72話 よみがえる活気
「オーダー! 1がビール三と肉が五! 3がエール二とスープが三! 4が魚三! 6が果実酒三とチーズが二と肉四! 最後に8がビールとエールとワインが一ずつでパンが四だ!」
「わかった! 他にねぇならとりあえずお前はそれ運べ!」
「わあってるよ!」
その日の夜。
俺たちは店ん中で怒号を響かせ、慌ただしく走り回っていた。
「あいよ! 肉と魚メイン、お待ちどう!」
「お、ようやくきたか!」
「お~い! こっちも注文いいか~!?」
「は~い! ただいま向かいま~す!」
頑固オヤジの料理を配膳したそばから追加注文が飛び交い、調理役と同じくらい給仕役も休む暇がねぇ。
ちょうど俺が料理を置いたテーブルの近くで手が上がり、営業スマイルを浮かべながらそちらへ走る。
視界の端には、俺と同様料理や注文を行ったり来たりさせる看板娘やママさんの姿が。俺が教育した文字を駆使して伝票片手に走り回り、きちんと注文を把握しているようで何よりだ。
ちょっと前まで客ゼロでガラガラだった時期が懐かしいぜ。
「やあ、席空いてるかい?」
「あ、いらっしゃい! こちらの席へどうぞ!」
とか思ってたら、また新規の客がお目見えだ。
入り口近くで追加注文を聞いていた看板娘が笑顔で出迎え、かろうじて空席だったテーブルを指す。
……げぇ、八人かよ。どいつもこいつも酒飲みみてぇな顔しやがって。あの顔からして、依頼終わりの冒険者パーティだろうな。う~わ~、疲れそ~。
次から次へと押し寄せる冒険者の客にげんなりする。雇われかつ深夜の『副業』を控えている身としては、あまり繁盛しすぎるのも問題なんだけどなぁ。
俺の心情とは対照的に、『トスエル』一家の表情は三人とも明るい。掃除で時間を過ごすしかなかったちょっと前の表情と比べれば、ずいぶんと生き生きしてやがる。
絵に描いたような目の回る忙しさに、看板娘も、ママさんも、頑固オヤジでさえも、この状況を心から楽しんで喜んでいるのがわかった。
……わかるからこそ、俺だけしんどいとかだるいとか言いづらいんだがな。
最近は《精神支配》が遠因でやらかすことが多かったが、この状況下では逆に《精神支配》があって助かっている。一人だけ文句たらたらな顔で接客してたら、ママさんや頑固オヤジから檄を飛ばされそうだ。
見ての通り、『副業』の方も順調に稼げているが、こっちの本業もかなり調子を取り戻しつつある。
だいたい、年明けして一週間くらい経った頃から、徐々に客足が戻り始めて今じゃ連日満員御礼だ。新しい従業員が欲しい。切に。
数週間は客がほぼゼロだった『トスエル』が、急にここまで活気づいた理由は、そう難しいことはねぇ。
レイトノルフに存在する『宿屋』、あるいは『飲食店』の中で、『トスエル』がトップクラスにリーズナブルで質が高い店だと、ようやく客が気づいたからだ。
厳密には、俺が無理矢理気づかせてやった、ってところなんだかな。
俺がきた当初、経営手腕はボロボロ以下だった『トスエル』だが、提供するサービスそのものは何ら問題なかった。
むしろ、他店と比べるとやり過ぎだと思えるくらい、この地域の客の嗜好や要望を徹底的に研究し、不満や不便を感じさせないサービスを提供していたくらいだ。
そこから、『トスエル』の問題は経理を主とする『経営手腕』のみだと判断し、ある経営再建プランを組み立てた。
ズバリ、『とりあえずお前ら世間を見回して出直してこい』作戦だ。単純に長い上、おもっくそ上から目線なのは何様だ、っつう文句は一切受けつけてねぇからあしからず。
具体的に何しようとしたかっつうと、会計を詐欺って『トスエル』を安く利用していた馬鹿どもに、他の店との違いを比較させて『トスエル』の価値を再認識させたんだよ。
今までずっと、詐欺会計によりアホみたいに安い金で飲み食いしていた客は、『トスエル』を『タダ同然で飲み食いさせてくれるバカな店』と認識していたはずだ。
そうなると、詐欺会計を働く元常連は、『トスエル』以外の飲食店を利用する機会は相当減っていただろう。
圧倒的に安い価格で飯が食える飲食店があんのに、わざわざ他の店に行く理由がねぇんだからな。
また、『トスエル』は宿屋と兼業っつうことで、ついでに宿泊を利用していた奴らもいたはずだ。
レイトノルフにいる冒険者のほとんどは家持ちらしいが、飲み過ぎて足下が覚束ねぇ状態になると、そのまま宿泊することもザラにある。よって、宿屋料金が若干高いにも関わらず、宿泊客も絶えなかった、と。
そうした状況がずっと続いた結果、『トスエル』を利用していた冒険者たちの認識は『トスエル』のサービスが『普通』の基準になっていた。
安い飲食代も、料理の味も、宿屋のサービスの質も、頻繁に利用していた『トスエル』が一般的だと、無意識に思い込んでいった。
そんな中で現れたのが、俺という厄介者。
安いから来てやってるってのに勝手に値上げをし、いつものように会計を誤魔化そうとしたら口うるさく毒舌を吐く。
ついでに、何故か絡んだ奴らがことごとく筋肉痛で恥をかき、酷いとダンジョンで死ぬっつうオプション付き。
冒険者からしたら、そんな面倒で縁起の悪ぃ奴がいる店なんて、足が遠のくのも当然だ。
自然と、冒険者は『トスエル』とは違う別の店を利用し始めるだろう。
一段も二段も質が落ちる、レイトノルフの飯屋をな。
俺自身は利用したことねぇけど、こっそり冒険者に仕込んだ《同調》越しに体感した他店は、ま~酷かった。
俺が『トスエル』の飯代として提示した価格と同額の飲食店では、調味料で素材の味を殺し、酒との相性を考えず、明らかに適当に作った感じの料理ばっかりだった。
一応、それ単体が決して不味い訳じゃねぇんだが、頑固オヤジの料理と比べるとどうしても質が落ちる。同じ食材、同じ調味料を使ってた料理もあったが、味が雲泥の差だった。
俺の設定した飯代と同価格帯でもそれだったんだから、冒険者が詐欺会計で払ってた金額と同等の飯屋なんて、家畜の餌同然の味だったよ。
反対に、『トスエル』と同じ質の飲食店を探した奴もいた。しかし、たいてい富裕層御用達の高級店ばかりで、とてもじゃねぇが一般冒険者に払える料金設定じゃねぇ。
加えて、詐欺会計なんてしようものなら、冒険者資格の前に物理的な首が飛ぶレベルの店ばっかだから、値段交渉も出来ねぇ。どうしても飯の質を我慢できなかった冒険者はそっちで飯食ってたが、すぐに金欠になってたな。
それくらい、料理人として頑固オヤジの腕が良く、料金設定がリーズナブルだった、ってことが客観的に証明されたことになる。俺が看板娘たちにさんざん「安すぎる」ってぼやいてたのは、俺の主観じゃなくて事実を言ってただけだ。
しかも、それは宿屋のレベルにおいても同じことが言えた。
ママさん曰く前の店と同じ料金設定、っつうことでレイトノルフの標準設定価格よりは高かったが、サービスの質を考えればむしろ安い。
特に良質だと言えるのは、普通の宿屋じゃやってねぇ過剰サービスだ。具体的には、夜中の燃料油や冬季の毛布提供、後は洗濯代行なんかがそうだ。
だって、どれもこれも割に合わねぇんだもんよ。洗濯代行は追加料金をもらっちゃいるが、手間と労力を考えれば本当にサービスみてぇな利益にしかなってねぇしな。
そうしたサービスを提供している宿屋となると、最低『トスエル』よりも二ランクは上の宿屋になる。必然、そこは基本宿泊料金もドンと上がり、冒険者が気軽に宿泊なんて出来やしねぇ。
そうした『本当の一般的な基準』に気づいた冒険者連中は、数週間の時間をかけてようやく『トスエル』の価値を再認識出来た。
故に、一度遠のいていた客足が、また『トスエル』に戻ってきたってわけだ。
以前、詐欺会計の摘発や《同調》+《神経支配》のお仕置きを『客の教育』っつってたが、世間一般の価格基準を教え込むっつう意味でも、『客の教育』を目論んでたんだよ。
で、もう一つの教育も、こうして見る限り成功したと言える。
「ごちそうさん。会計はいくらだ?」
「ありがとうございました! お会計は、銀貨4枚と銅貨60枚になります!」
「うわ、また食ったなぁ。ここの店、飯が美味いからついつい食い過ぎるんだよなぁ……」
「お褒めいただき光栄です! ではちょうどいただきます! またのご利用、お待ちしています!」
今、一つの冒険者グループが会計を済ませ、看板娘が笑顔で送り出していた。それを横目に見つつ、ちょっとだけ手が空いたため空席になった皿を下げるのを手伝う。
客がいなくなってからの数週間。
『トスエル』の教育水準はかなり向上した。
客を意図的に追い出し、『トスエル』への認識を改めさせている間に、俺が経営に必要だと思った基礎的な知識を教え込んだからだな。
そう。ここ数週間の空白期間は、客への教育期間であると同時に、『トスエル』への教育期間でもあった、っつうことだ。時間だけは余るほど作ってやったし、看板娘たちも集中して勉強出来ただろうぜ。
結果、頑固オヤジはともかく、ママさんと看板娘の成長が著しかった。砂漠に水を吸わせるように教えたことを吸収し、実用までに持って行くんだから教えがいがあったよ。
特に看板娘が使えるようになったことが大きい。家族で唯一数字を扱える希少な存在だから、将来の経営者を視野に入れて教育を施していった。
近隣国の純粋な人族の言語をいくつか、暗算による四則計算、礼儀作法などなど。この短期間でほぼ完璧に覚えたのは大したもんだ。元々の頭の出来がいいと、教えるこっちも楽でいい。
次点で、ママさんは計算こそダメだったが、文系分野では異常なほどの理解の早さを見せた。
各国の言語はもちろん、法律、文化、風習、特産品、家庭料理のレシピなど、言語・社会分野の吸収力がパない。正直、引くレベルだ。アンタ何で町宿の店主で満足してんの? ってレベルの優秀さだ。王宮で外交文官でもやりゃいいのに。
最後の頑固オヤジは、基礎的な知識を身につけるだけで精一杯で、もう何も考えずに鍋振っててくれ、って結論に至った。
あれだ、ゴブリンに大道芸を仕込むようなもんだったんだ。頑固オヤジは致命的に頭脳労働に向いていない。それだけがわかったんだから、もういいんじゃね?
ここまで『トスエル』一家を仕込んだのは、俺がいなくなっても店を回せるように、っつう経営コンサルタント業務の一環だな。
どうせ俺は臨時従業員であり、ここに永久就職するつもりはサラサラない。
かといって、看板娘たちが出来ねぇことを俺がただ代行してただけじゃ、『トスエル』の根本的な問題解決にはならねぇ。
だから、最低限のレベルでいいから自分たちで店の経営が出来るよう、短期間で育てる必要があった。
その手段として、一番手っ取り早くて都合がいいと思ったのが、危機感を煽った荒療治だ。
実体験から言わせてもらうと、『後がない』とか『死ぬかもしれない』っつう不安感があると、人間どんな状況でも死ぬ気でやれるもんだ。いや、マジで。
看板娘たちの場合、元々借金があったから漠然とした不安は抱いていたようだ。
が、アイツらには『破滅する未来』がはっきり目に見えてなかったため、楽観的な思考というか、悪い意味での余裕が残っていた。
それを潰すために、俺はわざと客を追い出すような真似をして、『トスエル』に明確な『経営破綻』のイメージを見せつけたんだよ。
案の定、貧乏暇なし状態からいきなり開店休業になっちまったからか、頑固オヤジもママさんも看板娘も、『店を守るため』っつう名目の勉強にかなり意欲的だった。
こうして結果にも繋がってんだから、作戦としては見事にはまったな。
ま、こんな博打みてぇな真似をしたのは、半分は俺の都合もあるんだけどな。
だって、考えてもみろよ?
俺が来た時と同じペースの仕事をしながら、看板娘たちにタラタラ勉強させて『トスエル』に残って、俺に何の得がある?
追跡の目を過剰に心配する必要はなくなったとはいえ、俺は事実上逃亡中の身だ。
一所に長居すればするほど、『俺』という存在を認知されることになる。
【普通】の『認識阻害』効果におけるデメリットを考えると、長期滞在は害になっても益にはならねぇことは明白だ。
重要なのは、他人から俺を認識されないよう、いかに短期間で町を離れるか。それがより早くなるほど、将来に見込める安全の幅は天地の差になるはずだ。
レイトノルフはもちろん、ひいては今後訪れる町でも同じことが言える。俺に定住の意思がねぇ限り、町はさっさと移動した方が身のためだ。
そうした思惑もあって、客の教育と並行して『トスエル』の教育も施せるよう、一時的に店を暇にさせたわけだ。
一応、今までの流れは全部俺の計算通り、ってことになるんだが、ちょっと客の来店ペースが想定よりも多くて、体力的にはかなり苦労している。
そりゃあ、頑固オヤジの料理に慣れちまって肥えた舌にゃ、他の店はキツいかもしんねぇけど、ほぼ毎日のペースでくるほどか?
単純に空腹を見たし、生きるためだけなら、『トスエル』よりももっと安い店に行けばいいだけだし、俺だったらそうするぞ?
残飯とかゲロとか血とか小便とかクソとか紙とか食うのと比べれば、多少味が劣る程度、我慢出来るんじゃね?
ったく、贅沢な奴らだぜ。
「お~い! 注文いいかぁ!?」
「はい、ただいま!」
あ~、早く終わんねぇかなぁ~? なんて考えつつ、変に身についてきた営業スマイルを浮かべ、テーブルの間を走り回る。
結局、今日も食材がなくなるまで仕事をさせられ、くたくたの状態で『餓狼の森山』に行く羽目になった。
最近こんなパターンばっかだよ。
ちょっとやりすぎたか、俺?
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)
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