワインを注いだ。

 彼女の腕はスコルピウスと一緒に月に行った筈だが、何故か腕がしっかり付いている。

 少し離れた位置では腕のない量産型リーブラがオリジナルを咎めるように見ており、彼女から分捕ったのだろうと分かった。後でちゃんと返してやれよ。

 ともかく、これがこいつ等と交わす最後の別れの杯だ。

 私が差し出したグラスに七人の英雄がグラスを当てて音を鳴らし、彼等と共に歩んだ過去が昨日の事のように思い出される。

 一体何時以来だろうな……この七人と顔を合わせ、こんな穏やかな気持ちで杯を交わすのは。

 本当はもう少し色々と話したいものだが、あまりズルズル未練がましく長引かせても後を濁すだけか。


「……ではな、アリオト、ドゥーベ、フェクダ、それにミザール。

其方等とはもう二度と会う事もないだろう」


 これは永遠の別れだ。

 この世界には死後に魂が運ばれる場所がある事は分かっているが、私がそこに行くのは遠い未来の事になるだろう。

 だがその時までアリオト達は残っていないだろうし、恐らく皆転生という形で新しい生を得ているはずだ。

 そう、魂は巡る。地球はどうか知らんがこのミズガルズはそうなっている。

 これも考えてみれば当然の話だ。魔神族すら再利用していた女神がわざわざ新しい魂など生産しているはずがない。

 あの駄女神は魂すら再利用してこのミズガルズを循環させていたのだ。手抜きもいい加減にしろ。

 ならば必然、転生したそれはもうアリオト達ではなく記憶もないだろう。

 つまり仮に再会の機会が訪れたとしても、その時はもう私達は互いを認識出来ないわけだ。


「其方等と出会えたこれまでの道に」

「永遠の別れに」


 ――乾杯。

 そう言い、私達はワインを一気に煽った。

 長々とした会話や思い出話は要らない。この一杯があればそれでいい。

 全ての禍根を洗い流すこの最後の杯があれば、十分過ぎる程に事足りる……満ち足りる。

 私は脳裏を過ぎる様々な思い出と共にワインを飲み干し――そして、アリオト達四人は旅立っていった。


 お前達とは色々あったが、それでも言える事がある。

 会えてよかった。お前達と会えて、一緒に冒険出来てよかった。心からそう思うよ。

 死んでいる奴にこういうのもおかしな話だが……そっちでも達者でな。

故・インフレ「(ヽ''ω`)…………」

物理法則「そっちでも達者でな」


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