Dance2 其の4
「おーい、どうした悼矢。惚れちまったか? おーい」
きづなを見て固まっている悼矢の前で手を振っている錬太郎。そんな錬太郎の行動など目に入っていないかのように悼矢の視線は八神きづなに注がれていた。
きづなは他の人間に興味はないのか、誰と話すこともなく一直線に窓側の席についた。そして肘をついて窓の外を眺める。
これから一年、勉学を共にする仲間だというのに教室内を見回すこともしない。
それもそうだろう。きづなにとって誰がクラスメイトであろうが関係ないことであった。彼女にとってクラスメイトなどRPGゲームの村人A、Bと大差ないのだ。
「れ、錬太郎! あ、あいつ……!」
「ああ、あの子が八神きづなだ。無愛想で人を寄せ付けない感じだけど、そのクールさがグッド!」
親指をたてる錬太郎。
「いやそうじゃなくてだな! ああ、もう、どう説明すりゃいいんだよ!」
頭を抱える悼矢。その肩に錬太郎はいやらしい顔でぽんっと優しく手を置く。
「みなまで言うな。俺は応援してやるぜ?」
「ちげーよ、このボケ!」
HRはすぐ終わった。教科書を配ったり、担任が高校二年生は中だるみがどうのと話していたが悼矢の耳には届いていやしなかった。その理由は言うまでもなく悼矢の意識はずっときづなにあったからだ。
ちらりときづなの方を見ると、きづなも話を聞く気はないようでずっと窓の外を見ていた。
さあああぁぁ……。
窓から入ってくる春風が彼女の黒髪をさらさらと揺らす。美人は何をしていても絵になるとはよく言ったもので、その様はまるで一枚の絵画のようだった。
教室内の男子たちが酔いしれたように『ほぅ』と熱いため息を吐いたような気がした。
そんな中で一人だけ他の男子生徒たちと違うため息を吐いてる者がいた。
言うまでもなく悼矢である。
(あの時、八神きづなは何か普通の人間にはできないようなことをしていた……。紙切れを放って、何かを唱えた。……ありゃまるで魔法……。
だがおそらくあれがエーテル・エネルギーを利用したエーテル使いの戦い方なんだろう。エーテル使いはああやってエーテルをサポートしているんだ。それを俺が使えるようになれば……リタをサポートしてやることができる……!)
情報が欲しい。だが悼矢がきづなに訊きたいことはそれだけではない。いやむしろこちらの方が気になっていた。
それは彼女が去る前にした質問――
『おまえ、どっちの味方だ?』
(どっち……。考えられるのは“禍魂”と“人間”? いや“禍魂”と“エーテル”か? いやいや、それだとおかしい。そもそもエーテル使いは“エーテル”の味方じゃないか……。くそっ、まるで分からねぇ……!)
あの質問の意味も突き止めなければならない。エーテル使いとなった今、いち早く今の状況を知らなければならないのだ。
きづなはHRが終わると鞄を掴んでそのまま帰ろうとした。なんと素早い行動だろうか。よほど学校にいるのが嫌いなのかもしれない。
しかし帰らせるわけにはいかない。彼女を追うべく悼矢も鞄を掴んだ。
とそこで見知らぬ男子生徒がきづなに声をかける。
「八神、映画興味あるか? いま面白い映画やってるらしいんだ。良かったら一緒に――」
「興味ない」
きづなは男子生徒の顔さえ見ず端的に言って、つかつかと出口に向かう。
声をかけた男子生徒はあまりにきっぱり断られすぎたせいで、頭の理解が追いつかず笑顔のまま固まっていた。
「うわ、一刀両断」
それを見ていた錬太郎はひぇーと声をあげた。だがきづなになんとかお近づきになろうとする男子生徒はそれだけではなかった。
「八神、昼飯食いにいかないか?」
「行かない」
「八神、今度の日曜日あいてる?」
「あいていない」
きづなはその申し出のすべてを相手の顔さえ見ずに一瞬で突っ返していた。
「な? 鉄壁だろ?」となぜか自慢げな錬太郎。だがしかしこんなことで戸惑っている暇はない。悼矢はどうしてもきづなの持つ情報が欲しいのだ。かと言ってこの場では注目を集めるし、話を聞かれるのはまずい。
「俺も帰るわ」
悼矢は錬太郎にそう言った。
「飯食いに行かないのか?」
「まだこよりは学校始まってないからな。きっと昼食作って持ってる」
「それなら仕方ないな。おまえの優先度はダントツでこよりちゃんが一位だからなぁ。
じゃあ、またな。シスコン」
「てめっ、明日ぶん殴る!」
錬太郎と別れを告げると悼矢は八神きづなを追った。
きづなは廊下でも声をかけられていたが無視してすたすたと歩いていく。どうやらいちいち反応するのも面倒になったらしい。
悼矢はあんな奴から情報を聞きだすことなんてできるのかよ、と思わず弱気になる。
(いや……まだ接触もしてないじゃないか……。諦めるのは早すぎる)
きづなは下駄箱で靴に履きかえると校舎裏の方に向かって行った。
(あいつ、どこに行く気だ……)
ここの生徒が家に帰る方向はみな等しく正門からのはずだ。と、言うのも校舎裏はただの山なのだ。裏門があるにはあるのだが、其の先は山道になっているためわざわざ面倒な思いをして裏門から帰る人間もいない、というわけである。
悼矢はきづなに続いて校舎の角を曲がってみる。そして驚いた。
「!?」
そこは焼却炉がある場所だった。こじんまりとして他には何もない場所。ゴミを出しにくる以外にここへ来る者はいないだろう。
そこにきづなは腕を組み、こちらを向いて立っていたのだ。
まるで悼矢がくるのを待っていたかのように。
「尾行するならもっとうまくやるんだな」
特に表情を作らずにきづなはそう言った。
悼矢は米国人のように両手を空に広げてお手上げのポーズをとった。
「まさかバレてるとはな。けどその分だと俺のことを覚えてるみたいだな……。それなら話は早い。昨日のことについて訊きたいことがあるんだ」
「? 昨日? 誰だ、貴様」
覚えていなかった。
少しショックを受けてしまう悼矢。
「昨日会ったろーが! 建設途中のビルで! 禍魂と戦ってたろ、お前!」
しばしの沈黙の後、
「……あの時のエーテル使いか。……何の用だ?」
「だからお前が俺にした質問の意味を聞きたいんだって」
「…………。……答えると思うか?」
きづなの鋭い視線に思わずひるむ悼矢。
(うぐっ。ここで引いちゃだめだ。多少強引にでも情報を引き出さないと……)
悼矢はなんとか気を持ち直して質問した。
「質問は二つ。まず一つ目、おまえが禍魂にやった魔法みたいなことについてだ。二つ目はおまえが俺に言った『どっちの味方だ?』って質問の意味をききたい」
きづなはこれ見よがしにため息をついた。
「お前は何か勘違いしているようだな」
「なんだと?」
「私はおまえの味方じゃない。つまりお前に教える必要はないということだ」
「何言ってるんだ……。おまえエーテル使いだろ。なら味方も同然じゃ――」
そこで悼矢はある違和感を感じた。そしてあることに気づいて『あっ』と声が漏れる。
(そうか……! なんてこった! そういうことかよ……! 八神が言った『おまえ、どっちの味方だ?』って台詞……! やっぱりおかしい! エーテル使いにとっての敵は禍魂なはず……! けどそれだけなら同じエーテル使いにそんな疑問をぶつけるはずがない……! あの質問を八神がする理由は一つじゃないか……!)
悼矢の額に脂汗が滲む。
「エーテル使い同士でも対立があるっていうのかよ……!」
これは完全に予想外。共通の敵がいるというのにまさか人間同士でも争っているなんて悼矢は思いもしなかったのだ。
「…………。ただの間抜けというわけではないようだな」
「どうしてなんだよ! 何が起こっているんだ……!」
「この場で話をした場合、おまえが私に敵意を持つとも限らない。自分の眼で確かめるんだな。だが自分で気づいた褒美に最初の質問には答えてやる」
きづなはポケットから数枚の紙切れを取り出して、悼矢に渡した。
悼矢はまじまじと紙を眺める。その紙には中央に何かを表す絵と至るところに解読不明な文字が書き込まれていた。
「それはエーテル・カード。そう呼ばれるものだ」
「こんな紙切れであんなことができるのかよ」
裏返してみるとカードの名前とその効果説明が日本語で書かれていた。
『“スタンボルト”。対象の身体機能を麻痺させる電撃を放つ』
「エーテル・カードはエーテル・エネルギーを通すことで発動する。その紙にはその効果を可能にするための術式が刻まれているんだ。人間は元からエーテル・エネルギーを持っていてもそれを能力に変える仕組みを体に持っていないからな。それを可能にしたのがこのエーテル・カードだ」
「これがあれば一時的にエーテルとお同じことができるってわけか……」
不思議そうにカードを眺める悼矢。
「お前がカードのことをどういう風に感じたかは知らないが、同じことができるというのは勘違いだ。エーテル・カードは所詮エーテルたちが持つ能力の真似事。オリジナルに勝てはしない。エーテル使いは悪魔でエーテルたちのサポート役だ。例えば筋力強化などのそれ自体を強くする強化系カードは人間に適用されない」
「どうして?」
悼矢はきづなにカードを返しながら問うた。
きづなは腰のホルスターにカードを入れ、答える。
「さあな。おそらく人間がエーテル・エネルギーを扱う機能を持っていないことに関係しているんだろう。それに何かを強化したところで人間の体はそれに耐えうる体じゃない」
「そりゃそうだ……。例え筋力を強化して禍魂を殴ってもこっちの拳は脆いからダメージを受けるのはこちらの方だもんな……」
そこでふと悼矢の頭にある事が思い浮かんだ。
(いや、待てよ。それじゃあ、やっぱり俺の体はかなり特殊な状態ってことか……。リタが驚くのも納得だな……。こりゃ俺の体のことを八神に相談した方がいいか?)
悩む。どうするのが正解だろうか、と。自分の体がなぜこうなっているのか知りたい気持ちはもちろんある。だがエーテル使い同士は争っている。それは目の前の少女が敵になるかもしれないという意味だ。そう考えると――
(……いや、今は止めておこう。相談するにしてもリタに許可をとってからだ)
「それ、おまえが作ったのか?」
「まさか。これらは私のエーテルが持っていたものだ。AESS【エイス】から買ったものもあるが。カードは消耗品ではなく装置。使用すれば各カードに設定された冷却期間がおとずれる。その間はもちろん使えないが、冷却が終わればまた使うことができる」
効果はオリジナルに劣るとはいえ、一度手に入れれば半永久的に使えるエーテル能力。これは人間にとっても禍魂にとっても脅威的だ。エーテル使いの強さはこのエーテル・カードの種類をどれだけ多く所持しているかということが大きく関わる。もちろんそれだけでエーテル使いの質が決まるわけではない。いやむしろエーテル使いにとって大事なのはエーテル・エネルギーのキャパシティ。
これにある。
人それぞれエネルギーを貯めておける総量は異なる。さらにカードは注がれたエネルギー量によって強弱する。つまりエーテル使いAがエネルギー一○○を注いだカードとエーテル使いBがエネルギー三○○注いだ同じカードではBがAを打ち負かすという結果になるのは予想に固くない。このことから分かるとおり、エーテル使いにとってエーテル・エネルギーのキャパシティこそ彼らの強さを表す一種のステータスなのだ。
「お前が聞きたかったことには答えた。私はもう行くぞ」
その時、どこにいたのかライオンのエーテルがきづなの隣に着地した。そしてきづなはライオンにまたがる。
「あ、こら! 待てよ! まだどうしてエーテル使い同士が争っているのかきいてないぞ!」
「一つヒントをやろう。夜、街に出てみろ。あとはお前の鼻で分かる」
そう言い残してきづなはライオンと一緒に跳んでいってしまった。
「鼻で分かるって……本当かよ……」
悼矢はきづなが跳んでいった方をちらりと見て家路についた。
◇◇◇
「どういう風の吹き回しだ」
屋根から屋根へと跳んでいると急にライオンのエーテル――レオがそんなことを言った。
「何がだ?」
きづなは風を感じながら問い返す。
「優しすぎる。普段のお前なら何も教えない」
レオの言うとおりであった。きづなは人と話すことを根本的に嫌う。それは彼女が口下手という理由もあるが、それよりも他人に興味がないからだ。他人がどんな事を話そうと、どんな事で困っていようときづなは興味がない。そんなきづなが何の理由もなく他人に情報を与えるのは珍しいことだった。
「…………。……そうだな」
「気になるのか?」
「…………。昨日は気づかなかったが、あの男はどこかそこらのエーテル使いと違う感じがした」
そう違う。何か違和感をきづなは感じていた。それが何かは分からない。だがあの男が持っているエーテル・エネルギーは人間の持つそれと何かが違う。
「そうか? 俺は何も感じなかったが」
「レオが分からないのも無理はないだろう。これは私の直感だからな」
「直感か。そんな不確かな事で態度を変えるとは……。人間というのは厄介だな。何を考えているか俺には理解不能だ」
「同感だ」 |