75話 返心
ガタゴトという馬車が遠ざかる音を聞きつつ、軽くなったズボンのポケットにまた手を突っ込み、肩を竦めた。
はぁ、ようやく静かになったな。
「おし。面倒臭ぇ話は済んだ。さっさと仕事に戻るぞ~」
で、何事もなかったかのように台拭きを回収し、夜のラッシュに向けての仕事を再開する。些細なイベントだったし、さらっと流しゃいいだろ。
えーっと? 確か食材と調味料がいくつか足りなくなってたのと、薪もねぇんだったっけ? 後で買い出しにいかねぇとな。
それに、飲食スペースの掃除は終わったが、客室の掃除はまだだったよな? 宿泊予定はねぇけど、きっちりやっとかねぇと『トスエル』の評判に傷がつく。
まだまだやることは多い。さっさと済ませちまわないと。
「い、いや、ちょっと待ってよ!?」
頭ん中で仕事の段取りを組み上げていると、いきなり看板娘が俺の腕を掴んで引き留めた。
「何だよ? あんま時間ねぇんだろ? さっさと仕事しろ、仕事」
「そ、それも大事だけど、そうじゃなくって、その、あの……」
あー、だいぶ混乱してるみてぇだな。いつもの鋭い突っ込みがない。ここで物足りなさを感じている時点で、かなり今の生活に染まってんな、俺。
「まずは落ち着け。で、言いたいことを整理しろ。それから口を開け。そしてさっさと仕事をしろ」
前に似たようなことを貞子にも言ったなぁ、と考えつつ看板娘の拘束を外そうと腕を振る。が、意外にがっちりと掴んでいたのか、看板娘の手は外れなかった。
こうなると俺にはどうしようも出来ない。純粋な筋力じゃ誰にも勝てねぇからな。『日本人』ステータスの低さが恨めしいぜ。
「…………あのお金、どうやって? どこから持ってきたの?」
「暇だった時の『トスエル』補填の余り」
最初に聞かれたのは金の出所。
ずっと一緒に仕事してたのに、いきなりあんな大金見せつけたら怪しいわな。
が、詳しく話す気はねぇ、って意味も込めて短く返答。嘘は吐いてねぇし、問題なし。
「…………なんで、ポケットの中に、入れてたの?」
「いい頃合いだと思ったから」
次はポケットに入れてた理由か。
んなの聞くまでもねぇだろ。帳簿見りゃ、借金の返済日が月末だって一発でわかったぞ?
だから『いい頃合い』である月末の今日。朝から部屋の貯金を全額ポケットに忍ばせてただけだ。
「…………あれって、ヘイトの旅の資金じゃ、なかったの?」
「最後まで残ってたら、そうだったんじゃねぇの?」
次は元々の金の使い道。
ぶっちゃけ、途中から金にゃそんなに執着しなくなったし、ないならないで構わなかった。
まあ? ゴークの要求が俺の貯金額ぴったりだったのは驚いたけどな。おかげでスッカラカンだ。二倍とかふっかけすぎだろ、あのハゲ豚。
「…………なんで、私……『トスエル』に、使っちゃったの?」
「経営責任における補填の範囲内だから」
次は金を借金返済に使った理由。
商売が軌道に乗り始めたこの時期に、看板娘がいなくなるのは痛かったからな。経理能力以外にも、『看板娘』の文字通り店の顔として常連の覚えもよくなってきている。貴重な戦力を失うわけにはいかねぇ。
将来を見込んだ『トスエル』の経営を考える上で、看板娘は欠かせない人材だ。この店にもたらすだろう経済効果を試算すりゃ、金貨20枚で買い戻せたなら安いもんだ。
「……………………なんで、」
「あん?」
「なんで、わたしたちのために、そこまでしてくれるの……?」
雰囲気的に、これが最後か?
涙を瞳いっぱいに溜め、俺を見上げる看板娘。
ラストの疑問は、『トスエル』一家を助けた理由。
そんなの、聞くまでもねぇだろ?
「仕事だから」
要約すりゃ、この一言に尽きる。
さっきも言ったが、俺は『給料未払いの従業員』兼『経営コンサルタント』だ。
前者としては、未払い分の給料をきっちり回収するまでは『トスエル』に潰れてもらっちゃ困る。
後者としては、俺が経営を引き受けた『トスエル』は経営再建中。さっき説明したように、黒字転換を確実にする前に貴重な労働力を失うのは、非常にマズい。
よって、従業員としての利益と、経営者としての利益を追求した結果、これが最善だと判断した。
とはいえ、客観的に見りゃ俺個人が大損していることは確かだ。従業員としての給料と、コンサルタント業務で要求できる報酬を加えたとしても、金貨20枚にゃ到底届かねぇんだからな。
俺が一方的に財産を失ったのを、看板娘が納得しねぇのもわかる。
「俺が給料をもらうためであり、それにはこの店が繁盛する必要があり、そのためにお前が必要だった。ただそれだけの話だ」
だが、納得とか知らん。
俺はあくまで、この屁理屈を貫き通す。
だって、ダセェだろ?
俺が困ってたあの日に拾ってもらった恩返しだ、なんて。
俺が馬鹿で間抜けでお人好しなお前らを気に入ったからだ、なんて。
俺が適当な演技で放った罵声を気にして、店の借金問題に関わらせねぇようにしようとしてたのがイラついたから、なんて。
ぼっちで人でなしで嫌われ者な俺の、まるっきりキャラじゃねぇこと、言えるわけがねぇ。
実際、『トスエル』にゃ感謝してるよ。
無理矢理俺をここに引っ張ってきた看板娘には、特に。
ここで働いてなきゃ、俺はスキルのレベル上げをする機会がなかった。『大気浸食』を試す機会もなかった。おまけに、【普通】の新たな特性に気づくこともなかった。
普通じゃありえねぇほどの『自由』を俺に与えてくれた『トスエル』だからこそ、短期間でこれだけのことに気づくことが出来たんだ。
それだけじゃねぇ。
今後、俺がどんな国や町を訪れたとしても、『トスエル』みてぇな店には出会えなかっただろう。
言葉にすんのは抵抗があるが、『トスエル』は『家』だ。
ちょっと危機感が足りねぇが、温かく、寛容で、居心地のいい『家』。
ついぞ『家族』に感じることのなかった『愛情』や『安らぎ』を、『トスエル』とコイツらから学ぶことが出来た。
ドがつくほどの、どうしようもねぇお人好しだった看板娘たちだったからこそ、俺は人の『優しさ』に触れることが出来た。
俺がずっと抱き続けていた、俺を含めた人間って生き物全部が、醜くて愚かで救いようのねぇ存在だっつう固定観念を、否定するきっかけになった。
どれもこれも、『トスエル』じゃなきゃ得られなかったもの。
看板娘が俺を見つけて拾ってくれたから、俺はさらに前へ進むことが出来る。
ぜってぇ本人らには言わねぇが、恩と感謝は確かに感じているし、今後忘れるつもりもねぇ。
だから、この店の、看板娘の助けになんなら、金貨20枚程度惜しくはない。
結局俺も、さんざんバカにし続けた看板娘の甘さに絆されたバカだ、っつうことだよ。
そんな本音を隠す建前が、「仕事だから」って理由。
家族を顧みない仕事人間みてぇな言い訳だが、他にいい理由が思いつかなかったし、何を聞かれようがもうこれで通す。
天の邪鬼? 知ってるよ。
ただしツンデレって言った奴は無条件でぶっ殺す。
「なによ、それ……」
表情を変えない俺の言い訳を聞き、看板娘はうつむいてしまう。
「そんな、私だってどう考えてもおかしいって気づくような屁理屈を、信じろっていうの?」
「屁理屈も何も、事実だからな」
「うそ」
「嘘じゃねぇさ」
「うそつきっ!!」
瞬間、看板娘は俺の服を両手で掴み、睨み上げた。
その瞳には、大粒の涙があふれ、頬を伝っていた。
「私たちの関係は、『雇用者』と『労働者』の関係でしかないって言ったのは、ヘイトじゃない!! ただの『労働者』が、単なる仕事上の付き合いしかない『雇用者』のために、『仕事だから』あんな大金を出すなんて、あるわけないじゃない!!」
「あったじゃねぇか。さっき。ここで。だから、ありえねぇ話じゃない」
「それも屁理屈っ!! もううんざりなのよ!! そもそも、私はヘイトに助けて欲しいなんて言ったことない!! 思ったこともない!! それなのに、勝手に出てきて、ミューカスさんに楯突いて、怒らせて!! 今以上に『トスエル』が目を付けられたらどうしてくれるのよ!!」
「簡単な話だ。『トスエル』が他の商会に目を付けられても、簡単に崩れない店になればいい。今はちょうど客が戻り始め、繁盛の兆しが見える黎明期だ。この勢いを最低でも維持し、さらに興隆させれば、チール商会を凌ぐ金と発言力を得ることが出来る」
「簡単に言わないでよ!! 相手は大商会で、こっちはちっぽけな町宿でしかないんだよ!? 私だって、もう何も知らない馬鹿じゃない!! 商売がそんなに言うほど簡単じゃないことは、他でもないヘイトから教わった!! 無責任なこと言って、いい加減な言葉で誤魔化して、私たちを振り回そうとするのはヤメテ!!」
「無責任とかいい加減かどうかは、結果を見てから判断しろよ。この店はまだ、始まったばかりだ。未来がどうなるかなんて、誰にもわからねぇ。っつうか、夢物語にせよ現実にせよ、こんな不毛な口論を続けるよか、目の前にある仕事に取り組む方がよっぽど有意義だと思うがな?」
「話を逸らさないで!! 私はもう何もしないでって言いたいの!! ヘイトがやることは、みんなろくでもないことばかり!! 私たちのためになるって、本気で思ってるの!? それこそ、ヘイトが前に言ってた『善意の押しつけ』だよ!!
ヘイトが考えて行動することは、全部周りにいるこっちが迷惑するの!! 自分たちのことは、自分たちでやる!! もう私たち家族に関わらないで!! 何も関係ないくせに、私たちの事情に首を突っ込まないでよ!!」
「はぁ~、ったく……」
俺は打てば響く返しをしてくる看板娘に、頭をかきながらどうしたもんかと悩む。
さっさと話を終わらせて仕事しようと思ってたのに、さっきからさんざんなこき下ろしようだな。
あれか? 新年会の時の『馴れ合うなウゼェ』発言が原因か? 俺に関わらせねぇようにするためだったとはいえ、どんだけ反感買ったんだよ?
思えば、看板娘もああ言えばこう言う、いい性格になったもんだ。最初に出会ったときのかわいげはどこ行ったんだろうなぁ?
まったく、口ばっかり達者になっちまって。いったい誰に似たんだか。
「『さっきから屁理屈ばっか、ウダウダうっせぇ』ぞ。『細かいことは気にしねぇ質だ』っつったのはどこのどいつだったっけなぁ?」
「えっ…………?」
とはいえ、これは何の益にもならない不毛な争いだ。さっさと終わらせねぇと、このままじゃ夜の仕事の準備が間に合わねぇ。
何より、この話を続けることで、俺のこっぱずかしい内心を悟られちまうのがキツい。
だから俺は、何かに気づいて言葉を飲み込んだ看板娘に、告げた。
「それに何だ? 俺の行動が『善意の押しつけ』だぁ? お前らのそれと一緒にすんじゃねぇよ。俺は俺がやるべきだと思ったことしかしねぇ。お前らが俺の言動でどう思おうが、知ったこっちゃねぇんだよ。
さっきから言ってるが、俺は『仕事だから』やっただけ。変に勘違いしてんのはそっちだろうが。俺は誰かに好かれようと思って行動なんかしねぇ。俺は俺だけのために動く。今までもそうだったし、これからもそれは変わらねぇ」
これも、嘘は何一つ言ってねぇ。
俺がやりたいからやった。
看板娘たちがどう思おうが関係なく、俺が看板娘たちを助けたいから、やった。
見返りなんか、最初から何一つ求めていない。
だから、あの時言った『善意の押しつけ』とは違う。
「それでも納得できねぇなら、『善意の押しつけ』ってことで構いやしねぇさ。俺の言動に何を感じ、どう受け止めようがお前の勝手だからな。お前らとは関係ねぇ俺がどうこう言える筋合いはねぇし、口出しする権利もねぇ」
一度言葉を区切り、俺は看板娘と目を合わせた。
口を半開きにし、乾ききってない涙の筋を残したまま、呆然と見上げる間抜け面と相対する。
「だが、これだけは言わせてもらうぞ、頑固娘」
「あうっ」
あまりにもキョトンとしてたから、俺は看板娘の額を人差し指で軽く小突いた。反動でのけぞり、困惑して見上げてくる涙目が余計に潤む。
どんな感情で喚き散らしてたのかは知らねぇが、やっぱ言われっぱなしは性に合わねぇ。
それなりの意趣返しはさせてもらうぜ?
「『人からの厚意はありがたく受け取っとくもん』だ。『他人を疑うだけじゃ疲れるだけ』だぞ?」
「っ!?」
俺のちょっとした皮肉に気づいたらしい。
看板娘は体を硬直させ、息を呑んだ。
「お前らにとっちゃどれだけろくでもなくて、『善意の押しつけ』で、追い出したくなるほど迷惑でも、俺は俺が正しいと思った『厚意』を止めねぇ。
俺は『トスエル』と関係ねぇけど、『トスエル』を守るために行動し続ける。『仕事だから』、な。
今度どら息子が来ても、何度でも追い払ってやる。店に圧力をかけられても、どんな手を使っても何とかしてやる。失敗したら、責任は全部俺がひっ被ってやる。
それが、俺の引き受けたと思ってる『仕事』で、お前らからの理解が得られなくとも『トスエル』の利益になるよう動き続ける理由だ。
だから、俺はここを解雇されるまで、俺の与えられた『仕事』を、俺なりのやり方で果たすだけ。本気で嫌なら、今すぐ俺を追いだせ。文句は言わねぇよ」
……うっわ、くっせ。
自分でも格好つけてんの丸わかりだから普通にキモいな。
さんざん貶された当てつけと意趣返しのつもりが、自爆ブーメランだったっつうオチかよ。
ホント、俺って締まらねぇな。
「これで満足か?」
「あっ…………」
自然と漏れ出た自嘲の笑みを取り繕い、ついでに看板娘の視線を遮るため、俺は咄嗟に看板娘の頭に手を置いた。
それから数回軽くポンポンと叩いて、そのまま横を通り過ぎる。
「おい、頑固オヤジ」
「……はっ!?」
表情には出さない羞恥に内心悶絶しつつ、何故か看板娘同様硬直したまま動かない頑固オヤジに話しかけた。ママさんはまだ放心してるみてぇだから、そっとしておいた方がいいだろ。
で、まだ握ったままだった包丁片手に振り返った頑固オヤジに、俺は手のひらを差し出した。
「夜の買い出し行ってくるから、金」
「え? あ……」
すると、頑固オヤジはさっきまで看板娘が計算していた会計の袋から出された銀貨に視線をやった。
ああ、それを勝手に使えってことね。
とにかくこの場から逃げ出したい一心で机に近づき、買い足す商品の合計を算出して銀貨をポケットに突っ込んだ。
そして、逃げるように店を後にし、しばらく歩いてから天を仰いだ。
「……新年会の日以上に、やっちまった気がする…………」
勢い任せだったとはいえ、自分の発言でダメージ受けすぎだっつうの。
ったく、俺って奴はいつまで経っても、調子に乗ったらろくなことになんねぇな。
次もし、似たようなことがあったとしたら、ぜってぇにやらかさねぇようにしてやる!
…………何度も同じようなことやらかしてる以上、今度もやっちまいそうな気がしてならねぇけどな。
テンション上がったら自爆する、っつう性格的欠点の改善方法を模索しつつ、俺は夜の仕込みに間に合うように店を転々と周り、食材を集めていった。
その際、自業自得の腹いせで会計を値切りに値切ってやり、全部の店を半泣きにさせてやった。
まだ計算上過払い金が残ってた店ばっかだから、問題ねぇだろ。多分。
タイトルの『返心』とは、
・ヘイト君が本心を隠して裏に返す。(ただの天の邪鬼)
・看板娘ちゃんがヘイト君の厚意を返そうとする。
・それを受けてヘイト君が看板娘ちゃんの過去の発言を返す。(意趣返し)
・それが逆にヘイト君の心に返ってダメージを受ける。(失敗して自爆)
という意味が込められた、この話を統括した造語です。
タイトルが思いつかなかったので、言葉遊びみたいなものですね。作者はこういうのは好きな方です。今後はなるべくやらないようにしますけど(苦笑)。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)
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