70話 スキル調査その14
「おつかれー」
「…………」
到着したのは夜明け前。
ステータスの恩恵が消え、ちょっと袋の運搬に苦労しながら、検問担当の衛兵に挨拶をして通り過ぎる。
衛兵の意識ははっきりしてんのに、俺の姿など目に映っていないかのように棒立ちのまま無反応。そのまま審査もなしに町へと入ることが出来た。
ちょっと前までは、別の誰かになりすまして出入りしていたが、《魂蝕欺瞞》のレベルが上がってからは『俺を認識出来ない』ようにすることが可能となった。
っつうわけで、俺の町の出入りは今やフリーパスだ。スキルにかかってねぇ新しい衛兵が現れても、《魂蝕欺瞞》で声さえかけりゃ関係ねぇし、『通行税』の心配はほとんどなくなったと言っていい。
そういう意味じゃ、もはや俺にはレイトノルフに滞在する理由はほぼなくなっている。
俺が金を稼ごうとしたのは、町や国の出入りで必要だった『通行税』を工面するため。後はせいぜい、楽して早く移動するための馬車料金くらいだ。
最悪《魂蝕欺瞞》を使えば、入国審査も乗り合い馬車も誰にも悟られずにスルー出来るようになった以上、俺にとっちゃ金稼ぎは最優先事項じゃねぇ。
それでも未だこの町にとどまってんのは、『トスエル』の経営再建がまだ終わってねぇってのが一番だな。
俺の本来の仕事は『トスエル』の従業員なんだから、経営について気にする責任も義務もねぇ。
が、『トスエル』の経営を建て直さねぇと賃金が受け取れねぇと危惧して、金が必要だった俺が自分から請け負ったのが、経営管理だ。
頑固オヤジやママさんや看板娘に命令されたわけじゃなく、自分の意志で首を突っ込んだ案件を途中でほっぽり出すのは、無責任もいいところ。
さすがにそれは、人としてどうなんだ? って思うわけだ。
俺自身はどうしようもねぇろくでなしの自覚はあるが、人間のクズやカスになる気はねぇ。
特に、クソ王みてぇな奴らと同類になるのだけは、絶対にゴメンだからな。ある程度マシになるまでは、ちゃんと面倒見てやるつもりだ。
それ以外にも、『トスエル』一家には何かと世話になっているから、って理由もある。
正確には、なっちまってる、のが正しいか。
だってアイツら、家も金もねぇ俺に『トスエル』の居住スペースを使わせ、かつ給料とは別に飯まで毎回つけてくる。
ぶっちゃけ、俺にゃ過ぎた厚遇だ。雨風をしのぐ屋根も、生きるための食事も、《永久機関》があっから、必要不可欠な要素じゃねぇからな。
だが、これはそういう次元の問題じゃない。
俺がアイツらの『厚意』を、一定期間受けている、ってことが重要だ。
あのお人好し一家のことだ。どうせ俺への『厚意』も、見返りを求めてねぇに違いない。実際、店の経営とか何も考えてなかったし。
アイツらはそれで満足してんのかもしれねぇが、俺は違う。
受けちまった『厚意』ってのは、言い換えれば俺の『借り』だ。規模は違ぇが、イガルト王国の王城でやった精算と、根本は同じだな。
金であれ仇であれ恩であれ、借りたもんは返すのが筋だと、俺は思ってる。
で、俺はまだ、『トスエル』一家に今まで受けた『厚意』を返せる分だけの『借り』を返せてねぇ。
それが気持ち悪ぃから、残っているって面もある。
後は、俺がアイツらを嫌いじゃねぇ、ってこともあんのかもな。
町をうろついてた俺を拉致した看板娘、時々何考えてんだかわかんねぇママさん、いつまで経っても妻と娘に頭の上がらねぇ頑固オヤジ。
私情抜きに言や、商売の基礎すらなってねぇままサービス業に手ぇ出したバカ連中だが、それを補ってあまりある善良な人間性は、真逆の位置にいる俺にとっちゃ眩しくて、尊い。
騙されても、貧しくても、苦しくても、なお変わらずいられる、強い心の在り方。
俺の担任がそうであったように、脆く崩れやすい精神を持つ『人間』って生き物の誰しもが、やろうと思って出来ることじゃねぇ。
それを、息をするかのごとく当然に、己を見失わないでいられるアイツらが、俺は嫌いじゃない。
同時に、無知ってだけでその尊さが失われていくのは、非常にもったいねぇ。
アイツらに足りなかったのは、世を渡っていく知識と処世術。それ以外に必要な、人として大切なもんは、すでに十分なくらい身についている。
それを、他人の下らねぇいちゃもんで潰れるのは、気に入らねぇ。
俺がアイツらを教育してんのは、『借り』を返すって理由も半分ではあるが、もう半分はアイツらを簡単に潰しちまわないようにしたい、っつう俺の独りよがりだ。
ああいうお人好しのバカほど、愛おしく見えて放っておけねぇもんだ。俺みてぇなろくでなしでさえ、助けてやりてぇ、って思わせられるってのは、ある意味才能だな。
ま、あーだこーだ言っても、結局は俺が『トスエル』を見捨てられねぇだけ。
改めて見つめ直すと、我ながら甘いったらねぇな、おい?
でも、『普通』の日本人なら、当たり前の感性、か。
俺がクソ王みてぇな最底辺のクズに成り下がらねぇためにも、必要な要素だと思えばいい。
「よぉ、相変わらずみてぇだな?」
「おお、誰かさんのおかげでな。……待ってたぜ」
なんて、自分自身の甘さに気づいて内心で苦笑しつつ、俺はここ一ヶ月ほど世話になっている場所まで訪れていた。
それは、就活中に何度も通った露店通り。その中の一人、ほぼ浮浪者な身なりの男は口角をつり上げて俺を見上げた。
最近は昼間に商品を並べていることは少なくなり、夜明け前の数時間くらいしか店を構えなくなっている。
あん時は人もこなくてずいぶんピリピリしたムードが漂ってたもんだが、今じゃ薄笑いを浮かべられる程度には余裕が出てきたな。
「今日はどれくらいだ?」
「銀貨50、ってところか。だんだんアンタの持ち込み量が増えてっから、現金は増えても買い取りは追っつかねぇよ」
「道ばたで腐ってるよりマシだろ?」
「違ぇねぇ」
完全に小物臭がする笑いをこぼした露天商に、銀貨50枚分のダンジョン産『代謝草』、『魔源草』、『種』シリーズ、珍味類を渡していく。
「…………確かに。また頼むぜ?」
「こっちの台詞だ。うまくやれよ?」
「言われるまでもねぇさ」
宣言通りに銀貨50枚を受け取ると、言葉少なに露天商から離れる。同時に、背後の男はさっさと店じまいを始め、町の外へと歩き出した。
俺はというと、別の露天商で似たような会話をし、収穫物と引き替えに金をどんどん手元に集めていく。
《魂蝕欺瞞》も使わないまま、素顔でな。
別に、クソ王の目を気にする小細工が面倒臭ぇ! って自棄になったわけじゃねぇぞ?
これまでの生活で、《魂蝕欺瞞》にいちいち頼らなくとも、個人を特定させないことは出来るって気づいたからだ。
それを可能としたのが、まさかの【普通】だ。
ヒントは、城に出てからというもの、何度も感じてきた違和感。
誰も俺のことを『覚えていない』、正確には『覚えられない』ってことだな。
最初のきっかけは、城を出てすぐの商人のおっちゃんが、別れるまで俺の名前を何度も確認し、顔に特徴がねぇと言っていたこと。
そん時は、このおっちゃん商人のくせに大丈夫か? と思った程度だったが、決定的な出来事はレイトノルフに住んでから見えてきた。
『トスエル』に雇われてすぐ、看板娘に連れられて取引先へ顔出しに行った時だ。
一週間ほど就活でレイトノルフをかけずり回った俺は、自慢にならねぇがそこそこ顔は知られてると思っていた。
が、ほぼ一瞬だったとはいえ、色んな店を回ったはずの俺の顔を、誰一人覚えていなかった。
少なくねぇ『トスエル』の取引先の店、すべて。
最初はどうなってんだコイツら! って憤慨してたが、冷静になりゃおかしいと気づいた。
一人二人だったら『覚えてねぇ』ってのも理解できたが、俺と出会った人間全員が、口を揃えて『覚えてねぇ』なんて言うはずがねぇ。
何せ、俺の容姿は《魂蝕欺瞞》で『イセア人』に認識させていたんだぞ?
『イガルト王国』に全く馴染みのねぇ『イセア人』を『覚えてねぇ』なんて、あり得るのか?
地球の人種で例えると、わかりやすいかもしれねぇ。
イガルト王国でずっと活動していた俺は、いわば白人の中でただ一人の黒人だった、っつう感覚に等しい。
ならば必然的に、『白人』からしたら『黒人』ほど目立つ存在はねぇはずだ。
髪や瞳の色、骨格、目鼻立ちのパーツ、肌の色、使用言語のなまり、着ている服などなど。
人の特徴ってのは『自分』や『普通』から離れれば離れるほど、より際立って印象や記憶に残るもんだ。
なのに『覚えてねぇ』ってのは、明らかに異常といえる。
それも、人の縁を金に結びつけ、顔と名前を記憶するのも仕事の一つである『商人』までもが『覚えてねぇ』となると、記憶する側の問題とは別の、外的要因が働いたと考えるのが自然だ。
ってわけで、改めて考察した結果、【普通】が関与していた可能性が浮上したんだな。
まず、該当するケースを全部思い返してみると、共通して俺が使っていたと思われるスキルは《魂蝕欺瞞》と【普通】のみ。
その内、《魂蝕欺瞞》は『容姿の誤認識』に注力していて、『容姿の認識不可』なんて一度もしてねぇと断言できる。
必然的に、【普通】が何らかの効果をもたらした、って考えるのが筋だろう。
【普通】の可能性に思い至った俺は、次に『トスエル』の仕事の合間に様々な検証をしていった。
結果、どうやら【普通】には『認識阻害』とでも言うべき効果を有すると判明した。
調査方法は【普通】を発動した状態で、俺が何度も顔を合わせた客や、取引先の店主たちに話を聞くというもの。
すると、相手がどんな人種だろうが、俺の顔は『特徴がない顔』あるいは『のっぺらぼうみてぇな仮面』に見える、っつう証言がいくつも得られた。
そのことから、【普通】には『平均』から逸脱したあらゆる要素、つまり『個性』を排除する力が働くと考えられる。
これが『認識阻害』の正体だ。
言葉や絵など、あらゆる手段を用いても『普通』と表現するしかない、『無個性』に見せる効果を『認識阻害』と呼ばずして何て言う?
【普通】をほぼずっと全身に纏っていたため、俺はずっと、誰からも記憶に残らねぇ人間だったんだ。
ただ、どうやら【普通】の『認識阻害』にゃ欠点もあるらしい。
調査の過程で、看板娘にも話を聞いたことがあった。コイツは唯一、一発で俺を『ヘイト』だと特定した人間だったからな。話を聞かねぇ理由がねぇ。
すると、どうやら【普通】の効果が看板娘に効いてねぇわけじゃく、むしろ【普通】があったからこそ、看板娘は俺を『ヘイト』だと思ったらしい。
看板娘によると、あまりにも俺の顔が『無個性』で、記憶に残らなかったが故に印象に残った、って話だった。
つまり、俺という存在への『興味』や、俺へ傾ける『意識』が強いほど、【普通】の『認識阻害』は一つの『特徴』として強い印象付けを行っちまうらしい。
よって、【普通】の『認識阻害』が力を発揮するのは、すれ違っただけの人間とか、一瞬顔を合わせた人間だけで、それなりに面識のある人間にゃ効果が半減するんだな。
ま、欠点っつっても、結局は看板娘も俺の顔を詳しく説明できない、ってんだから、さほど大きな問題にゃならねぇだろうがな。
今までこの効果に気づけなかったのは、単純明快。
不特定多数の他人と、ほとんど会話していなかったことが原因だろう。
王城じゃイガルト人に人間扱いされてなかったし、『異世界人』と腰を据えて話す機会もなかった。そら気づけってのが無理な話だ。
そうして、俺はようやく【普通】の『認識阻害』を理解すると、これは大いに利用出来ると考えた。
【普通】は言い換えれば『俺を知っている特定の誰かにだけ、俺という人間を理解させられる』んだぜ?
これは追っ手の目を気にする俺に取っちゃ、かなりのアドバンテージだ。
つまりこの時点で、【普通】を維持して生活していた俺は、レイトノルフに至るまでの旅程で『誰の記憶にも残ってねぇ』可能性が非常に高い。
イコール、クソ王の追跡、っつうハードルが著しく下がったことを意味する。完全に行方をくらますことも、夢じゃなくなった。
加えて、『副業』で得たダンジョンの物品を、簡単に商人に売りつけることが出来るようになった。
俺が入っていたのは、レイトノルフの冒険者じゃ太刀打ち出来ねぇ難易度である『餓狼の森山』。
そっからしか採れねぇ物品を、毎日大量に店に売り払ってたら、ぜってぇ悪目立ちして怪しまれる。
だからこそ最初は、《魂蝕欺瞞》で会う奴全員、俺の記憶を消してた。
が、そんな小細工をしなくとも『認識阻害』で【普通】が解消してくれるとわかりゃ、手間が大幅に減って金策が非常に楽になった。
ほんと、ありがたい話だよ。
魔族の一件があって以降、【普通】の株が上がりすぎてヤベェ。
ユニークスキル、マジでパネェわ。
そんな【普通】を有効活用することで、一時間もしないうちに俺が集めたダンジョンアイテムは全部換金された。
同時に、浮浪者よろしく座り込んでいた露天商も全員消え、通りは静けさを取り戻す。
どうしてまともな商会じゃなく、あんな露天商なんかと取引してんのか、ってぇのも理由がある。
それは、さっき説明した以外の要素で、『副業』にゃめちゃくちゃ神経を使わなきゃならねぇからだ。
どういうことかっつうと、そう難しい話じゃねぇ。
実は、さっきの俺と露天商とのやり取り全部、立派な闇取引に相当するんだよ。
====================
名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV2》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV3》《神経支配LV3》《精神支配LV2》《永久機関LV3》《生体感知LV2》《同調LV3》)
====================