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6・命日
「やっぱり俺が運転するのか?」
「もちろん。ナビがついているから道は大丈夫でしょ? それに道が碁盤の目のようになっているから、そう迷わないで済むと思うけれど」
駅前の店でレンタカーを借り、昇が運転席に座った。
アリアはこともなげに言ったのだが、昇はハンドルを握り、緊張している。
「俺、雪道は初めてだ」
「ゆっくり走れば大丈夫」
「挑戦してみるか。それで、まず何処へ行く?」
昇は観念して開き直ったようだ。
「矢萩建設」
「ナビで検索してみるか、あれ? ないぞ」
「じゃ、住所で」
そう言ってアリアが検索してみると、画面の地図上には違う会社名が載っていた。
「美原工業!」
思わずアリアは叫んだ。それは、ヒロの父、美原博一の会社だった。
「どうした、この会社に何かあるのか?」
「買収されたのかも」
そう呟き、アリアは少し考え込んだ。
柚子の父、矢萩孝介が経営していた矢萩建設だった場所が、ヒロの父の会社、美原工業になっている。
偶然とは思えなかった。
「なあ、わかるように説明してくれよ」
「昇はこの会社がいつ変わったのか調べて」
「おまえは?」
「私は、行くところがあるから、後でこっちから連絡する」
「何処へ行くんだよ、連絡って俺の携帯の番号教えてないぞ」
「電話番号は知っている。じゃ」
アリアは車を降りると、タクシーを拾って乗り込んだ。
昇が文句を言っていたが、アリアはそれを無視して別行動をとった。

アリアが乗ったタクシーは、郊外にある霊園に着いた。
そこは山を切り開いて造成され、何千とある墓が整然と並んでいて、団地のように見えた。
昨夜、アリアはヒロから矢萩孝介の墓所を聞きだしていた。
「運転手さん三十分ほど待っていてもらえませんか」
「いいよ、誰かの命日かい?」
「はい、多分父の」
「多分?」
タクシー運転手は首をかしげて呟いた。
どの墓も雪に埋もれており、ほとんど見えなくなっていたが、場所を示す記号が書かれた立て札を頼りに探すと、道路沿いにその墓はあった。
矢萩家之墓。
その墓の周囲だけ、綺麗に除雪され、菊の花束が寝かせて置かれていた。
花束には雪はほとんどかかっておらず、お供えされてからあまり時間はたっていないようだった。
「柚子と入れ違いだったか」
アリアは墓の前にかがんで両手を合わせたが、会ったこともなく、顔すら知らないのだ。ここに眠る人が父親だという実感はなかった。
病弱な妻を捨て、別の女に走った男。妻が死んだ後もなお、その女を忘れられなかった男。もう愛していない妻との子供、実の娘が生まれたとき、彼はいとおしく思ったのだろうか。
アリアにはその男を理解できなかった。ただ、柚子が可哀想でならなかった。
立ち上がろうとした時、花束の下に封筒を見つけた。
中には柚子からのメモが入っていた。
『アリアへ、あの電話の後にヒロから色々聞いて、きっとここへ来るんじゃないかと思って。柚子はこのホテルにいます』
その下には旭川駅前にあるホテルの名前と部屋の番号が書かれていた。
アリアは肩や頭に積もった雪を払いながら、待たせてあるタクシーに乗り込んで、そのホテルへ直行した。

柚子はアリアを待っていたかのように、ホテルのロビーにあるソファに座っており、手を振りにっこりした。
「アリア、やっぱりここまで来たのね」
「柚子? わからなかった」
 アリアは緊張した笑顔で、柚子と対面した。
「変装はアリアの専売特許じゃないわ。高校生がこんな時期にうろついていたら補導されちゃうでしょ」
柚子は髪を下ろし、辛子色のセーターにべージュのロングスカート、薄手のグリーンのカーディガンを着て、化粧もしており、女子大生のように見えた。
「……昼食まだなんだけれど、柚子は?」
「食べてない」
「じゃあ、ここのレストランで一緒に食べようか」
アリアはごく自然に柚子に話かけようとしたが、目線を合わせずに、ぎこちなく柚子を昼食に誘った。二人はホテルの一階にあるレストランに入り、ランチを注文した。
アリアは柚子を前にすると、何から話していいのかわからなくなり、窓の外に目をやって、ゆっくりと落ちてくる大粒の雪をぼうっと眺めた。
「どうしたの?」
「あ、うん。なんだか頭の中真っ白で」
「変なの」
柚子は肩をすくめてくすっと笑い、態度は姿を消す前となんら変わりない。
「ヒロから聞いたよ。ごめん、何も知らなくて。早く会って謝りたかった」
暫くして、アリアがやっと口を開いた。
「アリアは悪くない。美原ななと美原博一をずっと恨んでいた……今も許せない」
柚子は少し強い口調だった。
「そう」
アリアは何と言って良いかわからず、ただそう答えた。
ウエイターが和風スパゲッティにサラダ、コンソメスープを運んできた。
「今回は墓参りもあって旭川へ来たけれど、今までもずっと、まとまったお金がたまる度に少しずつ調べていたの、美原ななのこと」
「私やヒロのことも?」
「うん。初めはななとその家族の生活もめちゃくちゃにしてやろうと思って、色々調べたの。そうしたら、アリアとはもしかして血がつながっているんじゃないかと思って会いたくなったの」
「復讐のため?」
「そう思っていた。でも、ななとは違う、会ったらそう感じたの。アリアは矢萩孝介の血を強く受け継いでいるのよ、きっと」
「柚子も、私と柚子が異母姉妹なのかはっきりとはわからないの?」
「うん、多分美原ななしか真相はわからないと思う。でもきっとそう。私達似ているもの」
柚子がそう断言すると、アリアは本当にそんな気がしてきた。
あんな母以外にも血の繋がりがある妹がいた、一人じゃない、そう思うとアリアは嬉しかった。
「それと、父の交通事故のこと、昔のことだから情報は少ないけれど、事故じゃなかったと思っているの」
「どういうこと?」
「車に細工されたのよ、きっと。事故だなんて不自然だもの。父はすごく慎重な人だったって聞いたわ」
「そうだとしてもいったい誰が?」
「矢萩建設は父の親戚の手に渡ってからまもなくのっとられたの、美原博一に」
アリアはそこまで考えていなかった。だが、もしかすると。
美原博一が妻を取られた恨みで、相手の男、矢萩孝介を――。そして、会社までもつぶしにかかったのか。
「……美原を疑っているのか。でも、それだけじゃなんとも言えない」
 アリアは冷静に言った。
「当時の地元新聞を図書館で見たけれど、たいしたことは載っていなかった」
 柚子は悔しそうだ。
 柚子の気持ちが晴れるには、真相をはっきりさせるのが一番だろう。
「後は警察か。じゃあ、昇に聞いてみようか」
「昇?」
「うん、成り行きで昇もこっちへ来ているから。昇だったら、警察につてがありそうだ」
 アリアはにっこり微笑んだ。

柚子とアリアがランチを食べている頃、昇はラーメン屋で一人寂しくラーメンを食べていた。
「アリアからの連絡も無いし、これからどうすりゃいいんだ? 今夜泊まるホテルもまだ決めていなのに。まさか俺をまく為に適当なことを言ったのか」
昇が色々考えて段々不安になってきた頃、タイミングよく携帯電話が鳴った。
「アリアか、お前どこへ行っていたんだよ」
「ちょっとね。それより昇、こっちの警察につてはないかな。調べたいことがあるんだけれど」
「叔父がいるけれど、でも無理だ。急に言われても」
「無理かどうか聞いてみて。何年か前の交通事故で、運転していた矢萩孝介という男が亡くなった時のこと」
「矢萩? 確か矢萩建設の元社長だな」
「調べたの?」
「ああ。美原工業に行ったら、矢萩建設だった頃からいる臨時雇いのじいさんがいて、色々聞けた。事故の後、一時親類が会社を引き継いだが、二年位でさっさと美原工業に売り渡されたということだ」
「その事故のことは何か言っていた?」
「生真面目な社長だったから、スピードを出しすぎて事故を起こすなんて、今でも信じられないと言っていたぜ」
「そう」
「矢萩社長の娘が柚子だな? 矢萩社長が亡くなってから、親類の杉沢が社長につき、柚子を養女に引き取ったんだろ?」
「さあ、私はよく知らないから」
 昇は探偵としての腕はそう悪くないのか、予想外にこの短時間で情報を集めていた。 
だが、あまり首を突っ込まれても困る。そう思ってアリアは自分が知った情報を昇に伝えなかった。
「お前も何か関係しているのか? ま、とりあえず叔父さんにも聞いておくよ。で、俺はこれからどこへ行けばいい?」
「そのことを訊いたら、後はぶらぶら観光でもしていてよ」
「おい、それはないだろ。お前の所へ行く。雲隠れされそうだからな」
「わかった、じゃ、待ち合わせね」
 アリアは笑いながら快諾した。
五時に旭川駅前で落ち合うことにした。