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58.4話 最後の言葉

 一ヶ月ほど前にあった合同訓練で、教師の手により重傷を負った『彼』。


 長姫先生の【再生】のおかげで一命を取り留め、三日後には目を覚まし、安堵を覚えたのも(つか)の間。


 食事と話し合いが行われた短時間で、『彼』の姿はベッドから消えていました。


 行方がわからなくなった『彼』を探しても、今まで同様やはり見つからず。


 時間だけが無情にも過ぎていき、『彼』がいなくなって四日後の魔物討伐訓練を行った、夜のことでした。


 再会できたのは、本当に偶然だったのだと、思います。


『あっ!?』


「…………ん?」


『彼』がいなくなってからの四日間。私たちは誰からともなく、時間を見つけて『彼』を捜索していましたが、すべて空振りに終わっていました。


 今までならば、間が悪かったと思うだけでした。


 が、『彼』を想う四人が集まり、話し合ったことで、イガルト王国への不信感を強めた私たちには、それがただの偶然とは思えなくなっていました。


 私たちの思いは共通し、ただ一つに集約されていました。


 すなわち、イガルト王国が意図的に『彼』との接触を(はば)んでいるのではないか?


 もう、そうとしか考えられなくなっていたのです。


 それに、『彼』への想いを強く自覚して再会したことで、抑制が利かなくなっていたのも後押ししたのだと思います。


 私たちは直接、国王陛下に『彼』の居場所を問いただそうとしていました。


 もちろん、葛藤はありました。


 ほぼ確実にイガルト王国から冷遇されている『彼』の安否を気遣(きづか)うことは、異世界人の中でも実力が高い私たちが、『彼』を気にかけている、とはっきり示してしまうことになるからです。


 すでに私たちは、合同訓練で負傷した『彼』への治療の一件により、そのような姿を見せています。


 さらに『彼』への特別な感情を臭わせる行動が、とても軽率な行為であることは、重々承知していました。『彼』にも危険が及ぶだろうことも、理解していました。


 それでも、私たちの我慢はもう、限界だったのです。


 今も、私たちの知らない窮地に立たされている『彼』が、私たちの知らない場所で苦しんでいるのに。


 私たちは、ずっと『彼』の蚊帳(かや)の外で、『彼』の居場所に気づいたときには手遅れで、『彼』が傷つく後悔ばかりを積み重ねていく。


 そんな無力感を味わうのは、もう、嫌だったんです。


 未来に起こりえるだろう懸念(けねん)は、確かに多く存在します。


 ですが、まだ起こってもいないことを恐れて、『今』を必死に(あらが)っているだろう『彼』の隣にいないことの方が、よっぽど危険だと思ったのです。


 私だけでなく、セラさんも、長姫(おさひめ)先生も、菊澤(きくさわ)さんも。


『彼』を助けたい。


 その一心で、国王陛下に直訴(じきそ)しようとしていた、矢先でした。


 重傷を負っていた『彼』は、見た目は、普通そうでした。


 長姫先生の【再生】のおかげで学生服にも傷がなく、足取りもしっかりしていて、体調不良があるようには見えません。


 少々気になったのは、『彼』が肩に(かつ)いだ何かの袋でしたが、すぐに意識は『彼』自身へと移りました。


「あ、あのっ!! 大丈夫だったんですか!? あれから姿が見えなくて、とても心配していたんですけど!?」


 まず、私が最初に声をかけました。


 心配の度合いが声量に出ていたのか、少々声が大きくなってしまいましたが、そんなことを気にする余裕などありません。


 ですが、今までならすぐに返答をくれた『彼』は、沈黙したままでした。


「ちょっと!! 聞いてんのアンタ!? カレンも長姫もシホも、ついでにアタシも心配してやったっつってんのに、何無視してんのよ!?」


 次に声を上げたのはセラさんです。


 セラさんはどうにも好きな人にはつんけんしてしまうようで、『彼』に対しての言葉遣いは非常に攻撃的です。


 そんなセラさんの言葉にも、『彼』は一切反応を示しませんでした。


「……あの? どうしたの? 何で、何も言ってくれないの? 私たち、何か、悪いこと、した?」


 表情の変化も返答もない『彼』に強い不安を抱きだしたころ、口を開けたのは長姫先生でした。


 いつもは気丈(きじょう)でしっかり者なイメージを保とうとしている長姫先生でしたが、無反応の『彼』を前にした声音は、とても震えて弱々しいものでした。


 それでも、『彼』は一瞥(いちべつ)もせず、私たちを無視して歩いてきます。


「……ぁ、……ぁ、ぁ、…………あ! ……ぁの…………っ!!」


『彼』に言葉をかけることが怖くなってきた時に、菊澤さんが自らの声で、『彼』へと呼びかけました。


【結界】で聞く流暢(りゅうちょう)な言葉とは違い、(かす)れて、つっかえて、消え入りそうな菊澤さんの言葉は、それでもどんな人でも注目させるような力がありました。


 だというのに、『彼』の意識の中に、私たちは微塵(みじん)も映っていませんでした。


「あ…………」


 それはまるで。


「…………っ!」


『嫌い』よりも、強く。


「ぅ…………」


『拒絶』よりも、深い。


「…………ぅぇ、っ!」


 私たちへの、『無関心』を、突きつけられたようで。


 酷く、ひどく、むねが、いたみました……。


 視界が、知らぬ間に、ぼやけていきます。


 いたい。


 つらい。


 くるしい。


 異世界にきてから、……いいえ、私の人生の中でも。


 これほどまでに心を揺さぶられ、張り裂けそうになったことは、ありませんでした。


『彼』が私たちに『嫌悪』を向ければ、誤解を生んだと思えて話すことはやめなかったでしょう。


『彼』が私たちに『拒絶』を示せば、何が『彼』に不利益を生じさせたのか聞くこともできました。


 しかし、『彼』の心配をする私たちに対して、『彼』が見せたのは、ただただ『無関心』でした。


 私たちの言葉を、聞く素振りさえ不要だと。


 私たちの姿を、見る労力さえ不要だと。


 私たちの存在を、認識する時間さえ不要だと。


『彼』の態度で、表情で、無言のメッセージで。


 ずしりと、どんな攻撃よりも重く、私を、私たちを、穿(うが)ったのでした。


 私たちは、『彼』にもう、必要とされていない。


 心から好きになれた男性(ひと)に、(そば)にいることどころか、生きていることさえ、否定されたような気がして。


 膝から崩れ落ち、泣き叫びそうになった、その時でした。


「王城地下の第一牢、右手側入って四番目の扉」


 私の横を通り過ぎる、ほんの一瞬。


『彼』の、感情を押し殺した、すごく小さな声が、聞こえました。


「……えっ!?」


 私は慌てて振り返り、『彼』の背中を凝視しました。


 セラさん、長姫先生、菊澤さんは聞こえなかったのか、『彼』ではなく突然振り向いた私へ視線を送っていました。


(王城の、地下の、第一牢……?)


 しかし、今の私には、彼女たちに答えるだけの余裕はありませんでした。


『彼』の口にした場所は、確か、『彼』を()った教師を閉じこめていた場所では、なかったか?


 かの教師たちは、魔物討伐訓練があったこの日に解放されたはずですが、『彼』が教師たちの居場所を知っているはずはありません。


 少なくとも、私たちは『彼』の前で教師たちの話をした覚えはありませんし、知る機会があったとすれば、他の異世界人やイガルト人の口から、ということになるでしょう。


 その上でわざわざ声を(ひそ)め、私にだけ聞こえるようにしたことを考えると、『イガルト王国(かれのてき)』に知られてはいけないこと、ということになります。


 では、教師たちのことは、他の異世界人から『彼』が聞いた、と言いたかったのでしょうか?


 しかし、もしそういう意味だとしても、わざわざ周囲から隠すように伝える内容ではないはずです。付け加えるならば、私たちを無視するような態度を取る必要性も、全くありません。


 だとしたら、『彼』は一体、何を伝えたかったのか?


 それに、第一牢というだけでなく、牢屋の場所まで指定した意味も、わかりません。


 イガルト王国に処罰を求めた時に、第一牢が独房(どくぼう)であったことは聞かされていましたが、さすがに教師たちを閉じこめた場所までは知らされていません。話を聞いただろう『彼』も、そこまで聞くことはなかったはずです。


 だというのに、わざわざ一つの独房を指定した、真意は?


「……どうしたってのよ?」


「……水川(みなかわ)、さん?」


「……ぅぅ」


 沈んだ声音で、私の行動に注目したセラさん、長姫先生、菊澤さんでしたが、そちらへ声をかけることもできません。


 私からの返答がないとわかると、彼女たちの視線は、自然と『彼』へと移りました。


 四人の視線を受け続けてなお、『彼』は一度たりとも私たちを(かえり)みることはありませんでした。


 そこでようやく、『彼』の担いでいた袋の中身が、お金らしいと、気づきました。




『彼』と別れてから、私はその日の内に『彼』の残した言葉を三人にも伝えました。


 その際、一人だけ声をかけられてズルい、という声が上がり、話が著しく脱線しそうだったので強引に軌道修正することにもなりましたが、それはさておき。


 結局、私たちはイガルト人の目を盗み、『彼』の指定した場所へ行くことを決めました。


 いくら話し合っても『彼』の真意は明瞭(めいりょう)とならず、「行ってみりゃいいじゃん」というセラさんの一言により、指定された場所に(おもむ)くことになったのです。


 方針を決めた時は夜が()けていて、さらに『彼』から受けた『無視』で私たちに思いの(ほか)精神的ダメージがあったこともあり、夜中に行動することは避けて解散しました。


「行きましょう」


「【幻覚】の仕込みは終わってるから、いつでもいいわよ」


「菊澤さんも、《隠神(かくしがみ)》は平気ですか?」


「『うん。ちゃんと、発動してる』」


 きちんと休息をとった翌朝。


 私たちは普段行っているイガルト人の監視対策をしっかりと行い、王城の地下へと移動しました。


「うっ!?」


 そこで私たちを待っていたのは、鼻をつく強烈な異臭でした。


 鍵がかけられた第一牢の扉から漂っているらしく、目的地に近づくにつれて強くなる悪臭に、私たち全員が顔をしかめます。


「『くちゃい……』」


 そこで対処してくれたのは、菊澤さんでした。


 発話用の【結界】越しにかわいらしい言葉を残し、私たち全員を包む【結界】を瞬時に形成しました。


 同時に、【結界】を操作して臭いを排除してくれたらしく、私たちは(つま)んでいた鼻を解放して安堵のため息が漏れ出ます。


「『これで、大丈夫』」


「ありがとうございます、菊澤さん」


「助かったわ、ホント」


「この臭い、まさか……」


 即座に対応してくれた菊澤さんに、私とセラさんはお礼を伝えましたが、長姫先生は深刻な顔で考え込んでしまいました。


「どうしました?」


 気になる点でもあるのかと尋ねてみますと、長姫先生は顔をさらにしかめて、重い口を開きました。


「先ほどの臭いと、以前話したあの子の学生服の臭いが、似ていたんです」


「それは、まさか……」


「アイツが、ここにいた、ってこと?」


「『え? え?』」


 確信を持った長姫先生の証言に、私たちは正しく言葉を失いました。


『彼』がイガルト王国から冷遇されているかもしれない、とは推測していましたが、まさかここまで劣悪な環境にあったなどとは、想像もしていなかったのです。


 そして、それから浮かび上がることは。


「もしかして、第一牢の右手側にある、入り口から四番目の扉って、彼がずっと閉じこめられていた場所ということなのでは……?」


 状況証拠ではありますが、その可能性が非常に高いでしょう。


 普通は人目を忍ぶために牢屋に呼び出すにしても、独房の位置まで事細かに指定するとは思えません。


 わざわざ中にいなくとも、扉の前で待っていればいいですし、鍵の管理もイガルト王国が行っているでしょうから、安易に中には入れないはずです。


 それなのに、特定の独房を伝えたのは、『彼』が異世界にきてから過ごしてきた場所だと考えると、長姫先生の証言と合わせれば合点がいきます。


「急ぎましょう。菊澤さん、お願いします」


「『うんっ!』」


 長姫先生も、私と同じように考えたのでしょう。進める足を速め、菊澤さんに鍵の開錠を促していました。


 すぐさま第一牢の前に立ち、菊澤さんは扉の鍵を【結界】で覆って、内側の鍵だけを壊しました。あっさりと開いた扉をくぐると、今度は長姫先生の【再生】で壊れた鍵を修復します。


 帰りも同じようにすれば牢屋に侵入した形跡を残さず、イガルト王国に察知されることもないでしょう。


「ここ、ですね」


 薄暗く、また【結界】で取り除いた臭いが酷くなっているだろう通路を進み、私たちは『彼』の指定した独房の前に到着しました。


「……っ!!」


「なによ、これっ!?」


「あの子が、ほんとうに、こんなばしょに……?」


「…………ぅっ!!」


 そこにあったのは、およそ人が住む場所とは思えない、凄惨(せいさん)な光景でした。


 推測ですが、最初からあっただろう物は、石で出来たベッドと、用を足すためのトイレの穴。本当に、それだけなのでしょう。


 室内には他に、粗末なランプらしき物や、ランプの燃料らしい石が入った袋、それと複数の羽ペンやインク壷が放置されていました。


 独房という環境と、窓すらない殺風景すぎる内装からして、それらは後から持ち込まれた物と考えてよさそうです。


 そして、一際(ひときわ)目立つのが、トイレ用の穴だろう場所からあふれ出している、大量の紙でした。


 もはや一つの山となっているそれには、大量の小バエやウジ虫が()いています。牢屋から漂っていた臭いの発生源はここなのでしょう。


 それだけでも目を背けるには十分でしたが、よくよく紙を観察してみると、それらのほとんどには血と思われる赤黒いシミが見て取れました。


 さらに、この独房の床にも血痕らしきシミが残っていました。ほとんどが掠れたような跡になっていることからして、床に散らばった血は捨てられた紙で拭き取られたのだろうと察せられます。


 何があったのか想像すら出来ませんが、少なくともこの場所で流血する事態にまで至った『何か』が起こっていたことは、間違いありません。


「……いえ、まだ、そうと決まったわけでは、ありません」


 入り口の前で絶句したまま動けなかった私たちの中で、最初にそこへ足を踏み入れたのは、長姫先生でした。


「先生? 何を……?」


「この場所で起きた出来事を(さかのぼ)り、【再生】で再構築することが出来るかもしれません。毒島(ぶすじま)さん、菊澤さん。監視はないかもしれませんが、念のため、この室内での変化を悟られないように、お願いできますか?」


「わ、わかった」


「『は、い……』」


 どうやら、この場で何が起こったのか、【再生】を使って確かめようとしているようです。


 セラさんには【幻覚】で視覚的に、菊澤さんには【結界】で魔力的に、他の誰かへ悟られないように頼んでいました。


 そんな長姫先生の表情は、今にも泣き出しそうなくらいに、苦しそうでした。


 おそらく、長姫先生は、『彼』がここにいたことよりも、いなかったことを証明したかったのかもしれません。


 こんな、劣悪と呼ぶのも生ぬるい場所に、『彼』が八ヶ月もいたなんて。ここにいる全員が信じたくなかったことでしょうから、気持ちは痛いほどわかりました。


「いいわ」


「『大丈夫、です』」


 一縷(いちる)の希望を胸に、【幻覚】と【結界】が展開されたことを確認すると、長姫先生は意を決して【再生】を発動させました。




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名前:水川(みなかわ)花蓮(かれん)

LV:12

種族:異世界人

適正職業:勇者

状態:健常


生命力:3800/3800

魔力:3200/3200


筋力:480

耐久力:410

知力:450

俊敏:540

運:100


保有スキル

【勇者LV3】

《異界流刀術LV10》《イガルト流剣術LV10》《異界流弓術LV7》《生成魔法LV10》《属性魔法LV10》《縮地LV7》《虚実LV3》《生体感知LV3》《魔力支配LV2》《詠唱破棄LV2》《連鎖魔法LV1》《未来把握LV3》《鬼気LV4》《千里眼LV1》《刹那思考LV2》

『長刀術LV7』『槍術LV5』『柔術LV5』『暗器術LV4』『範囲魔法LV5』『集約魔法LV5』

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