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63話 面接

「つ、つかれた…………」


 あれから数時間、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎを何とか(さば)ききった俺は、客のいなくなった机に突っ伏している。


 どうやら宿泊客じゃなかったらしい冒険者たちは、騒ぐだけ騒いで帰っていった。


 店内は嵐でも過ぎたような惨状になっていて、ようやく終わったと思った後に見せられた身としては、さらに憂鬱になっちまったのは勘弁してくれ。


 で、片づけも最後までがっつり手伝わされた俺は、ママさんの許可を得てだらけていた。


 頑固オヤジは最後まで「帰れ!」を連呼していたが、最後まで無視されていたのはさすがに不憫(ふびん)に思えたけどな。頑張れ父親。


「お疲れさま。はいこれ、落ち着くよ」


 ちょっとの間机に体を投げ出していると、看板娘から何かのミルクみたいな飲み物を渡された。コップから湯気が出てるし、わざわざ温めてくれたらしい。


「あー、悪ぃな」


「ううん。むしろこっちこそゴメンね? 勢いで仕事させちゃって。本当は、もうちょっと落ち着いて話が出来ると思ってたんだけど、今日みたいな団体のお客さんが来ることも珍しくないから」


「巻き込んだ自覚があるのは結構だ。おかげで俺は、客に舌打ちされるわ、オヤジさんに怒鳴られるわ、ママさんに顎でこき使われるわで、エラい目にあったよ。心身ともにぼろぼろだぜ…………」


「うっ……! ご、ゴメンって言ってるじゃない! 何よ、男のくせに過ぎたことをウダウダと! それに、元々仕事がほしいって言ってたのはそっちでしょ!?」


「わかってるよ、冗談に決まってんだろうが。言ってみただけだよ。皮肉と本気の区別くらいニュアンスでわかってくれよ、接客歴長いんだろ?」


「実質今日が初対面の相手のことなんてわかるわけないでしょ!? 無茶言わないでよ!!」


 おーおー、あんだけ冒険者の相手した後でも、まだ大声で突っ込む元気があんのか。


 さすが、宿屋兼飯屋の娘。


 人生初仕事の俺に比べりゃ、仕事効率も高ぇし体力もあんのは当然ってことか。


 隣でぎゃーすか騒ぐ看板娘を無視しながら、差し出されたホットミルクを飲んで一息つく。


 あ、美味い。


「シエナちゃんも君も、お疲れさま。ずいぶんと楽しそうね?」


「楽しくない!」


「お疲れです。あ、これいただいてます」


「あらあら、うふふ」


 しばらく看板娘を適当にあしらっていたら、ママさんも合流してきた。手には俺らと同じ、ホットミルクが握られている。ママさんも一服しにきたみてぇだな。


 それでも騒がしい看板娘だったが、俺の向かいにママさんが座ったのを確認すると、いったん怒りを収めて俺の隣にどかっと座った。


「それで、お名前は何て言うのかしら?」


 で、ママさんは背筋を伸ばして笑顔を維持し、俺のことを尋ねてきた。


 え? 今からここで面接やんの?


 わずかに変わった雰囲気を感じ取り、唐突に始まったらしい面接に、俺も居住まいを正してママさんの目を見返す。


「俺は『ヘイト』と言います。『イセア人』です」


「イセア人? この辺りじゃ珍しいわね? 何でこの町に?」


「ちょっとした事情がありまして、大陸の東に向かってるところだったんです。ですが、一週間ほど前にこの町にたどり着いたと同時に持ち合わせがなくなって、仕事を探していました」


「よければ、旅をしている理由を聞いても?」


「すみませんが、色々複雑なんで、深く聞かないでくれると助かります」


「旅をしていた、といっていたけど、冒険者ではないの?」


「ステータスが元々低かったってのと、あとはちょっとバカやってしまって、冒険者登録が出来ないんですよ、俺」


「それじゃあ……」


 それからも、ママさんから色々と質問を受けた。容姿なんかのどうしても必要なところだけは《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》も使い、俺は嘘と事実を織り交ぜながら『イセア人のヘイト』の生い立ちを語っていった。


『勇者』やら『異世界人』やらのヤバい事情は当然伏せる。俺が素性を隠したいのもあるが、あんまり深く関わらせたらこの店に迷惑をかけるかもしれねぇからな。


 とはいえ、雇用する側からしたら、俺の説明は怪しさ爆発だろうな。


 身分もなければ冒険者にもなれない事情があり、経歴もほとんど隠したがる浮浪者(ホームレス)なんて、厄介ごとの臭いしかしねぇ。


 ママさんの表情も笑顔のままで、いまいち何考えてんのか予想しづれぇし、手応えはほぼゼロといってもいいな。


「そういえば、どうして一度断られたうちに戻ってきたの?」


 俺の日当はこのホットミルクか、とほぼ諦めかけていたところで、ママさんが面接とは若干関係のない空気で尋ねてきた。


 ママさんもよく覚えてたな。頑固オヤジは全く覚えてなかったのに。


 調理担当と接客担当で、記憶力に差が出てんのかねぇ?


「お宅の娘さんに拉致されました」


「ちょっ!? 人聞きの悪いこと言わないでよ!!」


 まあ、面接の本筋とは関係ねぇのなら、嘘をつく必要もねぇだろう。


 そう思って事実を伝えたところ、ずっと大人しく俺の面接を見ていただけの看板娘が突然いきり立った。


 隣から強い視線をビシバシ受けるが、とりあえず無視。


「あらあら、()()なのね?」


「…………また?」


 しかし、次のママさんの言葉に眉間に力が入り、看板娘を横目で睨む。


「な、なによ……?」


 俺の厳しい表情に看板娘は大いに(ひる)み、椅子に座りながらも器用に後ずさった。


「お前、俺にやったみたいなこと前にもやったのか? それも何回も?」


「そ、そうだけど……」


「何危ねぇことしてんだアホか? どういう考えでこんなことしてたのか知らねぇがな、基本的に人間はいい奴の方が少ねぇんだ。困ってるから助けたい、っつう考えは(とうと)いとは思うし、全否定するつもりはねぇが、ちょっとは自分のことも考えろバカ」


「か、考えてるよ! こ、今度は失敗しないように、とか……」


「『今度は騙されない』ことを考える前に、『次は何もしない』こと考えろっつの。その様子じゃ、すでに俺ん時みたいなことして、他人に騙されて痛い目に()ったことがあんじゃねぇか。ちったぁ学習しろ。

 しかも、今回引っ張ってきた俺なんか、わかりやすくスラムに入り浸ってる、っつったよな? そんなほぼ犯罪者みたいな奴の話を信用して、ほいほい自分の家に招くなんざ、ぜんぜん後先考えてねぇ証拠だろうが。その時点で大失敗なんだよ。

 これからは、人間は全員悪人だと思って、下手な身の上話なんか信用すんな。ほぼ全部嘘で、お人()しのお前を(だま)す気満々なんだってことを、常に意識しろ。そうでなきゃ、自分だけじゃなくて家族にも被害が及ぶんだぞ、わかってんのか?」


「ぅ…………」


 他人事(ひとごと)っちゃ他人事なんだが、性善説を信じまくってる様子の看板娘の迂闊(うかつ)さをスルー出来なかった俺は、言い訳なんてさせる暇なく(たた)みかけた。


 一応、看板娘も自分の見通しの甘さに自覚はあったらしく、みるみるうちに身を(ちぢ)こませていった。


 ニュアンスからすると、実際に金銭的な被害も出て、かつ両親に何度も注意されてんだろうに、()りねぇ奴だな。


 今回は、たまたま俺がそういう下心が一切なかったからいいものの、夜中スラムに出入りするような男に、警戒心ゼロで近づくとか、状況だけ考えりゃ金だけじゃなくて看板娘の身もヤバかったはずだぞ?


 田舎娘感はあるが、看板娘の器量はかなりいい。


 最悪、看板娘を人質にとって『トスエル』の売り上げを巻き上げ、そのまま裏路地に連れ込んでレイプした挙げ句、奴隷商に売っ払われてたこともあり得たんだ。


 こんなことを何度も続けてたんじゃ、人生いくつあっても足りねぇぞ?


 看板娘のそうした正義感は美徳といえるのは事実だが、それでいらねぇ問題を背負っちまったんじゃ世話ねぇぞ?


「俺には屁理屈がどうだ、細かいことが何だとほざいてたが、お前はお前で考えが浅すぎんだよ。他人の心配する前に、もっと自分と家族の心配をしろ。

 さっき俺にゃ『厚意』は素直に受け取れっつったが、お前は『現実』を素直に受け止めろ。このままだと、いずれお前が泣きを見るだけじゃなく、オヤジさんとママさんも泣かせることになるんだ。それだけは、考えなしの頭でもよ~く刻んどけ、わかったな?」


「うぅ~っ! …………わ、わかった、わよ」


「あらあらまあまあ」


 どうせここも就職は絶望的だろうし、だったら言いたいこと我慢するよりぶちまけた方がすかっとする。


 そういう気持ちもあって、柄にもねぇ説教じみたことを長々としちまったが、看板娘はうつむいて視線を俺からそらしながらもうなずいた。


 ママさんはママさんで、素性不明な男の説教に屈服した娘を楽しそうに眺めているだけ。何で楽しそうなんだよ、アンタからも何か言ってやれ。


 ったく、自己犠牲で満足すんのは本人だけだっつの。


 規模は違うが、誰でも彼でも助けたいって看板娘の言動は、会長の考え方に似ていた。


 それが俺としては非常に気に食わねぇから説教までかましちまったわけだが、本当にわかってんだろうな?


 もっと周りに迷惑かけることを考えて行動しろよお人好し。


 俺? 心配するような奴なんていねぇから、考える必要ねぇだろ?


「片づけ終わったぞ~……、あぁ!? 何でまだテメェがここにいるんだよ!? しかもシエナに何しやがった!? ぶっ殺すぞ!!」


 うっわ、面倒臭ぇのがきやがった。


 俺の小言が一段落ついたちょうどその時に、厨房で掃除をしてたらしい頑固オヤジがこちらにきて騒ぎ出した。


 一つは俺がまだ店の中にいること、もう一つは看板娘をヘコませてるのが明らかだったからだろうな。


 タイミングがいいのか悪ぃのか、微妙なところだな、おい?


「あ~、説明面倒臭ぇから後で本人にでも聞け。邪魔したな」


 オヤジの言うように、そろそろ潮時だろう。


 俺は時間が経って(ぬる)くなったミルクを一気に飲み干し、コップを置いて立ち上がる。うん、やっぱ美味い。


「あら、どこへ行くの?」


「この様子じゃ、不採用ですよね? 宿はないですけど、スラム暮らしにはもう慣れたし、またそっちへ行きますよ。仕事の報酬は、このミルクってことで。後から金を無心しにきたりもしないから、安心してください」


 面接の途中、っつう建前もあってかママさんが俺を呼び止めたが、俺は肩を(すく)めて玄関を目指す。


「ちょ、ちょっと待って!! 夜のスラムは危ないって言ってんでしょ!?」


「そういうお前は俺の話聞いてなかったのか鳥頭。ここは俺を引き止めるんじゃなく、さっさと見捨てるのが正解なんだよ。早速お人好しを復活させてんじゃねぇぞ」


 が、足を踏み出す前に看板娘も立ち上がり、俺の進路を塞いできやがった。


 呆れてため息を漏らした俺が注意するも、看板娘は何故か進路を譲ろうとしない。


「どけ」


「どかないっ!!」


 咄嗟(とっさ)に触れられても困るから【普通】を解除し、脇を通り過ぎようとしたが、看板娘は両手を広げて俺と同じ方向に移動し、行く手を(さえぎ)る。


 あまりのしつこさと頑固さに少し険を意識して睨みつけたが、看板娘も負けじと俺を睨み返してくる。


 何がそこまでこの女を駆り立ててやがんだ?


 浮浪者一人の命なんざ、お前にとっちゃどうでもいいだろうが?


 看板娘の思考が全く理解できねぇな。


「シエナ! コイツの言う通りだ! こんな見るからに怪しくて非力な男なんて、うちの店には必要ねぇ……」


「あなた。ちょっと黙っていてくれないかしら?」


「ミルダ? いや、でもコイツは」


「……ん?」


「…………すまん」


 と、俺と看板娘が睨み合っているさなか、外野は外野でドンパチやり始めた。まあ、すぐに頑固オヤジが折れて終わったんだが。


 ママさん、あの頑固オヤジを即座に引かせるなんて、アンタなにもんだ? 俺の知らない間に、どんな攻防があったんだ?


「君もよ、ヘイト君。確かにシエナちゃんやティタネスさんよりも、君の方が頭はいいのかもしれない。だけど、自分の考えだけが正しいと思いこんで、早とちりしてしまうのはよくないわ」


「ぐ……」


 すると、ティタネスとかいうらしい頑固オヤジを引かせたママさんが、仲裁するように俺たちの間に立った。


 俺は俺で、ママさんの指摘で痛いところを突かれ、言葉を詰まらせる。


 思いこみと早とちりは、すでに一週間前に冒険者協会でやらかしちまった手前、何も言い返せねぇ。


 それに、その言い方って、まさか…………。


「え? お母さん、それって……」


「採用よ、ヘイト君。宿もないなら、うちに泊まっていきなさい。幸い、今日は宿泊のお客さんは少ないし、部屋も好きなところを使っていいから。ね?」


「……は?」


 予想通りに想定外な言葉をもらい、思わず目が点になって間抜けな声が出ちまった。


 さっきの言い方から半ば予想していたとはいえ、実際にママさんから採用を言い渡されても、現実味が()かねぇ。


 ポカーンと口を半開きにし、不覚にも頭の中が真っ白になっちまった。


「ほ、ほら! お母さんもそう言ってるし、もうどこかに行く必要ないよ! それに、君も仕事が決まってお金を稼げる! 私も親切が無駄にならない! 誰も損しない、ハッピーエンドじゃない!」


「いって!」


 何か俺より先に喜んでいる看板娘に肩をしばかれ、体が思いっきり傾く。


 ステータス、仕事しすぎだ、空気読め。


 素直に喜べない川柳を心の中で一句()み、外れそうになった肩を押さえてうずくまった。


 っつか、エンドじゃねぇよ、始まったばっかだよ。それにちゃっかり頑固オヤジをハッピーの中に加えてねぇのが、一層哀れなんだが。


「ミ、ミルダ!? 何をバカなことを言ってるんだ? こんな怪しい奴、すぐにでも追い出して」


「あぁ、いたの? ちょうどよかった。あなたはこのコップを片づけてきてちょうだい」


「え? これ、俺のコップ……? はっ!! ご、ごまかされんぞ!! いいからコイツを、とっととおいだ」


「あ・な・た?」


「……………………はい」


 ……そろそろ本気で頑固オヤジがかわいそうなんだが。


 言い分としては、看板娘やママさんよりも、頑固オヤジのが正しいんだけどなぁ?


 俺が原因とはいえ、邪険にされ過ぎだろ。


 父親って、なんて悲しい生き物なんだ…………。


「もちろん、今日の分のお給料も払ってあげるから、安心してね? とりあえず、今日はもう遅いから、ゆっくり休んでていいわよ? シエナちゃんは、ヘイト君を部屋まで案内してあげて?」


「うん、わかった!」


 頑固オヤジに同情している内に、あれよあれよと話が進む。


 強制的に宿泊する流れになっちまった俺は、『トスエル』に引きずられる道中と同じく、看板娘に腕をとられて階段を上がっていった。どうやら二階以上が宿屋部分らしい。


 で、適当な部屋をあてがわれた俺は、「じゃ、明日からよろしくね!」という看板娘の満面の笑みを向けられ、さっさと扉を閉められてしまった。


「…………何でこうなった?」


 こうして、何か知らん内に就職先が決まった。




====================

名前:ヘイト(平渚)

LV:1

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常


生命力:1/1

魔力:1/1(0/0)


筋力:1

耐久力:1

知力:1

俊敏:1

運:1


保有スキル

(【普通(OFF)】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)

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