できそこないロボット
ぼくの家にロボットがやってきたのは、きのうの夜のことだった。
足腰の悪くなったお母さんの代わりに、洗たくもの干しから食器洗いまで、なんでも代わりにやってくれるお手伝いロボット。『テンナイイッソウザイコショブン』で、店の外に投げ出されてたのを安く手に入れたんだよ、と、お父さんが晩ごはんを食べながらうれしそうに話してくれた。ぼくはおかずを口に運びながら、ソファのかたすみで、糸が切れた人形みたいにうつむいているロボットをちらりとぬすみ見た。
頭からつめ先まで、きれいに部品がそろっている。足が片方ちぎれたり、右うでから変なものが飛び出したりしていない、みごとな『完成品』だった。これほど上等なロボットは、クラスで一番のお金持ちの、トモ君のとこにだってまだない。彼のとこのなんて、右目が飛び出しちゃってるんだもの。なんだか急に、誰かにジマンしたくなって、ぼくはそわそわと体をゆらした。
「大事にするんだよ。ロボットにだって、人権はあるんだからな」
「うん。学校で習った」
ぼくは急いでおかずを口の中にほうりこんだ。初めて我が家にやってきたロボットと、早く遊びたくてうずうずしていた。
☆
「こ、こんにちは」
「こ……コンニチハ」
それからぼくの初めてのロボットとのそうぐうは、こんな感じにぎこちないものだった。おたがいキンチョウしていたのか……ロボットにキンチョウなんてのも変な話だが……あいさつをした後、なんとなくぼくらは固まってしまった。お店のショーウインドウなんかよりももっと近いきょりで、ぼくはわが家にやってきたロボットをまじまじとながめた。ロボットはにこりともせず、じっとそのガラスのような目でぼくを見つめ返してきた。
「ほら、一号。あいさつが終わったら、食事の後片付けをしてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
どうしていいか分からず固まっているロボットに、テーブルの向こうからお父さんが助け舟を出した。一号と呼ばれたロボットは目の前のぼくに軽くおじぎをして立ち上がると、きびきびとした態度で台所へと入っていった。それからぼくらが居間でテレビを見ている間に、一号は命令されるがまま、ぼくらの食器を洗い、ふろ場を洗い、服を洗い、ベッドメイキングをすませ、最後にはぼくの枕元で子守唄を歌ってくれた。
「明日の朝までに朝食の準備と、会社の資料をまとめといてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
ぼくの部屋のドアをそっと閉める前、お父さんが上機嫌でロボットに命令した。暗がりの中、オレンジの灯りに照らされたロボットはあいかわらず無表情で、深々と持ち主に頭を下げていた。
☆
それから、ぼくと、ロボットの生活が始まった。
ロボットはとても便利だ。ロボットがいるだけで、ぼくはみるみる家がきれいになって行くのがわかった。ヒマさえあればエプロン姿でほうきを手に、家中を掃除して回るロボットに、お父さんもお母さんも、もちろんぼくも大満足だった。ここだけの話、最初は「ちょっとムキシツで怖いな」と思っていたぼくだったが、三日もたてばそれも気にならなくなり、今ではメンドーなお使いやムツかしいしゅく題まで、こっそりロボットにお願いするようになっていた。
ロボットは決して家族の命令にはそむかない。どんなお願いだって、嫌だとは一言も言わず、無表情で深々と頭を下げた。友達にするにはあまりにそっけないやつだったが、そのそっけないたいどが、なんだか猫のゴロウみたいで、ムショーに愛おしく思えたりもした。それからぼくはロボットと、同じコタツの中で二回、冬を過ごした。ロボットは決して表情を変えない。だけどぼくには、なんだか一回目の時よりあたたかく感じられた。
☆
そして、その日は突然やってきた。一号と三回目の冬を過ごしていたある日、お父さんが新しいロボットを連れて帰ってきた。
「二号だ! 最新式だぞ。一号よりも優秀だ」
「よろしくね、お坊ちゃん!」
その時ぼくは、ちょうど一号とコタツでおはじき遊びに夢中になっていた。二号と呼ばれた新しいロボットは、居間に現れるとにこやかな表情でぼくに白い歯を見せた。ぼくはびっくり仰天した。まさか、ロボットが笑えるとは思わなかった。ぼくは向かいに座っていた一号と目を合わせた。一号は無言のまま、表情を変えずにぼくをじっと見つめ返した。
それからその夜には、ささやかな二号の歓迎パーティが家で開かれた。パーティの準備をしたのは、一号だ。さすがにお父さんが高い金を出して買った最新型だけあって、二号の表情はコロコロと変わり、何気ない会話の中ではおせじまで心得ていた。何より仕事も、一号の倍以上のスピードでこなせるということだった。
ぼくが一番びっくりしたのは、二号が時々「嫌だ」と言うことだった。二号はロボットなのに、時々ぼくらの命令にすら逆らって見せた。ロボットらしからぬ二号の登場に、ぼくはまるで新しい友達ができたような気分になった。それからまた四回、冬を過ごすころには、二号はすっかり家族同然のように我が家に馴染んでいた。
そしていつのまにか、一号は隅に追いやられるように、物置の中で糸が切れた人形のようにうつむいていることが多くなっていった。
☆
「……というわけだ。一号、今までご苦労様。ここでお別れだ」
「…………」
それからしばらくして、お父さんが一号を車に乗せスクラップ工場へと連れていった。お父さんが別れを告げると、一号は一瞬だけ言葉を詰まらせて、それからいつものように深々とお辞儀をして見せた。
ロボットにだって、残念ながら限界はある。
それはもちろん、あれから少しは成長した僕にだって十分理解できていたけれど、それでも一号とお別れするのは悲しかった。二号より仕事は遅いし、手際は悪いし、あいかわらず無表情だったけれど、そんな一号が僕は好きだった。出来ればインテリアとしてでもいいから家に置いてくれ、とお願いしてみたけれど、生憎無駄な家電を食わせておくほどの金もなく、お父さんはとうとう首を縦には振らなかった。
「かしこまりました、旦那様」
そういって、一号がゆっくりと顔を上げた。その表情は……なんと泣いていた。目に涙のような雫を浮かべる一号を見て、僕は驚いた。ロボットが僕らと同じように泣けるだなんて、そんなことは夢にも思っていなかったのだ。一号は、だけど、それ以上は何も言わず、あの日と同じようにきびきびとした態度で工場の方へと歩いていった。
一号の姿がどんどん小さくなっていくのを見つめながら、僕はぽつりとお父さんに声をかけた。
「……ねえお父さん」
「ん?」
「ロボットは、泣けるの?」
「いいや。ロボットは普通泣かない。あれはきっと、安物だからな」
「なんでロボットは、ケガをすると赤い血が出るの?」
僕は一号の背中をじっと目で追いながら尋ねた。お父さんが喉の奥のスピーカーから、困ったような声を出した。
「弱いからさ。もともとロボットは、別の星から来た。地球という星さ。そこでは人間と呼ばれていたらしい。かわいそうに、我々と違って、身体にオイルが馴染まないんだ」
「……ロボットは、どうして眠るの? たまに夜中に起き出したと思ったら、夜空を見上げているのは何故?」
「それは一号だけ、特別に出来損ないだったんだろう。ロボット全部がそんなことする訳じゃないさ」
お父さんは頭のネジをボリボリと掻いた。
「……二号は泣かないね。一号みたいに時々疲れて、ため息をついたりも、しないもんね」
「そうだろう?」
そういってお父さんは笑って僕の背中を叩いた。車に乗り込む前、僕はもう一度だけスクラップ工場を振り返った。無表情で、出来損ないだった一号の背中が、僕の一眼レフにいつまでもいつまでも焼きついて残った。