表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/201

第117話 妖精姫のポルクスが勝負を仕掛けて来た

前回のあらすじ

ルファス「あー、そんなに怯えんでも……」

カイネコ「ハイヨロコンデー!」

ルファス「……其方、大丈夫か?」

カイネコ「ハイヨロコンデー!」

ルファス「……」

カイネコ「ハイヨロコンデー!」


――猫とマトモな会話が成立しなくなりました。

猫を怖がらせてはいけない。いいね?

 「…………」


 ――遥かな天上より見下ろす、一つの視線があった。

 『彼女』は己が生み出した小さな箱庭の中で起こっている戦いを見ながら、憂鬱気に溜息を吐く。

 どうにも上手くいかない。

 遥か昔に回収し損ねた過ちが世代を超えて蘇り、そして世界のバランスを崩そうと動き出した。

 あれは……ルファス・マファールはバグだ。

 次の過ちは、一度は排除に成功したそれを再び戻してしまった事か。

 厄介だった思想と自我を封じ、こちらに都合のいい存在として動かせば世界のバランスを保つのに役立つと考えた。

 放置してもどうせいずれは自力で復活するのは目に見えていたし、かといって止めを刺せる駒もいない。

 ならばいっそ、こちらから先手を打って復活させて都合よく動かそうとしたのだが……それが完全な悪手だった。

 やはりバグはバグ。表面を整えたくらいでどうにかなるものではない。

 最近、完全に言う事を聞かなくなった魔神王を排除させ、彼に代わる世界の『悪』にしようとしたはずが、気付けば自分にとっての『悪』になっていた。実に皮肉だ。

 何が駄目だったのだろう? ルファスを復活させた時点で駄目だったのだろうか? 与えた仮初の人格を間違っていたのだろうか? それとも……。

 ……どのみち、認めざるを得まい。自分は手を間違えた。

 ルファス・マファールは今や当初の予定から外れて己へと繋がる道を探してしまっている。

 一度滅茶苦茶になってしまった脚本は直そうとすればする程におかしくなり、ルファスが存在しているだけで更に間違いが広がっていく。

 これは駄目だ、これでは人々は幸福になれない。

 幸福になるためには、そこに至るまでの不幸が必要なのだから。その落差が大きければ大きい程に人は幸福感を感じる。

 しかしルファスはその不幸そのものを完全に破壊してしまうバグだ。

 幸せしかない世界では、人は幸せを感じない。幸せになれない。


 だから、そう。滅びてしまわない程度の絶望と不幸が愛しい子等には必要なのだ。

 『彼女』は決断を下し、現状で動かせる中でも最強の駒を動かす事を決定した。

 多少荒療治だが仕方あるまい……無限の軍勢を以て、ルファスを排除する。

 最早それしか方法はない。


*


 ケンタウロスを始めとする亜人達は塔へと送り、その後サジタリウスも無事戻ってきた。

 蜘蛛男だけはまだ残っているが、何か瀬衣少年と話したい事でもあるのだろう。

 これであらかたの問題は片付いたわけだが、最後に一つやっておかなければならない事が残っている。

 俺はアリエス達を森に残したまま、地面に横たわるレオンの前へと赴いていた。

 巨大な獅子は殺意に漲った瞳を俺へ向けながら、しかし疲労し切った今の状態では鎖を外す事も出来ないらしく無意味にもがいている。


「ふむ、久しいな……と言っておこうか、レオンよ」

「ルファスゥゥ……!」


 レオンの瞳にあるのは俺への憎悪一色。

 ある意味新鮮で、そして当然の反応だ。

 むしろ今まで何だかんだで俺に対し好意的な者達とばかり遭遇していたので、何だか可笑しさすら感じてしまった。

 俺はこちらを必死に睨むレオンに微笑ましさすら感じながら、とりあえずまずは観察眼を発動してステータスを調べておく事にした。



 【獅子王レオン】

 レベル 1000

 種族:ネメアの獅子

 属性:日


 HP 1/1500000

 SP 8250/10000

 STR(攻撃力) ?????

 DEX(器用度) ????

 VIT(生命力) ?????

 INT(知力) ??

 AGI(素早さ) ????

 MND(精神力) ????

 LUK(幸運) ????



 ま、予想通りだな。俺の手持ちに戻っていないからステータスがHPとSP、レベルしか表示されない。

 名前も『十二星レオン』ではなく『獅子王レオン』になっているので未だ離反したままだ。

 しかしHPたっけえな、おい。まさしく桁違いという言葉が相応しい数値だ。

 加えて、これに女神の補正が上乗せされていたというのだから相当やばい強さだったのは戦っていない俺でも分かる。

 アリエス達、よくこれに勝てたな。

 俺でも普通にやりあったらタイマンじゃきついぞ、これ。

 その分、他の十二星のような突出したスキルがないのもこいつの特徴なのだが、逆に言えばそんな小細工など不要とも言える。

 こいつの強さはまさしくステータスの暴力。余計な小細工など正面から捻じ伏せ、叩き潰す。

 いくらスキルが優れていようと魔法を多く使えようと、強さに差がありすぎれば殆ど意味がない。

 レベル100の奴が頑張ってスキルを総動員して打ち込む最大の一撃を、高レベルはただの通常攻撃一発で易々と超えていく。それがRPGだ。

 まあ世の中には初期レベル縛りプレイとか、初期レベルで大魔王討伐とか凄い事やってる奴等もいるので一概には言えないわけだが。

 ステータスが見えないので何とも言えないが……そうだな。総合的に見た戦闘力は通常時のベネトナシュを上回ると見ていいだろう。


「やっと会えたぜェ。俺はこの二百年間、一度だってテメェを忘れた事はなかった。

あの日の屈辱が、毎夜毎夜俺に囁きかけるんだ……テメェを、食い殺せと!」

「……」

「さあ、この鎖をほどけ! 俺と戦え!」


 レオンの言葉を聞きながら、俺はどうするのが最適解かを考えていた。

 最適解は……そうだな。やはりこいつも言っているように俺が戦うべきなのだろう。

 この場で叩きのめして力関係を叩き込んだ上で無理矢理従わせて手元に戻し、またこんな馬鹿が出来ないようにレベル800まで弱体化させる。

 そう、それが最適解。悩むまでもなく簡単に分かる答えだ。

 しかし俺の中の『ルファス』は別の解答を出しており、俺自身もまた同じ回答へと辿り着いていた。

 それは――。


「断る」

「なっ!?」

「この戦いはもう終わっている。アリエス達が其方に勝利した。それが全てだ。

今更余がノコノコ出しゃばって彼等の勝利に泥を塗る気はない」


 そう、この戦いはアリエス達とレオンの戦いで、もう終わっている。

 俺は全てが終わった後にノコノコと出てきただけで、終わった戦いをわざわざもう一度やらせる趣味もない。

 何よりそれは頑張ってこのステータスの暴力に勝利したアリエス達に失礼だ。

 折角アリエス達が勝利したのに、それを俺がひっくり返して勝負を再開してレオンをぶちのめし、俺は一人でも勝てましたと主張する。――恰好悪いだろどう考えても。

 それにアリエス達は俺の部下で、彼等の勝利は俺の勝利でもある。

 今はその事を誇りたい。泥を塗りたくない。


「ふっざけるなァァ! 部下に任せてテメェは高見の見物だと!?

俺は、俺は! 俺はテメェと戦うにも値しねえってのかあ!?」

「其方。聞けば女神の力に縋ったそうだな?」

「ッ!」


 喚いていたレオンだが、俺の一言で硬直した。

 格下に追い詰められ、女神の力に縋って挙句負けた。

 その事はこいつの中でもとびきりの屈辱で、忘れたい出来事なのだろう。

 だが忘れさせてなどやらん。ここで流してしまうとまた女神に利用されそうだしな、こいつ。


「別に力を求める事を悪いとは言わんし、使えるものは全て使うのが余のやり方だ。

そういう意味では女神の力も例外ではない。

これが取り込まれるような無様なものではなく、むしろ利用して我が物にするくらいの度量を見せていれば『よくやった』と褒めすらしただろう」


 そもそも俺もゲームキャラの力を唐突に手に入れて無双してるようなもんだし、そういう意味じゃこいつの同類だ。

 そんな俺だから力を得る方法に対しいちいちあれが駄目これが駄目と言う気はない。

 そんなのはただの特大ブーメランになって俺自身に突き刺さるだけだ。


「だがな、いいように操られて戦うのではもうそれは其方ではない。

仮に余が戦ったとしても、それは余と女神の戦いだ。其方はただの女神の操る駒で、女神の使うアイテムのようなものでしかない」


 だからこそ、あの時女神を跳ね除けたベネトナシュがあれほど眩しく見えたのだろう。

 女神すらも邪魔だと押し退け、己の意思を貫いた。

 そんなあいつだからこそ『ルファス』も宿敵だと認めたのだ。


「先の問いに答えを返そう」


 その言葉を吐く一瞬。

 俺は話しているのが誰なのかを認識出来ていなかった。

 自分で話しているというのは分かるし自分の意思で言葉を吐いている。

 だが同時に、自分以外の誰かが俺の口を使って話していたようにも思えて……しかし確かに同じ意思で放たれた全く同じ台詞で。

 初めて、俺と『ルファス』が完全に重なった気がした。


「今の其方は余と戦うに値せん」

「……ッッ!」

 

 言うだけ言うと、俺の足は踵を返してレオンに背を向けた。

 言い過ぎたかもしれない。だが言わなければまた安易に力に縋っただろう。

 レオンは単純馬鹿だが、その馬鹿さ加減は時に武器となる。

 今の一言であいつの中に『女神の力を使う=俺と戦えない』という構図が出来上がった事だろう。

 そうなればもうあいつは女神の力を使わない。最大の目標が俺なのだから、その目標から遠ざかる方法は選ばない。

 ある意味分かりやすく、そして可愛らしい奴だ。

 よく言うだろう。馬鹿な猫や犬ほど可愛いと。

 確かにレオンは迷惑な奴なんだが、それも俺の中では大した問題ではない。

 何と例えればいいんだろうな……無理矢理例えるなら、そうだな。例えば猫がいるとしよう。

 猫は構って欲しいからとパソコンの上に飛び乗り、キーボードの上に陣取って挙句の果てにボタンを押して強制シャットダウンさせてしまった。

 仕方ないから遊んでやればすぐに飽きて、飼い主の手を引っかいて興味を失ったようにどこかへ歩いて行った。

 それはとても迷惑な事で、自分勝手で、この野郎と思うかもしれない。

 だがそれも含めて飼い主は可愛いと思うものだろうし、許せてしまうだろう。

 俺にとってのレオンは、例えるならそんな感じだ。

 少なくともあれは、かつて戦った竜王程の屑ではない。

 確かに欲望に忠実で傲慢ではあるのだが、ぶっちゃけあれは規模がでかいだけで野生のライオンがシマウマを襲って食い殺してるのとそう変わらんしな。

 …………。


 ……あれ? 竜王って誰だっけ?


*


 そこは森であった。

 マナの輝きが木々を照らし、自ら動く事の出来ない植物が己の身体の代わりにと天力にて生み天法生命体『精霊』が無邪気に飛び回る。

 その精霊の中でも自我に目覚め、本体である植物から完全に独立した存在は『妖精』と呼ばれ、人類や他の生き物から神聖視され時に崇められる。

 また、そんな妖精達の影響を受けた人類こそが『妖精族(エルフ)』であり、故に彼等はマナで変異した存在でありながら天力にも高い適性を示す事が出来た。

 そんな森の中を一人の青年が歩く。

 魔神族の中でも魔神王に次ぐ権威と力を持つ白い鎧の男。

 魔神王の息子として知られる存在、テラ。彼が堂々とした足取りで森の最奥を目指して歩んでいた。

 その歩みを精霊や妖精達は興味深そうに眺め、時に悪戯を出すように彼の回りを飛び回る。

 テラはそんな彼女達に微笑み、決して手を出す事はない。

 精霊や妖精の姿は多岐に渡るが、大体においてその姿は愛らしい少年や少女の姿を取り、大きさは人間の二割程度。

 とはいえこれは決して絶対ではなく、強力な妖精ならばほとんど人間と見分けが付かない者もいるし、無駄に逞しい体躯の海賊風の男なんかもいる。

 やがてテラは森の最奥へと辿り付き、まるで自分が来る事を知っていたように佇む少女を見付けた。

 フワリとした蜂蜜色の髪は肩まで伸ばしたセミロング。

 頭の上にカチューシャを乗せ、瞳の色は緑。

 赤、青、白のトリコロールカラーのドレスを着こなし、隣には鎧を着た英雄の魂(エインフェリア)が仮初の身体を与えられて付き従っている。


「珍しいお客様ね。歓迎は出来ないわよ」


 妖精郷アルフヘイムの最奥に座するのは、全ての妖精の頂点に立つ妖精姫ポルクス。

 天力生命体の頂点に立つ存在であり、それは即ち魔神王の対極の存在という事になる。

 魔神王と魔神族がミズガルズにおける闇の象徴ならば、ポルクスと妖精はミズガルズにおける光の象徴。

 両者は決して混じり合う事はなく、されど衝突する事もなく長年に渡り睨み合いを続けていた。

 まるで裏で連絡でも取り合っているかのように光と闇のバランスを保ち、光や闇が完全に世界を席巻してしまうのを防ぎ合っている。


「お初にお目にかかる、偉大なる光の長よ。我が名はテラ。

まずは不躾な突然の来訪をお許し頂きたい」

「ふう……ん? 貴方確かあれでしょ? 魔神王の息子。

オルムの息子って聞いていたから彼を小さくしたようなのを想像していたのだけれど、随分礼儀正しいわね」


 ポルクスは観察するようにテラを見る。

 見た所敵意は見えない。

 剣も納刀したままで、こちらへ向ける瞳には敬意すら見え隠れしている。

 しかし相手は魔神族。残念ながら信頼出来る相手ではないだろう。


「それで、何の用で来たのかしら? 大した用事でないなら帰って欲しいのだけれど」

「『アバター』の詳しい情報と、可能であればその創り方を貴公より教わりたい」

「…………」


 テラの口から出た単語にポルクスの目が冷ややかに細められる。

 アバター――それは妖精や精霊の出生そのものと言っていい。

 そもそも彼女達自身が他ならぬ植物の仮の身体(アバター)であり、天力と魔力という違いこそあれどマナで構成されている魔神族と似た存在である。

 極端に言えば精霊や妖精とは植物が行使している天法なのだ。

 物言えぬ、自ら動く事も出来ない植物は動くために二つの道へ分岐した。

 一つは変異。魔物として変異する事で自ら動く道。これは亜人のドライアドなどが該当する。

 そしてもう一つがアバターの創造。これで産まれたのが精霊、そして妖精である。

 だがその肝心のアバターの創り方を知る者はこの世に女神と魔神王、そして妖精姫の三人だけだと言われている。

 植物にしてもアバターを創るにはポルクスの許可が必須であり、彼女の協力なしにアバターを生み出す事は出来ない。

 では肝心の彼女自身は一体いつ発生したのかという疑問が残るが、それに答えられる者はいない。

 何せ人類誕生以前まで歴史を遡っても、ポルクスは既に存在していたのだから。


「そんなものを知ってどうするというのかしら?」

「魔神族の宿命から解放したい人がいる。彼女を解放する為に散った友がいる。

俺達は女神の人形ではなく、自分自身としての生を掴みたい」

「……そう」


 テラを見るポルクスの瞳が一瞬優しくなり、同時に不憫なものを見るような同情で彩られる。

 されどそれは一瞬。次の瞬間には氷の冷たさを宿していた。


「悪いけれど、これは門外不出なの。

どんな理由があろうと教えられないわ」

「知っている。だが俺もどんな理由があろうと退けん。

必ずやり遂げると、亡き友に誓ったのだ」

「ではどうするのかしら?」

「どうすれば認めてくれる?」

「そうね……」


 妖精姫が腕を振るう。

 それと同時に百を超える英霊が顕現し、テラの前に立ち塞がった。

 その全てがレベル700オーバー。レベル1000に達する者すらが当たり前のように紛れ込んでいる。


「舞い踊りなさい、私の愛し子達。

――英霊の帰還(アルゴナウタイ)


 歴代の聖域の守護者達が姿を現す。

 かつてミズガルズが闇に覆われかけた時、その度に現れては暗雲を晴らした歴史上の勇者達が降臨する。

 禁断の実を食す以前の最初の天翼族が天使の軍勢となって次々と再臨する。

 貧困に喘いだ人々に果実を恵んだという戦乙女エイルが。高潔な戦士を女神の御許へ導くとされるブリュンヒルドが。歴史に記される偉人達が次から次へと蘇り、テラとの戦力差を馬鹿げている程に広げる。


「私に勝てればヒントくらいはあげてもいいわよ。

要するに、教える気がないって事なんだけどね」


 そう言い、妖精姫は冷酷を装って嘲笑の表情を浮かべた。


ボス戦スタート!

……あれ? どっちが敵陣営だったけ、これ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ