Dance2 其の7-2
一気に色んな事が起こりすぎて放心している悼矢に河上が近づいてきた。
「大丈夫ですか?」と手を差し伸べてくる。
「あ、ああ。俺は大丈夫だけど……リタが……」
悼矢は腕の中でぐったりとしているリタに視線をやった。
「ふむ……。気を失っているだけのようですね。いずれ気がつくでしょう。
…………。……このエーテルが……キミのエーテルなのですか?」
河上は眼鏡の位置をくっとなおす。レンズが月の光を反射してキラリと光った。レンズが光を反射しているせいで彼の目線がどうなっているかは判らない。
「そうだけど……。何かリタの事を知ってのか?」
「…………。……いえ……。それでは私も行きますね。こう見えても多忙なのですよ」
去ろうとした河上を悼矢は引きとめた。
「待ってくれ……!」
「……何でしょうか?」と笑顔で振り返る。
「あんたに訊きたいことがある……! ”合界派”と”別界派”って一体なんだ!?」
「おや……。その二派を知らないとは。どうやらキミはまだエーテル使いになって日が浅いようですね」
河上は眼鏡を外すとポケットからハンカチを取り出してきゅっきゅとレンズを磨く。
「お答えしましょう。エーエル使いを支援するのも私の仕事ですから」
「そういえばアンタ、AESSとか言ってたな。一体、そりゃなんだよ」
「ふふふ、そう慌てないで下さい。順に説明しましょう。
キミが言った合界派、別界派のように、エーテル使いと一口に言っても意志の統制などされていないのが現実です。さっきの男、藤島のようにエーテルを使って犯罪を犯す者もいる。そこで私たちの出番です。一般人でも法を犯せば警察が動く、それと同じようにエーテル使いが法を犯せばAESSが動く」
河上は眼鏡をかけ直した。
きらりと月の光でそのレンズが不気味に煌く。
「アンタらの仕事は言うなればエーテル使いの警察ってことかよ」
「基本的な仕事は禍魂の討伐なのですが……キミの言うとおり法を犯したエーテル使いを捕まえるのも仕事です。エーテルを犯罪に使うような輩を捕まえるために賞金を出したりもしていますよ。簡単に言えばエーテル使いたちに仕事を斡旋するギルドみたいなものですよ。最も私たちに政府や国のようなパトロンはいませんが……」
「八神もアンタと同じAESSに属してるのか?」
「八神くんが? ははは、属することを嫌う彼女にそれはないですよ。彼女は賞金首を追う狩人――賞金稼ぎです。といってもお金のことは二の次でしょう。賞金稼ぎなんてことをやっているのは何か彼女なりの理由があるみたいですが……」
「エーテル使いの意志が統制されてないって言ったが、どうしてだ? 禍魂っていう共通の敵がいるじゃないか!」
「キミはエーテルがどうやってこの世界に来たか分かりますか?」
「いや分からないが。何だよ、急に……」
「いまエーテル使いたちの通説となっているのは“穴”なんですよ。エーテルたちの世界イデアとこの世界を繋ぐ“穴”がある。そしてその“穴”から禍魂が出てきている。そう考えられています」
「禍魂が!?
待てよ。ということはその“穴”を塞いだらもう禍魂はこの世界に出て来ないってことかよ……!」
悼矢が導き出した答えに微妙そうな微笑みを見せる河上。
「半分正解で半分は不正解……と言ったところですかね。本当に“穴”を塞ぐことが正しい選択でしょうか?」
「正しいに決まってるだろ! “穴”を塞げば禍魂は現れなくなるんだろ!? この世界は救われるじゃないか!」
「そうとは限りませんよ。これは通説なだけであって、『“穴”を塞げば禍魂が出てこなくなる』なんて保証はどこにもありません。そもそも禍魂が“穴”から出現しているということにも確証はありませんから……。
ならば逆に“穴”を利用しようじゃないかと考える者がでてきたんです。“穴”を広げイデア界のエネルギーをこちらの世界で有効活用し、禍魂殲滅を狙っている合界派。そしてやはり“穴”を塞げば禍魂が出てこなくなるという希望にかけている別界派。
この二つはするべきことが全くの逆。だから日々衝突が起きてしまっているんですよ」
悼矢は呆気にとられていた。
簡単ではなかった。
最初はエーテル使い同士の対立、どうしてそんなことが、と思ったのだが。この対立は根本的な考え方の違い。宗教戦争みたいなものだ。
互いを認めることなく、決してその線は交わらない!
(共通の敵がいるってのに……! まとまれないなんて……!)
「キミはどっちが正しいと思いますか?」
すちゃりと河上は眼鏡のズレを人差し指でなおした。またもきらりとレンズが光を反射する。
答えられるわけがない。どっちが正しいなんて。どっちも世界の事を考えての行動。言うなればどっちも正しい。
「アンタら……AESSはどっちなんだよ?」
搾り出すような声で悼矢が問う。
「どっちもですよ。合界派の人間も別界派の人間もどちらもいます。そういう意味ではAESSとて一枚岩ではないですね」
「大丈夫かよ……その組織……」
「問題ありませんよ。仕事内容は禍魂討伐にエーテル犯罪者の捕獲。合界派であろうが別界派であろうが関係ありません。
そうでした。キミはまだエーテル使いになって日が浅いんでしたね」
「あ、ああ」
河上はずいっと悼矢に近寄るとセールスマンのように早口でまくし立てた。
「それならAESSの賞金稼ぎになりませんか? 情報源は欲しいでしょう? AESSに登録しておけば禍魂の情報、エーテル犯罪者の情報が閲覧できますよ? その上、犯罪者や禍魂を倒せば報酬が出ますからね。こんなにお得なことってないでしょう!? ないんですよ! これはもう登録するしかないですね!」
悼矢はうーむとアゴに手をあて考える。
(確かに情報源は欲しい……。何かあった時に疑問をぶつけれる相手がいると動きやすくなるのも確かだ)
「と、言うのもAESSは年中人手不足なんですよ。一人でもエーテル使いが手伝ってくれると有難いんです。そうすれば私の仕事も減りますしね、あははは」
それが正直なところなのか河上は笑って頭を掻く。
「分かったよ。やっぱり情報源は欲しいからな」
「そうこなくっちゃ。はい、これどうぞ」
と渡されたのは一枚のエーテル・カードだった。
「このエーテル・カードはAESSと連絡を取り合うためのものです。仕事のお誘いがいったり、AESSが持つ情報をある範囲内で検索ができます。キミがAESSの賞金稼ぎである証でもあります。一度、使ってみてください」
「使えって言われても……」
ポリポリと頭を掻く。
「ははは。エーテル・エネルギーの使い方が分かりませんか。簡単なものですよ。
人間にはエーテル・エネルギーを他のエネルギーや物質に変換する機能はありませんが、エネルギー自体はもともと体に宿っているのです」
(確か八神もそんなこと言ってたな……)
「なのでエネルギーの流れは体が勝手に理解しています。血液が体中を流れているのと同じようにね。ほら、そのカードに集中してください」
悼矢はエーテル・カードをじっと見つめた。
「後は体に指示を出すんです。暗示と言い換えてもいいですね。エーテル・カード発動と言葉にして出すことで体は勝手に反応してくれるでしょう。言ってみてください」
「エーテル・カード発動! “AESS”!」
するとカードの上にホログラム画面が浮かび上がる。画面には賞金首リストやメール機能、地図機能、情報検索など幾つかの項目が表示されていた。
「……できた……」
「ほら、簡単だったでしょ?」
「ああ。人体の不思議を感じたよ。しかし地図までついてるのかよ……。無駄に便利だな……」
地図機能の項目をタッチしてみると自分が今いる場所を中心に辺りの地図が表示された。
「それとこれは私からプレゼント」
河上は五枚のエーテル・カードを差し出していた。
「いいのか?」
「エーテル・カードは命綱ですからね。せっかく手助けしてくれる人が増えるんですから、禍魂に殺されても困りますよ」
悼矢は有難く受け取っておくことにする。
「それじゃあ私はこれで。何かあったら連絡します」
「ああ、頼む……。あ、いや頼みます」
悼矢は言い直してぺこりと頭を下げた。
それに河上はにこりと微笑みで返す。
歩いて去っていく河上を見送って悼矢は手に残った五枚のエーテル・カードを見た。
“ファイアーボール”。
“カダックの盾”。
“ウェリスタンの加護”。
“ヴィン・イヴィ”。
“キャンセルマジック”。
その五種が悼矢の手に入れたエーテル・カードだった。
(エーテル・カード……。一枚で戦局を変えれるほどの力を持ったエーテル使いの切り札……)
「これがあれば……!」
悼矢は藤島が逃げて行った空を見上げた。頭に浮かぶのはあのカリエラという少女のことだ。
涙を流し、助けを求めてきたエーテル。あのエーテルはまだ泣いているだろう。
「藤島……!」
下卑た笑みで笑う男の顔を思い出して、悼矢は奥歯をギリッと鳴らすのだった。
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