57話 お約束
「はぁ?」
振り返ると、いかにも中堅です! って感じのむさっ苦しい中年冒険者が俺を睨みつけていた。
外見は、あれだな。筋肉ゴリラの大人しい版。
ボディビルっぽい筋肉と、背中には木こりが使うイメージの斧。無精髭が伸びた代償に失った毛髪ゼロの眩しい頭には、わっかりやすい青筋がいくつか浮かんでいる。
これは、あれか?
冒険者登録には結構な頻度で現れる、先輩冒険者の絡みイベントってやつか?
お、おぉ。
まさか、そんなテンプレまで用意してくれているとは、さすが異世界。
俺の予想をいい意味で上回ってくれやがって。
ってか、いい歳してターナちゃんって……。
受付嬢相手にちゃん付けとか、恥ずかしくねぇのか?
「ターナちゃんはテメェみてぇな雑魚でも、冒険者の仕事であっさり死なねぇように忠告してくれてたんだろうが!
この仕事が簡単だと思ってる、テメェみてぇな勘違い野郎相手でも、優しく諭してくれてたターナちゃんの配慮がわかんねぇのか!?」
いや、それ違うと思う。
社長を観察してたけど、ぜってぇ自分の業績とか社内評価しか考えてなかったぞ?
自分が担当した冒険者から死者が出たら、昇進や評価に響く~、とか思ってた口だぞ?
命知らずのバカにしか見えなかった俺の心配なんて、微塵もなかったっつの。
「いや、そういわれても、じゃあどうしろってんだよ?」
「さっさと帰れ! ターナちゃんを困らせるくらいなら、冒険者なんて止めちまえ!!」
え~? なんで俺が冒険者諦めなきゃなんねぇんだよ? こっちだって生活かかってんだよ、無茶言うな。
しかも、説得する理由が俺じゃなくて、社長メインになってるし。
おかしくね? もう色々おかしくね?
「そうだ! 帰れ!!」
「冒険者舐めてんじゃねぇぞ、クソガキ!!」
「テメェみてぇなヒョロイのに勤まる仕事なんざ、一つたりとてねぇんだよ!!」
ハゲ斧の威勢に感化されたのか、それとも酒の肴感覚なのか。
他にも酒の席に着いていた冒険者が、口々に俺を野次ってきやがった。
声はどんどん大きくなり、あっという間に酒場の冒険者全体に広がる。
このゴロツキどもの顔つきを見る限り、社長擁護6、余興4、俺の心配0だな。
ここにはまともな冒険者はいねぇのか?
クソ王の治世か、イガルト人のクソみたいな気性が原因なのか?
それとも、冒険者っつう人種は『種族』関係なくこんな奴らばっかなのか?
いずれにせよ、俺が所属しようとしている組織の構成員の姿として見れば、落胆を覚えずにはいられない。
受付のカウンターに背中を預け、俺は大げさにため息を吐いて見せた。
「俺が冒険者舐めてるガキだってんなら、テメェらはなんなんだよ? 昼間っから酒かっくらってバカ騒ぎするだけで仕事もしねぇ、どうしようもない落伍者の集まりじゃねぇか。
確かに、冒険者の依頼で俺が出来る仕事は少ねぇのかもしれねぇ。が、仕事もせずに新参者をはやし立てて面白がってるだけにしか見えねぇテメェらに、俺の行動をとやかく言われる筋合いはねぇよ。
それとも何か? 冒険者協会っつうのは、テメェらみたいなろくでなし集団を一つの場所に集めるだけのふきだまりでしかねぇのか? だったら、俺みてぇな勤労意欲あふれる若者にとっちゃ、場違いもいいところだな。
そういう理由だったら仕方ねぇ。テメェらの言うことは全部正しいよ。大人しく、別の仕事を探すことにすらぁ。それに? テメェらと同じ人種だと思われちゃ、こっちが恥ずかしくて町中を歩けねぇしなぁ?」
『はぁ!?』
たまりにたまった鬱憤を素直に言葉にしてみたところ、ハゲ斧をはじめとした冒険者たちは一斉に立ち上がった。
ぶっさいくな顔が俺の煽りでより凶悪に歪み、強い『敵意』を向けてきた。
中には武器に手をかけて威嚇する奴までいて、あと一押ししてやれば今にも襲いかかってきそうだ。
っつうかコイツら、マジでバカなのか?
俺の言いがかりに反応したってことは、暗に俺が吐き捨てた内容を、心のどこかで自分でも正しいと思ってる、っつうことだろ?
なんせ、本当に俺の言い分が間違ってんなら、こんだけ強く反応する必要はねぇはずだからな。
もし、冒険者としてのキャリアに自信と自負を持ってるような奴だったら、俺みたいなペーペーの挑発なんて軽く流せるはずだ。
こういう奴らと一緒にされて不愉快な気持ちにはなるだろうが、ここまで過剰反応をするはずがねぇ。
だっつうのに、それを真に受けて激昂したって時点で、俺が下したコイツらへの評価は正しいと、自分から喧伝してるようなもんだろうが。
んなことにも気づかねぇようじゃ、俺みてぇなクソガキに虚仮にされてもしゃーねーだろ?
「まあ、冒険者協会で働いているアンタらには同情するよ。こんなバカどもを集めて、仕事まで与えて、わざわざ生かしてやってるなんて、俺には到底出来ねぇ慈善活動だ。
バカとなんちゃらは使いよう、とはよく言ったもんだよ。こんな社会不適合者どもをこき使って養ってやるなんて、ホント、立派立派」
『……っ』
ついでに、さっきから俺を排除する気満々だった社長や、他の窓口を担当していた受付嬢たちにも、矛先を向けてみた。
すると、さすがに社員教育はある程度受けているのか、顔をしかめただけで言い返したりはしてこなかった。
ま、今いる冒険者たちの反応だけが論拠となってる現状じゃ、俺の言いがかりに反論の余地がなかっただけかもしんねぇけどな。
少しでも高ランクの、それこそ『偉人』級以上の冒険者になると、冒険者協会の顔になる人物になるため、品位も評価対象になる。
もし、そういう冒険者がこの場に一人でもいたら、受付嬢もこんなゴロツキどもを引き合いに出すより、余程俺に反発できたんだろうよ。
受付嬢がそうした手段に出れてねぇ、ってことは、この場にいるのは本当に大したことのねぇ冒険者ばかりっつうことだ。
クレーマーの俺がいえる立場じゃねぇけど、受付嬢も大変だな。俺を含め、ややこしい奴らを毎日相手にしなきゃ何ねぇんだもんよ。
普通に同情するわ。
「テメェッ!! もういっぺん言ってみろコラァ!!」
思いっきり嘲りの表情を浮かべ、肩越しに悔しげな表情の受付嬢を眺めていた俺だったが、突如体が思いっきり持ち上がった。
視線を正面に戻すと、俺がヘラヘラ挑発している間に、ハゲ斧が近づいてきて俺の胸ぐらを左手で掴み上げていた。
身長は、ハゲ斧の方が高ぇな。190は超えるみてぇだ。
学ランを掴み上げられたせいで、地面から足が少し浮く。ステータス概念がある異世界ならではの現象だな。
視界には、酒と中年臭を漂わせる無精髭のおっさん面が、他の景色を隠すくらいのドアップで入り込んでいる。むさ苦しい。
「あ? 俺の言ったこと、もう忘れたのか? 記憶力大丈夫か? あんまり酷いようだったら、病院行けよ? バカは治んねぇかもしれねぇけど、病気は治ると思うぜ?」
「テンメェッ!!!!」
は? 何キレてんだよ?
今度は本気で心配してやっただろうが?
ハゲ斧のキレるポイントがわからん。
「俺らを、」
すると、堪忍袋の緒が切れたのか、ハゲ斧は俺を持ち上げたまま、もう片方の右腕を振り上げ、拳を固く握りしめた。
口で負けるから暴力で訴える、か。
なるほど、低脳の論理はわかりやすいな。
「バカにすんのも、」
とはいえ、どうしたもんかね?
このまま【普通】をかけた状態でハゲ斧の拳を食らっちまえば、おそらくハゲ斧の腕が消し飛ぶ。触れた場所によっちゃ、それ以上の肉体欠損を負うことになるだろう。
【普通】は『魔力』の存在を『0』にするんだから、『魔力』で肉体を構築しているこの世界の人間は、俺に触れただけで実は結構危険な行為といえる。
今ハゲ斧に掴まれている学生服も、俺が親切にその部分だけ【普通】を解除してやったから、俺を持ち上げるなんて芸当が出来たわけだしな。
与える損害を調節することができりゃ楽なんだが、俺の【普通】は触れたが最後、全部ぶっ壊しちまう可能性が非常に高い。
【普通】の効果を知らなかったワンコの時とは違い、今は完璧に【普通】を把握している。
《魂蝕欺瞞》で自分の認識をいじったりしねぇ限り、【普通】はハゲ斧を『0』にするだろう。
もしそれが事実なら、【普通】は力加減が全くできねぇ無差別なスキルであり、『敵』の『排除』は簡単でも『穏便な無力化』が一気に難しくなる。
とはいえ、これはあくまで俺の仮説だから、本当かもしれねぇし、そうじゃないかもしれない。
まだ【普通】の効果がどこまでできるか? っつう実験サンプルが、ゴブリン数体とイガルト兵と魔族だけしかねぇんだ。確かなことは、俺にもわかんねぇ。
「いい加減に、」
だが、『できるかもしれない』なんて曖昧なままぶっつけ本番でこのスキルを晒すのも、かなりのリスクを負う。
どんな些細なことでも、情報は武器だ。
しかも、今回は俺の切り札である【普通】の情報だぞ?
それを知られることはすなわち、自分から弱点を言いふらして『死』を引き寄せてるようなもの。
いくら『手札』が強力で、相手がどんだけバカでも、『死』を招くような真似、してたまるかってんだ。
ここがダンジョン内で、相手が俺の明確な『敵』なら、そのまま殺せば問題ねぇ。
俺の【普通】を知った相手を皆殺しにしちまえば、情報漏洩は避けられるからな。
だけど、今回はグレーゾーンな人間が相手で、しかもここは町の中。安易にハゲ斧を殺しちまえば、それはそれで余計なトラブルを引き寄せる要因になり得る。
容赦が出来ねぇ、ってのはある意味、【普通】の欠点なのかもな。肝に銘じとくとしよう。
「しやが、」
で、だ。
それがわかったところで、問題解決はどうすりゃいいんだ? って最初の疑問に戻るだけ。
何となく、テンプレ展開にわくわくした、っつう超個人的な感情でこの茶番につきあっているが、落としどころまでは考えてなかったんだよなぁ?
一応、テンプレを信じるんだったら、ハゲ斧は実は無能を装った実力者で、俺が冒険者としてやっていけるかを試す役割のモブキャラ、って線がある。
社長たちが黙ってたのも、そういうお節介が今回が初めてじゃねぇから、ってことかもしんねぇし。
もしそのケースだった場合、たいていの主人公はモブをあっさり返り討ちにし、冒険者から一目置かれる存在になってたが、俺にはそれが出来ねぇ。
返り討ち=永遠にさよなら、っつう図式が成立する上、目立つ行動はクソ王の耳に入る可能性がある。
イガルト王国の端も端だとはいえ、クソ王の勢力圏内で目立っちまうのはのは非常によろしくない。
最悪指名手配されて、人、魔物、魔族と戦うことになるかもしれねぇんだぞ?
面倒臭ぇじゃん、そんなの。
「れぇ!!」
「ぐっ!?」
ってわけで、とりあえずステータス通りの行動をとってみて、様子を見るか。
《神術思考》でハゲ斧が殴りかかってくるまでつらつらと思考に没頭していた俺は、殴られる寸前で《機構干渉》を使い、『種族』を『異世界人』に変更。
特に抵抗することもなくハゲ斧の拳を左頬に食らい、思いっきり右側へすっ飛ぶ。
ハゲ斧の手から逃れた俺の体は、床を何度かバウンドして転がり、壁に背中からぶつかって止まった。
……ふむ、『異世界人』のステータスでほぼ無傷、ってことは手加減したのか?
グーで殴られたはずの頬も、平手を食らったような感覚しかねぇ。
体が浮いたのは、純粋な筋力か体重差の問題だな。俺、この世界にきてからだいぶ痩せたしなぁ……。
「ちょ、ちょっと、ハクスさんっ!?」
「いいか!? もう二度と生意気な口を叩くんじゃねぇぞ、新入りぃ!!」
社長らしい受付嬢の声を無視して、ハクスっつうらしいハゲ斧が鼻息荒く声を張った。
……あ、ハゲのアックス持ちで、ハ(ゲアッ)クスか。
なるほど、覚えやすい名前してんな、ハゲ斧。
「大丈夫ですか!?」
なんて、呑気なことを考えつつ、俺は《機構干渉》で再び『種族』を『日本人』に変更して、気絶しているフリをする。
何とも情けねぇが、これで生意気な口を利くド素人が、先輩冒険者に手痛い洗礼を受けた、ってだけの事件に収まる。
冒険者っつう職種を考えればよくある事件で済まされ、さほど大きな騒ぎにならず場が収まっていくだろ。
ってわけで、近づいてくる社長らしき足音を聞きつつ、俺は大人しくやられ役を演じ続けた。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常
生命力:1/1
魔力:1/1(0/0)
筋力:1
耐久力:1
知力:1
俊敏:1
運:1
保有スキル
(【普通(OFF)】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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