魚
私、実はお魚なのよ。
どうしたの? そんなに私の顔をまじまじと。
………あぁ、見た目はそりゃ人間ね?
うん。切り開いて見ればあなたと同じ物が出てくるだろうし。
う~ん、なんといえば良いのかな。
倫理観? それがお魚に近いのかな?
といっても冷血女ってわけじゃないのよ。
むしろ、情には厚い方ね。
まあ聞いてよ。最初に気づいたのは小学校三年生のときかしら。
社会科見学ってあるじゃない?
ほら、工場とかに行ったりするやつ。
そこで、工場を実際に見学する前にビデオを見たのよ。
予備知識を付けようって事なんでしょうけど。
タイトルは『カマボコが出来るまで』。簡単でしょ?
まず最初に映ったのは港よ。
……そのときはまだ私は港の存在を知らなかったのよね。
お魚は図鑑で見てたし、もちろんお、お魚の死骸も食べてたのよ。そうとは一言も言われずにね。
あ、あんなものを口に入れてたなんて知らなかったのよ!
でも、図鑑で見てた様々な姿で私を魅了した彼ら、あ、それと彼女達。
それと食卓に並ぶ魚料理が全く繋がらなかったのよ。
あなた達が無造作に机の上に置かれたハンバーグに人肉が混じってないと盲信してるようにね。
あんなお魚達を捕まえて? 殺して? 小さく刻んで? あろうことか団子状にする?
……あ、ごめんなさい。少し興奮し過ぎたわね。
そうそう、何かいいたい事があるなら口をパクパクさせるだけじゃダメよ。
陸に上がったお魚じゃないんだから、もう少ししっかり呼吸なさい。
あ、それで港の話からだっけ?
それでね、コンクリートの上にまるでモノみたいに等間隔に並べられたそれが、私には最初何がなんだか分からなかったわよ。
そしたら、下にテロップが流れたの。
≪カマボコの原料である白身魚が売り買いされている様子≫ってね。
私は恐ろしくって声も出なかった。
周りではやさしかった同級生達が目を輝かせてその光景に見入っているのよね。
裏切られた気がしたわ。私と、彼らは違う存在なんだって思い知らされた。
それでも耳を手で押さえて、目をぎゅっと瞑ってやり過ごそうとしたわ。
こんな残虐な光景を見ても何も思わない彼らに、私の恐怖を知られたらと思うと恐かったのよ。
もしかしたら、私もお魚と同じ目に合うんじゃないかってね。
それでも微かな雑音は耳から入ってきて、私の頭の中に無理やり入ってくるのよ。
そして、途切れ途切れの音の中からこんな言葉を拾ったわ。
『魚の加工過程』
それと同時に、私の両隣から押し殺したような歓声が聞こえたのよ。
残虐性を押し殺したかのような歓声がね。
それを聞いて、私思わず、顔を上げて、まぶたを開いて見たの。
そこでは…………お魚達が…………ベルトコンベアーで運ばれて、
その、両側に刃のついた…………中に……引きずり込まれて……。
今思い出しても寒気がする! あんなの、悪魔の所業よ!
それから私はずっと、怯えながら生きてきたの。
お魚の死骸を弄んでむさぼる光景は何度見てもなれるなんてことなかった。
当然、許せなかったわよ。
でも、そんな行為をしながら笑顔で談笑していた彼らが恐ろしかったの。
だから、私はずっとうつむいて生きてきた。
そうしないと、あなた達にどんな目にあわされるか分からなかったから。
……
…………
………………
……………………
…………………………あなたが悪いのよ。
あなたが、自分はベジタリアンだ。なんていうから。
それを、私の家に来るなり、俺の包丁捌きを見せてやる、なんて。
お、お魚は、肉には、は、入らないなんて言って!
……見て、この水槽。
私が助けたお魚達よ。
初めてだけど、貴方なら上手く捌ける気がする。
だって、ほら、血はだいぶ抜けたみたいだし。
ひき肉にすれば、この子達も食べれるんじゃないかしら。
貴方の持ってきた包丁セットの中に色々あるしね。
だからこうやって……
ヤダ…………ぬるぬるする。
…………硬、まな板、まな板。
机…………う~ん……うん、そうね。
やっぱり道具は必要かしら。
つみれ美味しいです。