第38話
辺りには、奇妙な音が響き渡っている。
音は、ミラボレアスから発せられているようだ。
「・・・一体、何が起ころうとしてんだ・・・?」
ゼロは冷や汗を流しながらキリンに尋ねる。
・・・今から何が起こるかは分からない。
けれど、確実によくない事が起こることは分かる。
その証拠に、さっきから嫌な汗がとまらない。
キリンは何も言わない。
言う必要などないから。
言おうが言うまいが、その瞬間はやってくる。
回避する術などない。
キリンは、緊張の混じった表情でミラボレアスを見つめた。
・・・やがて、ミラボレアスの体が小刻みに震えだす。
それと同時に、奇妙な音は大きさをます。
“ついに・・・始まった・・・!”
キリンがそう言うと、ミラボレアスは雄叫びをあげる。
今までとは比べものにならないほどの力強さ。
ビリビリと、大気が振動する。
ーーー次の瞬間
「な、んだ・・・あれ・・・」
ゼロは驚きを隠せない。
・・・ミラボレアスの体が、赤く変色し始めた。
それどころか、先程つけた傷が、みるみるうちに治癒していく。
抉られたはずの眼球も再生した。
先程から聞こえていた音は、ミラボレアスの変化が終わると同時に聞こえなくなる。
・・・ミラボレアスはラオを吸収する事で、体を造り変えてしまった。
今目の前にいるミラボレアスは、先程とは違う生き物だ。
「・・・おい、一応聞きたいんだけどよ・・・」
“なんだ?”
ゼロは視線をそらさずに口を開く。
「今の時点で、俺らに勝算はあるか?」
そう尋ねたゼロに返ってきた答えは、分かりきっていた。
“ない”
キリンはきっぱりと告げる。
それを聞いたゼロは、短く笑う。
「うそでも勝てるって言えよ」
“それは構わんが・・・
そう告げて、それが嘘だと最も痛感するのは汝だぞ?”
「はは・・・
そうみたいだな」
笑ってみせても、強がっているのがバレバレだ。
ラオが死ぬ間際、他の人達を逃がしたのが今なら分かる。
・・・今から、ミラボレアスとの想像を絶する戦争が起こる。
そこに人間などいれば、巻き込まれて命を落とすだけ。
ーーーラオの言うとおりにしてよかったーーー
ゼロは、緊張と安堵が混じった表情をする。
そんなゼロを見てキリンは
“・・・すまんな・・・”
一言謝罪した。
「いきなりなんだよ?」
“・・・結局、我々ではなんの助けにもならなかった・・・
汝のためにとしたことが、裏目にでてしまった・・・”
暗い表情で言ったキリンの頭を、ゼロはポスポス叩く。
「気にすんなよ。
今は落ち込んでる場合じゃねぇぞ」
ゼロが言い終わると同時に、ミラボレアスが動きだす。
「さぁて・・・お前らの行動が無駄になるかならねぇかは・・・これからだぜ!」
叫んで、ゼロは一直線に走り出す。
キリンも後に続く。
それを見たミラボレアスは、ゼロ達に向かって火球を吐き出す。
それをゼロ達は左右に避けた。
標的を失った火球は着弾し、爆発する。
しかし、その拍子に飛び散ったのは地面のかけらではなかった。
・・・足下に飛んできたそれは、ベチャリと地面に張り付く。
後ろを見れば、抉られた地面は赤く溶けていた。
「うそだろ・・・?」
絶望しきった声をもらす。
地面がこうも容易く溶けるなど、並大抵の温度では有り得ない。
今、ミラボレアスが吐き出した火球は、最低でも1000℃以上だ。
直撃すれば、まず生きてはいないだろう。
「・・・当たらなきゃいいだけだ!」
そう自分にいい聞かせて、再び走り出した。
ミラボレアスは何度も火球を吐き出し、そのたびに寿命が縮まったような感覚に陥る。
近くを通るだけで、皮膚が焼けるように熱い。
しかし、ミラボレアスとの距離は確実に詰まっていく。
「あとちょっと・・・!」
目にうつるミラボレアスが徐々に大きくなる。
もう少しで攻撃が届くという位置まできて、突如ミラボレアスの姿が消えた。
「な!?」
ゼロは急停止し、上空を仰ぎ見る。
そこには、殺意のこもった目でゼロを見下ろすミラボレアスがいる。
「その目で俺を見るんじゃねぇよ!」
ゼロは外壁の側面に跳び移り、それを利用してミラボレアスまで跳び上がる。
「今度こそ・・・!」
ブォン・・・
「ん?」
何か重たい物が空気を裂く音がする。
ゼロは音の方に目を向けた。
「やべ・・・!!」
気づけば、すでにミラボレアスの尾が目前に迫っていた。
ガギイィン!と、硬質な音が響いたと思うと、その後すぐに地面が割れる音がする。
あまりの早さに2つの音はほぼ同時に聞こえてきた。
「がはっ!」
ミラボレアスの尾を剣で防ぐが、ゼロは地面に叩きつけられ背中を強打する。
「〜〜・・・!」
息が出来ず、声がでない。
何とか空気を肺に入れようとするが、体が受け入れようとしない。
地面で悶えるゼロを見下ろし、ミラボレアスは空中で叫びをあげる。
途端、ゼロの目に信じられないものがうつる。
・・・虚空から、巨大な岩が灼熱の炎を帯びて落下してくる。
つまり隕石だ。
その隕石が、寸分の狂いなくゼロへと向かって来る。
「や・・・べ・・・」
息を整える時間はなく、力なく立ち上がると後ろへ跳んだ。
轟音と共に落下してきたそれは、一瞬前までゼロがいた場所に着弾し、爆発する。
「〜〜!」
声にならない叫びをあげながら、何度も落下してくる隕石を必死に避ける。
・・・何発か避けている内に、隕石は降り止んだ。
ゼロは外壁に背を預け、そのままズルズルと座りこむ。
「は・・・ぁ・・・はぁ」
なんとか呼吸が落ち着いてきた。
呼吸が落ち着くことで、失った思考力も回復してきた。
「・・・はぁぁ・・・」
長く、溜め息を吐くように空気を吐き出す。
すっ・・・と立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。
「・・・キリンのやつ、どこ行きやがった・・・?」
いつの間にか見えなくなったキリンの姿を探して視線をめぐらす。
しかし、見つからない。
ゼロが首を傾げていると、上空からミラボレアスの叫びが聞こえてきた。
今までと違って、苦しみに耐えるように聞こえる。
「・・・?」
ゼロが不思議に思いながら視線を上に向けると、ミラボレアスは苦しそうに身をよじりながら飛び回っていた。
「なに、やってんだ・・・?」
しばらく見ていると、突然ミラボレアスの体を雷が襲った。
そして、また苦しそうな叫びが響きわたる。
そのミラボレアスの背中に、ちらりとキリンの姿が見て取れた。
目を凝らして見つめると、キリンが何をしているのかが理解出来た。
・・・ミラボレアスの背中に乗っかり、首のあたりに角を突き刺している。
そして、雷はキリンの体に直撃し、そのたびにミラボレアスが悲鳴をあげる。
・・・つまり、キリンは自分の体を使って、ミラボレアスの内部に直接攻撃をしかけていた。
やられたほうは、たまったものではない。
その証拠に、雷が落ちるたびに悲痛な叫びが耳を打つ。
しかしキリンも、かなり疲労していた。
そして、ミラボレアスが何度目かの急旋回をした時、キリンの体は振り落とされた。
キリンに空を飛ぶ事は出来ない。
落下に抵抗できず、キリンは地面に叩きつけられた。
「おい、大丈夫か!?」
ゼロが慌てて駆け寄ると、キリンはよろよろと体を起こす。
“・・・なんとか、な・・・”
弱々しくそう言うと、その場に座り込んだ。
“・・・駄目だ・・・立てぬ・・・”
「・・・」
ゼロはキリンの前足と後ろ足をつかむと、重たそうに肩に乗せる。
“な・・・なにをする?”
キリンが問いかけるが、ゼロは無視して走り出した。
そして、出来るだけミラボレアスから遠ざかると、キリンをおろす。
「お疲れさん」
一言そう言って、また走り出す。
“お・・・おい・・・?”
背後から投げかけられた声を無視して、ゼロは走り去った。
・・・そして、戻ってきたゼロはミラボレアスと対峙する。
ミラボレアスは、キリンの攻撃で大分消耗していて、地面に降りてきていた。
「・・・はぁ・・・勝てる気しねぇなぁ」
ぼそりと呟いて、剣を構える。
「・・・けど勝つ!」
自分に言い聞かせるように叫んで、ミラボレアスを睨みつける。
・・・しかし、ミラボレアスはゼロを見ていなかった。
視線は、ゼロの背後に向けられている。
「あ?何見てんだ?」
ゆっくりと後ろを振り向くと、そこにはキリンがいた。
よろよろとふらつきながらも、なんとか歩いている。
「・・・まさか・・・?」
視線を戻すと同時に、ミラボレアスはキリンを目掛けて動き出した。
「な!?俺が見えてねぇのかよコイツ!?」
ゼロの言った通り、ミラボレアスにはキリンしか見えてなかった。
たとえ自分の前に敵意をむき出しにした者がいても、ミラボレアスには関係のない事だった。
・・・先程まで、自分を苦しめた存在。
それに憎悪の塊をぶつけるだけ。
「俺を無視するんじゃねぇよ!」
ゼロはミラボレアスの前に立ちふさがり、剣を前に構えて正面から衝突する。
「ぐ・・・ぅ・・・」
テオ・テスカトルのときとは違って、ゼロはズルズルと押される。
力比べでは勝負にすらならない。
「なんで戻ってきたんだよ、お前は!?」
ミラボレアスに押されながらゼロが叫ぶ。
「歩けるなら早く逃げろ!」
“逃げる・・・?
それは、我には聞けぬ頼みだな”
フッ・・・と笑って、キリンは駆け出した。
「お前、何を・・・!?」
ゼロが言い終える前に、キリンの角がミラボレアスの首に刺さる。
そして自分の体に雷を打ちつけて、そのたびにミラボレアスが苦しむ。
「馬鹿やろう!
それじゃあさっきと変わらないだろ!
お前の体がもたねぇぞ!」
ゼロが叫ぶが、キリンは無視して雷を打ち続けた。
一発打つごとに、キリンが衰弱していくのがわかる。
「止めろって言ってんのが・・・」
バキィ!と、ゼロの言葉を遮るようにミラボレアスがゼロの体をはじき飛ばした。
地面と水平に飛ばされ、轟音と共に外壁にめり込む。
「このっ・・・」
ガラガラと、体にのっかる瓦礫を払いのけ、フラフラと立ち上がる。
「くそっ・・・視界が、霞む・・・」
それでも目を凝らし、ミラボレアスを凝視する。
視力が徐々に回復し、ミラボレアスの姿がはっきりと見えてくる。
そこには、ミラボレアスと、その餌食となったキリンの姿があった。
「あの野郎!」
ゼロは立ち上がり、走り出す。
“来るな!
今の内に体を休めておけ!”
「馬鹿言ってんじゃねぇ!
今俺が休んだら、誰がお前を助けるんだよ!?」
“我を助ける必要はない!
むしろ放っておけ!”
言い争っている間にも、キリンの体は飲み込まれていく。
“これで、いいのだ・・・
こうすることで、ようやく汝の助太刀が・・・”
キリンが全て言い終える前に、キリンは飲み込まれてしまった。
「あ・・・」
ーーーあまりにも、呆気ない最期。
その最期に、ゼロは愕然とする。
それに追い討ちをかけるように、辺りに奇妙な音が響き始めた。
・・・ミラボレアスは、キリンを吸収し始めていた。
しかし、ゼロにはもう聞こえていない。
「お前だけは・・・」
ゼロの体から、ミラボレアスと同じように殺意がこぼれ始めーーー
「お前だけは許さねえぞ〜!!」
叫ぶと同時にはじけた。
ーーー先程、これ以上怒れば他の竜を巻き込むとキリンが言っていた。
けれど・・・
「それがどうしたぁぁ!?」
もう関係ない。
どのみち、目の前のコイツを殺らなければ、結果は同じだ・・・
・・・この日、この瞬間、ゼロの怒りと共に多くの竜が狂い始めた・・・
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