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74話 揚げ足

「さっきからグダグダグダグダ、絵に描いたような三文芝居を見せられるこっちの身にもなってみろ。退屈を通り越してあくびが出るわ」


 注目が一気に集まったのを見計らい、台拭きをテーブルに置いてゴークと看板娘に近寄る。


 ゴーク一派は明確な不審を瞳に宿し、『トスエル』一家は全員が驚愕の表情で俺を見つめた。


 まあ、全く関係ねぇ部外者がいきなり舞台に上がってきたら、そら驚くわな。


 もっとも?


 部外者っつうのは、あくまで『俺個人』の話。


 当事者間(コイツら)の問題にゃ無関係でも、『給料未払いの従業員』兼『経営コンサルタント』としちゃ、黙って見過ごすわけにはいかねぇんだよ。


「……何をわけのわからんことを。貴様、私を誰だと思っている?」


「親の七光りで調子に乗ったどら息子だろ?」


「なあっ!?」


 あ、やべ。


 ゴークが、誰だコイツ? みたいな目で見てきたから、ついつい本音が。


 こういう場面の俺って、案外迂闊(うかつ)


 ま、いいか。


 コイツからの好感度なんていらねぇし。


「き、貴様っ! チール商会の次期会長に向かって、なんたる暴言をっ!」


「『次期』なんだろ? なら、まだ商会の実権はアンタのオヤジが握ってるってこと。役職がそこそこ高いとはいえ、アンタはまだまだ商会の一員でしかねぇ。つまり、アンタが会長の役職名を使い、でかい顔して偉そうにする理由にゃならねぇ。だろ?」


「ふざけるなっ! 私への侮辱は、我がチール商会への侮辱と同義だぞ!?」


「そう思ってんのはアンタだけだよ。町ではびこるアンタの風評、聞いたことねぇのか?

 横暴、自己中、無能、デブ、口臭い、魔物、色ボケ、デブ、短足、薄らハゲ、醜男(ぶおとこ)、デブ、社会のゴミ、人間のクズ、レイトノルフの恥、デブ、チール商会最大の汚点、業績悪化の根源、有機産業廃棄物、デブ、出来損ない、出涸(でが)らし、失敗作などなど。

 そこかしこで聞くアンタの噂は、どれもろくでもねぇもんばかりだぞ?」


「さすがにそこまで言われておらんわ!! 私が知らないと思ってだいぶ盛ったな、貴様!! それに、さっきから何度もデブだけ連呼しおって!! こちらはちゃんと気づいているぞ!!」


 あ、そう。気づいてんならいいや。


 確かに、町で聞いた直接の噂は最初の三つくらいだったけど、全部事実なんだから別に問題なくね?


 デブを合間に挟んだのは、あれだ、つなぎだ。


 一般の噂、客観的性質、外見的欠点、社会的評価、社内評価を三つずつ順番に並べたが、それだけじゃわかりづらいだろ? だから、『デブ』で区切ってつなぎにしたんだよ。


 まったく、理解力の乏しいハゲ頭でも記憶に残るように、っつう俺の配慮をわかってねぇな? そんなんだから毛が抜けるんだよ。


「まあ、それはどうでもいいとして」


「どうでもよくあるか!! さんざん私を侮辱して、ただで済むと思っているのか!?」


 ゴークが臭ぇ口を開いてプギュプギュ(わめ)いている間に、俺はゴークと張りぼて冒険者の前まで歩き、ポケットに手を突っ込んだまま正面から相対する。


 位置的には、ちょうど俺の体でゴークの視線を(さえぎ)り、看板娘を背に隠した感じになる。


 それに、暴言については本当にどうでもいい。


 この時点で、暴言に込めた役割はすべて果たされたんだからな。


『カット』なんてコイツらにとっちゃ意味不明の言葉をかけたり、ゴーク相手に必要以上に暴言を吐いたりしたのは、意識を看板娘から俺へと集中させるため。


 つまり場の主導権を得て、全員の思考と行動を阻害するのが目的だった。


 もし、俺が近づく前にゴークが冒険者に指示を出し、看板娘を物理的に捕獲してりゃ、こっちは手出しが難しくなってただろう。


 実力行使による拉致誘拐を未然に防止するなら、相手より先に庇護対象の身柄を確保出来れば、護衛側(こっち)はかなりやりやすくなる。


 そして、敵より先に看板娘を保護出来る場所に来た今、俺は傍観者の立ち位置よりも庇護対象を断然守りやすくなった。


 このように、ゴークの先制を許す判断や行動を取らせないよう、暴言を使って思考を鈍らせる目的が一つ。


 もう一つは、庇護対象が自ら敵対勢力の下へ行くことを防ぐため。


 良くも悪くも、看板娘は覚悟を決めてゴークについて行くことを決めていたわけだから、下手に声をかけて引き留めようとしても止まらなかったはずだ。


 だからこそ、看板娘にとって予想外な行動を取ることで、わずかにでも思考を停止させ、行動を制限させた。


 結果、看板娘は突然の俺の介入により、目を丸くしたまま一歩も動かなかった。で、看板娘の進路を体で塞ぐことにより、身投げ同然の面倒臭ぇ行為を阻止することも可能になった。


 余裕を装ってゆっくり歩いたのも、俺の目的が『看板娘の保護』だっつうことをすぐにわかりにくくするため。もし血相変えて看板娘に駆け寄れば、それこそゴークに俺の狙いがダダ漏れだっただろうしな。


 (はた)から見れば、俺は怖いもの知らずで言いたい放題抜かす不遜(ふそん)なガキ、あるいは社会的地位を含む力関係の理解できないアホに見えているはずだ。


 怒り心頭なゴークの形相(ぎょうそう)と、その背後に控える冒険者の呆れ顔がそれを証明している。ついでに俺を(あなど)ってくれてりゃ、暴力沙汰になっても相手の虚を突ける分、荒事への優位も得られる。


 以上。敵愾心(ヘイト)を集めた暴言+αの理由終わり。


 後はいつも通りだ。


 今回は、毒を盛って毒を制す、って感じになるか?


 そっちが屁理屈をこねるなら、こっちはそれ以上の屁理屈をこねてやるよ。


「実際、『トスエル』が抱えてる借金っていくらなんだ? 俺は雇われ従業員だし、店主たちにも詳しく聞いてねぇから知らねぇんだけど?」


 最初は軽くジャブだ。


 最近練習中の《精神支配》で胡乱(うろん)な表情を作り、そっちが詐欺やってんじゃねぇのか、ああん? って感じでいちゃもんをつける。


 口にした台詞にも嘘は混じっていない。


 俺はママさんに雇われた従業員だし、借金についてママさんたちから詳しく事情を『聞いては』いない。


 これまでの営業収支を記憶し、借り入れ金額を把握したのは、『帳簿から()()()』得た情報だ。


 わざわざゴークに言う必要とかなかったけど、ほら、俺って正直者だし? 嘘つけねぇんだよな~。


「話を逸らすな!! しかも、ただの雇われだと!? そんな掃いて捨てるような有象無象が、私を虚仮(こけ)にしていいと思っているのか!?」


 おーおー、いい感じに話聞いてねぇな、こりゃ。


 怒りで我を忘れんのも結構だが、商談は感情よりも理性と機転と悪知恵が大事だぜ、次期会長さんよ?


「話を逸らしてんのはどっちだよ? 俺は、この店の借金はいくらだ? って聞いたよな? 何関係ねぇ話してんだ、あぁ?

 まさかアンタ、『トスエル』の借金総額を把握してねぇのか? もしそうだったら、確かに誤魔化(ごまか)さなきゃ格好悪ぃよな? 後退ハゲしい額と比例して抜けていった髪の毛のように記憶がなくなるなんて、無様以外の何物でもねぇんだし。

 ……もしかして、太りすぎた贅肉(ぜいにく)で鼓膜が塞がっちまって耳が聞こえねぇのか? それとも、俺の言葉が難しすぎて理解できなかったのか? それはわるかったでちゅね~? むずかちかったでちゅか~? ん~?」


「なっ!?」


 ここからは表情筋と他人の感情を逆撫(さかな)でするトレーニングだ。


 まず、見当違いの発言には「は? コイツ馬鹿なの?」みたいな怪訝(けげん)な表情からスタート。


 記憶のくだりで(あざけ)りを強くブレンドした笑みを浮かべ、贅肉のくだりでゴークを本気で心配するような表情に変化し、最後は赤ん坊を相手にするような幼児言葉と顔で、思いっきり馬鹿にしてやる。


 よい子のみんなも真似してみよう! 明日から立派な悪い子になれるぞ!


 冗談はさておき、こんな扱いなんて受けたことがねぇんだろう。ゴークはすぐに怒りを爆発させず、絶句したまま固まっちまった。


 あ、背後の冒険者が小さく吹き出した。おいおい、(こら)え性がねぇな。気づかれてたら雇い主(ゴーク)への心証が落ちて給料減るぞ、いいのか?


「何だ、耳はばっちり聞こえてるし、言葉も理解出来てんじゃねぇか。紛らわしい真似してんじゃねぇよ。

 それとも何か? 俺や護衛たちの前じゃ言えねぇような、怪しい契約を結んだんじゃねぇだろうな? あー、なるほど、それだったら言えねぇわな。ここは『イガルト王国』なんだし、不正な契約をおおっぴらに言いふらすことは出来ねぇもんな?

 特に冒険者の前で違法契約の話なんてしちまえば、協会の情報網ですぐにイガルト国王まで伝わっちまう可能性があるし? そうなっちまうと、違法契約による王国法違反でアンタは逮捕、最悪チール商会も解体されるリスクがあるしなぁ?

 いやぁ、悪い悪い。本当にそうなら、自己保身は大事だよな? 俺はただの雇われ従業員で、掃いて捨てるほどいる有象無象の一人だから、全く学がなくてなぁ? そこまで考えが回らなかったよ。本当にすまんと思ってる、謝るよ」


「……ふっ、ふざけるなぁっ!!!! 貴様こそ適当なことを言って論点をずらし、いたずらに我が商会の名誉を(おとし)めようとしている詐欺師ではないか!!!!」


 滑らかすぎる毒舌が今日も絶好調で展開されていると、途中からようやく我を取り戻したらしい。


 ゴークは瞬間湯沸かしみてぇに顔を真っ赤に染め上げ、ハゲ頭にいくつも青筋を浮かべて爆発した。


「え? 俺はあくまで個人的見解や可能性を述べただけであって、それが事実だとは一言も言ってねぇけど? それに、本当にやましいことがねぇのならそこまでキレる必要ねぇじゃんか? おまけに、『貴様こそ』って言い方だと、暗にアンタも詐欺師みてぇなもんだ、って自覚あるみてぇに聞こえるけど、そこんところどうなの?」


「ばっ!? 馬鹿を言うなっ!!」


 口はすっげぇ悪かったけど、俺の言い回しはほぼ疑問系で仮定の話。どれもこれも『もしも』を前提にしており、断言はしていなかった。


 それを取り上げて『チール商会の不名誉』と言い切った、っつうことは俺の発言のどれかに心当たりがあるってことだ。


 語気を荒らげたタイミング的に、ゴークが反応したのは王国法違反うんぬんの流れ。会話の流れからしてそれは明白であり、冒険者たちの目に不審の色が宿る。


 決定的なのは、『貴様こそ』って言葉。


 言い換えれば、『自分よりもよっぽど』ってこと。


 つまり、ゴークには多少なりとも『他人を騙している』っつう意識があるって言ってるようなもんだ。


「そうじゃねぇなら、証拠を見せてくれよ。借金の取り立てにくるくらいだから、契約書くらい持参してんだろ? 減るもんじゃねぇし、やましいところがないんだったら、部外者である俺や冒険者(ごえい)にも見せられるはずだ。

 別に拒否してもいいんだぜ? 他人に見せられねぇ契約書じゃ、公開するわけにはいかねぇもんな? 俺はともかく、冒険者の前で違法契約の証拠なんて出しちまったら、町一番程度の商会ごとき潰されちまうのも時間の問題だろうからさぁ?」


「ぐっ、ぎ、ぎざまぁ……!!」


 歯ぎしりしつつ血走らせた目を()き、ゴークは余計に頭へ血を上らせた。ついでに、ゴークの背後にいる冒険者は瞳に疑念の色を濃くする。


 ゴブリン並の単細胞でも、俺の説明で状況はわかったようだな。


 ここで契約書を開示しなけりゃ、チール商会が潰れる可能性が高い、っつうことに。


 あれだけゴーク、ひいてはチール商会に『詐欺』や『違法契約』をしている、っつう嫌疑と悪印象を与えたんだ。


 ここで契約書を出し渋るっつうことはすなわち、ゴークが国に対して後ろ暗い何かをしたと暴露しちまうようなもの。


 そうなっちまった場合、国と密接な協力関係にある冒険者協会所属の冒険者(ごえい)が、王国と地方商会を天秤に掛ければ、どっちに肩入れするかなんて目に見えてる。


 護衛依頼が終わるか、下手すりゃすぐにでも、冒険者たちは協会に違法容疑の情報を回すだろう。イガルト王国へ貢献し、点数稼ぎをするために。


 何せ、所属国の法規を遵守(じゅんしゅ)し報告するってのも、協会の規約で定められた冒険者の義務だからな。


 専属で雇われて癒着(ゆちゃく)バリバリだったらまだしも、依頼の繋がりでしかねぇゴークと共倒れするような冒険者はまずいねぇ。違反者は冒険者資格剥奪の上、隠蔽幇助(ほうじょ)として庇った相手と同じ処罰を受けることになるからな。


 ちなみに、コイツらがゴークの専属じゃねぇと判断出来んのは、こんだけ俺が毒舌吐いてんのに、ゴークの指示がなきゃ動く気配がないからだ。


 専属護衛だったら雇用主からの覚えをよくするため、すでに俺をぶった切るくらいしてるだろうしな。というか幼児言葉の時点で動かず笑っちまってるんなら、専属護衛じゃねぇに決まってんだろ。


 とまあ、雇用関係上は冒険者(ごえい)はゴーク側だが、実質は俺と同じ『第三者』の立場。しかも、かなり遠いがクソ王への窓口を持つことから、ゴークの後ろにゃ間接的な査察官がついてるようなもんだ。


 最後だけ《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》も混ぜて冒険者どもの猜疑(さいぎ)心を(あお)ったから、ここで契約書を提示しなけりゃ確実にチール商会の疑惑はクソ王の耳に届くだろう。


 そうなりゃ破滅だぜ? 次期会長さん?


「……ふんっ! そんなに見たければ見るがいい! もっとも、私にやましいことなど何もないがなっ!!」


 キレ気味のまま、ゴークは服のポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出し、俺に向けて放り投げた。


 ……クシャクシャのシワまみれじゃねぇか。しかも床に放るなよ馬鹿野郎。仮にも商人なんだったら、契約書の重要性くらい理解しとけ。


 商人見習い以下のゴークに呆れかえりつつ、床に放られた契約書を片手で拾い、中身を確認していった。


 長い前フリになっちまったが、とりあえず第一目標はクリア。ここまでは、契約書を見るためだけに舌を回してたようなもんだし。


 何せ、契約書の書面確認は、この問題を処理する上で必須だったからな。


 ゴークのスポンジ脳からして、言葉の応酬で争う場ならぶっちゃけ何とでもなる。コイツ相手なら100%論破出来る自信があるし。


 そもそも、口論で勝たなくても金さえ用意出来たらそれでいい、って思うかもしれねぇが、相手がゴークじゃ道理が通じねぇからな。


 何しろゴークは、契約の段階からルール違反を平気で行ってくるような奴だぞ?


 こっちの情報不足を見越して利用し、後出しで追加の要求や文言を挿入し、ふっかけてきてもおかしくねぇ。


 もしママさんたちが金を用意出来、払っていたとして。金を受け取った後日、ゴークなら契約段階にはなかった利率をねつ造し、「まだ未払いがあるぞ?」っつう言いがかりを平気で突きつけてくるぞ。


 だからこそ、一度できっちり借金を終わらせるためには、後で屁理屈をこねられねぇために、この段階で契約書の契約内容を把握する必要がある。


 都合がいいことに、ここには冒険者っつう『王国寄りの第三者』がいるから、ゴークがこの場で契約条件を追加することはねぇ。んなことしたら、イガルト王国における契約法の現行犯だから、弁解の余地がなくなるからな。


「ーーってことで、『トスエル』との契約内容は以上でいいんだな?」


「ああそうだ!」


 拾い上げた契約書を読み上げ、ゴークに契約改竄(かいざん)は無理だぞ? ってのを暗に伝える。冒険者も聞いてたから、もう下手な誤魔化(ごまか)しは利かねぇ。


「じゃあ、借金総額は金貨10枚ってことでいいんだな?」


 そろそろゴークの顔を見るのも面倒になってきたから、さっさと済ませようと金額について言及する。


 すると、何を思ったのかゴークはニタァ、と粘つく笑みを浮かべた。キモい。


「何を言っているのだ? この店の借金は金貨20枚だぞ?」


 なるほど、そうきたか。


「なっ!? そんな馬鹿な!?」


「どういうことですか、ミューカスさん!? 私たちの家賃延滞や借金は、全部で金貨10枚のはずです!!」


 よく見るとゴブリンの方がハンサム? などとゴークの表情を分析していると、今まで静かだった頑固オヤジとママさんが悲鳴に近い声を上げた。


 そりゃ驚くわな。いきなり借金総額が二倍になったんだから。


 ま、とりあえずは向こうの言い分を聞いてみるとすっか。


「そこの生意気な従業員が読み上げていただろう? 『借入金には利率が(もう)けられ、返済時には利息が上乗せされる』、と。契約書にも書いており、貴様らも了承した内容だ。知らなかった、とは言わせんぞ?」


「確かに、そうした説明もお受けしていましたが、利息を含めた総額で金貨10枚のはずです! それがいきなり倍になるなんて、こちらは聞いておりません!」


「何だ、知らなかったのか? 貴様らと借金契約を交わしたすぐ後、チール商会で設定した利率が変動していたのだ。そちらの利率で算出したのが、金貨20枚だ。これは契約違反でも何でもない。確認を怠った貴様らの責任だ。そうだろう?」


「そんな……」


 ママさんが何とか食い下がろうとするが、ゴークはこれ見よがしのドヤ顔でふんぞり返った。


 ゴークの主張はかなりの屁理屈だが、契約上の問題は確かにないように見える。


 だってこの契約書、細かいところが雑で、後からどうとでも解釈できるような詐欺スレスレの内容なんだからな。


 ゴークが土壇場で引き上げた『利率』もそうだ。契約書には『利率』という言葉は記載されていても、具体的な数字は記載されていない。


 つまり、この契約でいう『利率』はチール商会ーーゴークの裁量次第で思いっきり変動しちまう仕組みになってんだよ。


 他にも、表現をぼかすことで後から揚げ足を取れそうな文面が散見されたが、ここで使えそうなのは『利率』しかなかった。ゴークはそれを利用し、どうにかして俺らに敗北と屈辱を与えたいらしい。


 とはいえ、ゴークの野郎は気づいてんのか知らねぇが、かなり際どい(かけ)に出たもんだ。


 ネドリアル獣王国の法じゃ脱法行為だから処罰は難しいが、イガルト王国の契約法に当てはめるとほぼ黒に染まったグレーだぞ、それ?


 俺らには勝ち誇った顔をしているが、冒険者の一人がメモを取り始めたのに、ゴークは気づいてねぇ。


 冒険者的にはアウトだったようだな。この話は協会を通し、クソ王のいる王都にも届くことだろう。どうやら、賭にはすでに半分負けたらしい。


 冒険者が証言集めに積極的なのは、ゴークと共倒れを防ぐためだな。不正の疑いが強い場にいながら、後に協会への報告を怠っていたら、護衛も同罪になっちまうんだし。


 後はチール商会とイガルト王国がどう判断して動くかだが、少なくともゴーク個人は終わったと見ていい。


 予想ルートは、会長から商会からの除名と勘当(かんどう)食らって放逐され、イガルト王国の牢にぶち込まれたあと奴隷身分の強制労働生活が妥当だな。


 そんだけたるみきった腹でどれだけ肉体労働が出来るか知らんが、まあがんばってくれ。


「ぎひゃひゃひゃひゃ! 滑稽(こっけい)だな店主! そもそも、その抗議自体意味がない! どの道、貴様らのような貧乏人には払えない金額に変わりはないのだからな! 借金が二倍になろうが三倍になろうが、金がない事実は(くつがえ)らんぞ? ならば、利率をどのように変えようが私の自由ではないか!!」


 あー、ここにきて失言も上乗せするか。『契約なんて知るか!』って言い切ったぞ、コイツ? 冒険者にもチェックされてっし、ゴークを見る目が明らかに厳しくなったな。


 さすが低脳(ゴーク)。調子に乗れば余計なことしか言わねぇ。これで契約法違反と、国家反逆か侮辱も乗っかったな、こりゃ。


 こうなりゃ、死んだ方がマシな処罰が下されてもおかしくねぇ。だってクソ王、清廉潔白(せいれんけっぱく)な俺とは真逆で性格最悪だし。


 ちょっと同情するわ。ドンマイ!


「もういいだろう? さっさとそこの娘をこちらへ引き渡せ! それが契約だったはずだぞ!? ぎひゃひゃひゃ、ひゃ?」


 なんか幸せなことをほざいているゴークに、心の中で幸運を祈ってやったところで、俺は汚ぇダミ声な高笑いの途中で一歩を踏み出した。


 そのまま無言でゴークとの距離を詰め、手を伸ばせば届く位置で立ち止まる。


「……何のつもりだ、貴様? 私に言いたいことでもあるのか?」


 (いぶか)しげに俺を見やるゴークには答えず、俺はポケットに突っ込んだままだった方の手を握りしめ、眼前に掲げた。


「な、なにを……っ!?」


 俺の様子にビビったゴークは、困惑しつつ後ずさった。その反応から護衛対象が危ないと思ったのか、一人の冒険者がゴークを背後へ誘導し、壁となった。


 睨み合う俺と冒険者の視線が鋭く研ぎ澄まされ、一触即発な空気が流れた瞬間。


 俺はそのまま握った拳を前に出し、()()()


「ほれ」


「…………は?」


 最初にそれを目にした冒険者は、目を丸くして口を半開きにした。


「…………ぇ?」


 次に声を上げたのは、看板娘だ。俺の横から顔を見せたと思うと、口元を押さえて息を詰まらせている。


『っ!?』


 最後に反応したのは、遠くにいた頑固おやじとママさんだ。娘同様、息を呑んで驚愕を隠せないのが空気でわかる。


 視線が集中する先は、俺の手のひらの上。


 そこには、推定100万円相当の金貨が、小銭感覚で姿を現していた。


「え、ええい! 何をしている! この無礼者をさっさと殺せ!」


 で、事情が飲み込めていない馬鹿(ゴーク)(わめ)くが、目の前の冒険者は違う行動に出る。


 冒険者は俺の意図を読みとり、さっと両手で受け皿を作った。直後、俺の手から滑り落ちた金貨が収まった。


「ちょっと待ってろよ~、っと」


 ただし、片手で握り込んだ分じゃ20枚には足りなかったから、俺は契約書を口にくわえて両手をポケットに突っ込む。


 そして、次々と握られた金貨が冒険者の手皿に移され、山と積み上がる。ギャーギャー騒ぐゴーク以外は、その光景を唖然(あぜん)とした表情で見ていた。


「じゃ、金貨20枚な? これで『トスエル(うち)』の債務はなくなり、契約通り履行(りこう)されたわけだ。なんか問題はあるか?」


「…………いや、ないな」


 金貨を銅貨みたいに取り出した俺の正気を疑うような表情で、ゴークの代理にさせられた冒険者はうなずきを返した。


 契約内容そのものが王国法に抵触しているが、お互いの同意の上で契約を履行した既成事実は作られた。こうして、最終的に債権者(ゴーク)が提示した条件を、債務者(おれ)が問題なく達成出来たわけだから、文句のつけようがねぇ。


「何っ!? ふざけるな! 勝手に話を進めて、いいと、……なぁっ!?!?」


 その台詞に驚いたゴークが回り込み、ようやく状況を飲み込めたらしい。護衛の手に山と積まれた金貨を目にし、ゴークは信じられないという豚顔を(さら)して口をあんぐり開けていた。


「ば、ばかなっ!? ありえんっ!! ありえんぞっ!!」


「何いってんだアンタ? 貸した金が返済されて利益が上がったんだぞ? 驚いてないでもっと喜べよ?」


「うるさいっ!! 金など、何もしなくても集まってくるのだ!! さして重要なわけがあるまい!!」


「利益至上主義を掲げる商会の一員であるアンタが、商会に納める売り上げ以上に必要なものがあるって断言しちまうのか? 本当に商売人か、アンタ? っつか、商売する気があんのか? 商売舐めてんだろ、なぁ?

 そんな心構えで、よく『次期会長』なんて恥ずかしげもなくいえたもんだな、おい? その台詞、現会長であるアンタの親父の前でも言ってみろよ? きっと面白いことになるぜ? チール商会にゃ、アンタよりよほど優秀な後継者候補が、いくらでもいるんだからなぁ?」


「なっ!? なっ!? なあっ!?!?」


 まさか、直前にふっかけて倍にした借金を返済出来ると思ってなかったのか。テンパってまた失言を重ねたゴークに、ここぞとばかりに揚げ足を取りまくる。


 まあ、本人が直接伝えなくとも、ゴークの護衛依頼を出したのがチール商会の会長なら、冒険者の口から筒抜けになるだろうけどな。


 このやりとりの裏でも冒険者チェックは続いてるところからして、護衛たちには会長から素行調査も依頼されてそうだ。


 そろそろ会長も、後継者を本格的に決めようとでもしてんのかねぇ? 別の誰かに後を継がせるための証拠集めってところか? ま、どうでもいいけど。


「っつか、まだいたのアンタ? もう用事は済んだんだろ? さっさと帰って仕事しろよ。それに、こっちだってまだ夜の仕込みとか準備とかが残ってんだ。早く帰ってくれた方が助かるんだけど?」


「わかった。では、俺たちはこれで失礼する。邪魔したな」


「ちょ、ちょっと待て! 何を勝手に決めているのだ!? こんな、こんなはずではない!! 何かの間違いだ!! あ、こら!! 離せ!! 離せぇ~!!」


 うんざりした表情を作って護衛冒険者に告げると、こっちは聞き分けが非常によかった。二つ返事でうなずいて、うるさいゴークを引きずり店から出ていってくれた。


 やっぱり、冒険者の雇い主は会長(ちちおや)か。なら、ゴークの命令を聞く必要はねぇわな。


 そうして、両脇を抱えられたゴークは、浮いた足をばたつかせながら俺らの前から姿を消した。




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名前:ヘイト(平渚)

LV:1(【固定】)

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常(【普通】)


生命力:1/1(【固定】)

魔力:1/1(0/0【固定】)


筋力:1(【固定】)

耐久力:1(【固定】)

知力:1(【固定】)

俊敏:1(【固定】)

運:1(【固定】)


保有スキル(【固定】)

(【普通】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)

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