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コルシカの修復家 作者:さかな

8章 孤独に咲くひまわり

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第六十話 命題:スケープゴート

 夏の午後、窓際から射し込む日差しが多くなると、部屋の壁はどこもかしこも白く光った。
 時おりその眩しさに目を細めながら、アダムは壁にもたれかかるようにして静かに少女をスケッチした。床に腹ばいになり、少女もまたクロッキー帳に絵を描いていた。ぎゅっと握ったオレンジ色のクレヨンをごしごしと紙にこすりつけ、懸命に色を塗っている。

 ジージージージー。
 窓の外では相変わらず蝉が鳴いている。うだる暑さに皮膚が溶ける。首筋を伝う汗を手の甲で拭い、アダムはうなじの上ほどで髪の毛をひとつに縛り直した。
 ジワジワ。ジージー。ジワジワ。
 単調な繰り返しに飽きてきた頃。暑苦しい鳴き声に混じって可愛らしい鼻歌が聞こえてきた。懐かしいメロディーだった。アダムは手を止め、顔をあげた。

「それ、俺も昔よく姉ちゃんたちに歌ってもらったな」

 オールド・ラング・サイン――古くからこの島に伝わる子守唄だ。名も知らぬ誰かが作った歌に、いつかどこかの国の詩人が詩をつけたのだという。

「Should auld acquaintance be forgot,
 And never brought to mind……」

 懐かしさに瞼を閉じて、アダムは小さく口ずさんだ。
 雷鳴とどろく嵐の日や、体の芯まで凍えそうな冬の日。孤児院を出ていく姉妹の背中を見送った別れの日。眠れない夜にはいつだって、年上の姉たちが母親代わりにこの歌を歌ってくれた。

「For auld lang syne, my dear, For auld lang syne……」

 独りよがりに口ずさんでいた歌に、幼い少女の歌声がそっと重なる。
 過去の思い出の中に置いてきた優しい光。色褪せたと思っていた懐かしい景色。失くさないようにと心の奥にしまい込みすぎて、いつしかしまったことさえ忘れていた大切な宝物が、ふっと頭を掠めていく。
 その途端、アダムの胸を熱いものがこみ上げた。
 背中をさする柔らかい手のひらはどんな暖炉よりも暖かく、透き通る歌声はいかなる湧き水よりも清らかだった。そうやってアダムは心寂しい夜を乗り越えてきた。
 いつしか自分も同じ役目を担い、年下の妹たちをあやすようになっていた。歌詞の意味も分からない赤子でさえ、耳元で囁くように歌ってやればすやすやと安心したように眠りに落ちた。
 コルシカ島で育った子どもたちは皆、この歌を聞いて眠るのだ。

「パパね、こうやって絵を描きながらよくこの歌をうたってたんだよ」

 クロッキー帳にへばりついたままコニファーは言う。ふぅんと相槌を打ちながら、しかしアダムは違和感に眉をしかめた。
 妙な言い方だった。コニファーの中で『パパ』は『アダム』のはずなのに、まるで他人にパパの思い出話を聞かせているような話ぶりだ。

 ふと、脳裏をひとつの憶測がよぎる。
 コニファーはなにも、本気で自分を父親と間違えてるわけではないのかもしれない、と。
 顔立ちが似てるわけでもない。歳が近いわけでもない。共通点があるといえばせいぜいオレンジ色の髪の毛ぐらいのものだ。
 だとすればこの少女は、どうして頑なにこちらに向かって屈託無い笑顔を見せるのだろう。

「コニファー、あのさ……」

 確かめようとしたのだが、コニファーの「できた!」という元気の良い声に遮られた。アダムはぎょっとして口を噤む。頭上で絵を勲章みたいに掲げながら、少女は勢いよく立ち上がった。そのまま数歩後ろによろけたところで、いつの間にかひょっこりと現れたニコラスに背中からとすんとぶつかった。

「あら。なんだいその素敵な絵」
「ミドリさん!」

 真上に顔を反らしてコニファーは叫んだ。髪の毛が不自然な緑色で染められているから、彼女はニコラスのことを『ミドリさん』と呼ぶ。

「パパを描いたの。似てる?」

 よく見えるようにと絵の描かれた面をニコラスに向け、コニファーはスケッチブックを掲げ直した。
 描かれていたのは鮮やかなオレンジ色の髪の男だった。彼の手にはたくさんの絵筆らしきものが握られている。毛先についた絵の具はひとつひとつ色が違っていて、ジェリービーンズを散らしたようにカラフルな色合いだ。そして何よりも、太陽のように輝く男の笑顔が目を惹く絵だった。
「かっこいいパパだね」とニコラスに頭を撫でられ、コニファーはくすぐったそうにはにかんだ。

「ベルに見せてやんな。きっと喜ぶよ」
「そうする!」

 頭の上でスケッチブックを掲げたまま、コニファーは慌ただしく部屋を出ていった。続けざまにドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえてきたので、
「気をつけるんだよ!」
 とニコラスは慌てて叫んだ。微かに聞こえた返事はずいぶん片手間なもので、しかもほとんど階段を降りたところから返ってきた。

「まったく、おてんばちゃんなんだから」
「子どもはあれくらい元気な方がいいって」
 少なくとも、父親がいなくなって心を閉ざしてしまうよりかはずっといい。
 ニコラスがこちらに視線を寄越してやれやれと肩をすくめた。

「で、絵の方はどうなの」
「んー。まだスケッチ段階」

 アダムは手元のスケッチブックに視線を戻した。描きかけの少女は目を顔の真ん中にくしゃっと集めたように笑っている。まるで太陽に向かって咲く一輪の花みたいに。そうやって笑うのだ、コニファーは。アダムは表面に散らかった消しクズを手で払いのけると、その輪郭に指先で触れた。

――エリオも。エリオもこんな風に笑っていただろうか。そうだったかもしれない。よく怒っていたカヴィロと対照的に、エリオはいつも笑っていたような気がする。
 あの笑顔がもうどこに行っても見れないなんて、やはりすぐには信じられない。

 考え込んでいたら、視界がふっと陰った。
「スケッチったって、半分もできてないじゃないか」
 見あげてみると、渋い顔をしたニコラスが腰を曲げて絵を覗き込んでいた。
「本当に間に合うのかい? 展覧会までそんなに時間もないんだろ」
「大丈夫だって」
 適当に相槌をうち、アダムは鼻を鳴らした。
 間に合うか間に合わないか。これはそういう問題じゃないのだ。

「できないっつーのはさ、やらなかった奴の言い訳だろ」

 あのストイックな少年ならきっとそう言うだろう。地道な努力や誠意がいつか必ず身を結ぶ事を、アダムは自分より少し前を行く背中越しに、いくつも目の当たりにしてきたのだ。

「俺はやる。できる。この絵を出展して、審査員に見せてやるのさ。そんで、確かめンだよ。俺の描きたい絵の価値ってやつを」
 言いきって、アダムは自身を鼓舞するように両太腿をぱしんと叩いた。

「なんだ。元気じゃないの」
「あ?」
 なんでもない、と小さく笑って、ニコラスは窓際まで歩いていった。相変わらず姿勢の良い背中だ。たなびくカーテンを避ける仕草が心持ち軽やかに見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。

「なぁ、ニコラス」

 ん、と首を傾げてこちらを振り返るニコラス。その笑顔があまりにも穏やかだったから、口にしようとしていた言葉が喉に引っかかってうまく出てこなかった。
 どうしていつもいつも、自分は周りに迷惑ばかりかけているのだろう。この男だけではない。ニノンにも――今だってきっと、気を使わせているはずだ。耐えきれず、アダムは視線を逸らした。

「なによ、アダムちゃん」
「あー。うん」

 歯切れの悪い返事ばかりがアダムの口から漏れる。
 こういう時、自分の視野がいかに狭いか思い知らされる。嵐の渦中にいる時は、周りでどれほど激しい風が吹きすさんでいるのか分からない。通り過ぎた後の、荒れ果てた土地を見てはじめてその悲惨さに気付くのだ。

「あいつさ、その……どんな感じなの」

 随分迷ってからなんとかそれだけを口に出すと、「え?」とニコラスは零れ落ちそうなほど目を丸くした。しかしすぐに眉をひそめ、最後に盛大なため息を漏らした。

「おい、なんだよ」
「そんなに気になるならアンタが自分で見にいきゃいいでしょうが」
「や、だから、それができねェから聞いてんだろ」

 ニコラスは再び、見せつけるように肺に溜まった空気を吐き出した。そんなに煙たがる質問をしただろうか。いやしてないだろ。俺が駄目なのか。いや駄目じゃないだろ。と、アダムは自問自答を繰り返す。

「だいたいアンタらね、大げさなんだよ。ただの喧嘩だろ? 世の終わりってんじゃないんだからさ。ぱーっと謝ってぱーっと仲直りしちゃえばいいのよ」
 窓の桟に寄りかかったまま、ニコラスは両手でぱぱっと空をかいてみせた。
「そんなの、お前ェはできるかもしんねーけど」
 苛立ちまぎれにアダムは自身の頭を掻きむしった。「繊細な俺には無理なの」
「よく言うよ」

 呆れたようにニコラスは吐き捨てた。そして射抜くような目線をこちらに向ける。まるで心の底まで見透かそうとするような眼差しで、少し嫌な感じだ。

「アンタ、何をそんなにビクビクしてんだい」
 どきり。と、心臓が大きく脈打つ。
「は、はァ? 何言ってんだよ――俺が?」
「アンタ以外に誰がいるっての」
「いやいや、ンな訳ねぇだろ。っつか何にビクビクしてるってんだよ。おかしなレッテル貼るのはやめてくれ」
「焦りすぎだよアダムちゃん」

 お前が焦らせたんだろ、と言いたいのをぐっと堪えて、アダムはじろりと男の方を睨みつけた。ニコラスは気にする風でもなく、とんとんと音を立ててこちらに近付いてくる。

「ま、変に詮索はしないけどね。人には知られたくないことのひとつやふたつ、あるもんさ」
「く、ぬけぬけと……。今まさに詮索しようとしたくせに」
「そうだったかしら」

 とぼけた顔でそんなことをぬかすので、アダムはもう一度男の顔を睨みつけてやった。
 ニコラスは床に散らばったクレヨンを拾い集め、コニファーが置いていった空箱の中にそれらをしまい込んだ。そして唐突に、呟いた。

「愛がなければ、悲しんだりしない」

 アダムは眉をひそめて男を見た。手持ち無沙汰なのか、ほとんど使われていない水色のクレヨンを右手でもてあそんでいる。懐かしげに目を細めていたが、やがてそのクレヨンを箱に戻すと、ニコラスはゆっくりとこちらを見据えた。

「どうでもいい奴とぶつかったとき、そこで生まれるのは『悔しさ』や『憎しみ』だけだよ。でもね、相手が自分にとって大切な人なら、その時心は『悲しい』って感じるのさ」

 風が凪いで、カーテンの揺れが止まる。蒸された空気が急に質量をもちはじめ、息苦しさが肺を襲った。
「偉人の格言かよ」なんて悪態をついてみるが、「そんな大それたモンじゃない」とすぐに言い返された。

「あの子だってそうさ。珍しく落ちこんでる」
「嘘だろ。あいつが落ち込んだところなんて見たことねェよ」
「嘘言ってどうすんだい」

 アダムは押し黙る。知っていた。それが嘘じゃないことくらい。動揺に揺れる青い瞳を思い出すだけで、肺が半分潰れたみたいに息苦しかった。

 寝苦しい夜が続いているからか、最近よく夢を見る。それもたいてい悪い夢だ。場面は毎回違う。だが決まっていつも誰かに追われていた。
 気持ちだけは逃げているつもりなのだが、身体は油が切れた機械のようにギシギシで、うまく走れない。焦る気持ちとは裏腹に足は鉛みたいにどんどん重たくなっていく。そうこうしている内に追ってきた男に捕まり、そして、殺されるのだ。
 ある時は水に沈められ、ある時は首を絞められた。痛くはないが、視界いっぱいに広がる恐怖と苦しさに押しつぶされそうになる。もがきながら、自身の首を絞める腕の先へと視線をずりあげれば、やがて影の落ちた男の顔を認めることができた。

 そこにいたのは『自分』だった。
 溝の底に溜まったヘドロのような、腐った瞳で見下ろしてくるもう一人の自分。
 自分に殺される夢。
 毎晩毎晩見る悪夢。

「喧嘩が堪えたんじゃないよ、ルカがしょげてんのは。アンタが大切な友だちだったからだろうね」

 大切な友だち?
 認めるな――認めたい。
 踏み込んでくるな――越えてきてほしい。

 頭の中で二人の自分が分厚い透明の壁を押しあっている。現実の自分と、本心の自分。
 いつかどちらかの自分は、もう片方の自分に殺される。この我慢比べはそれまで永遠に続くのだ。そんなもの放り出して、今すぐ楽になりたいと思う。だけど駄目なのだ。一旦壁から手を離してしまったら、もう二度と元には戻れないから。
 だから、これ以上は駄目なのだ。

「自分の心が迷いそうになったら思い出しな」

 頭上から力強い声が聞こえた。アダムは思わず顔を上げる。ぱたた、と汗が飛び散って手の甲が濡れた。
 アダムは目を見開いたままニコラスを凝視した。もしかしたら本当に、この男はいとも容易く他人の心を見透せるのではないか。そんな馬鹿なことさえ考えた。その顔に浮かぶ微笑みの意味はなんだ。

「俺が、何に迷うってんだよ」
 へっと鼻を鳴らし、アダムはごまかすように言った。
「迷わないんならそれでいいの」
 ニコラスは笑顔を見せ、スケッチブックの中の少女を眺めた。
「私は迷いそうになった時、魔法の呪文みたいに自分にそう言い聞かせてたもんだから。ほら、アダムちゃんって少し私と似たところあるでしょう」
「俺はオカマじゃねーよ」
「そこじゃないわよ」

 結構な力で頭をはたいてきた後、ニコラスは腰をあげた。「いってーな」と文句を言いつつ、アダムは叩かれた部分をさする。ふと先ほどの言葉を思い出して、部屋を出て行こうとするニコラスの背中に問いかけてみた。

「お前ェも何かに迷ってたのかよ」

 両腕をぐっと上に伸ばしていた動きがぴたりと止まる。背を向けたまま、ニコラスは「()()()()……ねぇ」と、ぽつりと呟いた。

「こんなに長く生きてきても、私は未だに自分の選択に自信が持てないことがあるんだよ。迷おうと思えばいくらでも迷えちゃうだろ。キリがないから、もう迷うのはやめにしたんだ。でもね、ふとした時に迷いはどこからともなく現れて、頭の中に巣食うんだ。いくら掃除しても気付けば部屋の隅に張ってる蜘蛛の巣みたいにさ」

 アダムは驚いた。この男が露骨に弱音を吐くところなど見たことがなかったのだから。言葉を返せずにいると、ニコラスはくるりと振り返って少しだけ寂しそうな顔をした。

「……なんて、昔の話だよ。若い頃は悩んだりもしたもんさ。安心しな。アダムちゃんもいつか、弱い自分をコントロールできるようになるよ」

 嘘だと思った。昔の話だなんて。根拠はない。だがアダムは確信していた。
「――人間なんて皆そんなもんなんじゃねーの」
 ニコラスが不器用な人間だということをちゃんと分かっていたからだ。アダムも、不器用な人間だったからだ。
「俺なんて、自分の選択が正しいなんて思ったことねェよ」
「あら、意外ね」
「あ? 意外ってなんだよ」
 聞き捨てならない言葉に、アダムは唇を尖らせて抗議した。くすくすと笑いを漏らしながら、ニコラスは首を振って適当にごまかした。

「やがて終わる世界を生きた男の物語――昔々、東洋で生まれたおとぎ話にそんな話があったのさ」

 くるりと背を向けたかと思えば、ニコラスはおもむろに語りはじめた。アダムは片眉をあげて、ん、と視線を向ける。
 男の物語は多様な形で広く人々に読まれたのだという。ある国では歌になり、ある国では絵本になり、またある国ではフィルムムービーにもなったりした。「自己犠牲を描いた、よくある話さ」とニコラスは言う。

「世界を救う為には、誰かが命を落とさなきゃならない。誰かひとりの命か、それ以外の多くの命か。究極の二択だろ。誰かがやるだろうって、みんなそうやって義務をなすりつけた。そんな中、その物語の主人公は迷わず選んだんだ。そう、自分が死んで、世界を救うって結末をね」

 ニコラスの大きな背中に窓から差し込む光が当たっていた。アダムはそれをぼんやりと眺めた。
 どうしてそいつは、そんな大事なことを簡単に決められたのだろう。何が男の背中を押したのだろう。

「主人公には愛する妻と、愛しい我が子がいたのさ。だから迷わなかった。守るべきものがいたから……」

 アダムちゃん、と呼び掛けられ、アダムははっと息を呑んだ。

「アンタだったらどうする」
「――は?」
「自分が犠牲になって世界を救うか、誰かが世界を救うのを待つか、それとも愛する者と世界の終わりを迎えるか」
 静かに人差しを立てたニコラスは、立てる指を二つ、三つと増やしていく。
「そんなの……」

 振り返ったニコラスの顔があまりに真剣だったから、アダムは軽率に答えるのをやめようと思った。ヒーロー気取りで世界を救うだなんて、そんなこと軽々しく言えるはずがなかった。
 返す言葉に迷っていたら、ニコラスはふっと笑って、
「そんなに難しい顔しないで」
 と言った。どうやら相当眉間にしわが寄っていたらしい。

「いつかこの旅が終わるときに、アンタの答えを聞かせてよ」
「聞いて、どうすんだよ」
「別に。ただ聞いてみたいってだけ」
 なんだそれ、とアダムは唇を尖らせた。
「てめェはどうなんだよ。ヒーローにでもなる気か」
 ニコラスは腰に手を当てて、考えているのかいないのか「んー」と間延びした声を出した。
「そうだねぇ。私だったら――」

 話の途中、窓の外に思考を持って行かれたようで、ニコラスの言葉が途中で止まる。
「何かしら、この音」

 言われてみればと思い、アダムも窓の外に目をやった。確かに、先ほどからおかしな音がしていたのだ。どうやら気のせいではなかったらしい。

「蝉、じゃねぇしな」
 そんな可愛らしいものでもない。連続する破裂音のような、もっと派手でけたたましい音だ。音はどんどん大きくなっている。何かがこちらに近付いてきているのだ。

 アダムは体を弾ませ窓辺に駆け寄った。風にはためくカーテンを払いのけ、勢いよく身を乗り出したその時――
「うわっぷ」
 ゴォッと耳を裂く轟音が、突風が、顔面を打ちつけた。とっさに右腕で顔を庇う。すぐに、ものすごい勢いで視界を巨大な影が横切り――アダムはそれを追うようにして空を見上げた。上空を、大きな機械の塊が飛んでいた。

「あれは……」
「『ヘリコプター』だね」
 いつの間にか隣に立っていたニコラスが、腕組みをしながら言った。
「ちょっとうるさすぎやしねぇか」
 ヘリコプターと言えばもっと静かで小さいイメージがある。アダムが唸っていると、あれは旧式タイプだとニコラスが教えてくれた。

 機体はやがて風変わりな設計の建物の前でぐるぐると旋回しはじめた。

「あれ? あの家は確か、ルカとニノンがいるところだね」

 ハッとして、アダムはハンマーが突き刺さったような平家を凝視した。確かにそうだ。あの家はエリオのアトリエだった場所で、今はルカが修復作業を行う為に借りているのだ。
 しばらくホバリングを続けていた謎のヘリコプターは、ついにゆっくりと降下をはじめた。
 こんな田舎の村に、しかも今や誰も住んでいない家に、一体なんの用事があるというのか。しかもこんなに騒がしい、世に出回ることなどほとんどない旧式のヘリコプターを操縦してまで。一体誰が、何の目的で――

「ちょっと、アダムちゃん!」

 気がつけばアダムは床を蹴り、部屋を飛び出していた。
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