77話 対策会議
飲食店としての営業が終わり、だいたいの片づけも終わった後。
俺たちはホットミルクで一服しながらテーブルを囲んでいた。
「ったく、俺の飯にケチつける奴が増えてんのはどういうことだ!」
あれからケチつける奴もおらず、調理に専念していた頑固オヤジだが、やっぱりくすぶるもんがあったらしい。今までの奴らのことも思い出し、とうとう我慢の限界が来たようだ。沸々とした苛立ちを声に乗せ、乱暴にコップを机に叩きつけた。
「あなた。気持ちはわかるけど、静かにして。宿泊のお客さんもいるのよ?」
「そうだよ! 今日の夜も、あんな危ないことして! もう少しやり方があったんじゃないの!?」
「ぐっ、す、すまん……」
が、すぐにママさんのまっとうな意見と、小声で詰め寄る看板娘に窘められ、あっさりと謝罪を口にした。
相変わらず家族相手にゃ弱いな、頑固オヤジ。父親の威厳って言葉をどこに置いてきた?
まあ、それはいい。
俺らが話し合いの場を設けたのは、ハゲ斧のような客への対処をどうするか相談したい、と看板娘から提案があったからだ。
二月に入ってから、こうして営業後に話をする機会は、実は今回が初めて。それまでは俺が穏便(?)に客を追い返していたが、さすがに暴力沙汰一歩手前になれば、何か対策を考えにゃならんと事態を重く見たらしい。
さらっと聞くと、どうやら頑固オヤジの助け船は、看板娘が呼びに行ったからだそうだ。看板娘としては話し合いですませて欲しかったそうだが、結果包丁を持ち出し脅した父親に苦言を呈した、と。
あん時、娘に呼ばれて渋々、って感じを出してた頑固オヤジだったが、割とノリノリだったのは見過ごしてねぇからな?
まあ、二週間くらい料理にケチつけられ続けてたんだから、鬱憤がたまってたんだろう。気持ちはわからんでもないから、俺からは言及しないでおいた。
「とはいえ、あの場ではあれが一番上手く取り繕えたとは思うぞ? あのハゲ、酒の勢いじゃなく端から『トスエル』を貶す気で騒動を起こしてたようだからな」
どんどん肩身が小さくなる頑固オヤジを見るに見かねて、今度は俺が助け船を出してやる。
実際、ハゲ斧は荒事も辞さなかったからこそ、対応に来た俺を見た瞬間武器を抜いたんだろうしな。
前みたいに《同調》+《神経支配》をやったにせよ、どうしてもいざこざは避けられなかった。そんな状況からすれば、たった一度刃を交えただけで追っ払ったんだから、十分平和的な対応だったと思う。
「でも……」
「そう責めてやるなよ、看板娘。それに、今から話し合うのはあのハゲみてぇなクレーマーへの対処法だろ? 俺らの行動指針も含めて、これから決めればいいじゃねぇか」
「う……、ヘ、ヘイトがそう言うなら……」
話が進まねぇし、ちょっと口添えしてやっただけで、看板娘は素直に引いてくれた。
……これも、看板娘の変化と言えば変化か?
コイツ、妙に俺の言うことには従順なんだよな~?
前からその気はあったんだが、最近は前にも増してノーと言わない。
勉強は素直に知識を吸収してくれて助かった面もあったが、看板娘の人生を考えれば他者へ依存する傾向があるのはいいとは思えない。
そうでなくとも、看板娘の目標は『大人になる』ことだ。誰かに頼りきりな状態が続くことで、自立心なんて育つはずがない。
まさか、借金の一件で俺が何でも出来る完璧超人みてぇな幻想を抱いてんじゃねぇだろうな? それで、俺に任せときゃ万事上手くいく、って思われてんだったら、マズい。
早めに訂正してやらねぇと、看板娘は経営者として大成しねぇぞ。
俺はあくまで補佐。最終的な意志決定は、誰かの意見を丸飲みするんじゃなく、看板娘が自分で考えて自分で決めなきゃ、意味がねぇ。
依存は楽だが、それはただの思考停止だ。このまま俺が消えて、『トスエル』の運営を看板娘に移した場合、確実に前の二の舞になるだろう。
つまり、祖父母の経営方針を丸飲みにして失敗した過去の状態を、今度は俺のやり方に変えて繰り返すだけ。
そうなったら、色々と教育を施した意味がない。
経済は流動的で、どんな状況でも通用する万能な最適解なんてものは存在しねぇ。
だから、その場その場での最善を導き出すための、『考えて決断する力』が看板娘には必要だ。依存なんかじゃ身につくことのない力が。
頑固オヤジかママさんが経理も出来たら問題なかったんだが、経営で生じる膨大な数的処理が出来るのは、現状看板娘しかいねぇ。
そして、両親の方に期待が出来ない以上、看板娘を矯正する方が早い。
これについてはなるだけ《魂蝕欺瞞》で書き換えるんじゃなく、自分で気づかせる方向に持って行かなきゃなんねぇ。それをやっちまったら、俺への依存が続くことになるだけだしな。
これもまた、『トスエル』を去る上での課題だな。
「で、ぶっちゃけどう思う? あのどら息子が関係していると思うか?」
同時に看板娘への対応も考えつつ、目下あるクレーマー問題について、まず挙げたのはチール商会のゴークだ。
っつうか、十中八九アイツが原因で間違いねぇだろう。
二月に入ってから発生した事案であり、その誰もが金で雇われただろう冒険者。んで、『トスエル』に恨みを持つという条件で絞れば、ゴークが第一候補に挙がるのは当然。
視線を三人に向けると、やっぱコイツらも感づいていたのか難しい顔をする。
「普通に考えたら、そうだよね……」
「手段や時期、私たちを狙う理由も考えると、ミューカスさんくらいしか思いつかないわね」
「ちっ! あの野郎、どうしても俺たちを苦しめるつもりか!」
不安そうな看板娘、憂愁をにじませるママさん、怒りで机を殴りつける頑固オヤジの順で発言があった。夜だっつの、静かにしろ。
まあ、『トスエル』一家にしたら忘れたい事件だろうし、忘れたい相手なのは間違いない。
それがストーカー気質で嫌がらせを繰り返してくるとか、たまったもんじゃねぇ。気分は嫌がらせを繰り返して自発的な立ち退きを促す、大家トラブルみてぇなもんだな。
質の悪い隣人トラブルと、問題の程度は大差ねぇ。違いは、大家の方が上下関係が発生する分、こっちが不利になりやすいっつうところか。
しかも、この世界にゃ不動産のトラブル関係について、法整備なんか進んでるわけがない。
一つの家に複数の家族が住む形態が一般的な都市のあり方だからこそ、人間関係の問題は当事者で話し合って決めろ、ってスタンスが一般的だ。いちいちそんな些細なことを、法律作って国が介入する必要はねぇだろ面倒臭ぇ、って考えだな。
こういうところがファンタジー世界の大ざっぱなところか。見方をこっち寄りにすれば、地球は何でもかんでも法律で縛りすぎなのかもしれねぇけどな。
「ま、あんだけ俺が下に扱って言い負かした挙げ句クソほどこき下ろせば、嫌がらせの一つや二つするわな」
「そんなっ! ヘイトは悪くないよっ!」
即行の援護射撃だったな、おい?
看板娘の俺に対する依存度って、結構深刻?
う~わ~、ゴークの問題より厄介じゃね?
「そりゃどうも。が、いくら内輪で擁護し合って慰めても、向こうが嫌がらせの手を止めてくれねぇのも事実。しかも、この問題に関しては法律的にも自己責任の範囲だから、国を頼ることも出来ねぇ。さぁ、落としどころはどこに定める?」
『…………』
再び尋ねたのは具体的な対処法だが、看板娘以下全員が黙っちまった。
確かに、難しい問題だ。
相手の方が立場も権力も財力も上。ちっと稼げるようになったとはいえ、宿兼飯屋に出来ることなんざ、何個もあるはずねぇしな。
「直談判するしかないかしら?」
「まともに取り合ってくれるか? どら息子の疑いは濃厚だが、こっちにゃ証拠がねぇんだ。知らんの一点張りで追い返される可能性が高いな」
まず案を出したのはママさんだが、根本的な解決策とはいえねぇな。
現状、『トスエル』は冒険者たちから嫌がらせを受けている、ってだけでゴークが犯人であると裏付けできる材料は何一つとしてない。
状況証拠だけで直談判したとしても、門前払いを食らって嫌がらせが苛烈になるだけだ。手っ取り早いが、状況を悪化させるだけだな。
「こうなりゃ、文句言ってきた冒険者を全員ぶん殴って大人しくさせるか? そうすりゃ、下手に手出しをしなくなるだろ?」
「そうしたくなる気持ちも理解出来るが、それをやっちまえば今度は『トスエル』の評判に傷が付く。少しの言いがかりでも暴力に訴える野蛮な店、なんて風評を流されちまえば、より効果的な営業妨害になるだろうぜ。そうなりゃ、向こうの思うつぼだな」
次に強攻策を提案したのは頑固オヤジだ。元冒険者らしい力業だな。
が、実際にそれをしちまえば、ゴークの誘いに乗っちまうことになる。
ゴークの狙いはおそらく、『トスエル』を潰すこと。目的が達成されるのであれば、過程がどうなっても構わねぇはずだ。安易に暴力に訴えちまったら、向こうに付け入る隙を与えるだけで、これも愚策でしかない。
「だったら常連さんとか、同じ冒険者の人に助けてもらうことは出来ないかな? それだったら冒険者協会の規定内で問題を収めてくれるかもしれないし、ミューカスさんの思惑も外せるかも」
「まだマシな手だが、それも厳しいな。常連に頼む、っつってもこっちにゃ冒険者相手に積める報酬が少ない。見返りが少ないと、冒険者がしてくれる範囲は自然と限られてくる。下手すりゃ向こうに買収されて、スパイを抱えることにもなりかねねぇよ」
次の看板娘の案は信頼できそうな人間に助力を求める、っつうものだが相手が冒険者だとどうしても営利関係になっちまう。冒険者は『傭兵主体の何でも屋』なんだから、どんな些細な『お願い』でも『依頼』であり、商売なんだ。
冒険者協会を仲介せずに頼んじまったら、それは『個人依頼』っつう扱いになっちまう。それが原因で、後で法外な報酬を請求されて、また借金を負わされる可能性もなくはない。
最悪を想定するなら、雇った冒険者がゴークから高額な報酬を提示され、秘密裏に買収されちまう可能性もある。よほど信頼出来る冒険者じゃねぇ限り、肝心なところで役に立たねぇなんてことになったら目も当てられない。
「じゃあ、ヘイト。お前ならどうする?」
「これはかなりデリケートな問題だからなぁ。ほとぼりが冷めるまで我慢する、ってぇのも一つの手だぞ?」
出てきた提案すべてを蹴った俺には頑固オヤジから水を向けられたが、口にした案は泣き寝入りに近い。
さすがに消極的すぎると思ったのか、頑固オヤジもママさんも顔をしかめたが、看板娘は俺の真意を聞こうと静かに視線を向ける。
少しは反抗しろよ、看板娘。別の意味で不安になるわ。
「もちろん、何年も耐える、っていうわけじゃねぇぞ? そうでなくとも、あのどら息子の首には縄が掛かってんだ。アイツがいなくなりさえすれば、チール商会から嫌がらせを受けることはねぇと思ってるからこその提案だな」
「首に、縄? それってどういうこと?」
あぁ、俺の認識だけで話してたらわからねぇか。
看板娘たちが不思議そうな顔をしたので、俺はあの時のやり取りで発生しただろうゴークの末路について、軽く説明を加える。
イガルト王国の王都にゴークの契約法違反が、冒険者経由で高確率で伝えられること。それ以前から、チール商会会長がゴークを切るために動いていた節があること。それが本当であれば、ゴークは近い内に断罪されるだろうこと。
俺としてはほぼ確実に起こると思ってる未来予想図だが、所詮未来だからな。断言は避け、ぼんやりとこうなるかもしれない、と伝えてみた。
「……あの短い時間に、よくそれだけ気づいたな、お前?」
「頼もしいのか恐ろしいのか、反応に困るわねぇ」
「やっぱり、ヘイトはすごいね」
すると、頑固オヤジは俺の目敏さに呆れ、ママさんは説明のニュアンスから俺がそうなるよう仕向けたと悟ってため息をつき、看板娘はママさん同様気づいてなお全肯定してきた。
よし、本格的に看板娘はどうにかしないとマズいな。
「とまあ、あくまで俺の予想だが、どら息子は時間が経てば勝手に自滅する。それがわかってんなら、勝手にいなくなるまで大人しくしといた方が無難なんじゃねぇか? ってのが俺の意見だ」
「私は、ヘイトの案でいいと思う。ミューカスさんの話もあるし、しばらく様子を見た方がいいんじゃないかな?」
「そうねぇ。今の私たちにはそれくらいしか出来ないものねぇ」
「結局、大した解決策は見つからずじまいか……」
その流れのまま、看板娘が俺の意見に全乗っかりし、ママさんと頑固オヤジもこっちが出来ることの少なさに歯噛みしつつうなずく。
一時間ほど話をしたが、最終的に『待ち』の姿勢を続けることに決まった。話し合いは解散となり、徹夜要因として起きるママさんを残して解散の流れになった。
「……さて」
その日の夜中。
ママさんが明日の食材チェックに行った隙を見計らい、布団から抜け出した。
部屋ん中を確認されてもいいように、布団にダミーを入れて偽装工作をしてから、部屋を後にした。中身を確認されても、ママさんにも《同調》は仕込んであるから、俺が寝てるように見せることも出来る。
こそこそと店内を無音で移動し、玄関の鍵を開けて『トスエル』を出た。
目的は、日課のスキルレベル上げだ。いつもは部屋の窓から外に出てるから、こんなスパイゲームみたいなことをしなくてもよかったんだが、今日はちょっと事情が異なる。
ママさんに気づかれないよう、扉をゆっくりと閉め、振り返った。
「いらっしゃいませ。ご存じでしょうが『トスエル』の営業はすでに終了しております。だというのに、団体様がこんな時間に何かご用でしょうか?」
白々しい営業スマイルを浮かべた俺の目の前には、どう見てもまともじゃねぇ顔つきのゴロツキどもが、『トスエル』をぐるっと取り囲むように集結していた。
まあ、これが『事情』だ。
さて。レベル上げに行く前に、コイツらの『接客』をしないとな。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)
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