第34話
ゼロとジョンはそれを目の前にして、情けなく口を半開きにしていた。
目の前にそびえ立つ、巨大な生物。
・・・しかし、凶悪な感じはしない。
その巨大な瞳には、どこか優しさを秘めていた。
“ほう・・・代行者が言っていたのはお主らのことか・・・”
代行者・・・キリンのことだ・・・
ならばコイツは・・・と思い、ゼロは口を開く。
「お前が・・・賢者か?」
ゼロが聞くと、僅かに目を細める。
"賢者とは大袈裟な・・・ワシは他の者より長生きなだけ、知識を多く有しておるだけだ・・・"
それに・・・と、視線をジョンに向ける。
"その者は、ワシが何者なのかしっておるようだな・・・"
言われて、ゼロもジョンに視線を向けた。
「ジョン・・・お前コイツのこと知ってるのか?」
ゼロが尋ねると、ジョンは信じられないといった表情で巨大な竜を見つめたまま、口を開く。
「・・・文献でしか見たことはなかった・・・1000年も昔にその姿を現したのを最後に、二度と人前に姿を現さなかったと言い伝えられる・・・古竜、ラオシャンロン」
“ふむ・・・その名を呼ばれるのは、実に久方振りよの・・・”
少し嬉しそうにそう言って、もう一度視線をゼロに戻した。
“ワシに会いにきたということは、何か知りたいことがあるのであろう?竜の子よ・・・”
その言葉を聞いて、ゼロははやる気持ちを抑えるように、一度深呼吸をする。
「あぁ・・・聞きたい事は山ほどある・・・まず、この剣は何だ?」
そう言って、見せつけるように剣を前に突き出す。
“代行者より聞かなかったか?それは・・・”
「生と死を司る剣だって言いたいんだろ?・・・それは分かってる。俺が聞きたいのは、この剣の不思議な力についてだ」
“なるほど・・・そのことか・・・その剣が天地創造の際に神々が作ったと言うことは知っておるか?”
ラオシャンロン(以下ラオ)が尋ね、ゼロは無言で頷く。
“そうか・・・その剣の当初の目的は、物を切るためではない・・・その剣は、中継点としての役割を担っていた”
「中継点?・・・一体何の?」
ゼロが首を傾げる。
“・・・命の中継点だ・・・”
「・・・?」
ゼロは訳が分からず、顔をしかめる。
“分かっておらぬな?”
「悪いがサッパリだ」
疑問符を浮かべるゼロに言い聞かせるように、ラオは説明し始めた。
“万物の命・・・人、竜、虫、植物・・・今我々が生活するこの星でさえ、死ねばその命はその剣に宿る”
「そりゃまたすげぇスケールな話だな・・・」
呆れるゼロを無視して、ラオは話を続ける。
“ありとあらゆる命は、その剣を通じてあの世へと死に逝く・・・逆もまた然り・・・全ての命は、その剣を通じてこの世へ生まれ来る・・・”
「なんでそんな面倒くさいことを?」
“・・・浄化のためだ・・・命とは、年を重ねる度に汚れていくもの・・・あの世に逝くとき、また、この世に来るとき・・・その汚れを持ち込む事は許されない・・・故にその剣は、浄化の役割を果たしていた・・・”
・・・果たして“いた”?
おかしい・・・
「なんで過去形なんだよ?」
ゼロが尋ねると、ふむ・・・と小さく呟いて
“今より500年程前、その剣は役割を変えた・・・今度は、物を切るために・・・”
・・・また500年前か・・・
そう思いながらも、黙って耳を傾ける。
“・・・その剣に、生を終えた命を運んでいた、タナトスの手によってな・・・”
「タナトス・・・って、俺の事か!?」
思わず口を開く。
“・・・そうとも言えるが・・・そうとは言い切れぬ・・・”
帰ってきた返事は、曖昧なものだった。
「・・・なんか矛盾してるぞ?・・・そもそも、タナトスってどういう意味なんだよ?」
“タナトスとは・・・神の名だ・・・全ての命が必ず迎える運命、すなわち死を司っている・・・”
「世に言う死神ってやつか?・・・なんか不吉だな」
ゼロがそう言うと、ラオは少し悲しそうな目をする。
“・・・死とは、個人的に見れば悲しいだけかもしれぬ・・・しかし全体的にみれば、死とは必要不可欠なもの・・・死が無ければ、あらゆる命は死ななくなる。・・・この星には生き物が充満し、食物が無くなり、飢えに苦しもうと、決して死なない・・・年老いて、動けなくなり、呼吸すらままならなくても、死ぬことは許されない・・・他者より危害を加えられて、いかに苦しくても死なない・・・それがどういうことか、分かるであろう?”
「・・・・・・」
・・・分かるようで、分からない。
ただ、それがとても大変な事は、なんとなく分かった。
“・・・それに・・・タナトスとて、殺したくて殺していた訳ではない。・・・むしろ、殺すことを嫌っていた・・・しかし、死する物を殺さねば、世界は乱れる。故にタナトスは殺し続けた・・・物を殺すことを何よりも嫌う死神・・・なんとも皮肉で、悲しい話だ・・・”
言って、ラオは軽く目を閉じる。
「・・・確かに、悲しい話だ・・・」
“・・・だが、この話は予想だにせぬ展開を迎える・・・”
目を開き、ラオが語ろうとしたとき
“続きは我が教えよう・・・”
ラオの体の後ろから、キリンが姿を現した。
それを見たラオは
“・・・確かに、お主が教えた方が早いな・・・”
と頷く。
キリンはゼロのもとに駆け寄り、軽く頭を垂れる。
“我が角に触れろ・・・続きを見せてやる・・・”
「続きを・・・見せる?」
“うむ・・・その剣の記憶を見たように、な・・・”
そう言われて、ゼロは少し躊躇しながらキリンの角に触れた。
途端、ゼロの目の前で光が爆ぜる。
あの時と同じように・・・
・・・
・・
・
目を開くと、そこは見知らぬ所だった。
自分は壊れかけのボロボロな家の中にいて、その横には、今にも息を引き取りそうな老人が1人寝込んでいる。
・・・そして、その上に・・・
「あれは・・・俺じゃねぇか・・・」
そう、ゼロがいた。
似てる似てないの次元ではない。
誰がどうみても同一人物だ。
「なんで、俺がここにいる・・・?」
ゼロは不思議に思いながらも、目の前の2人を眺めた。
すると、上に浮かんでいるゼロらしき者が、いきなり手に持っていた巨大な鎌で老人に向かって斬りつける。
「あいつ何を・・・!?」
驚くゼロをよそに、その鎌は老人に突き立てられた。
「・・・・・・」
少年は悲しそうな表情で、その鎌を引き抜く。
驚いたことに、老人に外傷はなかった。
血も出なければ、傷跡すらない。
・・・ただ静かに、ゆっくりと生命活動を停止した。
少年は、悲しそうに目をふせて、その場から消え去った。
・・・
・・
・
「ここは・・・?」
気が付けば、景色が変わっていた。
今度は、どこか山奥である。
そして目の前には、あの少年がいた。
少年は、またも悲しい瞳で前を見つめる。
その視線の先。
そこには、ハンターにやられたのか、体中から血を流し、うずくまるリオレイアの姿があった。
少年は、先程と何ら変わりない動きで、その鎌をリオレイアへと突き立てる。
そして、鎌を引き抜くと同時に、リオレイアはピクリとも動かなくなる。
「そうか・・・あいつが・・・」
どこか納得がいったような表情で、ゼロは少年を見つめる。
・・・今、ゼロが見ている少年が、キリンやラオが言っていたタナトスだった。
そして、今行っている行為は、生を終えた命に死を与えるものだった。
・・・
・・
・
また景色が変わった。
「今度はどこだよ・・・?」
ゼロは辺りを見渡す。
そこは、小さな集落だった。
そこでもタナトスは、命に死を与えている。
その悲しそうな表情が晴れることはない。
「・・・お前も、辛いんだな・・・」
届かないと分かりながらも、ゼロは小さく呟いた。
そこへ・・・
「キミは・・・誰・・・?」
驚いて、声のする方を向く。
・・・そこには、小さな男の子が立っていた。
驚いた様子で、しかし怯えている様子はなく、タナトスを見上げていた。
一番驚いていたのはタナトスである。
とても慌てた様子で、その場を去ろうと目を閉じる。
「・・・どこかに行っちゃうの?なら、ちょっとまってよ」
呼び止められて、目を開く。
「僕とお友達になってよ」
そう言って、少年は微笑んだ。
しかし、タナトスは顔をしかめる。
・・・オトモダチとはなんだ?
そもそも、何故この者は我が見えている?
口では言わずとも、その考えがゼロには手にとるように理解できた。
「・・・あれ?聞こえなかったかな・・・ならもう一度いうよ?・・・僕と、友達になって下さい」
そう言われて、タナトスはようやく口を開いた。
「トモダチとは・・・何だ?」
タナトスが尋ねると、子供はう〜ん・・・と頭を抱える。
そして、急に顔をあげると、タナトス歩み寄る。
「多分、こういうことだよ」
そう言って、タナトスに抱きついた。
「仲良くなろうってことだよ」
嬉しそうに抱きつく子供を見て、タナトスも徐々に表情が穏やかになる。
・・・タナトスが、初めて人に興味をもった瞬間だった・・・
・・・
・・
・
今度は、草原の上にいた。
視界には、タナトスと子供が楽しそうに話している姿があった。
さっきみた映像より、数日経った後らしく、タナトスと子供はかなり親しげだった。
「今日は、祈りの儀には出ないのか?」
タナトスが尋ねる。
・・・この子供のいる集落は、信仰深い集落である。
この子供は、その中でも特異な力をもっていて、その力によって、タナトスを感じることができた。
祈りの儀とは、集落の民が定時になると全員集合して、神に祈りを捧げる儀式の事である。
「だって・・・今はせっかくキミがいるんだもん。時間がもったいないよ・・・」
「だが、我もいつ居なくなるか分からぬぞ?」
「また仕事?」
子供がそう聞くと、少し後ろめたそうに頷いた。
どうやら、この子供には自分の事を詳しく教えていないらしい。
おそらく、特殊な存在とだけ伝えたのだろう。
『・・・・・・』
2人を沈黙が包む。
「あ・・・」
子供が何かを見つけ、急に立ち上がる。
何かを拾った子供は振り返り、その手には一輪の花が握られていた。
「みてみて!この花綺麗でしょ?珍しい花なんだよ?」
ほら、と自慢気に見せる。
「キミにあげるね!」
そう言って、花を差し出す。
「・・・」
タナトスは、何も言わずに受け取った。
悲しそうな顔で・・・
「・・・僕はもう行かなきゃ・・・それじゃあね」
子供は走り去る。
その後ろ姿を見送った後、タナトスは受け取った花に手をかざす。
すると、ほんの少しだけその花がしおれた。
・・・タナトスは、花の命に死を与えた。
後は、徐々に枯れていくだけ。
「・・・」
タナトスは何も言わず、その場から消える。
また、命に死を与えるために・・・
・・・
・・
・
一瞬、視界が光に包まれて、目を開けたらまた同じ草原にいた。
草原にはタナトスが1人、何かを心待ちにしているかのように立っている。
その手には、小さな宝石が握られていた。
さっき、子供が綺麗だと言った花に似た形をしている。
タナトスは石が好きだった。
なぜなら、基本的に“死なない”から。
砕かれて、形を変えようが、死なない。
長い年月を経て、朽ち果てるまで、そこにあり続ける物言わぬ存在。
タナトスは、その存在が、好きだった。
・・・タナトスはあるものを目にし、嬉しそうな表情をする。
その視界の先、先程の子供と思われる人がいた。
あれから何年か経過したらしく、子供の体は成長していた。
どうやら久しぶりに再会したらしく、タナトスは本当に嬉しそうだった。
・・・しかし、その表情は一瞬で消えてしまった。
子供が、軽蔑の目でタナトスを見つめていたから・・・
そして、警戒しながら近寄ると
「何の用?・・・死神」
・・・意外な言葉だった。
・・・この子供は、信仰深い集落の子供。
神について学ぶ内に、タナトスの事を知ってしまっていた。
「・・・久しぶりだと、思ってな・・・」
タナトスは悲しそうに、それでも頑張って笑顔で話しかける。
・・・しかし
「・・・用はそれだけ・・・?」
子供は、冷たく言い放つ。
「・・・いや、これをお前に渡そうと思ってな・・・以前、綺麗だと言った花似ているだろう?だから・・・」
タナトスが全ていい終わる前に
「いらない。呪われるから・・・」
・・・あまりにも、残酷な言葉をはいた。
・・・それでもタナトスは
「・・・そう、か・・・」
と、笑った。
とても、悲しく笑った。
「・・・じゃあ、僕は行くから。・・・それと、二度と僕に関わらないで・・・サヨナラ・・・」
そう言って、子供は歩き去って行く。
タナトスにとって、悲しすぎる“サヨナラ”。
タナトスは、ただ悲しそうにその後ろ姿を見送った・・・
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