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       第2話
 いい加減しつこい……カンベンしてくれ。そんな思いで、聡は自称婚約者から逃げ回っていた。
 父から、末弟の未来の花嫁に会いに来い、とパーティに呼び出され、仕方なしにやってきたものの。案の定、一ヶ月前に見合いをした笹原智香ささはらともかも来ていた。きっぱり断わると余計な詮索をされるため、ノラリクラリと交わしているのだが、今度の相手はいささかしぶとかった。

 
 一条家の長男・一条聡いちじょうさとしは日本でトップクラスの企業弁護士である。
 東大・ハーバードロースクールと首席で卒業し、父の期待も大きかったが、彼は後継者を辞退した。
 それには大学時代に情熱と勢いで犯した過ちも影響している。彼が二十一歳の時、五歳年上の女性と結婚したが、一年も経たず離婚。その後、親の勧めで何度か縁談はあったが、結婚には結びつかず、現在に至る。
 今の彼の評価は、融通の利かない女嫌いの堅物……だ。その証拠に、今も智香から逃げるため、人気のない母屋の、一階奥にある紳士用トイレに駆け込んだところだった。
 
 パーティのメイン会場である裏庭は、離れが開放されており、ほとんどの客はそこで用を足している。こんな遠くまでくる人間はいない。一服した後、ついで、と思い小便器の前に立った。用を足し始めた時、ふいに足音が聞こえ、トイレに駆け込んでくる人間がいた。
 華やかなピンクのスーツに、一瞬、智香か? とギョっとしたが、彼女よりもっと若い、腰まである長い黒髪の綺麗な女性だった。聡の妹もそうだが、最近、ほとんどの女性が髪の色を変えている。この時代にあって、これほど見事で艶やかな黒は滅多にお目に掛かれないだろう。
 そんな聡の視線を浴び、彼女も当然、びっくりして立ち竦んでいる。だが、途中で止めるわけにもいかず……。紳士用になぜ? と困惑するだけだ。
「あ、あの……すみません。私もお手洗いを使わせて貰っていいでしょうか? ずっと探してて……みつからなくて、あの」
 どうやら切羽詰った状態のようだ。そのせいか判らないが、彼女の頬は桜色に染まっていた。
「ああ……どうぞ。終わったら出て行くので、安心してくれ」
「は、はい、すみません」
 そう言って彼女は個室に飛び込んでいった。

〜*〜*〜*〜*〜

 夏海はずっとトイレを探していた。
 離れのトイレは個室に列が出来ていて、それを見た家政婦らしき年配の女性が、母屋にもございますよ、と教えてくれたのだ。が……母屋は広かった。
 それに、デパートと違ってトイレの矢印など出ていない。鍵の掛かってないそれらしきドアを、片っ端から開けて廻ったが、なかなかトイレには巡り会えず……。

 やっと見つけて、用を足し、ホッとして個室から出た。手を洗って鏡を見た瞬間……背後の壁にもたれて、さっきの男性が立っているのに気付いた。
 夏海は慌てて振り向く。
「やあ、間に合ってよかったね」
 苦笑しつつ声を掛けられ……その、デリカシーのない言い方に、思わずムッとする。
 だが、先客がいるのにも関わらず、飛び込んでしまったのだ。失礼な真似をしたのは、夏海が先だった。
「あの……入ってらっしゃるのに気付かず、失礼しました。でも、そこで私を待ってらしたんですか?」
 用を足す音を聞かれていたのか、と思うと……どう考えても恥ずかしい。
「違う人間が入ってきたらマズイと思ってね。一応、見張りのつもりだった」
「見張り? どうしてそんな……」
「なんだ、気付いてなかったのかい? ここは紳士用だよ」
「そ、そんな! 自宅のトイレに紳士用? そんな馬鹿な……じゃ、婦人用は」
「ちょうど、反対の階段脇だ。一応、顔を合せない為の配慮なんだけどね」
 なんてこと、自分は紳士用のトイレに飛び込んで、用を足してしまったの? ……夏海は穴があったら入りたい心境だ。
「す、すみません!!」
 必死で詫びる夏海の耳に、突然、彼の手が触れる。
「キャッ!」
「ああ、失礼。君……右にもイヤリングを付けてたんだろう?」
「え? ええ、はい。同じものを……」
 夏海が自分の耳を触ると、そこには何もなかった。
「どこで落としたのかしら……あ」
 
 さっき、トイレを探してる途中で、中二階の部屋のドアを開けた。メイキングされてないベッドがあり、まるでホテルの一室のようで、トイレがないかと探したのだが見つからなかった。その時に、間違えて開けたウォークインクローゼットで、上に積まれた布団が落ちてきて、慌てて元に戻したのだ。ひょっとしたらその時に……。
 
 彼にそのことを話すと、
「それなら、横の階段を上がったところだ。一緒に行こう……迷子になったら困るからね」
「すみません。ありがとうございます」
 ずっとクスクス笑いをされ、馬鹿にされてる感じだが、なぜか嫌味な印象はなかった。
 さっきは慌てていてじっくり見なかったが、歳は三十代後半だろうか、落ち着いた印象のかなりのハンサムだ。平均より高めの夏海が見上げるような長身で、スポーツをやってたのか、身体もがっしりしている。スーツ越しにもそれが判るほどだ。しかも、日本人には珍しく、足が長い。そのスーツがオーダーメードであることは間違いないだろう。
 こんなカッコいい人なら、奥さんがいるんだろうな……と、ぼーっと考えながら後を付いて行く夏海だった。

「ここは、客間なんだ。トイレは付いてるけどバスユニット形式だから、普段は鍵が掛かっている」
 後になって思えば、邸内の事情に詳しいことをいぶかしんで当然だった。でも、この時は……笑みを絶やさない彼の心遣いと、耳から入る甘やかなバリトンの声に、些細な疑問符は打ち消されてしまう。
 二人は思ったより時間を掛けて、布団の間に挟まるようになったイヤリングを取り出したのだった。
「すみませんでした。ご面倒お掛けしてしまって……」
 どうも、彼のジッと見つめる瞳に、胸がドキドキして顔が上げられない。夏海は俯いたまま、小さな声で謝った。


「いや……貴重な経験だったよ」
 聡のほうも大差ない。冷静に見えて実は戸惑っていた。なぜなら、初対面の彼女から、視線が外せないのだ。こんなことは初めてだった。じゃあ……と、傍から離れるのもなぜか躊躇われる。
 だが、いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。
 二人がクローゼットから出ようとした、その時……
 
御堂です。ご覧いただき、ありがとうございます。
ブログ版の2話と3話のバランスが悪かったので、切る所を変更しました。
3話はハーレでよくある、もの凄い場所でのエッチ(苦笑)
しかも、出会ってすぐ、という要素も取り入れたくてチャレンジしました!
拍手&メッセージお待ちしております。


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