第99話 おめでとう! ルファスは真ルファスに進化した
BBBBBBBBBBBBB。
ベネトナシュから感じる威圧感が増大していく。
知らず冷や汗が流れ、自分でも気圧されているのだと理解出来る。
全く洒落にもならない。威圧を使う俺が逆に威圧感に呑まれるなど。
ベネトナシュの白銀の髪がなびき、雷光が轟く。
それに応えるように今まで空を覆っていた暗雲が晴れ、月光がミョルニル全土を照らし出した。
このミョルニルは普段、陽光を遮断する為にベネトナシュによる魔法で覆われている。
だが彼女が遂に本気へと移行した事で、その魔法が解除されたのだろう。
つまりは今まで魔法に使っていた分のマナをも己に還元したという事であり、更に最悪な事に……今夜は満月だ。
つまり先程までのベネトナシュの強さに今回収したマナと月の力までもがプラスされるわけである。
ゲームだと満月に強くなるなんていうのはそれこそ設定だけだったし、そもそも『満月』なんてもの自体が存在しなかった。
ゲーム内の時間でどれだけ待とうと出てくる月は必ず三日月であり、制作側の手抜きが感じられたものだ。
だがこの世界では設定だけだったはずのものが現実となる。
ベネトナシュから感じられる魔力の波動が目に見えて増大し、更にそれだけでは終わらない。
「マファール。貴様には感謝しているぞ。
貴様と出会わねば私はここまでは来れなかっただろう。
故に、これは貴様へ捧げる最大の敬意だ」
いや、もう十分です、お腹一杯です。マジ勘弁して下さい。
しかしそんな俺のヘタレた言葉が口から出る事は勿論なく、今更ながらこの身体と都合のいい口が恨めしい。
弱音くらい吐かせろよ、こら。
「貴様が本気を出さぬならばそれでもいい。私がその気にさせる事が出来ていないというだけだ。
ならば先ずは私が先に見せてやろう――かつて貴様に教えられた、“レベル1000の先の世界”をな!」
そう言い、ベネトナシュを白銀の輝きが包む。
え? ――いや、待て。マジで待て。
この世界はレベル1000が上限のはずだろう?
少なくとも俺が知る限りではレベルは1000で打ち止めで、それ以降はドーピングアイテムによるステータス底上げしかない。
だが、ベネトナシュが言っているのは勿論そんな事ではないのだろう。
既に手に負える気がしなかったベネトナシュの魔力が更に増大し、銀髪が白金へと変色し、全身からは銀の輝きを絶えず放っている。
あ、やばい。ステータスは見えないけど感覚で分かる。
これアカンやつや。
女神補正かかってないのに女神補正よりやばいパワーアップしてる。何この化物。
「さあ、行くぞ!」
「!」
そう言い、ベネトナシュが消えた。
それと同時に何かに殴られた衝撃が走り、景色が前へと流れていった。
痛みがきたのは殴られた、と認識してからだ。
俺は咄嗟に空中で停止して不時着するが、ベネトナシュの姿がまるで見えない。
体感時間は既に圧縮している。間違いなく周囲は停まっている。
だが見えない。残像すら捉えられない。
俺が俺以外の全てを停まって見えているのと同様に、ベネトナシュには俺の姿が止まって見えているとでもいうのか!?
「がっ、は!?」
今度は腹。
またも衝撃が走り、まるで貫かれたかのような痛みを感じる。
だが攻撃してきたベネトナシュの姿は見えず、俺は間抜けにも次の攻撃に備える事しか出来ない。
何て事だ……この身体になってからずっと、何だかんだで余裕で勝てていた。
少し手こずる事はあったが、それでも苦戦らしい苦戦はしなかった。
しかし今、俺は敵の姿を見失っている。
これじゃまるで案山子だ。ベネトナシュの速度に追いつけず、彼女だけが一段階上の時間軸へとシフトしてしまっている。
相打ち上等のカウンター、など狙う事も出来ない。
最早どこから仕掛けてくるのかすら分からないのだ。
だがやられっぱなしでもいられない。今一度、奴の軌道を読む!
「錬成、『剣の冬』!」
地面から無数の刀身を生やし、ベネトナシュの動きを制限する。
さあ、これで――。
「っ!?」
しかし俺の考えは浅はかで、そしてこんな小細工に意味などない程に差が開いてしまった事を痛感させられた。
あろうことか、俺の正面にあった刀身が一斉に砕け散り、防御するよりも早くベネトナシュの攻撃が俺を殴り飛ばしたのだ。
そのまま体勢を立て直す暇もなく今度は腹、次に背中、顎、脇腹と次々に衝撃が走り抜ける。
やばい、こいつマジで洒落にならん。
強すぎるし速すぎる。
今、自分が殴られているのか蹴られているのか、それとも魔法で撃たれているのかすら理解出来ない。
ただ分かるのは、一方的にサンドバッグにされているという事だけ。
いくら何でもこりゃ反則ってもんだ。大体何だよ、レベル1000の先の世界って。
そんなの俺、知らねえよ。
ああ、それにしてもこいつ本当に強いな。
ほら、また殴られた。今度は肩。
地面に叩き付けられ、背中に魔法が着弾するのが分かる。
強い強いとは聞いていたが、こりゃ正直参った。まさかここまで強くなっていたとは。
初めて会った時から他の連中とは既に格が違っていたが、俺と出会った事で更に上を目指した結果がこれってわけか。たまんねえな。
……ん? いやいや、初めて出会った時って何だよ? そりゃ俺じゃなくてルファスだろう。
まずいな、殴られ過ぎて意識が薄れてきた。記憶が混濁して混乱しているのが自分で分かる。
しかし不思議と焦りや苛立ちはない。
むしろ敬意と歓喜すらが俺の中にはある。
よくここまで強くなったもんだ。
よくもまあ、ここまで一途に己を磨き上げたもんだよ。本当、凄いよお前は。
正直、本当に頭が下がる思いだ。
ここまでの強さに到達するなど、並大抵の努力ではなかっただろう。
だから余は、気付けば笑っていた。
この状況が楽しくて仕方がない。
ああ、本当に――。
――嬉しいぞ、ベネト。よくぞここまで登り詰めた。
*
ルファスの放つ空気が変わった。
ベネトナシュはそれを機敏に感知すると、攻撃の手を止めて素早く距離を取った。
ここまで一方的に攻撃をしていたが、自分が優位だなどと一度として思ってはいない。
何故なら彼女は知っている。ルファス・マファールの本気はあんなものではないという事を。
自分が恐れ、焦がれ、追いかけ、そして求めた宿敵があんなに弱いはずがない。
だから、必ず『来る』と確信をし……事実、奴はその本領を遂に発揮した。
「来たか……!」
「……ふむ」
ルファスは余裕の笑みを崩さぬままに立ち上がってベネトナシュを一瞥し、次に周囲を見渡す。
それは何か、懐かしいものを見るような仕草であり多少の違和感を感じさせたがベネトナシュはすぐに思考を放棄した。
大事なのは今、ここにある事実のみ。
ルファスがやる気になってくれた……この現実だけがあればそれでいい。
「やはり、其方だったか。余を叩き起こしてくれるのは」
「何……?」
「ああ、大したことではない。余が少し寝ぼけていただけだ。
今までずっと、夢現の中にいた。
まあ、それも含めて今の所は余の予定通りなのだがな」
ルファスが一歩前に踏み出す。
それに合わせてベネトナシュは無意識に一歩下がってしまい、己がルファスを恐怖している事を自覚した。
そうだ……これこそがルファス・マファール。己が唯一尊敬し、恐怖する宿敵。
ルファス・マファールはこうでなくてはならない。
ベネトナシュは己を強く律し、たった今退いてしまった一歩を埋めるように前へと踏み出す。
「おかげで目が覚めた。
目覚ましには少し過激であったが、寝ぼけた余には丁度よい。
其方ならば、きっと余の頭をブッ叩いて起こしてくれると信じていた。
ここまで来た甲斐があったというものだ」
クスリ、とルファスが笑い黒翼を広げる。
「アリエスやスコルピウスではこうはいかん。
アレも優秀ではあるのだが、寝惚けたままの余が寝返りを打っただけでどうにかなってしまう。
……其方には礼をせねばな、ベネト」
ルファスの両手にマナが集う。
天力と魔力が相互に作用しつつ高まり、ルファスの周囲を循環していく。
間違いない、今ルファスは完全にやる気になってくれている。
かつて世界を支配した黒翼の覇王が二百年の時を超えて、ようやく自分の前に立ってくれたのだ。
その歓喜にベネトナシュの口元が歪み、光と見紛う速度で再び駆け抜けた。
「ッアアアアアアアア!!」
雄たけびをあげ、全霊の速度と膂力をもってルファスへと挑みかかる。
先ほどまでの様子を見ながらのものとは違う。
紛れもなく全霊全身、本気の攻撃だ。
常人では視認どころか、攻撃された事すら気付けずに絶命するだろう限りなく光に近い速度の一撃。
繰り出されるは、かつて一つの大陸すら、そこに住む魔物や魔神族諸共に両断せしめた一撃。
惑星にすら消えぬ亀裂を刻み込む吸血姫の本気の攻撃を――ルファスは、指先で受け止めた。
「!?」
ルファスの髪がなびき、彼女の後ろの地面に衝撃の余波だけで亀裂が走る。
だが直接受け止めたはずの指先には傷の一つもなく、皮膚の一枚も破れていない。
一瞬の硬直――しかしベネトナシュはすぐに第二撃へと移行した。
分かっている。予測していたし予期していた。
そうだ、相手はあのルファス・マファール。己が唯一超えるべき存在と定めた最強の存在。
ならばこの程度は出来て当然。
この程度は、高くて当然だ。
余りに高すぎて先すら見えぬ、見果てぬ壁。
だからこそ超えるに相応しい。挑むに値する!
「オオオオオオオオオオオオオッ!!」
より強く、より速く、より鋭く!
ベネトナシュが魔力を込めた爪撃を嵐の如く繰り出す。
しかしその悉くをルファスが受け止め、傷の一つすらも刻めない。
ルファスはそんなベネトナシュへ優しく微笑みかけ、彼女の額へ手を当てる。
――指弾。
頭部が弾けたかと錯覚するほどの衝撃を感じてベネトナシュが吹き飛び、かろうじて空中で回転して着地した。
(何たる実力差……満月の夜でもこれか!)
ベネトナシュは額から流れる血を拭い、口元を狂笑へと歪めた。
待ち侘びた……ああ、この時をずっと待っていた。
越え甲斐がある。挑む甲斐がある。
勝てると分かっている戦いを当たり前に勝つのではない。
勝てるかどうかも分からぬ……否、勝機など無いに等しい難敵に全霊を以て挑む事。
それこそが戦いであり、挑戦だ。
己が今、挑戦者であるとこの上なく実感出来る。
悔しくはある。だがそれ以上に嬉しいのだ。
己が目指した相手は、やはりとんでもない奴だった。その事実がたまらなく至福なのだ。
「流石だ。戦意を喪失せぬか」
「愚問。これで戦意を失うならば最初から挑みなどせん」
ルファスはベネトナシュの尽きぬ闘争心を嬉しく思い、それから己のステータスへと目を通した。
【ルファス・マファール】
レベル 3000
種族:天翼族
クラスレベル
ウォーリア 200
ソードマスター 200
グラップラー 200
チャンピオン 200
モンスターテイマー 200
アルケミスト 200
レンジャー 200
ストライダー 200
アコライト 200
プリースト 200
エスパー 200
サイキッカー 200
メイジ 200
ソーサラー 200
ジ・アークエネミー 200
HP 1805000
SP 72290
STR(攻撃力) 46600
DEX(器用度) 29250
VIT(生命力) 40900
INT(知力) 34900
AGI(素早さ) 42334
MND(精神力) 34650
LUK(幸運) 27840
装備
頭 ――
右腕 ――
左腕 ――
体 天后のドレス
・全状態異常無効化
・HP自動回復
足 俊足のブーツ
・フィールド移動速度上昇
その他 7曜の外套
・全属性ダメージ半減
(……八……いや、七割といったところか)
ルファスは自分のステータスを確認し、未だ万全には遠い事を自覚する。
とはいえ、ベネトナシュと戦うならばこれで問題はないだろう。
この世界はレベル1000が本来ならば限界である。
それは女神が定めた絶対の法則にして限界値だ。彼女の創ったルールに沿う限りその上など存在し得ない。
だがルファスはその限界を上回ってしまっており、即ち彼女が女神の創ったこの世界の枠を超えてしまっている事を意味していた。
そしてそれはルファスだけに限った話ではなく、ベネトナシュもまた彼女に近い域へと立っている。
それがまた、ルファスにとっては嬉しい事だった。
【吸血姫ベネトナシュ】
レベル 1500
種族:吸血鬼
クラスレベル
グラップラー 200
チャンピオン 200
アサシン 200
ストライダー 400
メイジ 200
ソーサラー 200
ネクロマンサー 100
HP 705000
SP 31430
STR(攻撃力) 26112
DEX(器用度) 10787
VIT(生命力) 14305
INT(知力) 14318
AGI(素早さ) 42001
MND(精神力) 11295
LUK(幸運) 10282
装備
頭 月のティアラ
・HP自動回復
右腕 収奪者の爪
・攻撃時に相手HP吸収
左腕 収奪者の爪
・攻撃時に相手HP吸収
体 不死者の法衣
・HP自動回復
足 黒影のブーツ
・回避率二倍
その他 月夜の外套
・夜の時間帯にHP自動回復速度二倍
※吸血鬼専用装備
ベネトナシュのステータスを見て、決して嘲りではない心からの感嘆を感じる。
そのステータスはルファスには及ばないものの、それでもルファス同様に女神が定めた枠をはみ出しかけている。
いかに満月の後押しがあるとはいえ、この戦闘力は見事の一言に尽きるだろう。
魔神族が彼女を突破出来ぬのは当たり前だ。
女神の定めた枠の中でしか存在出来ぬ連中がどうして、その枠を超えているベネトナシュに太刀打ち出来る。
彼女もまた有資格者。女神への挑戦権を既にその手に獲得している。
とはいえ、やはり己に勝てるかといえば否であるし勝たせてやる気もない。
だが二百年間もの間、健気に一途に待ち続けてくれた彼女を相手にただ勝利するだけでは余りに彼女が不憫だ。
だから、己が出来る事は唯一つ。
今出せる限りの全力を以て、容赦なく、慈悲なく、完膚無きまでに叩き潰してやる事。
それが最大の礼儀であり、敬意である。
「誇れベネト。其方は余が全力で屠るに値する敵だ。
故に余も、其方に相応しい武器で立ち向かう事にしよう」
ルファスは偽りのない賛辞を口にし、手を掲げる。
その手の中に生まれる力は天と魔の二種類。
二つの異なる力を衝突させ、女神の創造した世界を歪ませて穴を穿つ。
世界に開いた穴はゲートとなり、一時的に世界のあらゆる場所へ繋がり、距離を0へと変えた。
「エクスゲート――来たれ、我が武器よ」
覇王の召喚。
それに応じ、遠く離れた地で天高く聳えるマファール塔が鳴動を開始した。
瀬衣「…………どうしてこの世界の人達はこれと戦おうと思ったんだ」
【限界突破】
今回ルファスとベネトナシュが使った限界突破は一種のスキルのようなものであり、別に普段からレベル1000を超えているわけではありません。
だから十二星なども普段はレベル800です。
逆を言うと、ルファスがこうなっている間だけはアリエスなどのレベルは1000になっています。
(計算式上は2100だが、アリエス達は限界突破をしていないので1000で打ち止め)
アリエス「いきなりレベルが1000になったんだけど」
アイゴケロス「同じく」
スコルピウス「あー、こりゃルファス様本気出しちゃったわね。お疲れさま、吸血鬼のおチビちゃん」
リーブラ「勝ちましたね(確信)」
カルキノス「これでミーにも活躍の場が……」
ディーナ「いえ、タンクのレベルが上がっても特にやる事が増えるわけでは……」
カルキノス「(´・ω・`)」