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22・病(やまい)
 音江槇とアリアがマンションから去った後、入れ違いで東昇も同じ場所へ訪ねてきていた。
昇もまた、仕事の合間にアリアの足取りを追っていたのだ。
アリアがいたことがあるこのマンションの部屋に、今月、明かりがついていたことがあるらしいという情報を、昇は得ていた。
 だが、ここ数日はついていないとのことだった。
 昇は何度かこの場所へ足を運び、雪はねをしている、近所に住む人の良さそうな初老の男と親しくなり、注意して見て貰っていたのだ。
 他にも思い当たる所はいくつか当たってみたが、何も収穫はなかった。だが、まだきっとアリアは旭川にいる。
 昇はそう確信していた。
 十無はもう本当にこれでいいと思っているのだろうか。
 それに、アリアのことを本当に忘れられるのか。ただの容疑者として接することができると思っているのか。
ど うしても、アリアを見つけて十無に会わせたい。そして……その先のことは昇は考えていなかった。
 とにかくこのままではだめだ。惰性で結婚相手など決めるものではない。
 十無がアリアを諦めればライバルは減るが、今の十無は見ていられなかった。
 十無に電話してアリアを一緒に探そうと誘っても、今は休暇中だから、仕事はしないと断られたのだった。
 その上、二十四日に結婚を前提に付き合いたいと美希に伝えるのだという。
 それまでになんとしてでもアリアを見つけなければならない。
 こんなときに限って何故現れないのだ。何処へ雲隠れしてしまったのだ、アリアは。
 氷点下五度という真冬日の昼下がり、途方に暮れた昇は、マンションの前で立ち尽くしていた。
 そんな昇の心配をよそに、その日の夕刻、十無は美希と旭川の中心街、買い物公園を駅のほうに向かってぶらぶらと歩いていた。
 美希が休みだったため、十無は美希を朝から誘って映画を見た後、ホテルのレストランで飲茶ランチを食べたのだった。その後どういたらいいものか思いつかず、とりあえず歩いていた。    
 今回も二人の会話は弾まず、途切れがちだった。
 どうも気まずい。十無はそう感じていた。
 だからといって、それをどうすることもできない。そんな自分がもどかしくて情けなかった。
 女性と過ごすってこんなに気を使って疲れるものなのか。最近、女性といえば、女装したアリアと接するくらいだったな。……それは女のうちに入らないか。
 十無はそんなことを考えてつい苦笑しそうになりながら、並んでいる店先になんとなく目を泳がせていた。
 ジュエリ―という看板が目に付いた。
 そうだ、美希さんにクリスマスプレゼントを考えなければ。
「美希さん、クリスマス・イブの夜、また会ってもらえますか」
一瞬間があったが、美希は「ええ」と、答えた。
「美希さんの指のサイズを教えていただけませんか」
「私、指輪ってしないからよく分からないの」
「そうですか、じゃあその宝石店で見てもらっていいでしょうか」
「あ、……はい」
 美希の返事は、毎回、一呼吸置いて返ってきた。
タイミングがずれる。これは、余り気が進まないということなのかもしれない。
 鈍い十無でもそれは感じていた。
 宝石店のドアを押し開けて先に美希を通し、十無も店内に入った。
「アリア?」
 十無の視界の先に、見慣れた黒いサングラスのアリアがいた。
 どうしてここにいる。何故今ここにいる。今は会いたくなかった。会うと決心が揺らぎそうだ。
十無は何年も会っていなかったような気がするほど、アリアを懐かしく感じていた。
「なあに? 知っている人?」
 十無がその場に立ち止まっていると、美希がコートの袖を引っ張った。
目線はアリアに釘付けのまま「ああ、少し」と、答えた。
 アリアはショ―ケースから、高価そうなダイヤのピアスを店員に見せてもらっているところだった。
柚子には大人っぽいピアスだ。やっぱりアリアには彼女がいるのだろう。この前一緒に歩いていた美女か。
「彼も、彼女にクリスマスプレゼントかしら。にしても、随分と高そうなダイヤのピアス。あんなに若いのに、どんな仕事しているのかしらね……東君?」
 美希は立ち止まって店内に進もうとしない十無の顔を覗き込んだ。
「知り合いなら、声をかけたら?」
「いや、そんなに親しくはないし……」
 十無が躊躇している間に、アリアのほうが十無に気がついた。
アリアは驚いた様子で「十無?」と声をかけて近づいてきた。手には購入したばかりの、赤いリボンの付いた小さな箱を持っていた。
「お前も、彼女へのプレゼントか」
「いや違う、これはちょっと色々あって……」
「隠さなくてもいい、この前、飲み屋街で美女と歩いていたのを見かけた」
「え? それは誤解だ。……十無こそ、素敵な彼女を見つけたね」
 そう言って、アリアは美希に微笑みながら挨拶をした。
 自分が女と歩いていようが、アリアがどうこう言うわけがないか。
 十無はアリアの淡々とした反応が少し寂しかった。
それは予想通りの反応だったのだが、実際に目の当たりにすると僅かな望みも打ち砕かれて、十無はショックを受けた。
「じゃ、私は用があるから。またね、刑事さん」
「おい、待て」
 十無はこのまま会えなくなるような気がして、思わずアリアを引き止めた。
「何?」
「……何処へ行く?」
「内緒」
 アリアは振り返ると、悪戯っぽく一言だけ残して店を出ていき、人ごみに消えた。
 アリアに会うと胸元がざわつく。心の中に冷たい風が吹き込んで渦巻いて体中を駆け巡り、ふっと一瞬で消え去ったようだ。
 そして、胸に熱い疼きだけが残るのだった。
 多分、アリアという病にかかっているのだろう。一生治りそうもない、厄介な病。
 十無はアリアのことで頭が一杯になっていた。
 アリアが去った後も、出て行ったドアの方を向いて、十無は暫し呆然としていた。そして、美希に声をかけられるまで美希の存在を忘れていたのだ。
「東君、私、もう行かないと。ごめんなさい、今夜は用事があるの」
 美希は眉を少し寄せ、申し訳なさそうに言った。
「そうですか、わかりました。じゃあ、二日後のイブに」
 優しい笑顔で答えた十無に、美希は遠慮がちに「ねえ、東君、ひょっとして、今の男の子のこと……」と、訊きかけたが、いや、まさかね。と、首を傾げて十無に聞こえないほどの声で呟いた。
十無がどうしたのかと訊ねても、美希はなんでもないと、返事をして笑顔に戻り、「今日は楽しかった」と言って手を振り、足早に店を出ていった。
 十無の心に何かが引っかかった。


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