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第104話 レオンのわるあがき

【前回までのあらすじ】

感想欄「馬鹿な――蟹が活躍した……だと……!?」

感想欄「まさか幻術なのか……?」

感想欄「イザナミだ」

感想欄「一体いつから――鏡花水月を遣っていないと錯覚していた?」

 かつて彼は、己こそが最強だと信じていた。

 生まれ出でたその瞬間より周囲に敵無し。魔物という枠の中で、彼は最初から頂点に立つべき存在として生み出された。

 生まれ持った力が違う。生まれながらに決まっている位階が違う。

 基礎能力値、限界値。その両方において他と隔絶して生まれたのが彼――レオンであった。

 周囲はそんな彼を当然の如く王として崇め、従い、レオンもまたそれを当然の事として受け入れた。

 俺は強いのだから俺に従うのは至極当たり前の事。下等生物をどう扱おうが俺は許されるし、強さという絶対の権限を持っている。

 彼は自分以外の魔物を一度として同類だなどと思ったことはない。

 俺が頂点でお前ら全員下等生物だ。彼は心底からそう思っていたし、事実力が違いすぎるのだからそれに異を唱える者などいなかった。否、いても食い殺した。

 高すぎる自尊心による自惚れ? 自分だけは違うと思いたがる子供染みた妄想?

 否。彼はそのどちらも否定する。

 これが真実で事実で、俺は最初からお前らの上に在る。それが全てだ。

 そうはばかる事なく断言し、彼は暴虐の限りを尽くした。


 対等に戦える存在など在りはしない。

 ああ、何たる愉悦。王として生まれたが故の、この絶対的な優越感よ。

 勝てると最初から解り切っている戦いを予定調和そのままに勝利する。

 きっと勝てる、信じれば叶う、自分達は結束していて未来を見据えているのだから決して獣などに負けはしない。

 そんな世迷い言をほざきながら立ち向かってくる連中を一笑に伏して単純な暴力でねじ伏せる時の快感ときたら!

 信じてようが未来を願ってようが正しかろうが、弱い奴は弱くて屑は屑だ。

 俺は絶対で強いから、だから雑魚が何をほざこうが心になど響かないし、何をしてもいい。

 悔しければお前ら、俺を止めてみろよ。出来ないだろう? ならそれが全てだ。

 結局の所レオンは、自分以外の全てを虫けら程度にしか考えていない。

 だから何をしても心が痛まないし、悪い事をしているという認識すらもない。

 負けを予感した事などあるはずもなく、対等の敵に巡り合った事もない。

 そしてそれは、この先も続くのだと信じて疑わなかった。


 海の向こうには吸血姫や魔神王、竜王なる存在がいるらしいが、どうせそいつらも雑魚なのだろう。

 そう考えていた彼にとって、その報は驚くに値するものではなかった。

 竜王が天翼族に討伐されたと聞いた時も、ああ、雑魚が雑魚にやられたのかとしか思わず記憶にも留めなかった。

 だがそれが過ちであった事を彼は思い知る事になる。

 他ならぬその天翼族――ルファス・マファールが己の領地へ攻め込んで来た事によって。


 それは初めての経験だった。

 力で捻じ伏せてきた己が力で捻じ伏せられる事も。敵に恐怖した事も。

 これが恐れか。これが痛みか。これが敗北か。

 きっと一生、己には縁のないものだろうと高を括っていたそれらを、彼は僅か一晩のうちにたった一人の女によって刻み付けられる事となった。

 勝てると分かっている戦いを、予想通りに勝つのではない

 敗色濃厚な戦いに己が身を投じる事があるなどと、想像すらしていなかった。


 認めねェ……。

 俺が、こんな、たかが一人の女に敗れるなどと……!


 結果としてこの戦いはレオンの惨敗に終わり、彼はルファスの配下である覇道十二星の一員として組み込まれる事となった。

 止めを刺されなかった事に安堵し、しかし安堵した己を恥じた。この上ない屈辱だった。

 アリエスなどという雑魚と同列に並べられたのもまた、彼にとっては処刑に等しい恥辱であった。

 気に食わない。何もかもが気に入らない。

 俺より上など在ってはならない。そんなものは認めない。

 そうだ。この屈辱は必ず返す。

 ルファス・マファールという存在を決して許しはしない。

 だから、奴は必ず己が殺す。他の誰にも譲りはしない。

 今度こそ完膚無きまでに叩き伏せ、捻じ伏せ、自身の敗北を痛感させた上であの澄ました美貌を恐怖に染め上げてやる。

 恐れ、命乞いした所であの白い首に食らいつき、骨の一欠けらすらも残さずに喰らってやる。

 そうした時きっと、自分は真に最強へと戻る事が出来るから。

 誰も敵わぬあの女を食い尽くしたならば、きっとそれは絶頂にも等しい快感を与えてくれるだろうから。

 それがレオンの、生まれて初めて抱いた歪み切った欲望であった。


 覇道十二星の中で、彼だけは違う。

 彼だけはルファスを敬っていないし崇めていない。

 むしろ憎悪しているし恨んでいる。

 いつか必ず殺してやると心に誓っている。

 ベネトナシュと彼はその行動こそ似通っているが、その実秘めた感情は正反対だ。

 ベネトナシュのルファスへの攻撃は、結局のところ愛情の裏返しでしかない。

 だがレオンのそれは、純然たる憎悪と殺意から生まれるものだ。

 ベネトナシュのような生温い、慣れ合いの感情とはわけが違う。


 故に、あの結末だけは納得出来ない。

 自分に負けを押し付けておいて、勝手に消えたルファスを許す気になどなれない。

 お前は俺が殺すんだ。俺に殺されるべきだろう?

 それを無視して何を勝手に戦い、勝手に負けているのだ。

 これでは俺はお前に負けたままで、いつまで経ってもプライドを取り戻せない。


 目指すべき目標を見失ったレオンは十二星の名を捨て、しばらくは何もせずに過ごした。

 そんな彼が行動を起こしたのはここ最近の事だ。

 適当に近付いてくる冒険者や魔神族を食い散らかしていただけなのだが、それがどうやら魔物達には自分達を守ってくれていると見えたらしい。

 気付けば蟲人や蛇人といった、どうでもいい連中に崇められ、貴方こそ我等の王だと勝手に持ち上げられていた。

 要は昔と同じだ。レオンの絶対的な強さに周囲が勝手にひれ伏しているのだ。

 だが悪い気はしなかった。

 そうだ、俺は王だ。何もせずとも向こうが勝手に従う力の化身。

 こうあるのが当然で、今までがおかしかった。

 そう考えた彼は、彼等が自分の傘下に加わる事を許可してやった。

 実の所亜人の権利だの人類への参入だの、そんなものはどうでもいいし興味もないのだが、僕になりたいと言っているのだから、寛大な心も必要だろう。

 そして彼は考える。そうだ、俺が世界を支配すればそれはルファスを超えた事になるのではないか?

 ルファスですら出来なかった世界の完全な統治、支配。

 それを己が叶えれば、それは自分がルファスよりも上という事になる。

 ルファス本人はもういない。倒して超える事は出来ない。

 ならば、奴が果たせなかった事を果たす事で証明しよう。己がルファスよりも上であるという本来在るべき事実を。


 だが――。

 だが、何だこれは?

 何故俺は、今更戻ってきたルファスどころかその部下に過ぎない十二星などに追い詰められている?

 何故この俺が、こんな雑魚共にやられている?


 気に入らない……。

 心底、何もかもが気に入らない。


*


「クソがァ……! この俺が、ルファスならばいざ知らず、テメェ等如き程度の低いカス如きにィ……」


 レオンが血に濡れた身体を無理矢理立ち上がらせ、己を囲むかつての同胞達を睨む。

 同胞……? 否、そのように考えた事などただの一度もない。

 己以外は総じてただの下等生物なのだから、仲間意識など抱くはずがない。

 実際彼は強い。ここにいる誰と戦っても、それが一対一ならば相性の差すら覆して勝利する事が出来ただろう。

 カルキノスですら体力の差で強引に押し切る事が出来たはずだ。

 だがそれも、ディーナの回復が加わってしまえばどうしようもない。

 回復役である彼女を攻撃しようにもカルキノスが邪魔で突破出来ない。

 そこにリーブラやアイゴケロス、スコルピウスまでが加わるのだ。

 彼は強い、凄まじく強い。

 だが、いかに強かろうと相手もまた常識を超越した怪物の集団、覇道十二星。

 いくら何でも、これを相手にサジタリウスとレオンの二人だけで勝つのは無理がある。


「煩いぞ、耳障りだ」


 そこに、黒い閃光が割り込んだ。

 アイゴケロスが放った月属性の魔法『ルナシューター』がレオンへ直撃し、その身体を押し流す。

 更に巨大化したスコルピウスの鋏がレオンを掴み、力任せに地面へと叩き付けた。

 サジタリウスは援護しようにも何も出来ない。

 今も頭部には無情の砲門を突き付けられているのだから。

 いや、果たして自由に動けたとしても援護しただろうか。

 少なくともリーブラには、サジタリウスはこの状況を好転させようという努力すらしていないように見えた。


「御免なさいねえ。程度に低いカスに負ける、もっと程度の低いカスの言葉なんて聞こえないのよお。

ルファス様を裏切った聳え立つ糞の山がいっちょ前に吠えてんじゃないわよお!」


 スコルピウスがヒステリックに叫び、何度も何度も鋏を打ち下ろす。

 その度に地面が揺れて陥没するが、かつての仲間に対する慈悲や容赦など微塵もない。

 彼女の世界はルファスを中心に動いていて、ルファスが全ての判断基準を左右する。

 だからそれを裏切ったレオンはもう彼女の中では仲間でも何でもない。

 ただの目障りな魔物でしかないのだ。


「ねえ、そうでしょお?! 何とか言いなさいよお! ねえ?

皆だってそう思うでしょお!? だってルファス様は絶対で正しくて、ならそれに歯向かうこいつが全部悪いに決まってるじゃなあい!

何でそんな当たり前の事も分からないのかしらねえ、このお馬鹿さんは!? ああそっか、何も考えてないんだもんねえ? だからこんな当たり前も分からないのよねえ!?

ほら、ほらほらほらあ! その汚い頭を地面に擦り付けてルファス様に詫びなさいよお!?

私が全部悪くて馬鹿で屑でしたって認めて許しを乞いなさいよお!?

ほら何してんのよ早くやれって言ってるのよ聞こえないの耳腐ってるのアンタはいつだってちょっと強いからって贔屓されてて昔から凄い腹立って憎らしかったのよああそうよあんたなんていなければいんだわそうだわそれがいいわああ何でこんな簡単な事に気付かなかったのかしらでも大丈夫今からでも遅くないわアンタを細切れの肉片にしてぶちまけてそしてルファス様に褒めてもらうのよくやった凄いぞって頭を撫でてもらってそれから――」

「……oh……」


 もはや何を言っているのかもよく分からないスコルピウスがヒステリーを起こしながらレオンを執拗に攻撃する様を見て、カルキノスは額を抑えた。

 普段は一応会話が成立するスコルピウスだが、一度ああして暴走してしまうと、もう手が付けられない。

 また始まったか、と思い全員がうんざりした顔で巨大な蠍を乾いた視線で見守る。

 あの暴走ぶりを見てしまうと、あいつもしかして、実はブルートガングの時も女神の洗脳とかあんまり関係なかったんじゃないかな、とすら思えてしまうのが実に駄目駄目だ。

 ともかく、これは完全に勝負有りだろう。

 むしろこのままだとレオンが殺されてしまうので、どうやってスコルピウスを止めるかを考えなければならない。

 レオンは確かに裏切り者だが、それでもルファスの手足である覇道十二星の一員であり、その判決はやはりルファスへ委ねなければならない。

 部下が勝手に彼女の手足を捥ぎ取るなんて事をやっていいわけがなく、瀕死にはしても殺してはならないのだ。


(認めねェ……)


 だから、彼等は気付かない。

 レオンが殴られながらも沸々と憎悪を滾らせている事を。

 むしろ下手に追い詰める事で、理性の歯止めが効かなくなっている事を。

 そして、この状況を好機と見なす存在が少なくとも一人いる事を、彼等は知っておくべきだったのだ。


『力が欲しいですか?』


 心臓が跳ねる。

 優しく慈愛に満ちた声で、女性の声が鼓膜を打つ。

 全身に感じるのはかつてない力の予感。

 望んでいたものが。求めていたものが今ここにある。

 あのルファスすらも凌ぐ力が目の前にある。


『貴方は最も強き魔物。ならばこんな事はあってはなりません。

貴方が望むならば私は力を与える事が出来るでしょう』


 脳裏に浮かぶのは見覚えのない青い髪の美女。

 彼女は微笑んでレオンに手を伸ばす。

 これは言うまでもなく女神の施しで、そして破滅への誘いだ。

 だがレオンは二ィ、と口角を釣り上げた。

 力……力だ。力さえあれば誰にも負けない。ルファスにだって届く。

 プライドなど要らない。力こそが全てで絶対だ。

 弱い奴はそのプライドすら守れない。

 だからレオンは、一切の迷いなくその手を掴んだ。


(能書きはいらねェ……ウダウダ言ってねェでさっさと寄越せ!

力、力だ! 誰にも負けねェ絶対の強さを黙って俺に献上しろォ!)

『いいでしょう。貴方の望みを叶えます』


 女神が笑顔を浮かべ、レオンへ手を翳す。

 瞬間、レオンの身体から爆発的な天力が迸った。


ちなみに時間軸的にはこの後ドヤ顔でベネトの所に行き、「気持ち悪い」だの「鬱陶しい」だの「三流脚本家」だの罵倒されます。

女神ェ……。

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