「では、今日は『変』についてお話をしたいと思います」
先生は前触れなくそういって黒板の端に、『変の本質』と今日の議題をチョークで書き始めた。この状況が既に変だと思うのは僕だけなのか。
「変とはつまり、変わる・変わっているということです」
パンパンとチョークの粉を払いながら、先生は言葉を続けていく。
「では斎藤くん。『変わる』と『変わっている』の違いは何でしょう」
「はいっ先生!」
勢いよく挙手したのは、僕の二つ前の席にいる斎藤だった。
「『変わる』とはこれからさき変化が起こる、もしくはその最中であることを意味しています。対して『変わっている』とは、既に変化を終えている状態、もしくは先天的に一般とはある方面で常軌を逸している状態を指します」
「はい、中学生らしからぬ難しい解答ですね。気に食わないので廊下に立っていて下さい」
「はいっ先生!」
そういって斎藤は元気よく返事をし、すたすたと廊下へ出ていった。
教室から斎藤が姿を消すと、先生は胸のポケットから何かボタンのようなものを取り出した。
そしてそこにボタンがあるから私は押す、とでも言うようにごく自然な動きでボタンを押した。
「ちゅどーん」
先生のセリフと似たような効果音が廊下から聞こえた。気がする。深く関わっちゃいけないような気がしたから追及しないけど。
「はい。あのような教師にとって有害な生徒は困りますね。皆さんも発言には気を遣ってください」
さて、と先生は前置きした。
「変という文字を含む言葉はたくさんあります。変化球、臨機応変、大変な失敗、変換アダプター、etc……。その中でも今日は、変態について話たいと思います。では中山くん、『変態』について知っていることは?」
「はい先生」
中山は典型的な委員長フェイスで、しかも眼鏡まで装備している。真面目なだけに、斎藤の二の舞にならないか僕は心配だった。
「先生、私にはわかりません」
「しかし中山くんは委員長ですよね。わからないのですか?」
「先生。私には答えられません。答えると諸処問題が生じます。延命と保身のため、答えるとことはできません」
「そうですか。しかしそれでは頼られるべき委員長の意味がありませんね。無知な中山くんは廊下へ出てなさい」
「先生、理不尽と判断します」
「戯言は却下します」
そういうと先生は、パチンときれいに指を鳴らした。気が付いた時には、中山の姿が一瞬にして消失していた。
「はい、イリュージョンですね」
事も無げにいう先生は魔物だろうか、と僕は思ったけど保身のために口にはしない。
「変態には主に三つの意味があります」
几帳面な綺麗な字で、先生は次のように板書をしていく。
変態とは
1、普通と違う形・状態
2、性に対して異常であること・変態性欲
3、形態が著しく変化して成体になること
平気ですごいことを書く先生だ。変態性欲って……。というか今さらだけどクラスのみんな無反応だなあ。
「ではゴブレオ君。この三つの中でどれが一番好きですか?」
ゴブレオなんてクラスメートがいただろうか、と訝しんでいると二つ前の席から声がした。
「イエス、ティーチャー」
記憶が正しければそこは斎藤の席のはずで、その斎藤はさっき廊下でチョメチョメになって空席のはずで……。しかしそこには軍隊の鬼教官みたいな、筋肉質な黒人の方がいらっしゃった。やっべ、生アンビリーバボーじゃん。
「ティーチャー、自分は2と3に個人的興味があります」
「先生も同じです。ゴブレオ君、この二つには実は密接なつながりがあるのです」
「ティーチャー。と、いいますと?」
「ゴブレオ君。人間は変態できます。神秘ですね」
僕は聞いたことはない。
「ティーチャー。自分は興味があります。具体的にはどのように?」
「飛びなさい」
先生はそういって教室の窓を指差した。廊下側じゃなくて、校庭側。ちなみにここは四階だ。
「人間は飛ぶことで変態へと変態できるのです。さあゴブレオ君、今こそあなたは飛ぶのです。変態のように」
「イエス、ティーチャー!」
ゴブレオは立ち上がるやいなや窓へ猛然と疾走し、胸の前で腕をクロスした体勢で窓を割り砕いた。ゴブレオはガラスの飛沫を浴びながら、
「ア〜ブノ〜マ〜ルッッッー!」
うわあ……。飛んだよ、君は飛んだよゴブレオ。確かに君は変態に変態したよ。
「はい、ナイスガッツですね。後で花でも添えましょう。では最後にまとめの感想を──」
先生は獲物を選ぶ獣のように教室をじろりと見回したあと、一人の生徒に目を付けたようだ。
僕だった。
「君、言いなさい」
「はい」
ばれないようにため息をつき、僕は思うまま発言する。
「……僕は今回のテーマ『変』について先生の話を聞きました。結論として、『変』とは厳しいものだと思います。まだまだこれから先、『変』には探求の余地があると思います。以上です」
「そうですね。何か考えることが大切です。合格をあげましょう。では、今後にどう生かしたいですか」
「はい。僕は惑星に帰ったら、地球への侵攻は色々な意味で危ないと報告しようと思います。そして短編小説にでもして、『変』の扱いにおける危険性を伝えようと思います」
「はい。君には早急にダース単位でドクターを当たらせましょう。処方箋は常識ですね」
それは先生にだけ必要かと。
|