第186話 このわたしが せかいで いちばん! つよいって ことなんですよ!
インフレさん「…………(ヽ''ω`)」
物理法則さん「……流石にざまあとか言えなくなってきた」
質量保存さん「オイオイ、過労死わアイツ」
デフレさん「毎日がGW!」
部長「あ。インフレ君。次回から仕事もっと増えるよ。ここからが本番だってさ」
インフレさん「…………(ヽ''ω`)」
エクスゲートを通過し、箱舟が到着した場所は月の裏側であった。
月はアイゴケロスが砕いてしまったが、無論向こうの世界の月ではない。
もう一つの世界――地球が存在する側の宇宙の月だ。
箱舟の中から青い惑星を眺め、ウィルゴが感心とも歓声とも取れぬ声を漏らす。
「後は、信じて待つだけ……か。まさか最後の最後で戦力外になるとはな」
カストールが自嘲するように呟き、拳を握った。
彼が抱えている悔しさは取り残されてしまった十二星やテラなどの全員に共通する思いだ。
どんな戦場であろうと共に駆け抜けるつもりだった。命すら惜しくはなかった。
だがもはや戦いのレベルは彼等ですら戦場に立つ事すら出来ないものとなり、ここで待つ以外の道はない。
特に己の力に絶対の自信を持っていたレオンなどは悔しさも人一倍だろう。
「ディーナ。貴女はこの戦いの行く末をどう見ますか? 女神様の実力を本当の意味で知っているのは貴女だけです」
リーブラがディーナへと意見を求め、全員の視線がそちらに向いた。
この中で本当の意味で女神を知っているのは、その現身でもあったディーナ一人だけだ。
ディーナは居心地の悪さを感じながらも、己の知る情報を口にする。
「仮に……仮にここで女神様のレベルやステータスを書こうとするならば、小さく書き込んだ9という数字が宇宙の端まで届き、一周して戻って来るでしょう。そのくらいの測定し切れない強さをあの方は持っています」
「つまり?」
「普通にやれば絶対に、誰も勝てません。だからあの方は神なのです」
ディーナがそう断言し、それと同時にスコルピウスが彼女の胸倉を掴んだ。
そのまま絞め殺しそうな勢いだが、すぐにリーブラがスコルピウスを引き剥がす。
「冗談じゃないわよお! ルファス様が負けるわけないでしょお!」
「……だから普通にやればって言ったじゃないですか。
ルファス様の取った手段はつまり普通じゃないんですよ」
軽く咳き込みながらディーナは襟元を正す。
スコルピウスを興奮させたままでは話にならないのでリーブラは彼女をレオンへと渡し、レオンは嫌そうな顔をしながらもスコルピウスを抑え込んだ。
「女神様の魔法である宇宙を取り込んで、あの方と同じ領域に立つ……それが私達が考えた策とも呼べぬ策でした。
あの方に弱点や、分かり易い攻略法など存在しない。倒してもらうための親切丁寧なギミックなんてない……強引でも稚拙でも、力で上回って倒してしまうしか方法はないんです」
分かり易い弱点があればどれだけよかっただろう。
例えば破壊すれば女神が大幅に弱体化してくれるオブジェ。女神の力を抑え込んでくれるようなご都合主義の便利アイテム。何故かこれだけは効くという女神だけを殺すスキル。女神に対してギャグのような殺傷能力を発揮する剣……そうしたものがあれば、どれだけ勝率が上がっただろう。
……ない。そんなものはないのだ。
完全無欠とまでは言わない。実際女神は頭が少し残念だし、隙だらけだ。欺くのも難しい事ではない。
だがそれでも彼女は最強で全ての上に立つ。
そうした欠点などどうでもよくなる程に強すぎるからだ。
「じゃ、じゃあルファス様は勝てるんだね!」
「……勝率は全てが上手くいって、精々0,1%といったところでしょうか」
アリエスの希望的観測に、ディーナは無情に事実だけを口にした。
女神はそんなに甘い相手ではない。
だからこそルファスはバグを発生させ、自らが世界のバグとなり、彼女のシステムを無理矢理突破して挑戦権を手にした。
だが挑戦権を得る事はイコールで勝利ではない。戦いの場に立ったその後こそが本当の神の恐怖を知る時なのだ。
「それでも私は信じています。あの方はいつだって私の予想を超えてくれた。
だから私に出来る事は、あの方が戻って来た時におかえりと言ってあげる事だけです」
そして、もしもルファスが敗れたならば彼女と運命を共にする。
その決意を以てディーナは二百年間の孤独な戦いに身を投じ、出来る事を全てやった。
バトンはもう渡した。出来る事はもう何もない。
ただ、彼女の勝利に全財産を賭けて待つだけだ。
負ければ道連れで共に破滅――問題ない。全て自分で望み、自分の意思で決めた事なのだから。
たとえ戦場に同行出来ずとも、己の命と運命はルファスと共にある。
*
「薙ぎ払え選定の天秤――ブラキウム!」
極超新星爆発の爆炎を、内側からルファスの放った破壊の奔流が弾き返した。
最早ここに至って時間の概念など存在せず、一日に一度しか使えぬという制約など無いに等しい。
渦巻く破壊の極光が攻撃対象とするのは銀河系を飛び越えた大銀河団の全て。
相手が星を使い爆破して攻撃してくるというならば、その星を周囲から全て排除すればいい。
目には目を。力押しには力押しを。
今更強者を相手にした弱者の工夫などと興が覚める事などすまい。
これは世界の命運をかけた力と力、破壊と破壊の戦いだ。どちらが上かを決めてさあ従えと相手を捻じ伏せる一戦だ。
ならば取るべき戦略は唯一つ。否、戦略ですらない。
――正面から力を持って捻じ伏せる! それだけが突破口だ。
アロヴィナスの攻撃を相殺すると同時にベネトナシュとオルムが飛び出し、アロヴィナスへ連撃を浴びせる。
速度は既に無限速。攻撃を行うと同時に命中が成立する故に回避は出来ない。
だが女神の前に現れた不可視の壁に阻まれる。
……知った事か。攻略法など考えるのも面倒だし、どうせ弱点などあるまい。考えるだけ無駄だ。
ならば押し通せばいい。取るべき手段は正面からの破壊一択。究極まで突き詰めた戦いの中でそれ以外の突破法などあるものか。
「はあああああッ!」
「おおおおおおおッ!」
ベネトナシュとオルムの連撃が不可視の壁の上から強引に叩き込まれる。
光を超えた攻撃は質量さえも無限に達し、その場にブラックホールを生み出し、宇宙全体が揺れる。
それも知った事ではない。今更周囲の被害など気にするものか。
オルムが龍の姿へと変じ、破壊光を放つ。
直撃――光の奔流が迸り、一瞬で宇宙の果てへと到達して射線上に存在していたありとあらゆる惑星、恒星、銀河を纏めて諸共に滅却する。
だが……無傷。女神には未だ掠り傷の一つすらも刻まれていない。
「銀の矢放つ乙女!」
ベネトナシュが月属性最強最大の魔法を解き放ち、女神へと白銀の矢が迫った。
そのサイズはまさに規格外。恒星よりも巨大な矢となり、女神へと直進する。
余波だけで数多の銀河が消失し、だが女神には届かない。
彼女は微笑んだまま指先一つで矢を受け止め……そして、蝋燭の火でも消すかのように吐息を吹きかけて消してしまった。
「来い、根源を破壊せし者……錬成! 『嘲笑する虐殺者』!」
ルファスが手を掲げ、この宇宙を構成するほとんどを引き換えとした錬金術最大の奥義を発動させた。
虚空の彼方より現れたそれは巨大な……否、もはや巨大などという陳腐な単語では言い表せぬ黒い竜だ。
その巨体の前では龍ですらただの微生物に過ぎず、渦巻く体躯は宇宙すらも飲み干す程に規格外い。
睨むだけで恒星が塵となり、吐息一つで数多の銀河が吹き飛ぶ。
宇宙の根源に根ざし、世界樹を喰らい続けると語られる怪物の中の怪物。
それが女神を前に、宇宙全体に轟く咆哮をあげた。
「ルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
咆哮だけで宇宙に亀裂が走り、残っていた僅かな星々が分子にまで分解されて消滅した。
余りに膨大過ぎる質量が超重力を生み出し、ただ存在しているだけで空間すらも捻じ曲げて破壊する。
これぞまさに災厄。存在しているだけで宇宙を滅びに導く、破滅の獣。
だがそれを前にアロヴィナスはクスリと哂い――。
「可愛いですね」
――軽くはたいて、抹消した。
それは余りにも呆気なさすぎる終わりであった。
先程までの圧倒的な存在感が嘘のように霧散し、ルファスの最終奥義が塵のように扱われる。
その光景に、さしものルファスもほんの一瞬ではあるが呆然とした。
「ふふ、流石にお強いですね……しかしそんなものは一つ桁を上げてしまえば何の意味もありません」
光を超えた停まった世界の中で話す、というのも奇妙なものだ。
音速など、最早このレベルの戦いにおいては動かないにも等しい。
だがここにいるのは摂理すらも己の意思一つで曲げてしまえる女神だ。
ならば道理を捻じ曲げる事など造作もなく、矛盾を矛盾で無くすことすらも容易い。
そもそもそれを語るならば宇宙空間で会話をしている事自体が既におかしいのだ。
常識など通用しない……否、もはや常識など欠片も存在しない。
ここにあるのは全てが超常。だが、そんな中で一つだけ変わらぬ事がある。
――より強い方が勝つ。この絶対の法則だけは何時如何なる時も変わらない。
「ちい! 焼き尽くせ、神殺しの炎――ハマル!」
ルファスが掌から相手の最大HPの半分を消し飛ばすアリエスの炎を放った。
桁がどれだけあろうとこの技の前では無関係だ。
それが那由多だろうが無量大数だろうが不可説不可説転だろうと、必ず半分を削り取る。
更にスキル・エクスコアレスを発動。アイゴケロスのデネブ・アルゲディと合わせて回復不能とする。
神をも焼き尽くす黒い火炎がアロヴィナスを飲み込み、しかし彼女は微動だにしない。
「ふふ、受けると同時にHPの桁を10くらい増やしておきました。
したがってその炎が私に与えたダメージは塵のようなものです」
「クイックレイド!」
ベネトナシュが横から飛び込み、速度の回転を上げて連撃を放つ。
より早く、より速く、より疾く!
速度は既に無限の果て。この上はない。
だが知った事か。今のままでは通じぬならば更に限界を越えろ。
無限すらも超えて更なる無限へと至れ。
壁を越え続け、過去の己を超越し続けろ。そこにしか活路はない。
「人の想像し得る強さというものには限度がありません。
例えば物語Aと物語Bがあり、さあどちらのキャラクターが強いと議論を交わす。
物語Aは宇宙を破壊してしまえる強さで、しかし物語Bは一つの宇宙が更に広大な大宇宙の細胞の一つでしかないと語る」
アロヴィナスが話し、それと同時に宇宙全体が縮小した。
小さくなり、小さくなり……やがて限界まで小さくなった事でルファス達にもその全貌が見えてきた。
今までいた宇宙が、分子の一つに過ぎなかったという事実を見せ付けられる。
そしてその外側には、更に広大な宇宙空間が広がっていたのだ。
そんな悠長な話など付き合っていられないとルファスが消えない毒を上乗せした攻撃を放ち、オルムがブレスを叩き込む。だが女神は止まらない。
「ところがここに物語Cが登場し、その大宇宙すらも更に細胞の一つでしかない広大なスケールを展開する」
再び宇宙が収縮する。
すると再び見せ付けられる、この大宇宙すらも細胞の一つでしかないという圧倒的なスケールを。
「ところがこれだけ圧倒的な設定を誇り、その中で最強とされる者がいたとしても作者の鶴の一言で事実は反転する――この最強のキャラクターをパンチ一発で倒せる更なる最強がいる。こう言うだけで更に上の強者が出てしまう。
更にその最強をDとして、そのDを子ども扱い出来るEが反応出来ない速度で戦うFをデコピンで百回殺せるGがまるで相手にならないHと同じ強さを持つIが百人いても一蹴されるJを吐息一つで消し飛ばすKが……ふふふ、結構これ、どんなフィクションでもありがちな事でしょう?」
アロヴィナスが手の中に光を集約させる。
ただの光ではない。その中には無数の宇宙を取り込み、世界を何百何千何億と滅ぼしてしまえるだけの力を秘めているのだ。
まさしく神の次元。桁が違いすぎている。
「子供同士の言い争いです。ルファス、貴方のアバターも幼い頃にやった事があるでしょう。
幼い子が二人いたとして、片方が凄いビームと言って攻撃する振りをし、もう片方が凄いバリアと言って防ぐ振りをする。
すると今度は凄いバリアを簡単に砕ける凄いビームと言い、片方は更にそれを防げる無敵のバリアを張ったと言い張る。
しかし攻撃した側はむきになり、無敵でも何でも壊せるビームと我儘を言い、もう片方は更に何が何でも壊れないバリアであると我を押し通そうとする……キリがありません」
クスリ、とアロヴィナスが笑う。
それは己の勝利を、力を。絶対的に信じているが故の笑みだ。
負けるはずがない、負ける理由がない。仮にあったとしても、ならばその設定を踏み越えればいい。
いくらでも創り出せる……己を最強足らしめる設定など。道理など。摂理など。
「先に結論から教えましょう……私の力は無限です。設定の上から設定を上塗り出来る。
例えば仮に貴方達が私を倒し得る異能や力を手に入れたとしましょう。
ならば私はこう答える事が出来る。『私にはその異能も力も通じないし、貴方達を指一本で倒せるほど強い』。
稚拙だと思いますか? ええ、その通りです。否定はしません。
しかしね、長々と続く気取った設定よりもこんなどうしようもない一言のほうが強かったりするのですよ」
アロヴィナスの力が更に膨れ上がり、宇宙規模の大爆発が発生した。
ルファス達はそれを全力で防ぎ、消し去り、あるいは取り込んで自らの力とする。
しかしそこに、アロヴィナスが飛び込んで三人を同時に弾き飛ばした。
すぐにルファス達も攻勢へと転じるが、あろう事か繰り出した攻撃を易々と回避される。
当たるまでの過程を完全に置き去りにしたはずの無限速の攻撃を、だ。
「無限速? なるほど凄いものです。
ならば私はこう答えます。『無限速すら私の前では1に過ぎず、私はその百倍は速い』と。
無限の攻撃力があるならばこう言いましょう。『その無限すら1に過ぎない更なる無限がある』と。それを超えたならば更にその上があると言い張りましょう。
無限に強くなり続けるならば、その千倍の速度で更に無限に強くなりましょう。
さあ次はどうします? 相対するだけで相手を殺す絶対の即死能力? 存在しているだけで相手の能力を全て奪い取るコソ泥能力? 絶対に相手よりも強くなる特性? 時間ごと巻き戻して無かったことにする術? 更に上の世界の住人となり紙を破るように相手の設定を破り捨てる凄い力? ありとあらゆる能力を無効化する力? どんな攻撃でも倍返しで反射出来る無敵のバリア?
勝利という概念を操って過程を無視して絶対に勝利する体質?
敗北という概念を相手に植え付けて絶対負けさせるチート?
その全てを問答無用に貫通して殺してしまえるだけの純粋無比な力?
何でも構いませんよ、満足するまで出して下さい」
「――どうせ効きませんから」
アロヴィナスは全ての抵抗を無駄と断じ、嘲笑う。
そして彼女を中心に宇宙開闢の光が炸裂する。
一度ではない。何度も何度も、いかなる存在であろうと問答無用で抹消すると言わんばかりに宇宙が生まれ、その外側に更に広大な宇宙が生まれ、その外側に更に……。
それを都合百度は繰り返しただろうか。もはやルファス達など塵にも満たない小さすぎる存在となったところでアロヴィナスはその生まれたばかりの宇宙を一度に廃棄した。
「終わる世界×100」
無数の世界の同時破壊。
規模が大きくなり過ぎてもはや意味が分からない。恐らくアロヴィナス自身も深くは考えていないのだろう。
今までの戦い全てが児戯に見えてしまうほどの絶大極まる力。これこそ彼女が全知全能と言われる所以だ。
無論全知ではないし全能ではない。それは先代の創世神の事だ。
だがアロヴィナスは、その全知全能を殺してしまえるだけの単純無比な強さを持っているのである。
余りに稚拙で、余りに子供染みていて――しかし、故にこそ最強。
その脅威をルファス達は、想像を絶する苦闘の中で思い知らされていた。
嘲笑する虐殺者「満を期してラストバトルでルファス最終奥義、俺発動!」
アロヴィナス「可愛いですね」ペシッ
嘲笑する虐殺者「( ゜д゜)」
嘲笑する虐殺者「( ゜д゜ )」
物理法則さん「……元気出せよ」
デフレさん「お前が強い事はちゃんと分かってるからさ……その、なんだ……うん。相手が悪すぎたんだよ……」
ミズガルズ「ルファスもよりによって、あんな噛ませ犬確定のタイミングで出さなくてもいいのにな」
常識さん「俺も『存在しない』とか言われてさ……今日は飲もうぜ、潰れるまでさ」
嘲笑する虐殺者「。・゜・(/Д`)・゜・。」