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56話 冒険者

「よ、っと」


 うだうだしてても始まらねぇし、俺は早速冒険者支部の門戸(もんこ)をくぐった。


 あ、レイトノルフ支部の建物の外観は、二階建ての木造建築だ。単なるイメージだが、人族と獣人族の建築様式を足して二で割ったような感じ?


 イガルト人の石造りが二階建て以上で、獣人族が木造平屋がメインだったから、そう思うんだろう。


 ここはまだイガルト人の影響が強くねぇってのに加え、町の近くにダンジョンの森があって、木材が豊富なのも一因だろう。


 町を見りゃ、ほとんどが木造建築の建物だった。国境付近の町だから、いい感じに文化を吸収し、昇華させた結果なんだろうぜ。


「……酒くさ」


 で、入って早々鼻についたのが、()せそうな程の酒の臭いだった。


 どうやらここの支部は、異世界ファンタジーの冒険者設定としては割と定番な、酒場が併設(へいせつ)されたタイプの施設らしい。


 時間は昼頃だが、結構な人数が酒を飲んで騒いでいるのがわかる。


 入り口から見て、右側が飲んだくれスペース、左側が依頼受付窓口が用意されていて、受付嬢が数名背筋をピンと伸ばして仕事をしていた。


 冒険者っつう人種のほとんどがやくざ者だ、ってのはわかってたつもりだが、こりゃ相当下方修正しなきゃならなさそうだな。


 一応、依頼の受注をしてるんだろう冒険者もちらほらいるが、中にいた現役冒険者のほとんどが飲んだくれだ。


 いくら夢やロマンがある仕事だ、っつっても最初に目の当たりにする実状がこれじゃあ落胆も大きい。冒険者の一側面なのはわかってるけど、これからこういう奴らの仲間入りするのかと思うと、複雑な気持ちだ。


「…………」


 そして、くるわくるわ大量の視線が。


 思いっきり値踏みするような目を向けられんのは、あまり気分がいいもんじゃねぇ。


 が、ある意味通過儀礼って奴なんだろう。俺が読んでた異世界ものの小説でも、そういう描写はいっぱいあったし。


 まあ、見るからにヒョロヒョロで無装備の平凡野郎がきたら、(いぶか)しむのも無理はねぇか。


 加えて、まだ俺は一言も言葉を発さず、こいつらに《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》も使ってねぇから、学生服で黒髪黒目の見慣れねぇガキにしか見えてねぇことだろう。


 こんだけ物珍しさが(そろ)った奴が入ってきたら、テンプレとかじゃなくても視線を集めて当然か。


「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 受付にはほとんど冒険者がいなかったから、真っ直ぐ空いているところに行き、営業スマイルの(まぶ)しい受付嬢に迎え入れられた。


 他の受付を担当している女性職員もそうだが、俺の目の前にいるのもかなりの美人だな。


 肩にかかるくらいのボブカットっぽい茶髪に、ほぼ黒に近いダークレッドの瞳が印象的な、二十代くらいのナシア人。


 ナシア人は主に大陸北部の純粋人種だから、俺が偽っているイセア人と同様、大陸南部では珍しい人種といえる。


 受付から見えるのは上半身までで、きっちり着込んだ冒険者協会の制服を押し上げる形の良い胸がカウンターから顔を出す。


 その上についた顔はアジア人に近い色合いの肌を持つ親近感が()く美人なんだが、眉毛も目つきもきりっとしすぎてて、どうもキツい印象を受ける。


 残念先生がキャリアウーマンだとしたら、この受付嬢はワンマン社長か? いや、どっちがどうとかはよくわかんねぇんだが、イメージはそんな感じだ。


 とにかく、我が強くて男を尻に敷いてそうな印象を受ける。


「冒険者として登録したい」


 心中で失礼な評価を下した受付嬢に声をかけると、一瞬口角がひきつった。


 なるほど、百歩譲ったとしても、俺は冒険者へ依頼しにきたと思ってたらしい。


 冒険者登録? そのナリで?


 それが受付嬢の本音だろう。


「……えっと、正気ですか?」


「言いたいことは何となくわかるが、冒険者は登録料さえ払えば自由になれる、基本的に全部が自己責任の業種だろ? だったら、登録後に自分の身に何が起ころうと、アンタたちに文句はいわねぇさ」


「…………わかりました」


 おいおい、受付嬢の第一声が「正気ですか?」ときたか。


 俺はよっぽど、命知らずのバカに見えるらしい。


 まあ、その評価は仕方ねぇか。


 なんたって俺、見た目だけじゃなく魔力0でオーラ0だもんな。


 ほぼ命のやりとりを経験する生業(なりわい)である冒険者に、実力の欠片(かけら)もなさそうなガキを登録すんのは抵抗があるんだろう。


 心情的なもんだけじゃなく、それでみすみす俺が死んじまったら、受付で登録を許可した受付嬢……、う~ん、社長でいいか。


 その社長の評価に傷が付くかもしれねぇしな。渋って当然か。


「では、こちらの用紙に必要項目を記述してください」


「あ、代筆で頼む」


「わかりました」


 もちろん、俺自身は主に《世理完解(アカシックレコード)》のおかげで、一通りコンプリートしている。


 現存する各種族言語から、もう失われただろう古代言語に至るまで、すべて日常会話レベルで扱えるが、あえて代筆を頼んだ。


「お名前は?」


「『ヘイト』だ」


「種族は?」


「見ての通り、『イセア人』だよ」


 理由は俺の特徴を声に出すことにより、この場にいる人間全員を《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》でハメるためだ。


 人の潜在意識にまで干渉し、あらゆる認識を(だま)すことが出来る《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》だが、絶対にして不可欠な発動条件が『言葉』を用いること。


 一応、『文字』でも《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》をかけることは可能だが、『声』で出す『言葉』と比べると一度に騙せる速度と範囲に圧倒的な差がある。


『文字』は俺が『書いた』上で、『見せる』必要がある。


 対して、『声』なら『話す』の一行程で事足りるし、声量さえあれば意図して大勢の人間に『聞かせる』ことが出来る。


 この場において、騙したい相手が社長だけじゃなく、俺を厳しい目で睨んでくる冒険者たちも含むとなると、『声』で《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》を仕掛けた方が効率がいい。


 で、色々と偽の個人情報を報告しながら、順調に《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)》による印象付けを行っていき、登録用紙の記入は終わった。


「…………本当に、登録するんですか?」


「やるからここにきたんだよ」


「……………………わかりました」


 さっきより社長の表情が苦悩に満ちているな。


 今にも頭を抱えそうになっているのは、俺が開示した情報を改めて見直した結果だろう。


 ステータス的に表すと、こうなる。


====================

名前:ヘイト

LV:1

種族:イセア人

適正職業:なし

状態:健常


生命力:10/10

魔力:10/10


筋力:5

耐久力:5

知力:5

俊敏:5

運:1


保有スキル

『高速思考LV1』『並列思考LV1』『解析LV1』

====================


 ほぼ全部偽りつつ、現実とはかけ離れすぎないステータスを伝えたんだが、さすがに厳しい顔をされてもしょうがねぇ。


 まず、ステータスの値のあまりの虚弱さにどん引き。


 次に適正職業が『なし』ってのにまたどん引き。


 とどめに戦闘系スキルが一切ないことに超どん引き。


 ホップ・ステップ・ジャンプで高々とどん引きされたら、そらそんな反応にもなるわな。


「やっぱり止めません? 絶対死にますよ、このステータスじゃ」


「くどいぞ。町の外に出ないような仕事もあるんだろ? そっち中心で稼ぐつもりだから、大丈夫だよ」


「…………」


 すでに営業スマイルもどこかへ消え去り、社長の視線は不審者を見る目になっている。


 ちっ。仕方ねぇだろ。


 俺の最大の武器である【普通】は、『平渚』が持っているユニークスキルなんだから、公表できるわけねぇ。


 そもそもスキルの説明もできねぇ。効果が複雑だし、【普通】は切り札的スキルであるからして、詳細を知られちゃ俺が不利になるからな。


 代わりに上級スキルとか特殊上級スキルを知らせるのも、リスクが高い。


 何せ、俺の個体レベルは1のままなんだ。


 そんな奴が上級スキルをたくさん持っているってことは、スキルを覚えやすい『異世界人』の特徴と一致しちまう。


 その上で、低ステータスのオンパレードを披露(ひろう)しちまえば、もうオープンに『平渚(おれ)』だと名乗ってるようなもんだ。


 かといって、ステータス値を実際よりも高く見積もりすぎると、俺の能力との差異がありすぎて後々問題にされるかもしれねぇ。


 上方修正のステータス偽装は完全に迷惑行為として協会側から禁止されてっから、違約金などの罰則が生じる危険性がある。


 色々妥協し《限界超越》のことも加味して、ギリギリ誤魔化(ごまか)せるだろうな、って範囲がこのステータスなんだよ。


「こっちの意志は固いんだ。とりあえず、冒険者のルールを教えてくれねぇか?」


「……わかりました」


 このままじゃ話が進まんと思った俺は、めっちゃ嫌そうな社長を促して説明に入ってもらった。


 知識自体は《世理完解(アカシックレコード)》で知ってるんだが、『通行税』の例もある。現時点での冒険者の規約に変更がねぇかくらいは、確認しといた方がいいだろう。


「では、まず前提として、冒険者は全国に展開する主に『()()()()』を有する自由業です。依頼は各都市の住民や領主、時には国家からの依頼があります。仕事の達成内容によっては個人の依頼主との専属契約や、国への仕官などの道も開けている、立身出世と死が隣り合わせの危険な職業といえますね」


 おい社長。


 お前わざと『戦闘技能』を強調して言いやがったな?


 説明できねぇだけで、俺だって魔族をぶっ殺せる程度の武器は持ってるよ。


「冒険者はそれぞれ階級が分かれており、『緑鬼(ゴブリン)』級、『黄鬼(オーク)』級、『赤鬼(オーガ)』級、『黒鬼(ギガンテス)』級、『偉人(ウィズド)』級、『英雄(フィルー)』級、『神人(レジェド)』級の七段階に別れています。それぞれの階級には、依頼達成率と達成数が一定以上になりますと昇格試験が(もう)けられておりますが、おそらくヘイト様では『緑鬼(ゴブリン)』級以上に上がれることはないので、関係ないですね」


 待て待て社長。


 ランク昇格の説明端折(はしょ)っちまうのかよ。


 そりゃあ、俺のステータス考えれば絶望的だし、一応全部知ってる知識だけどよ、それでいいのか受付嬢?


「依頼の種類は多岐(たき)に渡ります。ヘイト様のような『緑鬼(ゴブリン)』級では、主に都市内で発生する雑事依頼が多くなります。荷物の運搬、都市内の清掃、依頼者の家事手伝い、迷子等の捜索などです。

 難易度が上がりますと、依頼のために都市外に出る必要が出てきます。一例ですと、ダンジョンに分布する薬草の採取、他都市への手紙や荷物等の運送、上位階級冒険者の荷物持ち、緊急時の大規模戦闘などでは伝令役を担当することが多くなります。

 ヘイト様の開示情報を参照しますと、現状では都市外への依頼は斡旋(あっせん)できません。まあ、頭脳労働を補助する中級スキルを三つ所有していますので、依頼を受けるとしても研究者や学者の助手等の仕事が向いているのではないでしょうか?」


 ちょいちょいちょい社長。


 さらっとレイトノルフから出んなっておかしいだろうがよ。


 そりゃあ都市内の雑務系で集まるような、安全で地味な体力勝負の仕事も重要だろうけどよ、仕事の内容くらいはこっちで決めさせてくれよ。むしろ適性は都市外の依頼群だよ、俺の場合。


「なお、依頼で生じたトラブルには、冒険者協会は一切関与いたしません。あくまで冒険者の輩出(はいしゅつ)・斡旋が冒険者協会の役割であり、依頼主との個人間で起こった問題に関しましては、全て自己責任で解決していただくようお願いしています。

 こちらが介入できるとすれば、依頼主から提出された依頼内容と、実際の依頼内容に著しい差異が生じていた場合。後は協会が派遣した冒険者が実力を偽り、依頼内容を達成しうる能力がそもそもなかった場合。基本的にはこの二つの事例です。

 前者は冒険者を無駄な危険にさらす行為ですので、厳重注意の上、不正の程度によって罰金の徴収、場合によっては依頼提出を一定期間禁止されます。後者の場合、厳重注意と罰金は同様で、最悪冒険者協会の登録が抹消(まっしょう)されます。ヘイト様は()()ご注意ください」


 こらこらこらこら社長。


 登録前から俺が無謀な依頼を受ける前提で話をしてんじゃねぇよ。


 それよりも、依頼主との間で生じる人間関係的な問題について注意しろっつうの。気に入らねぇ相手だったらほぼ確実に噛みつくぞ、俺? いいんだな?


「他にも、冒険者数名が固まるパーティ登録や、複数の冒険者パーティが団結して結成されるユニオン登録というものもありますが、おそらくヘイト様には関係ありませんので省略します。奇跡的に誘われたり人が集まった時に、説明を受けてください。

 後の注意事項としまして、依頼料は協会運営費や所属国の税金等により、報酬支払いの時にいくらか天引きされます。おおよその相場は運営費で10%、国からの税金で10%が徴収されますが、現在イガルト王国では税率が引き上げられ、報酬の20%が差し引かれております。報酬額の減少による苦情は一切受け付けませんので、ご了承を」


 社長~! おい、しゃっちょぉ~!


 パーティとかユニオンとかへの所属が奇跡って、バ~カ~に~し~て~ん~の~か~?


 ついでにクソ王! さらっと税金2倍とかアホか!? それだけで冒険者の報酬は依頼主の提示価格の70%になってんだろうが!! 勤労意欲が()がれるわ!!


「大まかな説明は以上になります。他にも細かい規定などが存在しますが、ヘイト様の場合必要になったときに随時聞かれる方がよろしいかと。この場で聞いたところで、本当に活用される知識になるかわかりませんので」


 しゃちょう…………。


 いくらなんでも、俺を下に見過ぎじゃねぇっすかね?


 泣くぞ? いい歳した十七歳の男が泣いちゃうぞ? いや、《精神支配》があるから泣くのも自由自在だけどさ。


「説明は理解したよ。じゃあ、正式登録するにはどうしたらいい?」


「…………今からでも遅くありませんが?」


「いい加減しつこいな、アンタも? 俺はやるっつってんだろ?」


 あんだけしつこく釘刺されちゃ、『冷徹』があっても苛つきくらいはする。


 俺は受付を飛び越えて、社長の額に右手人差し指を突き立てた。


 あ、多分ヤバいから、触れた瞬間だけ【普通】は解除したぞ? そうしなきゃ、俺の指が社長の頭蓋骨貫通してただろうし。


「いたっ!? ちょっと、何するんですかっ!?」


「こっちだって散々邪険にされて、いい加減腹が立ってんだよ。いいからさっさと登録しろっつの」


 パチン、とデコピンみたいに頭を軽くのけぞらせた俺の奇襲に、額を押さえて抗議する社長。


 元々目つきが鋭く、こちらへの悪感情を露骨(ろこつ)に示す社長の顔は、まあまあ迫力がある。


 とはいえ、魔族が放つ魔力圧に比べりゃ、屁でもねぇけどな。受付嬢と比べるもんでもねぇだろうが。


「おい、テメェ! ターナちゃんに何してくれてんだ、あぁ!?」


 すると、背後の飲み卓から一人の怒声が爆発した。




====================

名前:ヘイト(平渚)

LV:1(【固定】)

種族:イセア人(日本人▼)

適正職業:なし

状態:健常(【普通】)


生命力:1/1(【固定】)

魔力:1/1(0/0【固定】)


筋力:1(【固定】)

耐久力:1(【固定】)

知力:1(【固定】)

俊敏:1(【固定】)

運:1(【固定】)


保有スキル(【固定】)

(【普通】)

(《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)

====================



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