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第140話 フェニックスのにらみつける

 迫るフェニックスとハイドラスの二人を前に、火龍のアバターは何の反応も示さない。

 迎え撃つまでもないと取られているか、それとも二人の速度に対応出来ていないのかは不明だ。

 しかしどちらにせよ、動かぬならば好都合。フェニックスは突撃しながらアバターを鋭く睨んだ。

 スキルの中にはいくつか、人類には使用出来ない魔物専用のスキルという物が存在する。

 これもその一つで、名を『縛眼』という。効果は対象一体の防御を下げ、ほんの僅かな時間だけ移動不能にするというものだ。

 更にフェニックスは腕を振り上げ、アバターの足元から炎の渦を巻き上げる。

 火魔法『フレアトルネード』。威力は決して強くないが、多段ヒットしつつ、魔法が終わるまでの間だけ敵を拘束する事を可能とする。

 だがこれによるダメージは皆無だ。何せ相手は火龍、火属性の頂点と呼んでもいい存在であり、そんな相手にいくら火で攻撃を仕掛けた所で意味などない。むしろ吸収からのHP回復を誘発してしまうので完全に逆効果だ。

 故にこれはただの足止めであり、本命はハイドラスの攻撃だ。


「タイダルウェイブ!」


 賢王メグレズが最も得意とする水属性の上位魔法タイダルウェイブは、何もない場所に指向性を与えた津波を発生させて敵を押し潰す広範囲魔法だ。

 威力、規模、使用コスト全てに優れた水属性魔法の主力と呼べる術であり、この術を上手く使えるかどうかで水属性魔法職の真価が問われると言っても過言ではない。

 決して狭くはない氷の監獄――高さ50m、長さ1㎞、幅800mの空間を覆いつくすように津波が荒れ狂う。

 アクアリウス達は障壁を展開してそれを完全に防いでいるが、アバターは何ら無抵抗で水の猛威に晒された。

 更に津波は本体である龍にも当たりそうになるが、それはアクアリウスが障壁で遮断する。


「馬鹿野郎! 本体には当てるな! 起きたらどうするんだ!?」

「す、すみません」


 寝相の悪い龍を寝かし付けに来て逆に起こしては本末転倒だ。

 アクアリウスの叱咤を受け、ハイドラスは頭を下げる。

 その様子をフェニックスが馬鹿にしたように笑うと、ハイドラスがむっとした顔になった。

 しかしそんな二人を前にしてもアバターは未だ動かない。

 最初と同じように棒立ちしたままだ。


「野郎、舐めてやがんな」

「俺達の攻撃なんか避けるまでもねえってか? その余裕、崩してやらあ!」


 アバターの変わらぬ様子に二人が苛立ったように突撃し、同時に蹴りを叩き込んだ。

 その威力たるや、先日の魔神族の町を襲撃した際には50mを超える高層建築物を一撃で倒し、更に風圧だけで後方の建物数棟を纏めて破壊した程のものである。

 それを同時に二発! 完全なタイミングで顔へ炸裂させた二人だが、しかしその瞬間彼等の顔は驚愕に歪んだ。


(何だこりゃあ……硬え!?)

(それに重い! 正面からブチ当てたってのに、僅かにすら浮き上がらねえ!)


 この異様な手応えを何と形容すればいいのだろう。

 一般人ならば『鋼鉄を蹴ったような感触』とでも比喩すればいいのだろうが、生憎とこの二人は鋼鉄程度ならば砂の城でも崩すかのように壊せてしまう。

 故に相応しい形容を見付ける事が出来ない。

 それほどに敵は硬く、そして重い。

 だがどうやら、少しばかりの気を引く事には成功したらしい。

 今まで動かなかったアバターが無造作に動き、二人の足首を掴み取った。


「ぬぅおおお!?」

「や、野郎……この力は!」


 驚くべき握力で二人の足首が圧迫され、骨が砕ける。

 脱出不能――そう判断した二人は瞬時に手刀で自らの足を切断して距離を取った。

 直後、フェニックスの足からは炎が噴き出して彼の足を再構成し、ハイドラスの千切れた切断面からは新たな肉が盛り上がって足を復元する。

 そこに追い打ちをかけるようにアバターが手刀を振り下ろし、不可視の刃が飛来する。

 だが『サダクビア』の効果により、まるで刃自らが二人を避けるように曲がり、攻撃を外してしまった。

 その隙に二人は体勢を立て直し、怒り猛る。


「クソがァァ! 舐めんじゃねえぞォォォ!」

「野郎ぶっ殺してやらあ!」


 普段の上品さは何処へやら。

 完全に逆上した二人は目を血走らせ、魔物としての凶暴性を全開にする。

 フェニックスが両手に炎を生み出し、混じり合わせて白く輝く球体へと変える。

 ここから放つのは火属性最上位の単体攻撃魔法。

 属性耐性すらも貫通し、同じ火属性であろうと焼き尽くす原初の火。

 その名を――。


「燃え尽きろォ! 『プロメーテウス』!」


 温度にして一千万度を上回る超高温の白炎球が直撃し、溶けないはずの氷すら僅かに溶かす。

 それとタイミングを同じくして、ハイドラスもまた水属性最上位の一つに数えられる魔法を発動した。

 以前ディーナが発動した『三重に偉大なヘルメス』には一段階劣るものの、それでも単体を対象とした水属性魔法としては間違いなく最強の威力を秘めたそれは、単純にして暴力的なまでの水による圧殺だ。

 その勢いたるや、命中した相手を海の果てまで吹き飛ばしてしまう程に凄まじい。


「ぶっ潰れろォ! 『オーケアノス』!」


 まるで海の水全てを圧縮したかのような超重量の水の塊が『プロメーテウス』と同時にアバターへ直撃する。

 だが二人の攻撃はまだ終わらない。

 超熱量の炎と大質量の水が同時に炸裂した今、ここからが攻撃の本番だ。

 『オーケアノス』の水を『プロメーテウス』の炎が蒸発させ、気化させ、そして爆発させる。

 それもただの爆発ではない。フェニックスとハイドラスが同時に球状の障壁をアバターの周囲に展開させる事で、本来ならば広大な大陸すら焼き尽くす規模の大爆発となるはずのそれを、僅か半径1,5mの限られた空間内へ密集させる。

 ――発光。そして爆破。

 密集させた事により視覚的な派手さは薄れたが、その威力は間違いなく災害級だ。

 溢れた余剰エネルギーにより煙が視界を遮り、フェニックスとハイドラスは勝ち誇ったように笑った。


「やったか?」

「確認するまでもねえな。アレを受けて平気な奴なんざいねえ」


 どうやら二人は完全に勝利を確信しているらしい。

 その後ろ姿を見ながらアリエスは素直に感心したように目を丸くしていた。

 今の攻撃は実際凄かった。命中すれば自分でも大ダメージは免れないだろう。

 もしかしたら一撃でHPが危険域にまで削られるかもしれない。


「ふわあ、凄いね二人共」

「Nice Fight! 予想以上の健闘ですね!」

「んー。まあ凄いっちゃ凄いんだけどねえ……アクアリウス、どう?」


 素直に感嘆するアリエスとカルキノスと違い、スコルピウスの反応はどこか冷たいものだ。

 そんな彼女の姿にアクアリウスは苦笑し、そして偽りのない本音を語る。


「まあ上出来ってとこだ。思ったよりは削ってくれたな」


 アクアリウスが言うと同時に煙を裂いて集約された熱閃が飛び出した。

 二条の閃光はまたも『サダクビア』の効果で二人を外すが、しかし直後に出て来た赤い影の攻撃は回避出来ない。

 彼はフェニックスとハイドラスが反応も出来ない速度で二人の顔を掴むと、地面へ叩き付ける。

 『プロメーテウス』でも僅かにしか溶けなかった氷の床がそれだけで罅割れ、ネクタールの町全体が地震のように揺れる。

 フェニックスとハイドラスもやられっぱなしではない。地面に押し付けられ、血を吹き出したまま蹴りを放つ。

 だが、効いていない。微動だにしない。

 アバターは二人の額を力任せにぶつけ合わせると、手を放して回し蹴りを放った。

 一撃で枯れ枝のように二人が吹き飛ばされ、氷の壁へとめり込んでしまう。

 あまりのダメージに手足がへし折れ、フェニックスの片腕が千切れ飛んだ。


「っ、やりやがったな!」

「舐めるな糞がァ!」


 すぐに二人は傷を再生しながら壁を蹴って飛び出し、アバターへと殴りかかる。

 七曜ですら目で追えぬ程の速度で拳打や蹴りを放つが、その全てが虚しく通じない。

 防がれ、逸らされ、避けられる。

 二人の姿が消えて背後へ回り込んだ次の瞬間にはアバターが更に後ろへと回り込んでおり、小突くような軽い攻撃でダウンさせられた。

 否、当たってすらいない。これも『サダクビア』の効果で空ぶっている。

 だが風圧だけで二人を倒れさせたのだ。


「ば、馬鹿な……!?」

「俺達がまるで子供扱い、だとお……!」


 アバターはつまらなそうに眼を細め、止めの攻撃を二人へ振り下ろす。

 遅れて響く打撃音。拡散する衝撃波。

 だが二人の身体に痛みはなく、目を開ければ自分達へ振り下ろされるはずだった拳は寸前に割り込んだカルキノスの額で止められていた。


「well done! 二人共見事な戦いでした。

ですが、そろそろ選手交代といきましょう。ここからはミー達が引き受けます」


 カルキノスが拳を握り、カウンターを放つ。

 敵の攻撃すらも上乗せしたアクベンスの一撃がアバターの頬を抉り、先程まで殆ど動かなかったアバターを氷壁へと叩き込んだ。

 まさかの事態に目を白黒させるアバターの前でカルキノスが鋏を出し、その両隣にアリエスとスコルピウスが立つ。


「お前等、あいつの掴み攻撃にだけは気を付けろ。

どうもそれ、絶対命中スキルっぽいぜ。フェニックスとハイドラスにかけたはずの絶対回避が全然機能してなかったからな」

「だ、そうよお? いける?」


 アクアリウスの忠告にスコルピウスが笑みを崩さぬままアリエスへ問う。

 それに対し、アリエスは自信に満ちた顔で力強く答えた。


「大丈夫、分かってれば何とか!」


 言うと同時にアリエスが飛び出し、一瞬でアバターとの距離をゼロに詰める。

 属性は互いに火属性であり、アリエスのこの行動は無謀という他ない。

 何故なら相手は火属性の頂点で、アリエスは火属性の魔物としては最弱に等しいのだから。

 つまりこれは本来ならば起こるはずのなかった戦いであり、しかし今のアリエスは弱者ではない。

 ルファスに鍛えられた実力があり、彼女から受け取った装備もある。

 ならば何を恐れる必要があるのだろう。己はただ、主の力を信じて全力で挑むだけだ。


「はあああっ!」


 アリエスの拳がアバターに連続で命中し、属性防御を貫通するグローブの効果で確かなダメージを刻む。

 その威力は数値にして99999。相手のHPが高ければ高い程にアリエスの攻撃は威力を上げる。

 アバターもこれに反撃を行うが……当たらない!

 幸運の星に守られたアリエスへの攻撃はまるで自ら外しているように逸れ、掠りすらしないのだ。

 ならば、とアリエスを掴もうとするがこれはもうフェニックス達の戦いで見せてもらった。

 アリエスは素早く後ろへ身体を逸らし、更に倒れ込む勢いを殺さずに地面に手を付いて回転。

 後方倒立回転を連続で行い、それと入れ替わるように蠍の鋏が飛来してアバターの腕を掴んだ。

 ルファスに与えられた新装備の、早くも活躍の場面だ。


「生憎だけど、掴むのはアンタの専売特許じゃないのよお」


 舌を出して紫の唇を艶めかしく舐め、そして力任せに引き寄せる。

 距離を詰めさせた所で爪の一撃!

 マナすらも蝕む消えない毒を刻み込み、蹴り飛ばして距離を再び開ける。

 そこに追撃を行うのはアクアリウスだ。

 写し身の少女が水瓶の中に隠れ、そしてガニュメーデスが水瓶の入り口をアバターへと向ける。


「フリーズダスター!」


 水瓶の中からアクアリウスの声が響き、直後、水瓶の中から無数の氷の塊が飛び出した。

 その速度たるや実に馬鹿げたものだ。

 あまりに早く撃ち出し過ぎて、逆に連射しているように見えない。

 例えるならば氷の波。この速度を目で追えない者には一つの巨大な波を出しているとしか思えないだろう。

 しかしアバターは氷の嵐を正面から浴びながらも、直進してアクアリウスへと飛びかかる。

 だが今度は今までと逆の現象が起こった。

 まるで磁石に吸い寄せられるように、彼の攻撃が身体ごとカルキノスへと向かってしまったのだ。

 これこそカルキノスのスキルの一つ、『アセルス・ボレアリス』。効果は敵の物理攻撃を自分へと引き寄せるもので、いわば絶対回避ならぬ『被絶対命中』スキルだ。

 アバターの掌がカルキノスを掴んで地面へ叩き付け、しかしカルキノスがすぐに立ち上がってアバターの頭を掴み、同じように叩き付ける。

 更に通常攻撃! 長い脚から繰り出された蹴りがアバターの首へ当たり、その身体を弾き飛ばした。


「今です、アリエス!」

「任せて! 『メサルティムVer.3』!」


 体勢を崩した所に、虹色の業火球が間髪入れずに発射される。

 アバターにそれを避ける術はない。

 当たる一瞬、その口元を笑みの形へと歪め――神殺しの炎に呑み込まれた。

【噛ませ犬二人組】

約束された敗北の配役。

まあ健闘した方。

一応擁護しておくと彼等は別に弱くない。むしろ超強い。

でも物語後半戦に入った今となってはやっぱり弱いキャラなのかもしれない。


【縛眼】

にらみつける


【フレアトルネード】

ほのおのうず


【プロメーテウス】

火属性最強の単体魔法。

相手の属性防御を貫通して大ダメージを与える。

術者の力量にもよるが、フェニックスが発射するこの魔法は最高で一千万度の超高温に達する。

この温度は太陽表面から吹き出すプラズマと同じくらいである。

ゼットン「温いな」


【オーケアノス】

本文中で『海の水全てを圧縮したかのような』と書いているが、実はそこまで重くない。

例えは所詮例えであり、ぶっちゃけただの誇張表現。

実際は精々数千億トン程度であり、海の1%にすら及ばないがまあ膨大っちゃ膨大。

水属性単体魔法の中では最強クラスの威力を誇るが、知力依存なので実はそんなに強くない。

例えるならギャラドスにハイドロポンプを撃たせたようなもの。アクアテール使え。それか滝登り。

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[一言] 考えてみたのだけども龍はカビ〇ンだった?
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