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斎藤さん

作者:いるばす
 「斎藤さんって知ってる?」

初めてこの言葉を聞いたとき、私は何気なく返事をした。

「知らないけど、なんの話?」

斎藤なんて苗字はよくあるものだった。しかし、私の友人には斎藤という典型的な苗字の人は一人もいない。誰と間違えてるんだろう。私は頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

「知らないならいいんだ、じゃあな!」

それだけ言って彼はどこかへ行ってしまった。随分と急いでるようだった。そうだ私も急がないと。次の講義は遅刻厳禁だ。さっと時計に目をやり、私は小走りで講義室へと向かった。

講義室の中でも、私は他の友人に同じ質問をされた。

「えな子、斎藤さんって知ってる?」

またその名前か。私は少し違和感を覚えながらも、かなの質問に答えた。

「知らない、それって何かの有名人?それとも…」 

私が質問をし終える前に、かなは言葉を遮ってきた。

「ううん、普通の一般人だよ、えな子の友達だって聞いたんだけど」

「そうなんだ、でも私の友達に斎藤なんて人いないよ?誰かと間違えてるんじゃないの」

私は思ったことを素直に口に出した。こんな間違い方を同じ日に二度もされるとは、私は奇妙な気分だった。

「うそー、でも斎藤さん小さい頃からえな子と友達だって言ってたよ?」

小さい頃から?私はふと疑問に思った。小さい頃から一緒だったとすれば忘れるわけがない。しかし、私には心当たりがまったくないのだ。私はその謎の人物、斎藤さんについて質問することにした。

「全然心当たりないよ、その人ってどんな人なの?」

「男の人で、えな子の近所に住んでるって言ってたよ」

近所に住んでいる。このワードを聞いても、依然として誰の事だか分らなかった。私が昔近所で仲良くしていた人は、皆同じ小学校に通っていたので名前は知っている。その中に斎藤なんて名前の人はいない。そもそも、その人とかなはどうやって知り合ったのか。私は再び疑問をぶつけてみた。

「かなはなんでその人のこと知ってるの?話したことあるとか?」

「うん、さっきも食堂の近くで一緒に話してたよ、あっちはえな子の事だいぶ詳しかったみたいだけど」

私に詳しい?それを聞いて、頭の中に親しい友人の顔を思いつく限り浮かべてみた。それでも、やっぱり誰だかわからなかった。そしてその日は結局、斎藤さんという人が誰だか分からないまま一日を終えた。私の中でしばらくの間はその斎藤さんという人物について疑問を抱いていたが、何か月かするとそのことはすっかり忘れていた。


 「なあ、斎藤って誰だよ」

彼氏の勇太が急に声を荒げ始めた。

「どうしたの急に、斎藤って?」

私は突然怒り始めた彼に驚いていた。

「しらばっくれんなよ、お前この前斎藤と寝たんだってな」

何を言ってるのか全く分からなかった。私に斎藤という名前の知り合いは一人もいないし、浮気した覚えも勿論ない。勇太と付き合ってからは、ほかの男と大した接点すらなかった。

「ほんとに誰の事?なんの話してるの?」

「あぁそうゆう態度とるんだ、じゃあもういいわ」

そういって勇太は、私の言葉に少しも耳を傾けずにどこかへ行ってしまった。それ以来勇太とは音信不通になり、恋人関係は消滅となってしまった。

 私はその斎藤という人物が憎く思えた。なんでそんなありもしない噂話を流して、人の恋を邪魔するのだろう。私はある休日、手当たり次第に卒業アルバムを調べた。斎藤という人物について、小学校から高校まで全ての人物を洗いざらい調査した。しかし、斎藤という名前の人は一人もいなかった。これだけの人数がいて、斎藤という平凡な名前が一つも見つからないのは逆に不思議だった。結局調べ疲れた私は、そのまま斎藤に対する怒りも徐々に弱まっていった。そもそも、浮気したなんて嘘を流したのは斎藤さん本人だという確証はどこにもないじゃないか。こうして私の斎藤さんに対する関心は日に日に薄くなっていった。

 大学を卒業後、私は実家から通える距離にある、小さな広告代理店に就職していた。大学時代に一人暮らしをしていた頃とは違って、実家には母やおばあちゃんがいてくれる。今日も私は何気なく、出社前の朝の時間に母と話をしていた。

「えな子、まだあの子と仲良くしてるんだってね」

「誰の事?」

「斎藤さんだよ!斎藤さん、あんたがハイハイしてた頃から一緒だったじゃない、もしかしたらあの人とゴールインなんてことになるかもねえ」

母の突然のこの言葉に、私の消えかかっていた記憶がよみがえった。それと同時に、なんでそんな存在しない人物の名前を母が知っているのかと怖くてたまらなかった。

「え…、私そんな人知らないよ」

怖くなった私はすぐに家を飛び出して会社へと向かった。斎藤って一体誰なんだ。通勤途中もあたしの頭の中はそのことでいっぱいだった。そして数十分後、会社に到着した私はそのことを忘れたい一心で仕事に励んだ。そしてようやく訪れた遅めの休憩時間に、同僚の一人が私に話しかけてきた。

「斎藤さんって知ってる?」

 

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