挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

なろう的童話シリーズ

彫刻家と天使

作者:風木守人
とある村に彫刻家がいた。
彫刻家は白亜の原石を彫像に変えていた。
自分の中にあるものを信じて、ただただ、像を彫り出していた。

とある天使がいた。
天使は自らの姿を美の極致として捉えていた。
そのため、自らが生み出すものもまた、美しいと考えていた。

彫刻家を評価するものは誰もいなかった。
妻は彼の彫像を密かに馬鹿にしていたが、人一倍働く夫だったので何も言わなかった。
町の他の住人も、彼の行為を変わった趣味だと思っていた。

天使は全ての存在から称賛を受けた。
神もその姿を称賛し、太陽が恥じて(こうべ)を垂れ、月が詩吟を(ささや)いた。
天使はますます自分の美しさを完全なものだと思った。

彫刻家は黙々と像を彫っていた。
人間の労働を、自然の美観を、神々の芸術を、形にするために。
ただ、黙々と、彫った。

天使は絵を描き、像を彫り、歌を歌った。
人間の芸術家と作品で競っては常に勝利した。
そのたび、天使は敗者を殺していた。

ある日、二人は出会う。
天使が彫刻家に勝負を挑んだのだった。
「人間の分際で芸術家を志すとは、生意気な奴め」

彫刻家は天使の顕現に驚く一方で、その美しさに感嘆していた。
しかし天使が自分に敵意を向けている事に気づくと、厳かに答えた。
「天使様。私はただ、私のやりたい事を、なしているだけです」

「そうかそうか、」
天使はそうぞんざいに返事をした後、彫刻家の彫っていた像を見て、
「一月後また来る。その時私の作品とお前の作品を比べよう」

「しかし。しかし……」
彫刻家の反論を抑え込むように、天使ははっきりと言った。
「お前が勝ったら好きな願いを叶えてやろう。だが、負けた時はその命、もらい受ける」

天使が飛び去った後、彫刻家はため息をついた。
「大変な事になってしまった。さて、どうしたものだろう」
彫刻家はまるで明日の予定を思案するように、首をかしげた。

丁度その時だった。
男の前に再び何者かが音もなく降り立った。
神々しい後光をまとったその存在を、彫刻家は尋常なものではないと悟った。

「汝か。かの天使に勝負を申し込まれたのは」
その声は老人のように重々しく、また若者のように瑞々しくもあった。
「はい、そうです」

「実はかの天使の行動には、我も困っておるのだ。なんとか、懲らしめる手はないものか」
それは唯一無二の存在たる、神であった。
信心深い彫刻家はそれを理解し、恐れ多く思いながらも神に自らの考えを述べた。

「私に考えがあります」
神は彫刻家の案を聞き、うなずいた。
「面白い。弱いはずの人間は、我でも思いつかぬ事をた易くひねり出す」

「私はただ、芸術の何たるかを一端だけでも理解しているまでです」
彫刻家は謙遜でも何でもなく、自らの信条を素直に述べた。
神はその素朴で正直な人柄を快く思って、全面的に協力することを約束した。

それから一月が経った。
天使は彫刻家の町の、広場に顕現した。
「この町の彫刻家に会いに来た」

偶然居合わせた彫刻家の妻は(おそ)(おのの)きながらも、すぐさま夫の元に走った。
「あんた、天使様が訪ねていらしたよ」
「ああ、来たか」

彫刻家は丁度さっき完成した像を見上げて言った。
「うむ、いいだろう」
彫刻家は銘を台座に彫ると、像に布をかぶせた。

彫刻家は妻に言って、村の男たちを集めて像を運んでもらった。
「さあ、さあ」
天使は待ちくたびれたように彫刻家をせかす。

「逃げなかった事は褒めてやろう」
天使は自らの像の横でふんぞり返って言った。
その像にも、布がかぶせてあった。

「いいえ、私も芸術家の端くれです」
彫刻家は一度、深く深くひざまずいた。
「天使様の作品にお目にかかれると聞いて、逃げる事などありましょうか」

「良い心がけだ」
天使はそう言うと、自らの像にかぶせられた布を一息にあばいた。
その下には天使自身を彫った、あまりにも美しい石像があった。

「見るがいい、そして焼きつけよ」
躍動的な肢体、布と見紛うほどに精緻な衣服、神々しいまでの表情。
完全と言っていい、まさしく奇跡の御業みわざであった。

群衆はその石像に見とれてため息をついた。
天使はあえてたっぷりと自らの作品を見せつけてから、彫刻家に言った。
「さあ、おぬしの作品を見せよ」

天使の声を聞きつつも、彫刻家はしばらく天使の像を見ていた。
そうして心に魂に、その美しさを刻んでから、ようやく動いた。
彫刻家は自らの作品を隠した布を、取り去る。

「これは……まさか……」
天使は息をのむ。
天使だけではない。群衆などは一子音分の声も出せずに、押し黙った。

それはあまりに美しい像だった。
白亜の石材から掘り出されたそれは、美しい姿をしていた。
言葉ではとても言い尽せず、それを目にした時の感動は、生物の根本的な喜びにすら思えた。

「貴様……人の身で神を見たか」
天使は吐き捨てるように言った。
その像は、神を完全なまでに写し取ったものだったのだ。

「畏れながら」
彫刻家はまっすぐな目でそう答えた。
あまりに美しい像を見て、嫉妬に駆られた天使は一息に彫刻家を殺そうとした。

「やめよ」
その時、空から重厚で厳かな声が、降った。
「負けを認めるのだ、我が眷族(けんぞく)よ」

それは神の声であった。
「それとも、我の姿が貴様のそれより、劣っているとでも言うつもりか?」
「! ……いえ、そのようなことは決して」

天使は言い返す事が出来ず、負けを認めるほかなかった。
「約束だ。なんでもいい。一つだけ願いを叶えてやろう」
彫刻家はその言葉を聞いてしばらく悩んだ後、答えた。

「今からする事を、神様ともどもお許しいただきたい」
よく分からない願いに、天使は首をかしげた。
「いいではないか」

天使に代わって、神の声が寛大に答えた。
「地を割ろうと天を裂こうと、我が名の下、許そう。存分にやれ」
彫刻家は一度(こうべ)を垂れた後、家へと駆けた。

帰ってきた彫刻家の手には、金づちがあった。
「えい!」
そう叫ぶやいなや、彫刻家は神の石像の右腕を、叩き割った。

「おい、おい」
焦ったのは天使だ。さすがに石像とはいえ神をかたどったもの。
全ての父たる神の逆鱗に触れる事は容易に想像がついた。

「貴様、何をしている!!」
天使の叱責に、彫刻家はゆったりとした口調で答える。
「この像は、完全すぎます」

「は……?」
呆然とした天使は、見るとでもなくその右腕が欠けた像を見た。
何かが足りない、だが足りないからこその親しみを覚える、不完全な美がそこにあった。

「畏れながら、この世界に神様以外に完全なものなどありはしません」
「人も、動物も、自然も――全てが全て、他のものと繋がって、存在しております」
「そんな世界で完全なものを、例え作れたとしても美しく思えるわけがありません」

それは、彫刻家の信条だった。
この世界にある存在は全て、不完全である。
だからこそ、不完全なものこそが、この世界にとっては美しい。

「だからこそ芸術に、完成はありません」
神はその言葉が満足だったのか、大きな笑い声を上げる。
「良い。良い。面白いものを見せてもらったぞ」

神の声はそれっきり、聞こえなくなった。
天使は心の底から敗北を認め、消えた。
彫刻家は彫刻家で、それからもいつもの調子であった。

「はて、天使様の像も打ち欠いていいものか」
そう悩んでいた芸術家であったが、あまりに美しいその像は村の教会に引き取られてしまった。
芸術家はその事を特に不満に思うでもなく、それからも黙々と像を彫り続けたという。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ