52話 渡りに船
そんなこんなで、やってきたのは懐かしの謁見の間。
拉致されてから八ヶ月ぶりなんだよなぁ。そう考えたら、少し感慨深い。
ワンコに聞いたところ、魔物討伐訓練が終わったら、訓練内容を直接クソ王に報告することになっていたそうだ。
まあ、その役割は同行の兵士がやるはずだったらしいけど。
俺のところは、偽装を含めて俺が全員殺しちまったから、報告するなら俺がやるしかねぇ。
本来は報告なんてやる義務ねぇけど、クソ王との交渉のとっかかりにもなるし、都合がよかったと言えばよかった。
《生体感知》を使って扉の向こう側を探れば、どうやらクソ王や家臣だけじゃないっぽい。別の組が報告してる最中らしく、複数の気配が感じられた。
「ちぃ~っす」
が、順番なんざ関係ねぇ。
俺は遠慮なく謁見の間へ通じる扉を開け、中に入った。
瞬間、《魂蝕欺瞞》を発動し、俺の言葉に力を持たせるのも忘れねぇ。
あ、ちなみに、最初に来たときに通されたでっけぇ扉とは別に、普通サイズの扉も横にあったから、そこから入ったんだぞ?
魔法仕掛けの扉は大勢の来客が来た時だけの、接待用らしいからな。
「貴様、何をしている!? 陛下の許可なく、謁見の間に入ってくるなど……っ!?!?」
俺の乱入に最初に反応したのは、懐かしの宰相っぽいおっさんだった。
小さい方の扉から顔を出した俺に怒声を飛ばし、すぐに幽霊でも見たかのように表情が驚きに染まる。
はい、アウト~。
これじゃあ自分から俺を殺そうとしてましたよ、って言ってるようなもんじゃねぇか。
ほんっと、この国の奴らって腹芸下手だよな。
もう少し感情をコントロールする方法を身につけた方がいいと思うぞ?
「貴様……」
「あぁっ! 朝に出会った無礼な男!!」
「っ、テメェ! よく俺の前にのこのこと顔を出せたもんだなぁ!?」
「あの時の、クソガキっ! こんな時間に僕に何の用だっ!?」
「お前、っ! 何しにここに来たんだっ!?」
宰相の言葉が切れたと動じ、前より狭く感じる室内にいた人間の視線が、一斉に俺へと集中する。
一瞬だけ目を丸くし、言葉を詰まらせたのはクソ王。宰相より感情を隠すのは上手だが、落第点だな。俺に気づかれてちゃ、意味がねぇ。
振り返って俺をズビシッ!! っと指さしてきたのは中二野郎。こらこら、行儀が悪ぃぞ。テメェこそ他人に指を突き出すな礼儀を知れ無礼者。
次にこっちを向いたのは、筋肉ゴリラ。おー、額に青筋がいくつも出来てやがる。あと、お前がいるのを知ってて入ったわけじゃねぇから、のこのことか言われても。
筋肉ゴリラほどじゃねぇが切れ気味に、やや長い髪をふわっさぁ! させたのはホスト崩れ。安心しろ、テメェにゃ微塵も用事はねぇ。
俺を見た瞬間、すぐに武器に手をかけたのは妄想野郎。クソとは言え、王の目の前で武器抜くとか、不敬だろうが。ちったぁ落ち着け。
っつか、先客は今朝のバカ四人衆かよ。面倒臭ぇ奴らに当たっちまったもんだ。
が、飛び入り参加が『異世界人』ならちょうどいい。
コイツら、この場では『使える』。
大いに利用させてもらおうか。
「いや~、すんませんねぇ。何せ緊急の報告があったもんですから、待ち時間とかウザかったんで無視させてもらいましたわ」
それぞれに嫌悪がビシバシ感じる反応を総スルーし、俺は上履きでぺったんぺったんしながら玉座に向かって進む。
「止まれ」
「これ以上、国王陛下に近づくことは許さん」
が、途中で部屋の端っこにいた騎士が、俺の進路を塞ぐように武器を交差させてきた。
妙にタイミングばっちりだったから、コイツらこっそり練習してたんだなぁ、と思うと視線が生温かくなる。俺の視線に気づいた騎士二人は、露骨に不愉快そうな顔をした。
位置的には、クソ王、バカ四人衆、俺が等間隔でいる形になる。
別に声さえ届きゃどこでもいいんだが、クソ王との距離が変に遠くて見づれぇ。
ほんっと、この国の奴らって、地味な嫌がらせ多いな、おい?
「あっそ。じゃあ、ここから報告させてもらっていいっすか?」
「誰が貴様の発言を許可した? それどころか、入室を許可した覚えもない。
十分不敬罪で処罰されてもおかしくないことをしでかしておいて、図々しいにもほどがある。去れ。不愉快だ」
おおっと? 何だクソ王の奴、バカ四人衆が俺排斥派だから強気になってんのか? とんとん拍子にこき下ろしてくるじゃねぇか。
いい度胸だ。その喧嘩、買ってやろうじゃねぇか。
ま、ある意味じゃ、最初から喧嘩売りに来たのは俺も同じだし。
「魔族を見た」
『なっ!?』
喧嘩腰のクソ王と貶しあいをしてもよかったが、うだうだ時間を使うのももったいねぇし、本題に入る。
すると、反応は顕著だった。
クソ王やバカ四人衆だけじゃなく、宰相や俺の動きを止めた騎士まで、俺以外の全員が絶句した。
「昼頃だ。俺が連れて行かれた訓練場所に、たまたま魔族が現れてな。
俺だけは魔力がなかったおかげで、魔族に気取られることなく隠れられたから無事だったが、フロウェルゥを始め、俺の付き添いだった兵士たちは魔族にやられて全滅した」
『…………っ』
誰ともなしに、俺の言葉に聞き入り、息を呑む。
また、《魂蝕欺瞞》で俺の言葉に注目するよう、俺が意識誘導してんのに気づいた様子もなさそうだ。
これは、《魂蝕欺瞞》のスキルが優秀なのか、コイツら全員引っかかりやすいだけなのか、微妙なところだな。
「き、貴様、その話は本当かっ!?」
「こんな話で嘘吐いてどうすんだよ? 続けるぞ?
その後魔族は、最後まで俺に気づかずどっかに行っちまった。で、命拾いした俺は、何とか馬車を動かして戻ってきたんだ。
こんな時間になっちまったのは、馬が中々言うこと聞いてくれなかったもんでな。とりあえず、報告の概要は以上だ」
って筋書きにした。
本来の予定では、魔物討伐訓練は今から約一時間くらい前に全員帰ってくる手はずらしい。
それも、ワンコに道すがら聞いた話で、このままじゃ遅刻確定だったから、馬を言い訳に遅刻を正当化してみた。
コイツらが知る俺の実力やステータスを考慮すりゃ、辻褄は合ってるはず。それほど疑問には思われねぇはずだ。
もし誰かに疑問に思われてたとしても、《魂蝕欺瞞》でコイツらの注意を魔族の情報に向けりゃ、俺の行動への疑惑は十分逸らせる。
まあ、そんな小細工をしなくとも、ばっちり引っかかってくれたようだがな。
「そ、それでっ!? 魔族はどんな奴だったのだ!? 特徴はっ!? 戦闘方法はっ!?」
真っ先に反応し、前のめりになってまくし立てたのは、クソ王だった。
余程魔族の情報に飢えているらしい。この様子じゃ、イガルト王国がやってる魔族の情報収集は全然進んでなさそうだな。
一度旧イガルト王国領に急襲を受け、【魔王】や魔族と直接遭遇しているはずなのに、こんだけクソ王が躍起になってるってことは、ろくに敵の確認もせずにトンズラしたからだろうな。
で、それはクソ王だけじゃなく、逃げ延びた家臣、騎士、兵士など、ここにいるイガルト人全員に言えるんだろう。訳も分からず逃げ出すことになっただろう、平民なんかは言わずもがなだな。
平民はともかく、兵士や騎士の誰か一人でも確認して生き延びていれば、魔族の『外見的特徴』なんて初歩的な情報まで聞きやしないはずだしな。
っつうことはコイツら、マジで抵抗も交戦もせずに逃げ出したのかよ? いくらなんでも、情けなさすぎっだろ?
確かに、魔族の威圧感は半端じゃなかった。
ステータスもおそらく、今の『異世界人』と比べてもはるかに高く、現時点で真っ正面からぶつかればチート連中でもただじゃすまねぇはず。
魔族に立ち向かおうと思えば、戦闘力だけじゃなく精神力も要求される。この世界の人間の中で、実力者であるワンコでもああなったんだ。
余程強い奴じゃないと、魔族と相対することすらできねぇだろう。
だが、それを理由に敵から逃げるのは違う。
少なくともクソ王は大勢の人間を統べる一国の主であり、騎士たちは王や国民の守護を担ってる戦う公務員だろ?
そんな奴らが、いきなり敵から奇襲を受けたってだけで、何もせずに逃げ出すのは間違っている。
ましてや、コイツらは俺たちに『イガルト王国がこの大陸の中心で覇者』だとか抜かしやがったんだぞ?
内実はともかく、この大陸の代表を自称する奴らが真っ先に背を向け逃げ出すとか、最初から【魔王】相手に全面降伏しますと態度で示してるようなもんじゃねぇか。
自国の力を本当に自負すんなら、真っ先に戦って敵を排除しようとしてもいいだろうに、逃げるのに夢中で敵なんて眼中になかったってか?
コイツらマジで腑抜けばっかりかよ?
「それを話してもいいが、交換条件がある」
「何だと!?」
盛大にため息を吐きそうになるのを必死で堪えつつ、俺は大真面目な顔をするよう意識する。そうでもしないと、クソ王たちをバカにする表情を抑えきれなかったからな。
で、肝心の情報を前に交渉をし出した俺に、クソ王は明らかに苛つきだした。
どうやら、俺が思ってた以上に用意した餌は極上だったらしい。
ある意味コイツらの怠慢の結果なんだが、好都合だ。
「今までずっと思ってたことだが、今回の件で確信した。俺にゃ、魔族を相手にするだけの力も度胸もねぇ、ってな。
同行の兵士が成す術なく皆殺しにされていく姿を目の当たりにした時、俺に出来たことはただひたすら息を殺して隠れてることだけだった。
俺みたいな弱い奴が【魔王】と戦えるわけがねぇ。『異世界人』と一緒にいたところで、足手纏いで無駄死にするだけだろう」
心にもねぇことを、悲壮感たっぷりの声音と表情で口にする俺。
実際はふざけまくった上でなぶり殺してやったんだが、俺に【普通】がなかったらそうなってただろうことだし、まるっきり嘘でもねぇ。
俺の言葉に、魔族がどんだけヤバい奴かを想像したのか、バカ四人衆の表情も深刻なそれになっていた。うんうん、いい傾向だ。
心中で笑みを漏らし、俺がどれだけ無力感に打ちひしがれているかを《精神支配》も使って自己演出しながら、俺は怯えきった目でクソ王を見上げた。
「だから、約束の期限には早ぇけど、俺だけ先に答えを出した。
俺は、【魔王】とは、戦えない。
すでにこの国に召喚されて八ヶ月になる。だってのに、俺は召喚される前とほとんど変わってねぇ。だから、俺はここで、降りさせてもらう」
『っ』
俺の突然の言葉に、この場にいる全員が息を呑んだ。
そして、全員が一瞬、口角を引くつかせやがった。
おいそれ、俺が出て行くのが嬉しくて、笑いそうになったんじゃねぇだろうな?
クソ王、宰相、バカ四人衆、騎士連中。テメェらのことは死ぬまで覚えててやるからな。
「それで、本題はここからだ。
国王さんに約束してもらったとはいえ、【魔王】の戦力にならねぇ俺が、この城にずっといるわけにはいかねぇのはわかってる。俺らがこの国の世話になってたのは、最終的に【魔王】を倒すためなんだからな。
ここを出て行く覚悟は固めてるが、無一文で放り出されるのは正直キツい。だから、当面の生活費が欲しいんだ。
無論、タダとはいわねぇ。偶然だが手に入れた魔族の情報を、言い値で買ってくれねぇか? 加えて、リタイアする詫びじゃねぇけど、俺が今まで世話になってきた生活費を、そっから差し引いてくれ。
こっちが出すのは世界を救うための重要な情報なんだから、差額でも結構な金額になるよな? とにかく、ある程度の生活が出来る分だけの金でいいんだ。頼む」
泣き言タイムが終わったから、今度は商売の話をしよう。
俺がちらつかせんのは、クソ王がずっと欲していた『魔族の情報』。
対価として要求してんのは、城を出ても生活が出来るだけの『金』。
しかもこっちは、今まで俺に使ってきた生活費を差し引いた上で、なんていう譲歩まで出した。親切だろ?
もちろん、最初っから俺に損な条件を出すのにも理由はある。
後で『イガルト王国に世話になった』という事実を持ち出され、無理難題をふっかけられないようにするためだ。
要するに、多少の金を削られてもいいから、クソ王との間にある面倒くさい貸し借り関係をゼロにした方が、後腐れなくイガルト王国との関係を断てるんだよ。
目先の利益は減るが、将来的な身の自由を得やすくなると思えば、安い買いものだろ?
どうせ俺から出す情報も、宝くじに当たったみてぇに降って湧いたもんだからな。
元手がタダで後顧の憂いが取り除かれると思えば、やらねぇ手はねぇ。
「何をバカな! 我々の城で世話になった贅沢以上の価値などあると思っているのか!? いいからさっさと魔族の情報を話せ!! その後で、どこへなりとも自由に行けばいいだろう!!」
すると、真っ先に噛みついてきたのは宰相だった。
ま、イガルト王国側からすりゃ、そうなるわな。
元々、俺が対価として提示したのは『情報』。
適正な相場なんざあるわきゃねぇし、情報を持っている俺がどれくらいの価値があるかも正確にわかってねぇ。
しかも、この交渉は俺がクソ王に頼み込んでいるという、圧倒的に下の立場だ。
故に、『魔族の情報』に対する金額は、クソ王たちが自由に設定できる状況にある。情報の価値を考えりゃ、決して安くはねぇだろうが、足元見られてもしょうがねぇ。
加えて、クソ王たちが『俺の生活費』もふっかけてくるだろうことは予想が出来た。
『俺の生活費』は『異世界人の生活費』と比べりゃぜってぇ安い。普通はお釣りが十分出るはずだが、十中八九クソ王たちが持ち出すのは『異世界人の生活費』だろう。
何せ、俺が実際に受けた扱いは黙ってりゃバカ四人衆にゃわからねぇだろうし、俺が他の『異世界人』がどんな厚遇を受けてきたのかもわかんねぇんだ。
こっちも、正確な金額を把握してんのは、クソ王以下イガルト王国の人間だけ。
やろうと思えば、言いがかりに近い経費なんかも盛り込んで、どこまでも金額を上乗せできる。
アホほど高ぇ金額を提示されても、実際にかかった金額を知らねぇこっちはケチがつけづらい。
つまり、俺の持ち出した『情報』と『生活費』の『適正な価値』をクソ王側だけが把握しているこの交渉では、向こうが一方的に『魔族の情報』を奪った上、俺に多大な負債も背負わせることも、余裕で出来ちまう。
宰相の顔も、ムカつくくらい勝ち誇った顔してやがるから、そういう流れに持って行こうとしている臭いな。
「……え? 俺、そんなにおかしいこと言ったか?」
お前らがそういう態度でくるなら、俺の切り口はこうだ。
きょとんとした顔で話を振ったのは、『異世界人』であるバカ四人衆。
早速、有効活用する時がきたな。
《魂蝕欺瞞》で注目させるのは、俺の提案の妥当性についてだ。
せいぜい俺の思い通りに歌ってくれよ?
「はぁ!? んなの知るわきゃねぇだろうが!!」
先に反応したのは筋肉ゴリラ。
まともな日本語が通じねぇお前にゃ聞いてねぇよ、引っ込んでろ。
「はんっ! クソガキのことなんて知ったことじゃないな!!」
あー、お前にも聞いてねぇよホスト崩れ。
見るからに期待出来ねぇバカ二人が最初に吠えるとか、萎えるわー。
「……いえ、条件だけを聞くなら、アイツの要求は理に適っています」
すると、そこでようやく、俺の望む言葉を放ったのは妄想野郎だ。
俺への嫌悪が振り切れててヤバい奴って印象しかなかったが、多少頭も回る奴でよかったよ。
「何言ってんだカツヤ! アイツの肩を持つのか!?」
「そうじゃありませんよ。ただこの話、僕らの感情だけで安易にイガルト王国に同調してしまうのは、得策ではありません。
何せ、将来的に僕らも無関係ではないかもしれない話なんですから」
「はぁ!? 意味わかんねぇんだよ!!」
ウホウホ言い出した筋肉ゴリラだったが、妄想野郎は案外冷静に言い返していた。
へぇ? 体格差はすっげぇけど、臆さず対等に意見できるっつうことは、バカ四人衆の実力はほぼ拮抗してんのかもしれねぇな。
「落ち着けギン。学ランの主張は、間接的にイガルト人が『異世界人』をどれだけ保障してくれるのか、って話にも繋がるんだ」
「はぁ?」
妄想野郎に次いで筋肉ゴリラに待ったをかけたのは、中二野郎だった。
っつか、さっきからこのゴリラ、はぁはぁはぁはぁ、うっせぇなぁ。もっと語彙力鍛えろよ類人猿。
「いいか? 学ランは『戦えない』から『城を出る』と言った。それは力を持たず、【魔王】と戦う意思を示さないだろう『異世界人』全員に言える内容だろう。おかしなところはない」
当然だな。
召喚された日、俺がクソ王たちと交わした《契約》は、イガルト王国につき、【魔王】と戦うかどうかを、一年以内に自分で決めること。
俺以外に戦えないと判断した奴が出てもおかしくねぇし、俺じゃなくとも戦いを拒否した『異世界人』は、程度の差こそあれ似たような選択を迫られるはずだ。
「そして、学ランがイガルト王国に求めているのは『当面の生活費』だ。本来はあと四ヶ月、この城にいたはずだと考えると、決して無茶苦茶なことを言っているわけじゃない。
何せ、国王様は『異世界人全員の一年間における生活の保障を約束してくれた』んだぞ?
学ランは【魔王】との戦いは無理だと諦めたが、一年分の保障は確約してくれたんだから、四ヶ月分の生活費くらいは頼んでも問題ない範囲だろう」
すると、クソ王と宰相の顔が、目に見えて変わった。
ようやく気づいたか?
『イガルト王国』と『異世界人』の間にある、認識の違いに。
『イガルト王国』は最初から『異世界人』を奴隷にしようとしていたから、立場は圧倒的に上だと思いこんでいた。
故に、俺が示した『魔族の情報』は『対価のいらない自分たちの成果』だ、っつう認識が強い。
が、それは『イガルト王国』の早とちりで、現段階では『異世界人』は『イガルト王国』の依頼を聞き入れるかどうかを検討している最中なだけ。
正式にはまだ『イガルト王国』の傘下に入ったわけでも、ましてや奴隷になったわけでもない。
しかも、《契約》期間である一年間の生活の保障は『イガルト王国』が率先して言い出したことになっていて、かつ『イガルト王国』の『厚意』で成り立つ『無償』奉仕だ。
中二野郎の言うように、もし俺が『残り四ヶ月分の生活の保障を現金としてくれ』といったとしても、『異世界人』の認識からすればそれも『イガルト王国』の保障範囲内であり、主張する権利はあるはずだ。
『イガルト王国の城で生活できている贅沢』なんて言葉が出てくることも、そもそも俺の頼みが断られることも、『異世界人』にとっちゃおかしいんだよ。
あくまで『異世界人』は、『イガルト王国』に生活を保障してもらっているとはいえ、現時点じゃ対等な関係であるはずだし、少なくとも『異世界人』はそう信じてる奴が大半なんだからな。
中二野郎が引っかかったのは、おそらくそうした上から目線が目につく宰相の態度だな。
もしクソ王や宰相の態度が俺個人に対してだけなら、中二野郎も文句はねぇだろう。
が、これが『異世界人』全体に対しての態度だとしたら、当然バカ四人衆も他人事じゃねぇ。
《魂蝕欺瞞》も手伝って、俺の思惑にまんまと乗せられた中二野郎は、眉間に皺を寄せ、なおも言葉を続ける。
「なのに、学ランの言葉を聞く限り、国王様に今後の生活費用として頼んでいるのは、『残り四ヶ月でかかったはずの生活費』じゃなくて、偶然得た『魔族の情報の価値』から『八ヶ月分の生活費』の差額だ。
本来受け取れるはずだった保障を捨て、偶然とはいえ手に入れた『自分の成果』だけをお金の対価にしてることから、学ランの要求はいわば、自分が不利になるのも構わず譲歩を重ねた取引といえる。
その上、学ランは『有益な情報』を対価に、【魔王】との戦いに不参加となる賠償として『八ヶ月分の生活費』を返済する意思も示している。
元々今の生活は、イガルト王国からの『無償』の『厚意』。にもかかわらず、役に立てないと判断した学ランはそれを律儀に返す意思表示をして、筋を通そうとしている。
なのに、学ランの要求はすぐさま切って捨てられ、あまつさえ宰相様は学ランが命賭けで手に入れた『魔族の情報』を、『八ヶ月分の生活費』じゃ賄えないとはっきり言ったんだぞ? さすがにこれでは、横暴にすぎる」
そう。
中二野郎の言う通り、俺の要求は『四ヶ月分で発生しただろう生活費』ではなく、『魔族の情報』の価値を金に換算して、その上で『八ヶ月分の生活費』を差し引いた金額をくれ、ってことだ。
『異世界人』が考えている『イガルト王国』との関係に当てはめれば、『イガルト王国』にとっちゃ俺の提案はむしろメリットしかない。
本来は無駄な消費になるはずだった『八ヶ月分の生活費』が戻ってくるだけでなく、今まで一切不明だった『魔族の情報』まで手に入るんだ。
世界存亡の危機を臭わす正体不明の敵の情報なんて、仮にも【魔王】撲滅と世界平和を掲げる『イガルト王国』にとっちゃ、どんだけの金額を積んでも欲しい情報のはず。
なのに、『異世界人』である俺の譲歩に譲歩を重ねた要求を、『イガルト王国』はあっさり切り捨てやがった。
しかも、その言い分は『この城で贅沢できたんだから必要ない』ってことに加え、『黙って情報だけ渡してさっさと消えろ』だぞ?
ただ交渉に応じないんじゃなく、一方的に利益をもぎ取ろうとしてたんだ。
バカ四人衆にとっちゃ嫌いな相手とはいえ、『イガルト王国』が『異世界人』相手にそんな態度を見せりゃ、なおのこと黙っていられるわけねぇよなぁ?
「そんな取引にさえ応じてくれないということは、将来的にイガルト王国は、学ラン以外の『異世界人』にも同じように対応するかもしれない。それは、『異世界人』には大きな不利益と言える。
ギン。逆に聞くが、仮にお前が魔族を何人も倒しイガルト王国に報告したとして、それに見合う報償などは一切支払われずに『当然のことだ』と言われたら、お前は許容できるのか?」
「はぁ!? んなことしやがったら、ぶっ殺す!!」
「そうだろう? 学ランの要求をイガルト王国が拒否すると言うことは、つまりはそういうことなんだ。この話は、将来的に『異世界人』がイガルト王国からどう扱われるかを暗示している。
学ラン個人が気に食わない気持ちは分かるが、奴への反発心だけでイガルト王国に肩を持ってしまえば、『異世界人』がいずれ学ランと同じ目に遭うかもしれないんだぞ?」
ご名答。
要するに、ここで『イガルト王国』の主張を支持することは、将来の自分たちの首を絞める可能性が高いんだよ。
俺の代わりに長々と説明してくれてご苦労、中二野郎。
ただの熱血中二バカじゃなかったんだな。そこそこ頭が回るようで、結構結構。
で、中二野郎の言葉を聞けば聞くほど表情を険しくさせていくクソ王と、どんどん顔色が青白くなっていく失言宰相。
コイツら、ほんっとバカだよな。
今まで『異世界人』を奴隷化させるために、自分たちが築き上げてきた『下準備』に、自分で傷をつけちまったんだからな。
しかも、知られた相手が最悪だ。
このバカ四人衆、『異世界人』の中でもチートな会長たちと戦ったことがあるってことは、少なくとも同じ土俵で戦えると判断されているということ。
つまり、『異世界人』の中でも実力が相当高く、同時に他の『異世界人』に対する発言力も高いと考えられる。
そんな立ち位置であるバカ四人衆が、イガルト王国に対する不審を抱けば、あっという間にイガルト王国への疑念は『異世界人』全体に広がる。
そうなりゃ、俺がレポートに纏めて予想した《契約》のルールが正しければ、『異世界人』の奴隷化は絶望的だ。
現段階でイガルト王国に帰属する意思を示している奴がいたとしても、クソ王たちは安心できねぇ。
俺が引き出した《契約》の有効期間は一年間で、今は《契約》開始から八ヶ月しか経ってねぇ。
よって、まだ『異世界人』にとっちゃ猶予期間の最中だ。今なら『異世界人』が心変わりしても、《契約》の違反にはならない。
場合によっちゃ、残りの四ヶ月でイガルト王国への帰属を全員が拒否することも予想される。
もうすでにかなりの資金を『異世界人』に投入しておいて、今更『異世界人』を手放すという損害なんて出したくはねぇだろう。
それだけじゃねぇ。このままじゃ、最悪【魔王】へ攻め入る戦力だけじゃなく、【魔王】の一派から自分たちの身を守るための防衛戦力まで失うんだぜ?
立場は違うが、この交渉が発生した時点で、俺と『イガルト王国』は同じ選択肢のどちらかを選ばなきゃならなかったんだよ。
すなわち、『目先の損失』か、『将来の損失』か。
どちらを優先させるかを、な?
さぁ、どうする?
俺はすでに『目先の損失』を捨てて『将来』を取ったぞ?
『イガルト王国』は、どっちを選ぶんだ?
「…………っ! よかろう、っ!」
バカ四人衆が納得し、厳しい視線をクソ王に投げかけてしばらく。
屈辱と怒りでめっちゃ苦い表情をしていたクソ王は、最終的に俺の要求を受け入れた。当然の結果だ。
そうしなけりゃ、テメェらの身が危ねぇんだ。自国の領土を捨ててまで逃げ出したテメェらが、金惜しさに命を捨てる選択なんて、取れるわけがねぇもんな?
「へ、陛下っ!?」
これに宰相はびっくり仰天。慌ててクソ王に振り返っていたが、逆にすっげぇ睨み返される始末。
これ以上『異世界人』の前で醜態を晒すな、ってところかねぇ?
すると、視線を受けてビクッ! と体を震わせ、宰相は急いで顔を正面に戻していた。もう青白い通り越して顔色が真っ白だな。
自分の言葉が招いた失態も理解していて、だからこそ取り返しがつかないことに絶望してる、っつう感じだな。
あーあ。
あの宰相、下手すりゃクソ王の手に掛かって死ぬな。
ま、俺にゃどうでもいいけど?
「あざーっす。それじゃ取引成立ってことで、今から話しますけど、『情報』の価値はきちんと扱ってくださいよ? でないと、後々困るのは国王さんたちだからさぁ?」
「ぐっ! わかっておるわ!!」
おいおい、挑発した俺も俺だが、ここでキレちゃバカ四人衆への心証がまた悪くなるぞ、わかってんのか? ま、自爆するのは構いやしねぇがな。
それに、『魔族の情報』の『価値』に見合った金額は、俺が直接クソ王に交渉しなくとも『異世界人』が勝手に価格操作の抑止力となってくれる。
これだけお膳立てをしたんだ。
クソ王も、『異世界人』の前で『異世界人』を虐げることが、『異世界人』の不審を強くすることくらいわかってんだろう。
最低でも、『魔族の情報』に見合った適正金額が。場合によっちゃ、『異世界人』相手に失った信頼を取り戻そうと、いい奴アピールで向こうから自発的に値段をつり上げてくれる可能性も高い。
さらに、差額に決まった『八ヶ月分の生活費』も、『異世界人』の前でふっかけるわけにはいかなくなった。
元々『無償』のはずなのに、バカみたいな金額を請求しちまえば、それもまた『異世界人』の不審を買うのは目に見えているからな。
もしこの場に『異世界人』がいなかったら、俺が交渉の中でそういった脅しをかける予定だったんだが、すっげぇ手間が省けて助かった。持つべきものは、利用価値のある他人だな。
さぁて、クソ王?
せいぜい『異世界人』の目を気にして、俺に出す資金の金額を上乗せしてってくれや。
内心でほくそ笑みながら、俺は自分で殺した吸血鬼の情報を話していった。
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名前:平渚
LV:1【固定】
種族:日本人▼
適正職業:なし
状態:【普通】
生命力:1/1【固定】
魔力:0/0【固定】
筋力:1【固定】
耐久力:1【固定】
知力:1【固定】
俊敏:1【固定】
運:1【固定】
保有スキル【固定】
【普通】
《限界超越LV10》《機構干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解LV1》《魂蝕欺瞞LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》
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