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第100話 ベネトナシュのわるあがき

 黒翼の王墓より回収したルファスの武具の数々は普段はマファール塔へと保管され、それはエクスゲートを使えるディーナを経由してのみルファスの手へと渡る。

 少なくともルファス本人はこれまでずっとそう考えていたし、実際にその通りであった。

 しかし今、その認識は他ならぬルファス自身の手により覆される。

 彼女が発動したエクスゲートによりディーナを経由せずして塔より武器が召喚され、ルファスの手へと渡ってしまったのだ。

 呼び出されたそれは二本一対の剣。

 力強さを感じさせる武骨な剣と、どこか流麗さを感じさせる気品のある短剣のセットであり、その組み合わせはどこかチグハグでありながら男と女の組み合わせを連想させた。


「リーヴスラシル。世界が滅びても残り続けると伝えられる神話の剣だ。

雑魚相手に使うのは惜しい逸品だが、其方が相手ならばこの剣も喜んで力を貸してくれるだろう」

「褒めても何も出んぞ」

「余の正直な賛辞だ。素直に受け取れ」


 ルファスが剣の間合いでもないにも関わらず剣を振るう。

 無論、これを見て『あいつ何やってるんだ?』などと思うほどベネトナシュは馬鹿ではない。

 このレベルの戦いに常識は何の役にも立たず、むしろいかに常識を超えるかが勝敗の分かれ目と呼んでいい。

 ベネトナシュが素早く飛び退いた直後に地面が割れ、斬撃がミズガルズの外の宇宙空間へと飛び出して遥か遠くにあった小惑星を二つに割る。

 しかしそんな虚空の果てで起こった二次災害など二人が知る由もない。

 同時に地を蹴って踏み出し、中央で烈風を巻き起こしながら衝突した。

 ベネトナシュの爪とルファスの短剣がぶつかり、すぐに力比べに負けてベネトナシュが弾き飛ばされる。

 しかし即座に立ち上がり、掌を翳した。


「ルナシューター!」

「ソルブレット!」


 ベネトナシュの掌から放たれた黒い奔流と、ルファスの指から放たれた白い光の塊が衝突する。

 威力の上では互角だ。

 だがベネトナシュが発動した魔法『ルナシューター』は高位の月属性魔法であり、莫大なマナによって敵を圧殺する切り札の一つだ。

 対し、ルファスの使用した『ソルブレット』は日属性の基礎攻撃魔法。下位に位置している。

 それが互角という事実はつまり、両者の魔法の実力差をも意味していた。

 加えてその衝突は長く続かない。

 自身の魔法諸共切り裂き、ルファスが飛び出してきたからだ。

 それを見てベネトナシュは厄介な剣だ、と舌打ちをする。

 ルファスのコレクションの一つ、二本一対の剣リーヴスラシル。

 刀身の長い魔剣リーヴは天法を切断して防御結界の上から敵を切り裂く事を可能とし、刀身の短い天剣スラシルは魔法を切断する事で強固な対魔法防御を実現している。

 もっとも、リーヴの効果は天法など使いもしないベネトナシュ相手では全く無用の長物であり、単なる切れ味のいい剣にしかならぬのが不幸中の幸いだろうか。

 だがそれが慰めになるかと言えば答えは否。今あの剣を手にしているのはミズガルズ最強の使い手であるルファスなのだ。

 彼女が手にすればただのナイフであろうと伝説に勝る武器へと変わる。

 その彼女が元々強い伝説の武器を手にしたのだ。ならばその威力と脅威は察して然るべきだろう。


「はあああああーッ!」


 裂帛の叫びをあげ、ベネトナシュが銀の閃光へと変わる。

 己の限界すらも超え、関節が軋むのも構わず全方位から攻撃を繰り返す。

 だがルファスは憎らしい事に涼し気な顔のまま悉くを刀身で逸らし、一発として掠りすらしない。

 それどころか彼女が軽く振るっただけの剣でベネトナシュの右腕が肩から呆気なく離れてしまった。


「……っ!!」


 すぐに切り離された腕を掴んで切断面へ押し付け、強引に再生する。

 そして怯むことなく正面から突撃し、先ほどの切断で掌に付着した己の血を放って目潰しを行った。

 そのまますぐに背後へと回り込み、心臓目掛けて一直線に腕を出す。

 だがまたも当たらない。背を向けたまま腕だけを後ろへ回し刀身でベネトナシュの攻撃を防いでしまっている。

 更にそこから回転し、遠心力を上乗せした蹴りでベネトナシュの胸を蹴り上げた。

 肋骨が砕ける音が響き、口から血が溢れる。

 しかし彼女は怯まない。かろうじて地面に倒れる事を避けて着地し、掌を前に突き出して魔法を雨あられと発射した。

 一発一発が街すら消し飛ばしかねない高密度の魔力弾。それを数百数千発と出し惜しみなく放つ。

 しかし尚もルファスは無傷! 砂塵の中から飛び出し、魔力弾を切り払いながらベネトナシュの目の前へと到達した。

 そのまま何の躊躇もなく一閃! ベネトナシュの上半身と下半身を両断する。


「……っ、舐めるなァァ!」


 だがベネトナシュはその状態から反撃し、魔力弾をルファスへと直撃させた。

 更に、もはやそれは執念を通り越した怨念と呼ぶべきなのだろう。

 脳のある上半身から分かたれたにも関わらず下半身が勝手に動き、ルファスを蹴り飛ばす。

 これにはルファスも驚いたようで目を丸くしながら吹き飛んでいく。

 その隙にベネトナシュは上半身と下半身を結合させ、しかし流石にダメージが大きいのか膝をついてしまった。


「こんな……こんな程度で……!」


 痛みなど知らぬ、ダメージなど知らぬ。

 この戦いはどちらかが死ぬまでやると決めていた。

 まさしく生涯に一度、望み続けた決戦なのだ。

 ならば膝など突いていられない。止まっている暇などない。


「この程度で、終われるかァァ!」


 ベネトナシュは傷の完治も待たずに突貫し、ルファスへ猛攻を仕掛けた。

 彼女の攻撃は決して遅くない。弱くないし鈍くもない。

 むしろミズガルズでも並ぶ者がいないほどに速く、強く、鋭い攻撃だろう。

 一撃一撃、その全てが七曜程度ならば即殺、十二星でも大ダメージ必至の連撃。

 紛れもなく彼女は七英雄最強の存在であり、ミズガルズでも魔神王と並んで最強に数えられる一人だ。

 だがルファスはそれを事もなく捌き、反撃の蹴りがベネトナシュの首をへし折る。

 地面を転がりながらも再生し、すぐに起き上がるが既に息は荒く消耗は明らかだ。


(くそっ、分かってはいたが遠い……!

私はまだ、奴に勝てぬと……太刀打ちすら出来んと言うのか!)


 宿敵が強いのは嬉しい。だがそれはそれとして、この差をどうにかしなければ負けが目に見えている。

 敗北覚悟の上で臨んだ戦いではあるが、それでも別に負けたいわけではない。一番の望みはやはり、勝ってルファスを超える事なのだ。

 だから勝利の手を必死に考える。

 今更卑怯卑劣をどうこう言う気など毛頭ない。勝てばそれが全てだ。

 目潰し、騙し討ち、不意打ち、打てる手があるなら何でもいい。

 今更勝ち方に拘る気などなく、そんなものに気を遣って勝てる相手でもない。

 醜くていい、汚くていい、見苦しくていい。

 それでも、あいつに勝てればそれに勝る財産などあるものか。



『その望み、叶えてあげましょう』



 ドクン、と心臓が跳ねた。

 脳裏に知らぬはずの、だが確かに知っている誰かの声が響き渡り、ベネトナシュの中に何かが流れ込んでくる。

 それは――力だ。

 今まさに望んでいたものであり、ルファスとの差を埋めてくれる一手である。


『望んでいたのでしょう? 彼女に勝つことを。

ならば私は貴女の力になれます。

そして貴女ならば、必ずやそれを果たす事が出来るでしょう』


 一瞬幻視したのは、ドレスを着た青い髪の美女。

 不思議と安心感すら覚える女性が微笑み、己を抱きしめている姿をベネトナシュは視て、そして感じていた。

 それと同時にベネトナシュの全身から天力が溢れ出し、力が全身に漲っていく。

 なるほど、これか。これなのか。

 七英雄がかつてルファスに勝利した秘密はこれだったのか。

 おかしいとは思っていたのだ。あれだけの差がありながらどうして七英雄が勝てたのかが、ずっと不思議だった。

 だがこれで得心がいった。これならば確かに勝利も不可能ではない。

 ましてやこの力を得るのが自分ならば、それこそ一対一でもルファスと互角近い戦いが出来るようになるだろう。

 これならば……この力があれば奴と戦える。

 故にベネトナシュは笑い、そして口を開いた。



「邪魔だ。失せろ」



 声の主が驚く気配が伝わってくるが、何をそんなに驚いているのか分からないし、理解したくもない。

 この戦いは自分のものだ。己が求め続けた戦いだ。

 この先にあるのが勝利だろうと敗北だろうと、生だろうと死だろうと、全てが自分のものだ。

 一ミリとて他の誰かになど譲ってやるものか。

 一体何を勘違いしているのだ、この馬鹿女は。こんな事をされて己が喜ぶとでも思ったのか?

 誰もが膝をついて『ああ、女神様ありがとうございます』と馬鹿みたいに感謝して祈るとでも思ったのか?

 分を弁えろ。図々しいにも程がある。誰も貴様など呼んでいないし必要ともしていない。

 いつ誰が貴様の助力などを欲しいと言った。

 一体いつ私が貴様如きに助けてくれと願った。

 慈愛の女神面して回されている腕が心底気持ち悪いし鬱陶しい。私に触れるなよ屑が。

 今この場において私に触れていいのはあいつだけだ。

 

「聞こえなかったのか? 私は失せろと言ったのだ――三流脚本家(アロヴィナス)!」


 ベネトナシュが叫び、全身から銀の光が溢れる。

 それと同時に彼女の全身に漲っていた力は消失し、天力も弾き飛ばされた。

 要らない。こんな紛い物の力など必要ない。

 確かにルファスには死んでも勝ちたいが、こんな借り物の力で勝つくらいなら死んだ方がマシだ。

 第一こんなのは己の勝利ではない。これで勝ってもそれは要するに女神の力を受け取った誰かの勝利というだけで、己である必要性すらない。

 どんな汚い手を使っても勝ちたいとは思った。どんなに醜くても超えたいと願った。

 だが、自分以外の誰かの道具に成り下がって、誰かの力で勝ちたいなどと望んではいない!

 そうだ、この戦いは己の戦いだ。自分とルファスだけの二人舞台だ。

 他の奴など、舞台に上げてやるものか。

 たとえ女神だろうと蹴落として観客席においやってやる。

 貴様に出来るのは傍観だけだ。そこで黙って見ていろ、場違いの女神よ。


「待たせたな……さあ、私達の戦いを続行しよう。他の誰にも邪魔はさせん」

「…………」

「……? 何を呆けているマファール」

「……いや、大した奴だと思ってな。今ほど其方を心から尊敬した事はないよ、ベネト」


 ルファスの賛辞にベネトナシュは目を丸くし、そして笑った。


「何を今更。私はいつだって大した奴だ。

でなくば貴様の宿敵など名乗れるものか」

「ああ、そうであったな。其方は確かに余の宿敵を名乗るに相応しい存在だ。

今、改めて心からそう思うよ」


 二人は互いを認めて笑い合い、一瞬の静寂が生まれる。

 だがここは戦場で、そして殺し合いの最中だ。故に静寂は続かない。

 ベネトナシュが消耗して尚鋭く速く、これまで以上の練度を以てルファスへと果敢に切り込む。

 余りの速度に己自身の身体をも壊し、血を口の端から流しながらベネトナシュが次々とルファスへ攻撃を繰り出した。

 ルファスもそれを的確に防ぎ、弾き、反撃してベネトナシュを殴り飛ばす。

 更に追い打ち。かろうじて踏み止まったベネトナシュへ蹴りを叩き込み、肋骨を砕いて折れた骨を内臓へと突き刺し、彼女の華奢な身体を壊す。

 だがそれでも尚、吸血姫は倒れる事をよしとせず立ったままだ。


「――まだだ! まだ、負けん!」


 ベネトナシュが跳躍し、全魔力を両手へと凝縮させた。

 崩壊の予感にミズガルズ全土が揺れ、動物達が世界中で混乱し、そして瀬衣と一緒に行動していた剣聖が怯えて動かなくなった。

 野生の勘というやつなのだろうか。彼等は無意識に悟っているのだ。

 今まさに、この瞬間。ミズガルズそのものが砕かれかねない力が生まれている事を。

 そしてそれが、何の躊躇もなくミズガルズへ向けて発射してしまう女の手にある事を、彼等は本能で理解してしまったのだ。


「ミズガルズ諸共……消えて無くなれええええッ!」


 ベネトナシュの手から光が迸り、大空を貫く。

 直後、空から顔を覗かせたのは一本の矢だ。

 だがそのサイズたるや馬鹿げたもので、長さにして数キロは下らない。

 もはやそれは矢というよりは槍であり……否、槍でもここまで馬鹿げた長さにはなるまい。

 どのみち、矢と呼ぶにはあまりに巨大で力強過ぎた。


「『銀の矢放つ乙女』!」


 ベネトナシュが腕を振り下ろす。

 それと同時に月属性最大最強の魔法が、ありったけの力を込めて地上へと射出された。

 この攻撃でミズガルズがどうなるかなど二の次だ。

 たとえ世界が滅ぶとしても、一瞬だけでもルファスに勝てるならばそれでいい。その後に死んでも構わない。

 文字通り世界すらも砕いてしまう攻撃を前にルファスは不敵に笑い、そして地面を踏みしめる。



 そして轟音と共に、銀の矢がルファスの立っている場所へと突き刺さった。



わるあがき(惑星破壊規模)


ベネータ「貴様は助かってもミズガルズは粉々だー!」

ルファロット「考えたなちくしょう!」

女神「やーめーてー!?」


ベネトさんマジ問題児。

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[一言] 〈結論〉デウス・エクス・マキナはクソである。 ※《デウス・エクス・マキナとは?》 →古代ギリシヤの演劇において、劇の内容が錯綜して…etc (wiki) 〈超ザックリ要約〉 →なんか物語…
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