66話 出稼ぎ労働
「……減ったね、お客さん」
「暇ねぇ」
「ま、こんなもんだろ」
「テメェ! ふざけんじゃねぇぞコラァ!!」
俺が『トスエル』の経営を任されてから、二週間が経過した。
二週間前と比べれば見る影もない、ガラガラの店内を前にして、看板娘はぼんやり眺め、ママさんはため息をつき、俺は肩を竦めて、頑固オヤジはキレて俺の胸ぐら掴んで揺する。
原価や会計の問題改善で一時的に売り上げは伸びたが、すぐに『料金の値上げ』と『正規金額の徴収』、ついでに『態度も口も悪い従業員』の噂が広まり、見事に客足は遠のいていった。
今も昼時ど真ん中で、飲食業じゃ稼ぎ時なんだが、さっぱり人がきやしねぇ。
最近じゃ、『トスエル』の評判に疎い外からきた商人とか、純粋に頑固オヤジに胃袋を掴まれている良客の冒険者がちらほらくるくらいで、会計詐欺を働いてきた主な客層は全員いなくなった。
つまり、この店の客のほとんどが詐欺を働いてたバカ野郎どもだった、ってことなんだが。
頑固オヤジは単純に客が減ったと憤りを露わにしているだけで、問題の本質に気づいている様子はねぇ。
がっくんがっくん首が上下し、下手すりゃむち打ちになりそうだ。もうちょっと加減しろ、馬鹿力。
「わかった、わかったから離せ」
「うおわぁっ!?」
そろそろ首がもげそうだというところで、俺は頑固オヤジの見開いた両目にチョキを突きだした。
目潰し型猫騙しを食らった頑固オヤジは大げさなリアクションを見せ、ぱっと俺から手を離す。
……ふむ、お化け屋敷に放り込みたいレベルの反応だな、頑固オヤジ。
「何しやがる! 危ねぇだろうが!」
「さっさと離さないアンタが悪い。でもまあ、この状況は俺が招いたことだからな。売り上げの補填ぐらいは協力してやるよ」
俺としちゃ、この事態は想定の範囲内だが、かといって頑固オヤジたちにとっちゃ不安にもなんだろう。
客足の減少は売り上げ減少に直結し、長期間この状態が続けば借金まみれの店なんかすぐに畳まなきゃなんねぇ。
俺の計算によると、この状態のまま放置しちまえば、あと一週間で破産確実だな。
給料未払いで潰れちまったら俺も困るから、ここいらで作戦その二といきましょうかね。
「補填、って何するつもりなの? お店がこんな状態じゃ、できることなんてほとんどないじゃない?」
「ん? 出稼ぎだよ出稼ぎ。こんだけ暇なら、俺がいなくても店なんて十分回るだろ? ってわけで、ちょっくら行ってくる。いい時間になったら帰るわ」
「え? ちょ、どこ行くってのよ!?」
看板娘から制止の声がかかるがスルー。俺は店の備品である袋を一つ拝借してから、着の身着のまま外に出て、ある場所を目指した。
「おーおー、相変わらず人の出入りが活発なことで」
そこは俺がかつて長時間の審査を受けた、町の出入り口たる検問だ。
魔物の襲撃を想定してか、三メートル程度の魔法で作ったらしい防壁に囲まれているレイトノルフは、東西に一つずつ大きな門が設けられている。
今俺がいるのは西門で、俺がこの町に入ったときに使った通用門でもある。
外からやってくる人間は主に馬車に乗った商人や、仕事を終えたらしい冒険者のグループ。
ちらほらと単独で行動してんのもいるが、おそらく獣人だな。大体体をすっぽり覆うローブを着ているから、逆に目印になってよく目立つ。
「……よし、アイツでいいか」
そうした人の流れを眺めた後、俺は一つの馬車に目を付けた。
さっき審査が終わったらしい中年の商人は、疲れ気味なのか今にも寝落ちしそうなほどぼーっとした顔をしている。
荷台の中には冬に採れる野菜がたくさん積まれてっから、農村へ買い付けに行った帰りなのかもな。
あの様子じゃ、商品が全部はけるまでレイトノルフにとどまる可能性は高いだろう。
それに、すぐ行動に移せるほど体力があるわけでもなさそうだし、いざとなればこっちでどうとでもなる。
俺はそのおっさんに狙いを固定し、道中で拾った小石を握って、《同調》を付与。
大通りの端にいた俺は、すれ違いざまに馬車へ小石を投げて《同調》を移し、接触感染的な感じでおっさんも《同調》の対象とした。
何食わぬ顔で検問へ向かう途中、《同調》を介しておっさんの記憶をのぞき見る。
今まで《同調》は、主に俺が持つスキルの効果を食らわせるために使用してきたが、本来は『対象の事象を掌握する』ってのが主たる効果になる。
事象の掌握っつうのは、人間だと知覚がわかりやすいな。
王都アクセムを出発する前、『平渚』に偽装したイガルト兵の視点から死亡を確認したように、《同調》対象が見ていた視覚を俺も共有できた。
それと同じ要領で、《同調》対象にしたおっさんの記憶を探ることもできるんだよ。
まだレベル2だからか、《同調》対象の過去をどこまでも見れるわけじゃねぇが、検問を誤魔化す程度の情報だったら入手できる。
そうして、おっさんの滞在理由と身分証の内容を頭に入れて、すぐに町を出る理由も適当に構築していく。
大体予想がつくだろうが、俺がやろうとしてんのは《魂蝕欺瞞》を利用した『なりすまし』だ。
さっき入ってきたばかりのおっさんに偽装し、あたかも町の外に出なきゃなんねぇトラブルでも起こったように見せかけ、『通行税』を下げてやろうって魂胆だ。
俺の所持金はいまだ銀貨5枚だが、商人の身分がありゃ町の出入りは十分事足りる。
それだけ身分なしの税金が高すぎるって話なんだが、まあその問題も追々考えていこう。
「すみませんねぇ。お手数をおかけして」
「構いませんよ。どうぞ」
案の定、しっかり《魂蝕欺瞞》に引っかかってくれた検査官は、おっちゃんに扮した俺のでまかせと身分証明書を信じ込み、あっさり外へ出してくれた。
警備甘ぇな。俺としちゃ助かるけどよ。
本物のおっちゃんの動向は《同調》と《神術思考》で常に監視する。
外に出そうとか、人目に付くような行動をとりそうになったら、《神経支配》か《精神支配》で邪魔して引きこもらせるようにする予定だ。
外に出たはずのおっちゃんが町中で活動してて、その様子を検査官に見られたらマズいからな。俺の用事が済むまで、強制的に大人しくしててもらうつもりだ。
現在、おっちゃんは宿屋に入ったところで、予想通り寝入っちまった。
こっそり《精神支配》の『失神』を発動させ、簡単に起きねぇようにしてから、俺自身は町から遠ざかる。
「さて、方角はこっちだったな」
晴れて町の外に出た俺だが、『トスエル』を見捨てて逃げるつもりはない。
俺は必要があれば平気で他人を騙して破滅に導く性悪だが、何も漏れなく全員をはめようなんて考えるほど落ちぶれちゃいねぇ。
特に、俺みてぇな怪しい奴に世話を焼くような奇特な人間相手に、無意味な追い打ちをかけるようなクズにだけはならねぇよ。
それが、たとえ俺を執拗に殺そうとした、クソ王と同じ人種の人間でも、な。
クソ王はもちろん殺したいほど嫌いだが、かといってクソ王の『種族』にゃ罪はねぇ。重要なのは本人の気質であって、そいつの背景じゃねぇ。
そいつ個人に受けた仕打ちに応じて、恩には恩を、仇には仇を。
それが俺のスタンスだ。
俺自身クソみてぇな人間の自覚はあるが、クソにはクソなりの通すべき筋があることくらい弁えてるよ。
「本当に近いな。俺の足でも一時間かからねぇとは。楽でいいけどよ」
ってわけで、およそ三十分で到着したのは、鬱蒼とした森だった。正確には、突然平地に現れた山、って感じなんだがな。
この地域は雪こそねぇものの、空気は冷たく手がかじかんで痛ぇくらいの冬真っ盛り。
にもかかわらず、目の前の山の木はめっちゃ緑の葉が生い茂っている。季節問わず年中この様子だってんだから、ファンタジー感半端ねぇよな。
ここはレイトノルフ付近で有名なダンジョンの一つで、別名『餓狼の森山』。
名前通り、『偉人』級に推定されている高ランクの狼型魔物が支配する山型ダンジョンだ。
生態系はウルフ系の魔物が主に活動し、木々に紛れたゲリラ戦を得意としている。
他は鹿、猪、熊、野鳥、虫などなど、生命力溢れるタイプの強力な魔物が多く生息していることから、ダンジョンそのものも『偉人』級に指定されている。
冒険者が依頼でダンジョンに入る場合、ランク、人数、おおよその活動区域なんかを支部に説明してからじゃないと、依頼許可が下りないレベルのダンジョンだ。
『偉人』級がいねぇか少ねぇレイトノルフの冒険者じゃ、奥まで入ることは無謀だからな。
とはいえ、ダンジョン入り口とか、中層より浅い区域だったら比較的安全だから、全く人が入らねぇわけでもねぇ。
レイトノルフで使われてる家屋の材料である木材も、ここを含む山林型ダンジョン下層部から伐採して持ってきてんだろうしな。
魔力を大量に放出する魔物がいる限り、ダンジョン内の木はどんだけ切り倒しても無限に湧いてくるんだから、林業やってる奴らは生活に困らなさそうだ。
「袋よし、体調よし、【普通】よし。んじゃ、行くとしますかね」
俺は最終確認で自分の調子を確かめ、【普通】を発動した。
そして、肩に麻袋をかけた状態で、『餓狼の森山』に足を踏み入れた。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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