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第183話 ルファスにボールをはじかれた!

('A`)GWもあと二日……。

毎年の事ですが、この休みが終わりへと近付いていく感覚は鬱にさせられます。

これが終わればまた仕事漬けの日々が待っている……。

 女神は他者に力を与える時、まず最初に力への執着を抱かせる。

 そうする事で自然に力を受け入れ、それを存分に振るってくれるからだ。

 先に結論を語るならば、別にそれをしなくても女神は相手を操る事が可能だ。拒否されようが問答無用に操り人形にしてしまう事は決して不可能ではない……それこそ、ベネトナシュ並の精神力がなければこれを跳ね除ける事など出来ないだろう。

 つまり女神はその気になればいつでも瀬衣を操る事が出来た。

 だがそれをしなかったのは何故か? 理由は簡単……そうしても弱いからだ。

 いくらステータスを上げても、自らの意思で判断しない人形など隙だらけで、とても戦力として使えたものではない。

 女神はその存在が強大過ぎる故に、小さな世界の小さな出来事には気付けない。

 例えば文字通りの神の視点でゲームをしたとして、キャラクターの前を小さな小さな蚊が横切ったとする。

 しかしプレイヤーはそれに気付けない。キャラクターが小さすぎるからだ。

 戦闘においてこれは致命的だ。ほとんど無防備といっていい。

 攻撃そのものが効かぬ程の圧倒的な差があればそれでも何とかなるが、しかし相手はルファス・マファール。そんな隙だらけの勇者などぶつけた所で全く相手になるまい。

 だから女神はかつてアリオト達を操る際にも、あくまで彼等の自我を残していた。

 ポルクスは完全に人形にしてしまったが、あれは特例だ。どうせポルクスは弱いのだから隙だらけになろうが全く関係なく、それに戦うのはアルゴナウタイだ。

 だから勇者の覚醒はまず、順序を追って己の無力さを自覚し、それから力を求めた所で女神が力を授けるはずであった。

 だがその予定はたった一人の裏切りによって根本から瓦解する事となる。

 己の分身だったはずのディーナの、よもやの暴走。

 彼女は人格と記憶を与えたもう一人のアロヴィナスと呼んでも過言ではないはずだった。裏切りなど想定すらしなかった。

 だが彼女こそが全ての元凶だった。

 ルファスに偽りの人格を与えるはずがその実、ルファスに向こう側の知識を与えて本人をそのまま帰還させてしまっただけ。

 わざわざ引き剥がしたはずの十二星をルファスの手元へと戻し、逆に魔神族側を弱体化させてしまった。

 あえて迂闊な無能を演じる事でリーブラの失態すら誘発した。

 そして徹底的に勇者を無視し……気付けばこの有様だ。

 勇者とルファスの間で和解が成立してしまい、共に女神の敵に回っている。

 あってはならない事だ。主人公とラスボスが敵対しないのでは物語にならない。

 あまつさえ『作者むかつくから一緒にぶっとばそう』と手を組むなど論外中の論外だ。

 しかし、それもこれまでだ。女神自身が動いた今、物語を動かすなどわけもない。

 女神(ディーナ)は勝利を確信した笑みを浮かべて精神誘導の能力を使う。

 ルファスもまた勝利を確信した笑みを崩さずに、邪魔をする事なくそれを見守る。

 手は互いに打った。ならば後はどちらの手が勝るかだ。

 だが一つだけ共通している事がある。

 それはどちらの思惑が勝利しようとも、勇者の手によって幕が下りるという事だ。


*


 瀬衣は困惑していた。

 彼は確かに箱舟にいたはずだった。箱舟で人々を説得していた。そこまでは覚えている。

 あれを説得と呼ぶかは意見が分かれるだろうが、とりあえず説得という事にしておく。

 しかし今、彼の視点は外にあった。

 箱舟の外で、必死に戦っているウィルゴを眺めていた。

 相手は木龍。惑星すらも砕く規格外の怪物で、ウィルゴも決して無傷ではいられない。

 瀬衣はそれを見ているだけで、何も出来ない。

 何故ならウィルゴは強くて、彼は弱い。戦いを手伝うどころか箱舟の外に出ただけで死んでしまうだろう。

 星は原型を失い、マグマに飲まれ、空からは絶えず流星が降り注ぐ。

 山は砕け、地は裂け、海は枯れ、雷鳴が休む事なく轟き、各地で異常気象が頻発している。

 まさに世界の終わりだ。神話の中のみで語られる終末の日だ。

 惨めさを感じないと言えば嘘になる。劣等感を感じないわけがない。

 否、いつだって惨めな気持ちだった。勇者の名が重荷で、弱い自分が本当に恥ずかしかった。

 無力感は瀬衣にとっては離れる事が出来ない隣人だ。この世界で最初にルファスを見た時からずっと、休む事なく瀬衣の肩に手を回して親友を気取っている。

 そしてこの親友気取りの嫌な奴は最初の頃からずっと、今も、どんどんと大きくなり続けているのだ。

 特に無力感を感じたのは、レーギャルンでのデブリとの戦いだ。

 ルファス達との差は、ある意味諦めがついた。

 あれは人の形をした災害なのだから、勝てなくても仕方がないのだと。

 降り注ぐ隕石から逃げる。核ミサイルを搭載した戦闘機に勝てない。全兵力を投入した自衛隊に降伏する。それは決して恥ではない。

 怪獣映画で大暴れしている大怪獣がスクリーンの向こうからやってきて、さあ剣を持って戦えと言われて一体誰が戦うものか。

 だがあの時だけは違った。確かに瀬衣でも戦えるような相手で、なのに負けてしまった。

 それどころか人質にされ、ウィルゴの足すら引っ張った。

 結局ルファスが乱入してきた事で何も問題は起こらなかったが、あの時ほど瀬衣が己の無力さを憎んだ事はない。

 気付けば瀬衣は暗い闇の中、一人で蹲っていた。

 そんな彼に瀬衣と同じ姿をした無力感が語りかける。


『弱いなあ俺は。何も守れないし何も出来ない。

これで何が勇者だ。笑っちゃうよな、本当』


 その通りだと思う。

 こんな情けない、何の役にも立たない勇者など最早ただの笑い者だ。

 そこに便乗するように、今度はデブリと同じ顔をした劣等感が肩に手を回す。


『強い奴等が羨ましい。強い奴等が妬ましい。

俺だって力があれば……そう思わずにはいられない』


 うるさい黙れ。

 瀬衣はそう呟き、弱弱しく手を払いのけた。

 だがそれでも無力感は消えない。劣等感も消えない。

 それどころか今度は惨めさが見知らぬ誰か(マルス)となり、瀬衣の前をピョンピョンと跳び回った。


『ねえねえ、今どんな気持ち? 勇者のくせに何も出来なくてどんな気持ち?』


 いや、誰だよお前。

 瀬衣は一度立ち上がって見知らぬ誰かの顔に拳をめり込ませ、それからまた座り込んだ。

 そんな彼の前に突如光が降り注ぎ、顔をあげればそこには神々しい女性が微笑みを浮かべて立っていた。

 彼女は優しく手を差し伸べ、そして瀬衣へと語りかける。


「大丈夫です、勇者瀬衣。貴方は弱くなどありません。ただその力を眠らせているだけです。

さあ、この手を取りなさい。もう無力感も劣等感も、惨めさも感じる必要はありません。

貴方は今すぐにあの戦場へと飛び、そして全てを救う存在となれる」


 瞬間、瀬衣の頭にまるで映画のように流れたのは力を得た己の姿。

 降って沸いた力で獅子奮迅の大活躍をし、窮地に陥っても都合よく眠っていた力に目覚めて逆転する。

 そして大活躍につぐ大活躍の末、可愛い女の子達に何の脈絡もなく惚れられ、気付けば取り合いをされるほどになる。

 よくある物語の流れ。よくある展開。

 憧れなかったといえば嘘になる。少なくとも今の役立たずな自分などよりずっといい。

 何でこんな世界に呼ばれてしまったのだろうといつも思っていた。

 自分が強くて活躍する未来……妄想しなかった事がないとは言わない。

 それでも……。


「……そうか。貴女が女神アロヴィナスなんですね」


 ――この弱さも含めて自分だ。南十字瀬衣だ。

 それがどんなに苦いものだとしても、飲み込まないわけにはいかない。

 いくら目を背けても現実はそこにある。人は現実からは逃避出来ない。


「貴女の手を取れば確かに俺は強くなれるんでしょうね。

でも、その代わりに本当に大事なものも見失ってしまう……そうでしょう?」

「……力を求めないのですか?」

「欲しいですよ。ああ、畜生、本当に凄く欲しい。

喉から手が出る程ってやつです」


 瀬衣はベネトナシュとは違う。

 ベネトナシュは強かった。女神の助力など必要としないほどに強く、己の力に誇りを持っていた。

 力への渇望という点では共通していても、その種類は正反対だ。

 ベネトナシュはルファスと出会うまで劣等感など感じた事はない。無力感を抱いた事もない。

 私は強い。その私に勝てるならばマファールはもっと強い。ならば私は己の力でもっと強くなろう。

 それがベネトナシュの思考回路だ。単純故に強固。瀬衣のような弱者が持つ脆さなど最初から持ち合わせていない。母の胎の中に捨ててきた。

 だが瀬衣は違う。彼は強くないし、酷く繊細だ。ベネトナシュの心を厚さ数mにも渡る馬鹿丸出しの超合金の鉄板とするならば瀬衣の心はアルミホイルのようなものだろう。

 何度も折れ曲がるし、折り目も残る。

 最初から折れるという事を知らぬベネトナシュとは違う。

 だがそれでも……彼はその、折り目だらけの弱い心で女神の手をやんわりを跳ね除けた。


「俺は……いりません。弱いけど、正直凄い惨めな気持ちだけど。

それでも、弱い俺に出来るたった一つの事があるから。

俺は……銃口を向ける先だけは間違えない……間違えたくない」


 力は欲しい。凄く欲しい。涙が出るほど欲しい。

 本当は今だって迷っている。

 今すぐ撤回してやっぱり下さいと言いたい気持ちがある。

 だが駄目なのだ。それをしてしまえばもうそれは、南十字瀬衣ではないから。

 自分の心すらも裏切って力だけを得ても、それはただの照準が狂った銃でしかないから。

 いくら威力があっても、撃ってはいけない人を後ろから撃ち抜いてしまう銃など、何の価値もない。


「……ふふふふふ」


 そんな瀬衣の態度に、女神は慈しみの微笑を捨てて口を三日月のように歪めた。

 そして彼を称えるように拍手をし、瀬衣の顎を掴む。


「なるほどなるほど、流石は勇者。見事な心の在り方です。

称えましょう、貴方のその芯の強さを。

ええ、嫌いではありませんよ、そういうの。むしろ自分の足で歩こうとする姿勢には好感が持てます。

そしてだからこそ不憫です……ああ、何て可哀想な子。

それだけの信念を持ちながら力が伴わない。それはとてもとても不幸な事」


 女神は瀬衣の言葉など聞かずに、一人で勝手に言葉を進める。

 別に瀬衣を嫌っているわけではない。跳ね除けられた事に怒りを抱くわけでもない。

 むしろ逆だ。ああ何て勇気に溢れた素敵な子なのだろうと本心から思う。

 そう、人はこうでなくてはならない。願いを求めるだけではなく、神に縋るだけではなく、自分の足で歩き続ける事。それが人の強さだ。美しさだ。

 だからこそ哀れでならない。彼のような少年こそが誰よりも力を得るに相応しいのに、自分でそれを拒絶してしまうなど。

 彼は救われてもいい、救われるべきだ、救われなければならない、救われないはずがない。


「安心なさい。私は貴方を見捨てません。

貴方は幸福になっていい。もっと我儘になっていい。私が許します。

貴方をその無力さから救って差し上げましょう」


 それは押しつけの救済であった。

 相手の言葉など聞きもしない。自分が救いたいと思ったから救う。

 彼は素晴らしい。掛け値なしに素晴らしい。

 だから幸福になっていいし、幸福にしてみせる。

 この瞬間瀬衣は理解した。今までずっと、女神アロヴィナスの事を世界を弄ぶ悪党だと考えていた。

 だが違った……この女神は……。

 この性質の悪すぎる女神は――照準を間違えているだけだ。


「貴方が求めずとも、私は貴方に力を授けましょう。

大丈夫、次に目が覚めた時には全てが終わっています」


 最早瀬衣の意思など聞きすらしない。

 自我のない操り人形など戦力にはならないが、それは圧倒的なステータス差がなければの話。

 龍すらも経験値とし、この宇宙の一部すらも取り込めばそれは無敵の強者となる。ルファスにすら打ち勝てる。

 故に女神は押しつけの救済を瀬衣へと渡すべく彼の顎を更に持ち上げ……。


「命令する。己の意思で跳ね除けろ」


 そこに、“既に瀬衣の中にあった別の支配”が割り込み、瀬衣は女神の手を弾いた。

 瀬衣が咄嗟に振り返れば、そこにいたのはルファスだ。

 ここは瀬衣の精神世界で、ルファスがいるはずがない。

 だが彼女は既に、瀬衣の内側へと己の支配を潜り込ませていた。

 無論彼を支配する為ではない。彼の意思を無視して支配しようとする輩から彼を守る為にだ。


「な……!? ル、ルファス? 何故貴女がここに……?」

「ふん。大方こんな事だろうと思ったぞアロヴィナス。

やはり無理矢理に力を渡そうとしたようだが……残念だったな?」

「ちょ、ちょっと待ってください。まさか貴方……相手の許可も取らずにあれを?」


 ルファスが『それ』を使ったのは箱舟に瀬衣が乗る前。

 彼の肩を叩いた時に、おまじないとして念のためスキルを発動しておいた。

 そのスキルの名は『キャプチャー』。モンスターテイマーの基礎スキルにして、相手を捕獲して自分の支配下に置いてしまうものだ。

 ただし、パルテノスを捕獲出来てしまった事からも分かるように、別に対魔物限定のスキルではない。

 その気になれば人間だろうと捕獲してしまう事が出来るのだ。


「既に瀬衣少年は『捕獲』した後だ。私を倒さぬ限り手出しはさせんよ」

「この外道!?」


 瀬衣の精神世界の中で、女神の自分を棚上げした叫びが木霊する。

 それと同時に瀬衣へと向かっていた経験値(マナ)が全てルファスへと進路を変更した。


 勇者は脚本を拒絶した。故にもう物語は成立しない。

 舞台の幕は、たった今降りたのだ。

自分は人の物を取るくせに、相手にそれをやられると弾く外道がいるらしい。

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