55話 国外ならず
ここから二章に入ります。
イガルト王国の王城から逃げ出して、一ヶ月。
俺の予想通り、休みなしに馬車を乗り継ぎまくった結果、クソ王の勢力圏から抜け出せる、後一歩というところまできた。
ちょっと今さらかもしれねぇが、クソ王の勢力圏っつうのは、旧獣人国家であるネドリアル獣王国の領土そのままだと考えていい。
ネドリアル獣王国は、ある一族の統一国家っつうより、数多くある獣人部族の連合国家、ってイメージだな。
王族の選定も一定周期で『王族選別闘技大会』なるものが開かれ、そこで勝ち残った部族の代表が王を務める、っつう完全な実力主義だ。
その上、王族を守護する近衛兵や、国家として従軍する職業軍人なんかも、この大会で選定される。上から何位までがこの役職で~、みたいな決め方だな。
そんなんで国として成り立つのか? って疑問はあるが、力こそが全て、という文化が根付いている獣人族だからこその国家形態だといえる。
王族の選定方法からしてアホさが際だってる感じはするが、その分純粋な戦力は他国と比べても優れており、それが他国の侵略を抑制していた側面もある。
またクソ王と違って、歴代の王族に帝国主義的考えが薄かったこともあり、ネドリアル獣王国は他国との戦争が少なく、比較的長い歴史のある国だった。
そこを不意打ちで侵略し、無理矢理追い出したのが、クソ王どもだな。
精強な軍を保有しているとはいえ、それはネドリアル獣王国の王都アクセム近辺に集中するのは仕方ねぇ。国境近くにある辺境だったら、町ともいえない村みてぇなところも多かっただろう。
そうした弱いところから襲われ、最終的に王族や軍人たちの部族を人質にとって脅迫。
旧イガルト王国からつれてきた国民を、ネドリアル獣王国に丸ごと移動させたってところだな。
まあ、獣人族は同族意識が非常に強く、国民の誰もが国家よりも部族に帰属している意識の方が高い。
そうした種族だけが集まった、ネドリアル獣王国の特異な国家形態だからできた侵略手法といえる。
そうやって元々住んでいた獣人たちを、ネドリアル獣王国の領土から尽く追い出し、大陸中央にあったイガルト王国民をそのまま移住させたのが、今のイガルト王国の真実になる。
とはいえ、元ネドリアル獣王国の住民たち全員を、即座に国内から排除できたかというと、そうではない。
何せ、雑多な部族の集合国家だっただけあり、国の領土がかなり広い。大陸の南部はだいたいネドリアル獣王国の勢力圏内だったってんだから、相当な広さだ。
町単位での追い出しは可能でも、国単位で排除するには侵略してから日が浅すぎる。
《世理完解》で見つけた記録によると、ネドリアル獣王国としての最後の記録更新が、なんとたった三年程前。
単純に考えて、クソ王が【魔王】に襲われ、ネドリアル獣王国を侵略支配してから、まだ約三年しか経ってねぇことになる。
よって、ワンコに向かわせた獣人族の隠れ里が点在しているのは、ある意味当然といえる。
ワンコの話によると、すでにいくつもの獣人たちが部族単位で国外に逃げているらしいから、その数も少なくなりつつあるらしいが。
今残っているのは、クソ王が《契約》で縛り付けた獣人族の兵士たちと同じ部族のみ。ワンコを逃がしたのも、狼人族が集まるらしい隠れ里だ。ワンコ、元気かなぁ?
っと、それはいいとして。
俺が町々を経由して行く内、いくつかの誤算があった。
まず一つは、『通行税』。
あのクソ王、いつの間にか《世理完解》の知識よりも増税してやがった。
現イガルト王国の王都アクセム(都市名はそのまま使ってるようだ)から離れて行く度上がっていく『通行税』の金額に、クソ王への殺意が日に日に増していった。
まあ、俺の《世理完解》の情報元が若干古かったのも原因だったんだがな。
世界の知識とはいえ、リアルタイムの情報だとその都度アクセスし直し、確認しなきゃなんねぇらしい。《世理完解》の落とし穴だな。
授業料は高くなっていく『通行税』だったよ。あのクソ王、一ヶ月ごとに税金上げやがったみてぇで、国民生活もかなり圧迫しているらしい。
原因が『異世界人』を養うだけの財源確保だっつっても、恩恵がなかった俺にとっちゃとばっちりもいいところだよ。
次に、『街道』の不備。
俺は魔物除けの『街道』は、てっきり国中に張り巡らせてあるもんだと考えていたが、アクセムから離れていくと『街道』がどんどん減っていったんだ。
おそらく、獣人族はみんなある程度の戦闘能力を有した種族だったため、移動中に魔物が襲ってきても返り討ちにしていたと思われる。
よって、魔物除けの必要性が薄く、『街道』のようなインフラ整備にとことん無頓着だったんだろう。
アクセム近くにゃ整備されていた『街道』がいくつかあったが、それはクソ王が行った数少ない善政の一つだったんだろう。
あのクソに感謝するのは死んでも嫌だから、モフモフの奇跡だと思うことにしているが。
で、『街道』の未整備で持ち上がった問題が、護衛だ。
町と町を行き来するために冒険者等で護衛を雇わねばならなくなり、必然的に同乗させてもらう側の馬車代金が高くなる。
最終的に、王都から出る時に商人のおっちゃんに払った金額の数倍くらいになっていた。必要経費だと思って、泣く泣く支払ったよ。
最後に、『馬車』の確保。
これは完全に俺の見込みが甘かっただけなんだが、俺が行きてぇ場所に行く馬車がなかなか捕まらなかったんだよ。
時に三日くらい町に滞在して足探しをし、出て行くときの『通行税』がかなりかかったのは苦い思い出だ。
俺が期待してたのは、依頼で町から町へ移動することが多い冒険者などを運ぶ、いわゆる乗り合い馬車だな。
アクセムからはかなりの頻度で周辺都市への行き来があったが、俺の失敗は、この国の町全部にそれがあると思いこんでいたこと。
他国には確かに、乗り合い馬車は人材を広く流通させる手段として、よほどのド田舎じゃねぇ限り配置されているほど重宝されている。
人が集まれば基本的に町の発展が促進され、国力の増強に繋がるんだ。やらねぇ方がどうかしている。
が、現イガルト王国はというと、侵略後に新たな国としての体をなしてから、まだ三年弱しか経ってねぇ。獣人族を町から追い出しただけで、広大な領地全体まで目が行き届いちゃいねぇんだろう。
これで獣人族の暴動があったりしたら、余計に実行支配が遅れていたんだろうな。
その辺りは、クソ王が獣人族の人質をアクセムに残し、下手に手出しをしないように牽制しているため、表面化してねぇようだが。
国政の現状は、イガルト王国貴族がクソ王の代理として、広大な領地を分割支配し、定期的にクソ王に報告することで、何とか統治してるってところだ。
その中で、比較的優先順位が低くなっちまったのが、交通網の整備だったんだろう。
やっぱどこか、日本のバスとか電車と同じ感覚でいたのがマズかったんだな。
この世界じゃ、商品を仕入れたり売ったりで移動する商人くらいしか、町を頻繁に行き来する奴はいねぇ。特に目的地が辺境になればなるほど、その傾向が強くなる。
また、国境付近とかだったら隣国との交易で、人の出入りも激しくなるもんだと思ってたが、ここは侵略者のクソ王率いるイガルト人の危険国家だ。
積極的に外交したがる国があるはずもなく、そもそも【魔王】騒動でそんな余裕がねぇ可能性もあるな。
そうした複合的な要因があって、辺境に近づくにつれて人々の足も遠のき、そもそも同乗を頼む商人や馬車も減っていった、ってことだ。
とまあ世知辛い問題に直面しつつ、何とか商人を見つけ、頭を下げ、運賃を払い、『通行税』を払い、としていったら、もう笑うしかないくらいに金が飛んでいった。
「……これで審査は終わりだ。通ってよし」
「…………はぁ、やっとか」
で、二時間ほどかかってようやく終わった検問を通り、残ったのは銀貨が5枚程度。
冒険者登録に必要なのは銀貨3枚だし、移動はここらで潮時だろう。馬車での移動はもう絶望的だ。
そんな金欠状態で入ることになった町の名前はレイトノルフ。町の雰囲気は中規模の宿場町であり、元々隣国との交易中継地点として栄えた町だった。
さっきこの国はクソ王のせいで他国との国交は絶望的だといったが、クソ王の侵略当初から人の行き交いは活発な町だったらしい。
主に獣人族の亡命と、他国に逃げ延びたイガルト人の流入って形でな。
交易関係はだいぶ減っちまったようだが、ちらほらと隣国の商品が売られてるのを見る限り、完全にゼロになってるわけじゃねぇらしい。
それに、まだまだ亡命と入国が活発に行われているようで、宿場町の機能としては十分生きているようだ。町の中も、アクセムには劣るが人の数が多い。
とはいえ、ぱっと見、ほとんどが純粋な人間種族ばっかだから、獣人族の亡命はほぼ終わったもんと考えられるな。
まあ、路地裏とかにゃちらほらとケモ耳やケモ尻尾が見えるから、こちらも完全にいないわけじゃなさそうだが。
王都アクセムに居座ったイガルト人は獣人族を奴隷みたいに扱う空気があったが、レイトノルフにゃそんな感じはねぇな。
種族関係なしに、みんな等しく歩く財布って感じで扱っている。完全に商人気質の町らしい。
だからこそ、金さえ持ってりゃ獣人族の亡命にも口出しせず、イガルト人の入国にも文句が出てねぇんだろうな。
ネドリアル獣王国が事実上解体され、侵略者がまるまる移住してきて政変のゴタゴタがあったってのに、たくましい町だな、おい。
ま、そのおかげで俺みてぇな明らかに場違いな人種がいても、さほど気にされねぇのかもしれねぇが。
他の町じゃいちいち《魂蝕欺瞞》で容姿を誤魔化していなかったから、色んな視線を受けたもんだが、ここじゃ結構スルーしてくれるから助かる。
ベストはずっとイセア人として振る舞うことだったが、さすがにすれ違う奴全員に声かけて、《魂蝕欺瞞》にハメる方が怪しいし、何より手間だからな。
『異世界人』の容姿格好が珍しくとも、そこまで詳しく顔を覚えてねぇことを期待しよう。
「…………はぁ」
雑多な街並みをアテもなく歩きながら、俺は何度となく吐いたため息をもらした。
金がつきた以上、問題はこれからどうやって国外まで行くか、だ。
レイトノルフは、まだイガルト王国勢力圏内。
辺境も辺境で、クソ王の目も届きにくいとはいえ、冒険者として登録し、身分を作るには正直厳しい状況だ。
が、先立つもんがねぇという切実な問題に直面している俺に、そんな贅沢がいえねぇのもまた事実。
レイトノルフは、さっきもいったが中規模の町。中流じゃなく、中規模に『発展』した町だから、『通行税』もそれなりにかかる。
そして、俺の所持金じゃ、レイトノルフから出て行くための『通行税』が足りねぇ。
つまり、仕事でも何でもして金を稼がなきゃ、俺はこの町から出られねぇんだ。
だったらレイトノルフの町に入らなきゃよかったじゃん、とか思っただろうが、乗っけてもらった馬車の商人が町に入るのに、俺だけ途中で降りて町に入らないという選択肢はねぇだろ。
だってそれは、俺が『町に入れない特殊な事情を持つ人間だ』と自分から言いふらすようなもんだからな。
少しでも疑われる行為をすると、巡り巡って足下をすくわれることになりかねねぇ。
最悪、不審な行動から『平渚』が生きていると嗅ぎつけられる可能性も、ゼロじゃねぇんだ。
思い返せば俺の行動にゃ雑なところもあったが、なるべく慎重を期した方がいい。
そうでなくとも、俺は金なし職なし身分なしのプータローだぜ? 不審者要素バリバリな俺が、わっかりやすい不審な行動をとるわけにゃいかねぇだろ。
「気乗りしねぇが、しゃーねぇか」
幾度となくため息を吐き、本当に不承不承歩いて、ある建物の前にたどり着いた。
金がねぇと何も出来ねぇなら、クソ王に見つかるリスクも背負って、動くしかねぇ。
俺の目の前には、冒険者協会レイトノルフ支部。
冒険者登録は出来れば他国でやりたかったが、背に腹は替えられねぇ。
俺は今から、冒険者になる。
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名前:ヘイト(平渚)
LV:1(【固定】)
種族:イセア人(日本人▼)
適正職業:なし
状態:健常(【普通】)
生命力:1/1(【固定】)
魔力:1/1(0/0【固定】)
筋力:1(【固定】)
耐久力:1(【固定】)
知力:1(【固定】)
俊敏:1(【固定】)
運:1(【固定】)
保有スキル(【固定】)
(【普通】)
(《限界超越LV10》《機構干渉LV2》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV2》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV2》《神経支配LV2》《精神支配LV2》《永久機関LV2》《生体感知LV1》《同調LV2》)
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