友達
みんながヒーローになれるわけじゃないように、リーダーになれるのも選ばれた人間だけなんだ。
僕はリーダーになったと浮かれて、ちゃんと考えることが出来なくなっていた。
大ちゃんが言ったことは本当だ。僕は大ちゃんに絵で負けたのが悔しかったんだ。だからリーダーになったのが嬉しくて、大ちゃんより偉いんだって威張りたかった。
だけどそれは間違っている。そんなことをしたって何の意味もないし、僕は全然気持ちよくなんかならなかった。
それよりもあんなことを言ったせいで、今の僕は悲しくて悔しくて、苦しい気持ちでいっぱいだ。
僕は自分が情けなくて俯いた。
なんだか泣きたい気がするけど男だから我慢する。男は簡単に涙を流しちゃいけないんだってお父さんが言っていた。
だから、こんなことで泣いちゃ駄目なんだ。
「なんだか雨降ってきそうだから、あそこで雨宿りさせて貰おうよ」
恵美ちゃんがプレハブ小屋を指さす。
また雷がゴロゴロと鳴っている。雷が鳴るといっぱい雨が降るんだ。だから早めに雨宿りする場所を見つけないと、びしょぬれになってしまう。
「大ちゃん、大丈夫かなぁ?」
ゆうちゃんが心配そうに呟く。
すると今度はピカッと空が光った。
それを見たら僕は大ちゃんが心配でたまらなくなった。さっきまであんなに怒っていたのに、今の僕は大ちゃんのことで頭がいっぱいだ。
あの暗い道に大ちゃんは一人っきりなんだ。
雨宿りする場所もなくて、雷が鳴ってて……
「僕、大ちゃんを迎えに行く」
気が付くと僕はそう言って駆けだしていた。
みんなが何か言っているのも耳に入ってこない。
僕の頭の中にあるのは、雷の音に震えている大ちゃんの姿と、ごめんなさいってきもちだけだった。
あの真っ黒な墨も、どこへ行ったのか僕の中から消えて無くなっていた。あんなにべったり張り付いて僕の中を占領していたのに。
大ちゃん……
とにかく会って謝りたい。許してくれなくても、絶交されても、ごめんなさいって言いたい。
だってそれしか僕にはできないし、いっぱい酷いことを言っちゃったけど、大ちゃんは僕の友達なんだ。
一番の、親友なんだ。
でこぼこの山道を、僕はがむしゃらに走った。
*
ゴロゴロゴロ……
また雷が鳴る。空は真っ黒になっていた。
あの僕の中に広がっていた黒い墨が、僕の中から出ていったかわりに外を染めているみたいだ。
真っ黒な雲は見ていると怖くなるし、雷の音を聞くと心臓がドキンドキンってなる。だから僕は空を見ないように下を向いたまま、耳を手で塞いで走った。そして怖くて震える足を無理矢理前へ前へと進めた。
本当は僕、雷が苦手なんだ。ゴロゴロって音を聞いただけで縮み上がっちゃうくらいに。だけど行かなきゃいけないと思ったら、そんなこと考えていられない。
「あ、ここだ」
大ちゃんと別れた場所に着いて、僕は一度呼吸を整えた。
大ちゃんが進んで行った暗い道は、空が曇り始めたせいでもっと暗くなっている。まるで夜中の森みたいだ。
僕はごくりとつばを飲み込むと、暗い道を進んでいった。
こっちの道は真っ暗で前がよく見えない。足下も黒一色で、僕は石につまずいて何度も転びそうになった。進んでいくうちに雷の音もだんだん大きくなってきて、僕の心臓も口から飛び出しそうなくらいドキンドキンしている。
「大ちゃ〜ん! 大ちゃん、どこ〜?」
僕は大きな声で大ちゃんを呼んだ。
雷の音に声をかき消されても、何度も大ちゃんを呼ぶ。
僕はリュックサックから折り畳み傘を取りだして、いつ雨が降ってもいいように準備した。雷の音が大きくなったということは、雨雲が近くに来ているということだ。きっともうすぐ雨が降る。
「大ちゃ〜ん! ゴメン! 僕が悪かったよ〜! 大ちゃん、どこ〜?」
だんだん大ちゃんを呼ぶ声が震えてくる。
泣いちゃ駄目なのに、泣いちゃいそうだ。目が熱くなってきて、鼻がキーンとして。
駄目だって思っているのに、涙が出ないように必死に瞬きをしているのに……
空が光る。
暗い道を進んでいくうちに、
「大ちゃ〜ん! うっ、だっいちゃ……うぐっ」
僕は泣きだしていた。
涙が溢れて止まらない。鼻水もずるずる出て、ティッシュを持ってくるのを忘れたから鼻もかめないし、今の顔を鏡で見たらものすごく汚いに違いない。
泣いてる場合じゃないのに……
僕はなんとか涙を止めようとした。でもどんなに頑張っても、目からぽろぽろとこぼれ落ちる涙を止めることは出来なかった。
すると、
「やっちゃん? やっちゃん、いるのか?」
どこからか大ちゃんの声が聞こえた。
「だいっ、ちゃん? どこ? ひっく」
ひゃっくりが出てきた。僕は口を押さえると辺りを見渡した。確かに大ちゃんの声が聞こえたんだ。だから、すぐ近くにいるはず……
また空が光る。さっきよりも強い光だ。真っ暗だった森に電灯が点ったみたいに周りがよく見えるようになる。
その瞬間、僕の目に大ちゃんの姿が飛び込んできた。
崖の下が引っ込んでいてちょうど斜面が屋根みたいになっている所に、体育座りしている大ちゃんがいたんだ。
「大ちゃん!」
僕は大ちゃんの所に駆け寄った。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだったけど、そんなこと気にしていられない。
「やっちゃん、どうしたんだよ? 何で泣いてるんだ?」
大ちゃんは戸惑っていた。たぶん、今の状況が理解できないんだろう。
「ゴメン、大ちゃん……僕、酷いこと言って」
僕が泣きながら謝ると、大ちゃんは僕の頭に手を置いて、
ゴチン!
いきなり頭突きをした。
僕はその痛みと、ビックリしたので涙がぴたりと止まってしまった。
一体どうして頭突きをしたのか。僕が恨めしそうに大ちゃんの顔をのぞき込むと、大ちゃんはにっこり笑って、
「ゴメン、やっちゃん。俺も悪かったよ」
と言って顔を背けた。
よく見ると大ちゃんの目も赤くなっていた。たぶんここで一人で泣いていたんだろう。
それに大ちゃんが僕に頭突きをしたのは照れ隠しだ。普通にゴメンって言えないから。ケンカ両成敗のしっぺのかわり。
「大ちゃん、まだ雷、怖いんだね……」
僕はそういうとぐしゃぐしゃになった顔を手で拭った。
「やっちゃんだって、泣き虫じゃないか」
大ちゃんが口を尖らせる。それを見たら、僕はおかしくなった。
ああ、やっぱり大ちゃんだ。意地っ張りで負けず嫌いで、雷が大の苦手で。
誰かが泣いていたら笑わせてやる……僕の親友。
外を見ると、雨じゃなくてヒョウが降っていた。小さな氷の塊が、パラパラパラって音を立てながら地面を跳ねる。
綺麗だ。ヒョウって見るのはじめてかもしれない。
「俺もさ、やっちゃんの絵の方が上手だったと思うよ」
ぽつりと大ちゃんが言った。
その途端、僕の顔は火がついたみたいに熱くなった。耳まで真っ赤になる。
恥ずかしい。僕、そういえば大ちゃんの絵を下手くそだって言ったんだ。なんであんな事言っちゃったんだろう?
たぶん……それがヤキモチっていうものなんだ。
「ゴメン、あれは……嘘だから。大ちゃんの絵、上手だったよ。お母さんなんかそっくりじゃない」
僕は慌てて言った。すると、
「ああ。口裂け女そっくりだっただろう?」
と大ちゃんは言うと、とっても嬉しそうに笑った。きっと、大ちゃんはお母さんが大好きなんだ。
……ああ、そうか。そうだよ。
僕だって、おばあちゃんが大好きだ。だから家族の絵を描くことになった時、おばあちゃんの絵を描こうと思ったんだ。そうしたらおばあちゃんが、喜んでくれると思ったから。
おばあちゃん……
僕は家に帰ったらあの絵をおばあちゃんに見せようと思った。上手だねって言われなくても、おばあちゃんが大好きだって気持ちが伝われば嬉しい。そう思った。
「ところでさ、泣いたことは俺たちだけの秘密にしような? 『男の友情条約』だぞ?」
大ちゃんが僕の耳元で囁いた。
確かに泣いたことをゆうちゃん達に知られるのは、僕も嫌だ。それに僕は大ちゃんと違って鼻水でぐちょぐちょだったし、僕を泣きやませてくれたのは大ちゃんだったし……
そう思って「わかったよ」ってすぐに言おうかと思ったけど、大ちゃんがあまりにも必死な表情で言うから、僕はちょっとだけ意地悪をしたくなった。
「さっき破ったくせに……」
僕がそういうと、
「だってあれは、やっちゃんが……」
大ちゃんは困った顔をした。大ちゃんの眉毛、下を向いている。
僕が面白がって「どうしようかな〜?」とか「約束しても破っちゃうんじゃな〜」とか言っていると、
「ああ、もう、分かった。白状するよ。俺、悔しかったんだよ。やっちゃんに負けたのがさ」
と大ちゃんは真っ赤な顔で言った。
「僕に負けた? 大ちゃんが?」
僕はびっくりした。だって、僕が大ちゃんに負けることが有ってもその逆はほとんどない。一体僕は何で大ちゃんに勝ったんだろう?
「ブランデーだよ。俺なんか、ちょっと舐めただけで吐いたのにさ。やっちゃん飲み込んだじゃないか……」
大ちゃんはそういうと顔を背けた。
そんなことで悔しがるなんて、大ちゃんって本当に面白い。
僕は恥ずかしそうな顔をしている大ちゃんの横で、大笑いしてしまった。おかしくておかしくて、お腹を抱えて笑う。
今度は笑いすぎて涙が出た。同じように僕の目から流れている涙なのに、どうしてだろう? この涙はさっきの涙より温かい気がする。
「やっちゃん、笑うなよ!」
大ちゃんが止めたけど、
「でもさ……だって、おかしくって……」
僕はずっと笑っていた。
だって、とっても嬉しくて。
僕だって大ちゃんに勝てることが有ったんだ。
そう思ったら、僕の中の色々な嫌な物も、涙と一緒に流れていってしまう気がした。
*
結局僕たちはツチノコを捕まえることが出来なかった。
ヒョウが止んで、みんなと合流した後も必死になって探したけど、あの時見つけたツチノコの巣みたいなものも、ツチノコの抜け殻も見つけることはできなかった。
でもどうしてかみんな落ち込んでいない。その理由は、
「今回は逃がしてやろうぜ。なんていうか、みんなで追い回したら可哀想だしな。やっぱり自然の中にいた方が、ツチノコも幸せだと思うんだ」
と負けず嫌いな大ちゃんが言って、
「そうだよね。ツチノコ捕まえてもさ、飼う人が昌志君みたいに世話をさぼったら可哀想だしね」
と同じように負けず嫌いな恵美ちゃんが言ったからだった。
ツチノコが捕まえられなくたって、ツチノコがいないっていう証拠にはならない。
僕たちが仕掛けた餌に確かに何かがかかったんだ。それは紛れもない事実で、笠護山にサラミとお酒が好きな力持ちの生き物がいることだけは分かった。
それにもしツチノコがいるのだとしたら、二人の言うとおり自然の中で暮らした方が幸せだろう。金魚みたいな水槽に入れられて暮らすのは、ツチノコには似合わないんじゃないだろうか。
僕たちはきれいな夕日を眺めながら、笠護山から家へと帰った。
今度はあぜ道じゃなくて舗装された道を、みんなで『パイナップルジャンケン(※)』をしながら帰る。
「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル!」
「ジャンケン、ぽん!」
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト!」
夕日に照らされて、影が伸びる。ちびの僕の影も十等身くらいに伸びている。
ちょっぴり背が高くなった気分になれるから、僕は夕焼けが好きだ。
見上げると、たくさんのカラスが家に向かって帰っていくのが見えた。空はオレンジ色とピンク色の中間。
まん丸の太陽が、ゆっくりと笠護山の向こうに沈んでいく。
「そそ、そういえば、ぼっ僕カメラ持っていたんだ。わーわっ忘れてた」
昌志君がリュックサックから使い捨てカメラを取りだした。
「写真撮ろうよ! みんな寄って!」
恵美ちゃんがカメラを持って、手をピンと伸ばした。女子高生がやるみたいにカメラを持ったまま撮るつもりらしい。
僕たちは恵美ちゃんの周りに寄ってポーズをとった。
ゆうちゃんはVサイン。大ちゃんは万歳のポーズ。昌志君は歪んだ眼鏡を一生懸命直していて、恵美ちゃんはセクシーポーズをしていた。
僕はみんなの顔の位置に合わせるように背伸びして、思いっきり笑った。
だけど、
「はい、チ〜ズ!」
恵美ちゃんがそう言ってシャッターを切った瞬間、
「わあ!」
僕は恵美ちゃんのお腹に押されて前のめりになってしまった。
そしてそのまま……
僕の目の前は真っ暗になった。
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