68話 新年
「え~、どっかのバカのせいで客は未だ戻ってこねぇが、それでも一年を過ごすことが出来た。それも、ミルダやシエナがいてくれたおかげだ。これからの一年も、家族一緒にがんばっていこう。乾杯!」
『乾杯!』
さらっと『どっかのバカ』呼ばわりで存在をほぼスルーされた頑固オヤジの挨拶の後、相変わらずガラガラな『トスエル』で、ちょっとした宴会が始まった。
四つのグラスがかち合う音をきっかけに、俺を含めた四人は各自で料理に舌鼓を打つ。
俺がレイトノルフに到着してから一ヶ月。
世間はすっかり正月ムードに包まれている。
この世界にも新年を祝う文化があるらしく、生活苦の貧民以外ならどの人種や家庭でも祝いの場が設けられている。
貴族だと王族が主催した大々的なものが主流で、平民なら家族が集まってちょっとだけ豪華な料理を振る舞う、って感じだな。
他にやることっつったら、頑固オヤジみたいに家族への感謝を告げたり、新年の抱負を告げるのが一般的だ。
新たな年は新たな人生の始まり、みたいな考えが民間にはあって、その年の自分を定義づける一種の儀式として浸透している。
っつか、今更だけど俺ら『異世界人』が召喚されたのって、この世界じゃ三月の頭だったんだな。
異世界生活十ヶ月目に入り、異界の地で新年を迎えることになってちょっと感慨深くなりながら、頑固オヤジが用意した飯や飲み物を控えめに口に運ぶ。
今日は普通に営業してるんだが、実質『トスエル』一家の貸し切り状態になっている。
毎年この時期はひっきりなしに団体客が押し寄せるそうだが、最近の営業不振が尾を引き食事客はゼロだ。
一方の宿泊客は数人程度で全員商人。そいつらは新年になると商人ギルドの集まりがあり、毎年そちらで新年会をしているらしい。
メインターゲットである冒険者はというと、相変わらず『トスエル』の飲食は避けてっから、来る気配すらない。大方、協会併設の酒場で酒盛りでもしてるんだろうよ。
よって、新年初日から開店休業で閑古鳥が鳴いてるわけだ。どっかのオヤジから皮肉が飛ぶのも無理ねぇな。
が、暗くしてたってしょうがねぇ、って感じに看板娘が「新年会やろう!」と言い出したため、昼間なのに店ん中で一家+αが飲み食いしてるんだよ。
店がまだ潰れてねぇのは、俺の『副業』がいい感じに稼げているからだ。
【魔王】への備えっつう裏でもあんのか、思った以上にポーション類の原料が高値で売れたため、『トスエル』の補填にゃ十分な額が手に入ったからな。
結果的に、一回のお出かけで、俺が来る以前の『トスエル』二ヶ月分の純利益が得られた。適正価格で売れてりゃ、約一ヶ月分の売り上げだな。
適正の半値以下で売ってたとか、この店マジで終わってたとしか言いようがねぇ。
その金の使い道は今んところ、帳簿から計算した一日の損失分を店に回し、残りは俺のポケットマネーだ。
それらはママさんに与えられた俺の部屋の片隅に、袋に入れたまま全額置いている。
不用心と思うなかれ。袋や硬貨全部に《同調》は仕込んでっから、たとえ盗まれても即リンクして追跡可能だ。
《神術思考》で分割した思考領域で常時監視もしてっし、俺の金に触った奴には《神経支配》で地獄を見せることも出来る。
金を貯めてる目的は、今後の活動資金が半分、万一『トスエル』の客足が戻らなかった時の、賠償金の積み立てが半分だ。
あんま心配してねぇとはいえ、俺の独断で店を潰しちまったらゴメンじゃすまねぇからな。保険はかけとくつもりだよ。
『副業』は年明けまで毎日昼間と、店の夜番担当以外の日の夜中に店を抜け出してやってたから、『トスエル』の補填を差し引いてもタンス貯金がえげつないことになっている。
そろそろ両替商にでも行って、金貨に換金することも検討してるくらいだ。
とりあえず、『副業』の方は客が戻るまでは続けることにしている。
頑固オヤジたちに渡してる金が出稼ぎの全額だと思われてる節があっから、それだったら貯められる時に貯めといた方が後々楽だろう。
俺に使うにしろ、店に使うにしろな。
「今年はそうねぇ、早くシエナちゃんの花嫁姿が見たいわねぇ。もう今年で十六歳なんだし、そろそろ結婚を考えてもいいじゃない?」
「ぶほっ!?」
「ちょっ!? なっ!? 何言ってるのよお母さんっ!!」
しばらく家族の他愛ない談笑が続き、さすがに輪に入るのも野暮だとやりとりを見ていたところ、ママさんが唐突に看板娘の恋愛事情に首を突っ込んできた。
真っ先に反応したのは頑固オヤジ。ビールを口に含んだ状態での発言だったので、盛大に噴水を作り出す。きったねぇなぁ、おい。
矛先がぶっ刺さった看板娘も、思いもよらない奇襲に動揺を隠せず、顔を一気に紅潮させた。さっきまで美味そうに飯食ってたのに、哀れなくらい声が上擦ってやがる。
「あら、むしろ今からお話ししておかないとダメでしょう? ただでさえシエナちゃんって、うちの仕事ばっかりしてて無頓着なんだから、このままだと行き遅れちゃうわよ? 私、早くシエナちゃんの子どもの顔が見たいわぁ」
地球と違い、十五歳で成人扱いされるこの世界じゃ、高校生くらいの年齢でも立派な結婚適齢期。男はともかく、女だったら看板娘みてぇにせっつかれるのは仕方ねぇ。
とはいえ、誕生日をこの世界でも適用すれば、今じゃ俺も十七歳だ。この世界での社会通念上、定職就いてなきゃ世間体は悪ぃんだろうな。
もし、俺がこっちで生まれてて、ここが実家だったとしたら、「さっさと働け!」って怒鳴られてるはずだ。あのクソ親、俺を子どもだなんて思ってねぇだろうし。
そのおかげでホームシックに一切かからねぇってのは、いいことだろうな、うん。アンタたちの子育ては、ある意味間違っちゃいなかったよ。
「そ、そんなこと言われても……っ」
「そ、そうだぞミルダ! まだシエナに結婚は早い! それに、半端な男だったら許さんからな!!」
一応、ママさんの言い分も理解しているのか、看板娘の反論は弱い。ごにょごにょと言葉を濁らせ、視線をあっちゃこっちゃに飛ばしまくる。
代わりに気色ばむのは父親である頑固オヤジだ。もうすでに看板娘に相手がいる体で話を進めている。
看板娘もいい歳なんだし、そろそろ子離れしろよ見苦しい。
「あらあら。それじゃあ、ヘイト君はどう思う?」
「は?」
家族の生々しい結婚事情を傍観していた俺だったが、ママさんの無双は止まらない。
完全に他人事として、ジュース片手に会話を聞いていた俺に話を振ってきやがった。
「……ヘイト」
「(テメェ、変なこといったらぶっ殺す)」
すると、表情から『助けろ』と訴えてくる看板娘と、ドスを利かせた凶悪顔と口パクで脅しをかける頑固オヤジの視線とばっちり合っちまった。
おいおい、部外者の俺に何を求めてんだこの一家は?
特に頑固オヤジは、爆弾放り込んだママさんじゃなく、一番立場が弱ぇ俺に圧力をかけてくるあたり、何気に苦労してんだなぁ。
自分じゃママさんを止められねぇ、って無意識に気づいるからだよな、それ? 頑固オヤジのヒエラルキーの低さが如実に現れている。
とはいえ、槍玉に挙げられるこっちとしてはたまったもんじゃねぇんだけど。
「どう、って言われましても。俺ただの雇われじゃないですか。がっつり経営に口出してますけど、別にこの店の跡取りってわけじゃないんだし、意見を求められても困りますよ」
「……ふ~ん?」
とりあえず俺の率直な感想を述べてみたが、ママさんはどうにもお気に召さなかったらしく、気になる間を作って目を細めた。
うん? なんだか寒気が……?
「…………ふんっ」
「(後で厨房にこい)」
変な肌寒さを感じる一方で、看板娘は顔の赤みの代わりに不機嫌さを醸し出してそっぽを向いた。
頑固オヤジは頑固オヤジで、ものすごいいい笑顔で校舎裏を指定した。なんでだよ。
別に変なこと言ってなかっただろうが。何だよ、この空気読めてないわー感。せめて何が正解で何が地雷だったのか教えてくれ。
『トスエル』住み込み歴約一ヶ月の俺じゃ、家庭のノリとか全然わかんねぇから。何だったんだ、この無茶ブリ?
「まあ、それは追々お話ししましょうか。それで? シエナちゃんは何か目標はあるの?」
「私?」
さりげなく問題を終わらせないママさんの強かさに驚嘆しつつ、再び水を向けられた看板娘はう~んと考え込む。
「今年は、そうだなぁ……。大人になる、かな?」
「ふぅん? もうちょっと詳しく聞いてもいい?」
「いや、大したことじゃないんだけど、さ」
抽象的な目標を口にした看板娘に食いついたママさんの追求に、一呼吸置いてこっちを見てきた。
何だよ? コッチミンナ。
「ヘイトの面接の時、私めちゃくちゃ叱られたじゃない? 考えが浅いとか、もっと自分と家族のこと心配しろとか、さ。それまで深く考えてなかったけど、ヘイトに怒られて、私がどれだけ考えなしだったか思い知らされたから、よく覚えてるんだ。
それより前からお父さんやお母さんにも、同じようなこと言われたけど、初めて会った人にまで言われるって、やっぱショックだったんだよね。あぁ、私ってそんなに、危なっかしい子に見られてるんだなぁ、って」
いや、ずっとガン見でしみじみされても困る。俺そこまで深く考えて喋ってなかったし。
そこに《魂蝕欺瞞》を使ってたわけでもねぇのに、価値観変わったよー、みたいに言われたら逆に恥ずいわ。
俺の性根ってそんな熱血タイプじゃねぇから。むしろ陰険ねちねちタイプだから。
あれもどっちかってぇと、看板娘に怒ってたんじゃなくて、自己犠牲に近い在り方がムカついて難癖つけただけだから。
ただ屁理屈だけが達者な嫌味野郎の発言に、そんなキラキラフィルターをかけられても、こっちは居たたまれなくなるだけだ。
よし、視線に気づいてない振りして、ジュースでも飲んどこ。
そして頑固オヤジ。テメェもテメェで俺のこと睨むなよ鬱陶しい。
「テメェがシエナに偉そうな口叩いてんじゃねぇよ」って副音声が聞こえてきそうな形相じゃねぇか。とんだとばっちりだよちくしょう。
そんなに他の男の介入が嫌だってんなら、頑固オヤジが俺より先に改心させりゃよかっただろうがよ。テメェの実力不足を棚に上げて責任転嫁すんなっつの。
「だからさ。もっとこう、内面的に落ち着かないといけないんじゃないか、って思うようになったんだ。これが正しい! って突っ走るだけじゃなくて、一度立ち止まって周りを見てみるとか、大切な人に迷惑をかけないか冷静に考えるとか、そういう、大人らしい自分になりたいな、って」
「…………シエナ」
「そう……」
看板娘が照れながら抱負を語り終えると、頑固オヤジは涙腺か琴線に触れたのか涙ぐみ、ママさんはすっげぇ優しげな表情で微笑みを浮かべている。
で、ハートフルな家族愛が展開される中、完全に異物な俺は肩身を狭くしてジュースをチビチビ。変に介入して場の空気を壊すのも不本意だし、黙って大人しくする。
…………なんだ、俺のこの場違い感は?
クソ、これが居候が常に戦わなきゃなんねぇ疎外感か。
俺には不必要とはいえ、衣食住の二つを提供してもらってる手前、一家への負い目が半端ねぇから、ものっそい気ぃ遣って遠慮しちまう。
どうしよう? 俺もうこの場にいねぇ方が正解なんじゃねぇかな?
いっそのこと、なんか理由つけて『副業』にでも行っちまおうか?
そう思って、残り少ないジュースを飲み干そうとした時。
「それじゃあ、ヘイト君は?」
「んごっふ!?」
やっべ、気管に入りそうだったじゃねぇか!!
娘の成長が胸に感慨深く広がり、余韻に浸ってんだろうなぁと思ったらこれだよ!
直前のいい雰囲気ぶっ壊して、ママさんが俺にもキラーパスを出してきやがった。
どうやら、ママさん無双はまだまだ終わってなかったらしい。かんっぜんに油断してたわ。
「けほっ、こほっ。ちょっと、いきなり話振らないでくださいよ」
「え~? だって、ヘイト君だけ除け者にしちゃかわいそうじゃない? それに、ヘイト君にもあるでしょ? 今年の目標」
なんだこの、今日の晩ご飯を聞かれるみてぇなノリ?
っつか、赤の他人の抱負なんて聞いて何が楽しいんだ?
家族同士だったら「そうか頑張れよ~」くらいはなるだろうが、出会ってたった一ヶ月しかならねぇ野郎の決意表明なんて聞いても「お、おぅ……」ってなるだけだろうが。
好奇心を隠さないママさんから呆れて視線を外すが、看板娘も身を乗り出して聞く気満々だし、頑固オヤジでさえちらちらこっちを窺ってくる始末。
コイツらさほど俺の人生と関わりねぇのに、俺に関心高すぎだろ。
ったく、面倒臭ぇ背景しかねぇ俺にとっちゃ、迷惑きわまりない積極性だな。
好奇心は猫を殺すってことわざ、知ってるか?
知りたがりは長生きしねぇってのは、どこの世界でも一緒だぞ?
「聞いてどうするんですか? 皆さんには関係ないですよね?」
「う~ん、そうかもしれないけど、今は一緒に暮らしてる家族みたいなものじゃない? だから、知りたいな~って思ったんだけど」
「そ、そうよ! それに、私たちの目標だけ聞いて、ヘイトは何も言わないなんてズルいじゃない! 不公平だよ!」
距離を縮めることに抵抗があったのが一割、面倒臭かったのが九割で、ちょっと突き放した態度を取ってみたが、女性陣が食い下がってきた。
特に、看板娘の食いつきが強い。勝手に公表しといて、ズルいとか不公平とかおかしくね?
聞かれて恥ずかしい内容だったんなら、最初から俺を追い出すか、そもそも言わなきゃよかっただろうが。
これは曖昧にはぐらかしてもしつこそうだから、はっきり突き放しちまった方が早そうだな。
「だったら余計、俺に立ち入ってこないでくださいよ。俺にとって家族は、嫌悪と憎悪の対象でしかない。アンタたちみたいに仲良しこよしとはいかないんですよ」
さすがに淡々と口にしても説得力がねぇと思って、《精神支配》で怒りの感情を台詞にトッピングし、『トスエル』一家を睥睨した。
すると、結構効果的だったみたいで、ママさんは失言に気づいたように口元を両手で押さえ、頑固オヤジは動きが固まり表情を強ばらせた。
「何よ!? そんにきつく言わなくてもいいじゃない!! お母さんだって、悪気があって言ったわけじゃないし、ヘイトのことをもっと知って、仲良くなりたいって思っただけでしょ!?」
しかし、看板娘は怯まず俺の正面に回り、反論してきた。
こっちははっきり拒絶したってのに、強情な奴め。
仲良くなりたいだぁ?
それがこっちにとっちゃ迷惑なんだっつうことに気づけよ、鈍感女。
「それはお前らの都合だろ? 俺は最初からお前らと馴れ合うつもりはなかったし、今後も歩み寄ろうなんざ思ってねぇよ。そっちが俺をどう扱おうが自由だがな、俺にも同じことを求めるのは筋違いだ。善意の押しつけは止めろ、鬱陶しい」
「善意の押しつけって何!? 私だって、嫌々とか仕方なくとか、義務みたいな感じで思ってないよ!! 私は本当にヘイトと仲良くなりたいって思ってる!! それの何がいけないっていうのよ!!」
「悪いとは言ってねぇ。俺が言いてぇのは、『自分が仲良くなりたいって思ってるんだから、そっちも同じ分だけの好意を返すのは当然だ』っつう身勝手な本音を押しつけんな、っつってんだ。そういうの、迷惑なんだよ」
「私はそんなこと、一言も言ってないじゃない!! それこそ、ヘイトの勝手な思いこみの押しつけだよ!! 確かに、私たちはまだ出会って一ヶ月しか経ってないけど、それでも一緒に暮らしてきたんだから、もう少し心を開いてくれたっていいじゃない!?」
「ここで居候をさせてもらっているのは事実だが、俺はお前らの『家族』になった覚えはねぇ。俺がここで働いてる理由は、お前らに媚びを売るためじゃなく、旅の資金を稼ぐためだ。俺たちの関係は、あくまで雇用者と労働者。それ以上踏み込むつもりも、踏み込ませるつもりもねぇ」
「それは……っ!?」
俺も人のことは言えねぇが、ああいえばこういう看板娘に埒が明かねぇと悟り、俺はわざと大きい音を立てるようにして椅子から立ち上がった。
また反論しそうだった看板娘だったが、かなり響いた音にビビって言葉を飲み込む。
表情は一切変えなかったが、俺も実はちょっとびっくりした。《精神支配》の影響か、思ったよりも勢いがつきすぎたらしい。
こういう何気ない仕草にも力加減が変わってくるとか、人間の感情って調節が難しいんだな……。
「俺は一度、『妹』に殺されかけた」
『…………っ!?』
「何日も血反吐をはき、何日も地獄を見て、何日も『妹』を恨み、呪った。あの日のことは、俺は死ぬまで忘れるつもりはねぇ。そして、『妹』が俺を殺そうとしたことも、絶対に忘れられるはずがねぇ。
それでもお前らは、俺の『敵』になりてぇ、ってのか?」
内心で自我が芽生えたばかりのロボットみてぇなことを考えつつ、打算で作った敵意を剥き出しにして看板娘を瞳で射抜いた。
そろそろ《神術思考》抜きじゃ忘れかけてる紫への憎悪をなんとか思い出し、《精神支配》で再現した俺の迫力はそこそこあったらしい。
視線を合わせた看板娘だけじゃなく、視界の端にいたママさんや頑固オヤジもびくっと体を震わせ、そのまま動きが強ばって固まっちまった。
言ってることと思ってることがまるっきり矛盾してるよな、俺。
言わせたのはしつこかった看板娘とは言え、こんな茶番でマジビビりしてる姿を見ると、ちょっとやりすぎたか? とも思う。
なんだかんだで、《精神支配》が一番コントロールが難しいスキルなんじゃなかろうか? こう、ちょうどいい加減でキープするのとか。
感情って結構波あるし、俺自身は《神術思考》で冷静な思考を残す癖が出来てっから、主観的な調整が出来ねぇしな。
ま、やっちまったもんはしょうがねぇ。
表じゃことさらシリアスな空気を醸し出し、裏じゃ平常運転のままな精神状態で、俺は何も言わなくなった『トスエル』一家に背を向ける。
誰にも邪魔されることなく玄関まで歩いていき、扉付近に置いてあった麻袋を手に取り、告げた。
「……どうやら今日も客はこなさそうなんで、出稼ぎに行ってきます。夜にはまた、帰ってきますよ」
空気が最低を通り越して最悪に淀みきり、居心地の悪さがマックスになったところで、テンションを下げさせた原因である俺は、『副業』を口実にさっさと逃げ出した。
口実は同じで、いい感じのタイミングが出来たら抜け出そうとは思ってたが、まさかこんな展開になるとは。人生って奴はこれだからわからねぇ。
「あ~、ミスった、んだよなぁ……?」
『トスエル』を離れて数分後、自分の言動と看板娘たちの反応を思い返して、空を見上げながら頭をかいた。
看板娘たちにとっちゃ、せっかくの新年会だったっつうのに、余所者の俺のせいで気分をぶっ壊しちまった。
それに、たぶんまたボロカスに言い過ぎたんだろうし、最悪『トスエル』を解雇されることになるかもしれねぇ。
そうなったらそうなったで、受け入れるしかねぇな。
だが、反省はしても後悔はしていない。
看板娘たちが知らねぇだけとはいえ、『異世界人』と距離を詰めることが危険なことに変わりはねぇんだ。
必要以上に近づくことも、近づかせることも、俺の事情に関わらせることになっちまう。
俺自身がどう思われようと構いやしねぇ。人から嫌われんのには慣れてるし。
ただ、俺というイレギュラーのせいで、気のいいアイツらの未来を壊すなんてことになっちまったら、後味悪ぃじゃすまねぇからな。
考え得る限りのリスク回避はやっとかねぇと、後で気分が悪くなんだよ、俺が。
「……にしても、さっきの俺の演技、ちょっと大げさすぎたか?」
とか真面目なことを考える一方で、考え直してもオーバー気味だった《精神支配》を自己採点しつつ、ダンジョンへ向かう道中を思考に費やしていた。
やっぱり、《精神支配》の加減を覚えといた方がいいんだろうか?
今の俺にゃ、人間らしい身の振り方が、ただ生きることより難しいかもしんねぇなぁ。
雨でも降ってきそうな真っ黒で分厚い曇天を見上げながら、町の外を目指す。口から吐き出された白い息は、何度も尾を引き消えていく。
俺は、左右の建物から漏れる、何人もの笑い声で満たされた大通りを、独り、寒さに耐えつつ歩いていった。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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