第159話 エクスゲート・オンラインのだいばくはつ!
※前に載せるタイミングが速すぎたディーナの仕事一覧をこちらに引っ越しました。
エルフの里は助かった。否、救われた。
あの後、エリクサーを配る事で人々の病気は癒え、父も一命をとりとめた。
蠍はルファスに懐き、今は人間の姿となって彼女の腕にしがみついている。
あれだけ殴られて惚れるというのもおかしな話だが、まあ何せ本質的には魔物だ。
自分では太刀打ちすら出来ない圧倒的な暴力に惹かれたのかもしれない。
だがディーナにそれを気にする余裕はなかった。
彼女は、自分自身のアイデンティティが完全に崩壊し、その事で頭が一杯だったのだ。
己が危険因子として見張っていたルファスに助けられ、逆に今まで自分自身だと思い込んでいた女神とは致命的なまでの意識のズレがある事を認めずにはいられなかった。
ここまでくれば確信する。せざるを得ない。
――自分は女神の化身などではない。ただ、人格と記憶を移しただけの別人……人形だったのだと。
少なくとも女神が父を殺めようとし、自分がそれを拒否してしまった時点で完全に女神の目指す方向と自分と歩む道がズレてしまったのだ。
だが、だとすると自分は誰だ。一体何なのだ?
そう悩むディーナに、未だ床に伏せたままの父が弱弱しい声で話す。
「ディーナや、無事だったか……よかった」
目元から何か、熱いものがこみ上げて来た。
自分は母を捨てた。父を捨てた。この里を捨てて何も言わずに姿を晦ました。
己は女神の化身だという思い込みで彼等を見下し、母の死すら今頃になって知ったというのに。
なのに彼は未だ変わらず、この娘を愛してくれている。案じてくれていた。
ああ、そうだ。昔から呼んでくれていたではないか。
生まれた時からずっと、そう呼んでくれていたのに。
アロヴィナスなどという借り物の名ではなく、ディーナという名を。
分かってしまった。気付いてしまった。
自分はアロヴィナスなどではない。その魂の切れ端を与えられていようとも、記憶と人格を与えられていようとも……それでも違う。そしてもう二度とアロヴィナスにはなれない。
だって、こんなにも彼等が愛おしい。助かってくれた事をこんなにも嬉しく思っている。
この感情は自分だけのものだ。女神のものではない。
この日、女神のアバターだったはずの少女は、アバターではなくディーナという一人の少女へと変わった。
*
「……どうやら、詰みのようだな。少しばかり気付くのが遅すぎたか」
――数年後。
そこには世界のほぼ全てを手中に収めた黒翼の王と、彼女に影のように付き従う影の参謀の姿があった。
覇道十三星オフューカス。それがディーナに与えられた役職名だ。
彼女は固有スキルを活かして影に徹している。
認識操作で己の存在を味方にも知られぬようにし、まるで背景に溶け込むように完全に存在感を消している。
十三人目がいるという事は十二星の中でもタウルスとパルテノス、そしてアクアリウスしか知らない。
そして、その彼女等ですらディーナという名を知っているわけではない。オフューカスという名の顔すら知らない十三人目がいるという事をかろうじて知っているだけだ。
「まだ勝負は付いていません。貴方ならば全てを返り討ちにして再出発する事も出来るでしょう」
現状、彼女達は追い詰められていた。
かつてない危機と言っていい。
ルファスを魔神王では手に負えないと判断した女神はアリオト達を操り、ルファスへの憎悪や嫉妬を増幅させて対立するように仕向けたのだ。
数多く抱えていた部下達もまた、その大半が向こうに寝返ってしまっている。
特に強い忠誠心や精神力を持つ部下はこちらに残っているが、このまま激突すれば勝敗は明らかだろう……普通ならば。
しかしルファスは普通ではない。単騎でこの劣勢を覆す事すら出来る。
ディーナはその事を進言したが、しかしルファスの表情は優れない。
「ああ、出来るだろうな。だがなオフューカスよ……仮に勝ったとして、それでどうなる。
友や仲間を殺し尽くした王に、一体誰が従いたいと思うのだ?
部下の半数以上を殺めた王など、もはやただの暴君だ。誰も認めまいよ。
それにな。多くの仲間や部下を殺めては、勝利しても余の手元には何も残らん。
……勝とうが負けようが全てを失うのだ。この状況になった時点で余の負けだ」
勝利は出来る。勝利だけならば出来る。
だがそれを行えば友を失い、守るべきはずの国すらルファス自身の手で焼き、人々を殺して回る事になるだろう。
しかしそれは、最早敗北と何ら変わらなかった。
「少なくとも十二星は残ります。そして私も」
「そうだな。それだけが救いか」
ディーナの言葉にルファスは僅かに微笑を浮かべる。
それからしばらく考え、そして考えが纏まった所で顔をあげた。
「……『負け方』を考えるしかあるまいな」
「負け方、ですか?」
「ああ。余が王から退く事をこんなにも皆が求めるならば、それに応えてやろう。
そうして負けを装い、このような事態を起こした者の事を探る」
「それは……」
「其方にとっては辛い道になるだろう。余から離反するならば今のうちだぞ」
離れても咎めはしない。
そう付け加える王に、しかしディーナは気丈に微笑んだ。
「いいえ、ルファス様。私はもう人形に戻る気はありません。
私は貴方に出会うまで、自らの意思を持たない人形だった……貴方が私を『私』にしてくれた。
ならば私は、女神様すらも欺いてみせましょう」
欺くのは得意だ。
生まれてからずっと、自分を欺いて来たのだから。
ならばやってみせよう。
魔神族を欺き、十二星を欺き、七英雄を欺き、ルファスを欺き、そして女神すらも騙し通してみせよう。
蛇のように這いずりながら、全ての陣営をかき乱し、混乱させてやろう。
その先に待つのが味方からの嫌悪であろうと、裏切り者の汚名であろうと関係ない。
女神に教えてやる。これが私だ、これがディーナという女なのだと。
『蛇遣い』とは、主も何とも皮肉な名をくれるものだ。
禁断の果実を作り、神に従っていた者達を悉く地上に引きずり落して己の陣営へと加える彼女こそ本当の蛇だ。神話に語られる魔の王そのものだ。
だが己は蛇遣い。ならばその蛇すらも上手く誘導し、真実へと到達させねばならない。
「よし、ならば其方のやるべき事は……」
その数週間後。
ディーナは裏切り者達の陣営の中にいた。
ルファスに離反した七英雄側に立ち、影のように動きながら適任を探していた。
やがて彼女が見つけたのは年若いエルフの青年だ。
ルファスの威圧に当てられ、立つ事すら出来ずに怯えている青年を見て、口元に笑みを作る。
(少し記憶を拝借……ふむ、なるほど。王家とコネあり、と。
なかなかよさそうですね)
ディーナは震えている青年にそっと近づき、彼の記憶と認識を操作した。
ルファスへの恐怖心を増大させてこの場から逃げ出すように仕向け、無意識の中に一つの命令を残す。
それは今より二百年後――魔神王の脅威に対抗する為に勇者の召喚を行わねばならないという思い込み。それを植え付け、エクスゲートの使い方もついでに与えてやった。
更にいくつかの知識と魔法の使い方。そしてどこかの国に仕官するように行動を誘導する。
この戦いで高レベルの者達は殆どが死んでしまう。ならばこの程度の優秀さでも年月をかければ国の中枢にまでは食い込めるだろう。
そして……エクスゲートの使い方に致命的なミスも植え付ける。
勇者召喚の際に、異世界ではなくその手前……ミズガルズと向こうの境に呼びかけてしまうように仕組んだのだ。
こうすればいずれ、彼は勇者を呼び出そうとする。そして間違えてルファスを呼んでしまう。
この世界に主を呼び戻す大任を、この何の取柄もなさそうな青年が行うのだ。
流石に女神もこんな青年を警戒などすまい。
そうして哀れな青年に時限爆弾を仕掛けたディーナは戦場へと移動し、既に佳境にある戦いに止めの一手を加えた。
メグレズがルファスに封印魔法を使おうとしたタイミングに合わせてエクスゲートを起動。
ルファスを亜空間へと放逐したのだ。
無論、ルファスはこれに無条件にかかる。エクスゲートの条件は相手の同意――ルファスは最初からこれに同意しているのだから、かからぬはずがない。
これで他の者には偉大な英雄様がルファスを倒したように見えるだろう。
「見事! 見事だ勇者達よ、よくぞ余を越えてみせた。
其方等の勇気と強さに余は心からの敬服を示そう!
だが忘れるな、闇は未だ去っていない。
この団結ならばかの魔神王すらも打ち倒せようが――それを失うならば、世界は今以上の闇に包まれるであろう。
其方等の先が光となるか闇となるか、余はそれを地獄の底から見届けてやろう!
クハハハハハ……ハァーッハッハッハッハッハッハ!!」
それにしてもこのルファス、ノリノリである。
実は結構ラスボスロールを楽しんでるんじゃないだろうか、あの人。
しかもさりげなく『団結大事だよ』と忠告までしている。露骨すぎて変な笑いが出てしまった。
しかしこれに気を取られたのがいけなかった。
視線を感じて振り返ってみれば、こちらを凝視していたポルクスとバッチリ目が合ってしまったのだ。
――失態。
これは絶対に誤解を招いた。
ルファスを封印してほくそ笑む、女神に瓜二つの女など、向こうから見れば余りに怪しすぎる。
これでは後から記憶操作などを駆使したとしても、絶対に『あいつ怪しい』と言われてしまうだろう。
ディーナは慌ててその場から消え、戦場から離脱した。
少しばかりのミスを犯してしまったディーナだが、それでも全体的に見れば上手くいっている。
彼女は戦いの後すぐに世界の境目へと向かい、ルファスと合流した。
「ルファス様、何ですか最後の! 私思わず笑っちゃってポルクス様に見られちゃいましたよ!」
「其方何をしておるのだ……よりによってあやつに見付かるとは……」
「ルファス様のせいですよ! あんなノリノリでラスボス演じるから!」
「いや、つい……皆強くなったなあと嬉しくなって」
アリオト達も予想すらしていまい。
まさかあの戦いの後の舞台裏でこんな間抜けな会話がされていたなど。
ディーナとルファスは少しばかり言い争いをし、やがて不毛と悟ったのか本題へと舵を戻した。
「さて……これからルファス様にはアバターを創って頂き、その後ここにある本体の時間を停めて封印します。
アバターは未来に飛ばして女神様の監視を掻い潜り、何らかの形でこちらの世界の情報や知識を与えて、二百年後に召喚に合わせてルファス様へ戻るようにします。いいですね?」
「うむ。……ああ、そうだ。アバターの性別などは変えられるのか?」
「へ? そりゃあ記憶と人格と魂の欠片を与えるだけなので出来ますけど……まさか男になる気ですか?」
「いや、冗談だ」
思えばこの時、もう少し追及しておくべきだったとディーナは反省していた。
まさか本当に男のアバターにしていたとは彼女も予想していなかったのだ。
男にした理由は恐らく、一度客観的に自分を見て見たかったからだろう。
性別すらも変えて完全に別人となった自分自身の眼でルファス・マファールの所業を見て、何故裏切られてしまったのかを知りたかったに違いない。
勿論他にも、あえて性別を変える事で女神に見付からないようにする目的もあっただろうし、自分が抜けた後のアバターが『ルファス』になってしまわぬよう、本来の自分からかけ離れた存在にする意図もあったのだろう。
あるいは、単にこの機会に一度男の気持ちというのを知っておこうとしただけかもしれない。
どちらにせよ、掴みどころのない主である。
そしてルファスにアバターの元となる魂の欠片を抽出させて彼女の時を止め、ディーナはその欠片を持って未来へと移動し、欠片を手放した。
あれは放っておけばどこかの適当な生まれる前の赤子に宿ってアバターになる。これ以上見る必要はない。
ディーナはそれを見届けて再び過去へと戻り、あの赤子が成長する頃に記憶を与えられるように手回しを行った。
元の時代へと戻ったディーナは認識操作と記憶操作の力を駆使して日本に溶け込み、会社を設立。
そして時代が平成に入った頃にミズガルズに似せた世界観のゲームを開発し、まず試作品であるオフラインのゲーム『エクスゲート』を世に売り出した。
それから間髪入れずに『エクスゲートTRPG』を作り、最後にミズガルズのシステムにかなり忠実に作った『エクスゲート・オンライン』を作り出した。
ルファスのアバターがプレイしないという不安はない。
何せアバターは無意識下で元の世界の事を覚えているのだ。
ならば必ずこの世界観には食いつく。興味を持ってプレイするはずだ。
しかしこのゲーム、元の世界に合わせてしまったせいで少しバランスが悪くなってしまったのは難点か。
そのせいで少し……いや、かなりネット上での評判も悪く、このままでは過疎化してサービス終了待ったなしになってしまう。
(……しゅ、手段は選んでいられませんね)
とにかく、まずはアバターにプレイして貰う必要がある。その為にはやはり知名度がなければならない。
知りさえすれば必ずアバターがプレイしてくれるという確信があるが、無名のクソゲーではそもそも知られない可能性があるのだ。
ディーナはそこで反則に出た。コマーシャルに乗せて己の認識操作の術を乗せ、無理矢理人々に興味を抱かせて偽りの人気ゲームにしてしまったのだ。
エクスゲート・オンラインがバランス崩壊の糞ゲーにもかかわらず世界規模での人気ゲームになった理由がここにあった。
ルファスが無事にゲームに登場した事を確認した後、次にディーナがやったのは状況をなるべくゲームに近づける事だ。
数多くのプレイヤーの中から七英雄に近い容姿のアバターを使用しているプレイヤーを選び、更にその中で最もIN率の高いプレイヤーをそれとなく誘導した。
例えば入手率の低いレアアイテムを『運よく』ドロップ出来たり、『運よく』経験値の高いレアモンスターと遭遇したり……そうして彼等をトッププレイヤーへ導いた後に運営からのトッププレイヤーへの贈り物として称号という形で『アリオト』や『ベネトナシュ』という名を贈った。
アリオトにはさも、偶然イベントを見付けたような形で隠しクラス勇者の存在を教え、そうした育て方をするようにも仕向けた。
更に自らは別のアカウントからキャラクターを作成してルファス達の中に紛れ込み、チャットなどで会話をそれとなく誘導しつつ、自らが知る史実の出来事が起こるように彼等を焚き付けた。
一強時代はつまらないから一度解散してでっかい事やろうぜ……と。
本来ならば有り得ないような出鱈目イベントが成立したのは、そもそも運営がグルだったからである。
まるで運営が特定のプレイヤーに肩入れしたかのようにスムーズに進行した、と掲示板で人々は語った。
その通りだ……運営が特定のプレイヤーに肩入れしていたのである。
その後、空間の歪み――即ちエクスゲートの発動を感知したディーナは電波に乗せてルファスのアバターの所へとマイキャラである『創世神アロヴィナス』を移動させ、それっぽい事を言ってから自らも転移。
ゲームをプレイしていたアバターから魂の欠片を回収して眠らせた。
その際、アバターは前のめりに倒れた事でディーナはその顔を確認していない。
服装も男女どちらでも違和感のないものであった為、中性的な少女と誤認した。
余談だが、ディーナが地球を離れた後に人々の認識操作も解け、エクスゲート・オンラインはその劣悪なバランスからあっという間に過疎化し、無事爆死を迎えてサービス停止となった。
【ディーナの仕事纏め】
・ルファス失脚の際に七英雄側に協力してルファスを封印。
この時、『同意がなければ成立しない』はずのエクスゲートでルファスが封印されたのは、そもそもディーナがグルだったから。
・ルファスに秘密裏にアバターの創り方を教える。
・女神側からのスパイを装い、ソルを隠れ蓑にして魔神族に潜入。ウェヌスと名乗り、魔神族を裏から操ってルファス復活まで人類が滅ぼされてしまわないように細工する。
ソルはディーナを隠れ蓑にしているつもりで、実際はディーナが更にソルを隠れ蓑に使っていた。
・魔神王とコンタクトを取り、打倒女神同盟を裏で結成。
・日本へ渡り、株式会社ニエンテを設立。『エクスゲート・オンライン』を作り、ゲームを通して様々な情報をルファスのアバターへと与える。つまりバグだらけの糞ゲを作った運営はこいつ。女神ではない。
ただしこの際、アバターに情報を与える為に地球にかかりっきりになる空白の時間が生まれてしまい、パルテノスの老衰をうっかり見逃してしまった。
(尚、ルファスの記憶と違い実際にはそこまで異常な人気のゲームではなかったが、精神操作を使用して無理矢理熱中させた)
・女神の描いたシナリオに乗る形でルファスのアバターである少年から人格と記憶をコピー。
ルファス本体へと戻す。女神はルファスに操り易い人物の人格を与えたつもりで、実際はそういう性格の他人を演じていたルファス本人だった。
(本人に演じてる自覚なし)
・その後、ルファスの参謀を名乗りつつアホなルファスでも疑わざるを得ない程度に尻尾を出し、徐々に女神への不信感を募らせる事で本来のルファスを呼び覚ます。
・ルファスの行動をそれとなく誘導し、十二星を回収させる。
・魔神族内でも派手に動き、これによりテラから追い出される事で違和感なくソルの監視の目から逃れ、自由になる。
・ポルクスの行動に合わせて離脱。これにより女神の目には『スパイがバレるのを恐れて逃げた』ように見える為、女神に味方だと誤認させる。
・追い詰められた女神の目がミズガルズに集中する隙を突いて地球へと移動。ルファスをこちらに誘導し、女神の目が届かない地球で事の真相を彼女へと伝える←今ここ
※ルファスがディーナを疑いつつもそれでも憎めず『敵ではない』と確信を抱いていたのは無意識化で彼女が味方である事を『知っていた』から。
ただしこの作戦は当然、疑惑を抱いたルファス本人に粛清されてしまう危険性を常に抱えていたし、殺戮メイドの銃口は常に彼女にセットされていたので極めて危険な任務だった。