43.8話 膨らむ思慕
貞子ちゃん視点です。
なお、貞子ちゃんの恋愛ステータスは……
・なでなで、して? ★★★★★
・お話し……ぁぅぅ ★★★☆☆
・こわいよぉ! 測定不能
……で、お送りしています。
また、この話は一部公式なキャラ崩壊があります。貞子ちゃんの過去が暗すぎたので、帳尻合わせということで、どうか一つ。
『あの人』が、いなくなって。
四ヶ月くらい、経った。
今のわたしの、周りには。
カツくんの、代わりに。
怖くて、強い人たちが、いる。
「あ~っ!! もうっ!! かわいすぎます~っ!!」
「ホント、いつ見てもお人形みたいよねぇ。いつまでも構いたいわぁ」
「ハァハァ、菊澤さん、ハァハァ」
怖い。
『あの男』とは、違う方向性で、怖い。
水川会長は、わたしを見つけると、いつも《縮地》で追っかけてくる。逃げても逃げても、諦めてくれないから、いつも最後には、捕まって撫で回される。
芹白さんは、はっきりと、わたしを子ども扱いする。一番わたしへの態度が柔らかいけど、わたしの方が先輩なの、気づいてるのかな?
長姫先生が、一番怖い。いつも鼻息が荒い。目がギラギラしてる。一度捕まったらぜんぜん離してくれない。一番、怖い。
でも、そんな風に接してくれたからか。
次第に、この三人だけだけど、人に慣れてきたと、思う。
【結界】越しで、話をすることもできるようになった。
そして、『あの人』の『味方』になるための訓練も、一緒にするようになった。
水川会長は、強い。わたしの【結界】を簡単に破ってくる。
芹白さんは、強い。わたしの【結界】じゃ防げない攻撃をしてくる。
長姫先生は、強い。わたしの【結界】と意識の裏を突いてくる。
わたしにはない、強さ。
それに憧れて。
それを学ぼうとして。
少しでも、『あの人』の『味方』になれるように。
わたしは、水川会長たちと一緒にいることが、多くなった。
「紫穂ちゃん!」
「っ!!」
でも、異世界人の中にいると。
時々、カツくんと出会うことがあった。
「待って! 話を……っ!!」
その度に、わたしはカツくんから逃げた。
怖い、とは、少し違う。
気まずい、のかな?
……ううん。
多分、一緒だったら、甘えちゃうから。
頼っちゃうから。
そうしたら、わたしは。
弱いまま。
ドジで、ノロマで、意気地なしで、臆病なまま。
あの日、『あの人』を、見捨ててしまった、わたしと同じ、弱いまま。
強く、なれない。
それは、ダメだ。
嫌だ。
もう、あんな。
胸が張り裂けそうになるような、気持ちには。
なりたく、ない。
だから、わたしは、逃げないって、決めたんだ。
『あの人』から。
わたしより強くて、弱いって思いこんでる、『あの人』から。
逃げたくないって。
助けたいって。
…………ずっと、わたしの傍に、いて欲しいって。
心から、思ったから。
わたしは、強くならなきゃいけない。
『あの人』を、わたしの【結界】で守れるように。
『あの人』を、わたしの【結界】で逃がしてあげられるように。
わたしは、今のままじゃ、ダメなんだ。
「あっ! 菊澤さんっ!!」
「ぴゃっ!!」
「何ですかそれは新技ですかかわいすぎます反則です抱っこさせてぇ~!!!!」
「やあぁ~~~~~っ!!!!」
でも、時々。
ううん、毎日?
『あの人』に、助けてもらいたくなるのは、変わらない。
今日もまた、水川会長に追っかけられる。
捕まって、撫でくり回されて。
ある程度満足したら、芹白さんに回されて。
子ども扱いされて。
最後は、長姫先生に渡されて、ずっとくっつかれる。
『あの人』の、優しい、ぎゅっ、とは違って。
ぎゅうぎゅう、痛い。
他にも、ほっぺた同士をグリグリされたり。
後ろから抱き抱えられて、膝の上に乗せられたり。
後ろから、髪の毛のにおいを、くんくん嗅がれたり。
「あぁ~至福だわ。もうこの子さえいればどうでもいい気分になってくる。お持ち帰りしたいなぁ。一緒に添い寝したいなぁ。独占したいなぁ。一家に一人、菊澤さんは必要だと思う。癒し。最高の癒し。おしゃべりとかアロマとかマッサージとかとは比べものにならないほどの、そう、麻薬に近い癒しの塊。むしろ癒しという概念そのもの。癒し界の女神。こんなのを知っちゃったら、もう後戻りできないくらいのかわゆさ。あぁ~、もう言葉を尽くせないほどかわいいっ! 神様仏様かわゆい様っ!! 私と菊澤さんを出会わせてくれてありがとうっ!!! 私、ダメ人間になりますっ!!!!」
耳元で、よくわからないけどもの凄く怖いことを延々と呟かれたり。
わたしはその間、プルプル震えて、何もできない。
だというのに、長姫先生はさらにテンションが上がって、わたしにベタベタとスキンシップをしてくる。
どうしようもないわたしは、なすがまま。
やっぱり、長姫先生が、一番怖い。
それに、やっぱり、構われるんだったら。
『あの人』が、いい。
『あの人』に会いたい。
『あの人』に触れたい。
『あの人』に頭を撫でて欲しい。
『あの人』に、ぎゅっ、ってして欲しい。
それに、『あの人』と、もっとお話ししたい。
わたしの言葉で。
わたしの思いで。
通じ合いたい。
それで、強くなったわたしが、『あの人』を守るから。
代わりに、わたしを、長姫先生たちから守って欲しい。
長姫先生たちが、嫌いとかじゃ、ないんだけど。
ただ、ただただ、怖い。
戦闘訓練の時と、普段の時が、違いすぎて。
怖い。
もちろん、普段の時の方が、怖い。
戦闘訓練の時が、一番、落ち着く。
だから、戦闘訓練の時間が、毎日待ち遠しい。
それから、他の異世界人との合同訓練も始まった。
魔物を直接倒す、討伐訓練もした。
わたしも、初めて、魔物を、命を、殺した。
でも、あんまり怖くなかった。
魔法で戦ったから、現実味が薄かったのかな?
遠くから、安全な距離で、一方的に、倒したからかな?
それとも、長姫先生たちみたいな、もっと怖い人たちに、ずっと囲まれていたからかな?
全部が違うような気もするし、全部が当たってる気もする。
だけど、少なくとも。
わたしはこれで、また一つ、強くなった。
『あの人』を守れる力が、ついた。
難しいことは、よくわからないけど。
今は、それでいい。
でも、一つだけ。
不満があると、するならば。
====================
《かわいい》
異世界特有の概念であり、永久不変の正義。レベルにより《かわいい》で他の存在を満たす。LV1につき100%の《かわいい》補正がかかる(レベルが上限を突破しており、測定不能)。特殊上級スキル。効果の解除は、どのような手段を用いても永久に不可能。対象からの好感度が高いほど影響が高い。対象の好感度が低くとも、時間経過で好感度が急速に上昇。対象の好感度が低くとも、スキル所持者との距離が近いほど好感度が急速に上昇。対象の好感度が低くとも、スキル所持者の言動を認識するほど好感度が急速に上昇。ただし、好感度が振り切れると、対象があらゆる意味で壊れる危険性あり。
====================
いつの間にか取得していた、意味不明のスキル。
ある日、ステータスを確認する水晶に触れたら、あった。
こんなスキル、欲しくなかった…………。
多分、これ、わたしの体の成長が止まる効果もある。
このスキルのせいで、わたしはチビで、ぺったんこのまま。
こんなのじゃ、『あの人』の隣にいても、妹くらいにしか、見られない、かも。
それは嫌だ。
何でかわからないけど、それだけは、絶対にイヤだ。
モヤモヤとする胸に首を傾げつつ、水川会長に追っかけられて長姫先生に怖いことをされる日々が続いた。
そして、ひたすら強さを求めて、時間が過ぎて。
異世界にきてから、およそ八ヶ月になった。
この日は、何度目かになる異世界人全員で行う、合同訓練。
一週間後くらいに魔物討伐訓練もあり、そのための調整みたいな訓練。
わたしは、いつものように、長姫先生たちから距離をとっていた。
《かわいい》の影響もあるかもしれないから、離れている方がいいと思ったから。
それくらい、訓練前の先生たちは、怖いから。
わたしの安全のために、《生体感知》も使って、長姫先生たちから逃げていた。
その時、だった。
『あの人』の姿を、見つけたのは。
「……あっ!!」
いきなり声を上げたからか、周囲にいた知らない人たちが一斉に振り向いた。
だから、わたしは慌てて【結界】を一瞬だけ張り、瞬間移動でその場を離れた。
「…………っ」
移動先からも、『あの人』の姿ははっきりと見えた。
井戸の近くで、洗濯? していた。
久しぶりに見た、『あの人』は、あの日よりも元気そうだった。
安心した。
ため息がでた。
ドキドキ、した。
…………あれ?
おかしい、な?
声、かけたかったのに。
すぐにでも、『あの人』に、会いたかった、はずなのに。
体が、動かない。
顔が、熱くなって、一歩も、踏み出せない。
目線も、『あの人』から、離れない。
怖い?
違うっ!
でも、じゃあ。
これは、何?
「ぁ」
わたしがよくわからない感情で戸惑っていると、『あの人』に誰かが近づいてきた。
それは、わたしも知ってる、わたしの一番怖い人。
長姫先生だった。
「ぅぅ……」
話している。
楽しそうに。
笑っている。
わたし以外の、女の人と。
…………いやだ。
「ぅぅぅぅ……」
また、人がきた。
今度は、芹白さん。
ケンカ、してる。
でも、楽しそう。
……………………イヤだ。
「ぅぅぅぅぅぅ……」
また、人がきた。
水川、会長。
いつも綺麗で、スタイルもよくて、カッコよくて、ちょっと怖いけど、憧れの人。
その会長が、わたしたちといる時とは違って、とってもかわいく見えた。
それに、会長だけじゃない。
芹白さんも。
長姫先生も。
『あの人』にだけ見せる顔は、みんな、いつも以上に、かわいかった。
『あの人』の周りには、綺麗な人が、いっぱいいる。
わたしは、あの中に、いない。
嫌だ……。
いやだっ!!
「…………お? ん?」
「っ、っ……!」
気がつくと。
わたしは、『あの人』の背後に瞬間移動して、抱きついていた。
怖かった。
『あの人』が。
みんなに、とられちゃうと思って。
それが嫌で、怖かった。
「落ち着いたか?」
「…………ぇぅ」
長い時間、抱きついてたと、思う。
気がついたら、『この人』と向き合ってて。
優しく、頭を、撫でられてる。
ずっと、して欲しいと、思ってた、けど……。
いざ、やられると、すっごく、恥ずかしい……。
顔が、熱い。
『この人』の顔を、見ることが、できない。
でも、すごく、きもちいい…………。
「にしても、元気そうで何よりだ。あん時と比べりゃ、顔つきが雲泥の差だぞ?」
「…………ぅぅ」
モジモジしてたら、『この人』がしゃがんで、わたしの顔をのぞき込んできた。
その時、ばっちりと、目と目が、合っちゃった。
あぅ、恥ずかしい……。
さらに顔が赤くなるのを覚えながら、反射的に『この人』から目を背けた。
「っと、悪い悪い。お前は人が苦手だったよな?」
「…………ぁっ」
そうしたら、『この人』はすぐに立ち上がってしまった。
何でだろう……。
さみしい、な。
それから、少しだけ、お話しして。
わたしは、頷いたりとか、してただけだけど。
ちゃんと、お話、できて。
「ほー、そりゃすげぇ。お前のスキル便利だなぁ」
『この人』に、褒めてもらえた。
「ちょっと待てお前ら。コイツに今まで何してきたんだ?」
『この人』に、庇ってもらえた。
「…………、何か、大変だったな」
「……っ~~」
『この人』に、助けてもらえた。
一つ一つが、すごく、すっごく、嬉しくて。
泣いちゃいそうになるほど、うれしくて。
わたしの、大事な、宝物になった。
でも、すぐに訓練が始まって。
『あの人』は、別の組になって。
長姫先生たちと一緒に、行くことになって。
怖くて、寂しくて、離れたくなかったけど。
我慢して、『あの人』から、手を離した。
合同訓練は、順調に進んだ。
水川会長も、芹白さんも、長姫先生も。
試合相手を、簡単に、倒していた。
やっぱり、みんな、すごい。
わたしも、がんばらなきゃ。
「続いての試合は、シホ様とカツヤ様です」
そうして、わたしの番がきた。
相手は、カツくん。
前までの合同訓練の時は、いつも訓練の前後で長姫先生に捕まったり逃げたりしていたから、他の人の試合をまともに見たことは、ほとんどない。
合同訓練でも、初めて戦う。
久しぶりに、向き合う、カツくんは。
怖い顔を、していた。
「……紫穂ちゃん」
『何?』
記憶にあるよりも、低くなってたカツくんの声に、わたしは魔力で鏡文字を書く。
【結界】は、まだ試合が始まってないから、使わない。
反則だって、思われちゃうから。
それはダメ。
これは、訓練なんだから。
ルールは、守らないと。
それに、カツくんとのお話も、久しぶり。
なのに、わたしでもびっくりするほど、カツくんを見る目は冷静だった。
『あの人』と会うまでは、怖くて。
『あの人』と最初に会った後は、一人でがんばりたくて。
『あの人』とさっき会った後は、何も、思わなくなった。
なんでかな?
「紫穂ちゃんは、何で僕を避けてるの?」
やっぱり、気づかれてた。
今までは、話そうと思ったこと、なかったけど。
今なら、話せる、かな?
『がんばりたかったから。一人で。カツくんに、頼らなくてもいいように』
わたしの書いた文字に目を通し、カツくんはぎゅっと、眉の間にしわを作る。
カツくん相手なら、長い間一緒だったから、声を出せない訳じゃない。
けど。
何となく、わたしの『今』の、本当の声は。
『あの人』だけに、聞いて欲しいって。
今は、思う。
自分でも、わからないけど。
『あの人』は、わたしの、『特別』、だから。
「じゃあっ! さっきのあいつなら、いいのか!?」
…………『あいつ』?
『あの人』の、こと?
『あの人は、特別』
「……っ!!」
あ、と思った時には、文字ができあがっていた。
魔力の操作も、魔法の操作も、簡単すぎて、ちょっと問題かもしれない。
こんなこと、カツくんに伝えるつもり、なかったのに。
文字だと、無意識に、本音がでちゃう、みたい。
ちょっと恥ずかしくて、また頬が熱くなる。
居心地も悪くて、目線もカツくんから離れて下に流れる。
幸い、文字は小さくて、カツくんにしか見えてないようだった。
「そう……、わかったよ…………」
あれ? と思って顔を上げると、カツくんはもっと怖い顔をしていた。
「あいつが、紫穂ちゃんを、騙しているんだね?」
……だます?
何を、言ってるの?
「だったら、僕が、紫穂ちゃんを守ってあげなくちゃ」
…………わたしを、守る?
もう、いいよ?
わたしは、守られるんじゃなくて。
『あの人』を、守るんだから。
「では、構え」
カツくんの言うことがわからなくて、首を傾げてたけど。
兵士さんの号令で、わたしの意識が、切り替わる。
戦う、守る、意識に。
「僕が、あいつから、紫穂ちゃんを守るんだ」
そうしたら、気づいた。
カツくんの雰囲気が。
とても、怖くて、危ない感じに、なってるのを。
「始め!」
そのまま、試合が始まった。
「まずは、紫穂ちゃんの目を覚ますからね!!」
瞬間、カツくんの体が光り。
消えた。
「っ!?」
ガアァンッ!!
直後、わたしの前で、カツくんが止まった。
妙に、音がうるさい。
ぶつかった音じゃない、……雷の音?
「くっ!? 僕の【鳴神】を防いだ!? 今までずっと見てきたけど、やっぱり紫穂ちゃんのそれも、ユニークスキルかっ!?」
そういえば、カツくんとスキルの話とかも、したことなかった。
むしろ、今まで合同訓練で対戦相手にならなかったことの方が、不思議。
「でも、僕のスキルは、防御だけじゃ止まらない!」
開始の合図直後に張った【結界】の外から、カツくんが武器を構えたのが見える。
カツくんは両手に剣を握っている。
他の人の剣よりちょっと短いから、二本で一組の剣なんだろう。
多分、適正職業はそのまま双剣士か、軽業士。
もしかしたら、その前に魔法がつくかも。
カツくんの言う【鳴神】は、さっきの光景からして、風属性の上位魔法、雷属性のユニークスキル。
多分、水川会長や、長姫先生の対戦相手だった人と、同じ系列のユニークスキル。
雷属性は、破壊力と速度が高く、扱いが難しい、強力な魔法。
でも。
それだけ。
「…………くっ!?」
わたしの前で、いくつもの光が弾ける。
同時に、バリバリと、雷の音も聞こえてくる。
相当な数の雷が放たれているのか、音は途切れず、うるさい。
だけど、それだけ。
わたしの前で、すべて遮られ、止まる。
カツくんの悔しそうな声が聞こえるけど。
カツくんの攻撃じゃ、わたしの【結界】は、通らない。
「これならっ!!」
すると、距離をとったカツくんは、右手の剣を上に掲げた。
魔力がうねり、大気が歪む。
この魔力量、魔法戦士系の職業じゃないと無理。
カツくんは、どちらかというと、魔法よりの戦士なのかもしれない。
「食らえっ!!」
発生したのは、数十の大気の揺らぎ。
発射されたのは、数十の雷の槍。
魔力の流れから、おそらく。
わたしの【結界】を、攻撃を一点に集中させて射抜くつもりだろう。
そして、雷光。
「っ! これなら…………なっ!?」
視界が光に染まった後、見えたのはカツくんの驚いた顔。
【結界】に遮光処理をしておいてよかった。
目がチカチカするのは、嫌だもの。
『終わり?』
わたしは魔力を操作し、【結界】の外に鏡文字を書く。
正直、わたしに全然消耗はない。
【結界】は、頂点の『点』に魔力を消費し、『線』で結んで魔力を消費し、『面』を作って魔力を消費する。
それぞれの消費で必要なのは、『1』。
たとえば、四角形の『面』を一つ作るのに必要な魔力は、まず『点』が四つで『4』、次に線が四本で『4』、最後に『面』を作って『1』だから、合計『9』の魔力があれば、平面の【結界】を作れることになる。
多分、本当の【結界】はもっと魔力が必要なんだろうけど、《鬼才・魔法》の特殊上級スキルのおかげで、魔法スキルの扱いがとても楽になっている。
カツくんの【鳴神】より発動が早かったのも、魔力消費量が普通より少ないのも、魔法補助系スキル全部を扱えるのも、このスキルの効果。
そして、【結界】の初期性能は、知力の値で決まる。
わたしは、知力以外のステータスは低い。
魔力ですら、異世界人の専門魔法師たちより、だいぶ低い。
代わりに、わたしの知力はかなり高い。
だから、わたしの【結界】を壊すには。
最低限、わたしの知力を超える攻撃を加えないと、いけない。
「ま、まだまだぁ!!」
少し怯んだ様子のカツくんだったけど、また消えた。
そして、連続した稲光が、わたしの【結界】を包む。
いくつも。
いくつもいくつも。
光る。
でも、わたしには、何一つ届かない。
【結界】が軋んだり、震えたり、揺らいだりすることも、ない。
雷の嵐の中でも、わたしの【結界】は少しも動じない。
「な、んで、なんでっ!?」
さらに苛烈になる、カツくんの攻撃。
でも、無理。
カツくんはおそらく、魔法双剣士か、魔法軽業士。
魔法戦士系の職業はほとんどの場合、ステータスの傾向として突出した項目がない。
専門魔法師や、専門戦士と違って、どのステータスも均等な能力値になりがち。
その影響からか、専門の人と比べると、ステータスの値は若干見劣りしてしまう。
万能となるか、器用貧乏となるかは、その人のステータスと技量次第。
あ、会長は例外。全部すごくて、ずるい。
カツくんの場合、推測だけど、ステータスは俊敏、知力、筋力、耐久力の順番で高くて、それでもそれぞれの値にほとんど差はない、と思う。
レベルもわたしと同じくらいだろうし、そんなにステータスは高くないと思う。
わたしのように、魔力の伸び率が悪くて、それ以外がほとんど上がらず、知力だけに特化し過ぎた魔法師も、珍しいらしいんだけど。
でも、そのおかげで、わたしの【結界】は、ありえない強度を得た。
わたしの知力を破るほどの強化系スキルか、わたしを弱体化させるスキルがないと、【結界】は破れない。
ただ【鳴神】を振るって、攻撃をし続けるだけのカツくんには、多分、そのどっちもない。
だから、わたしに【鳴神】が届くことは、ない。
「僕がっ! 僕が紫穂ちゃんを守るんだっ!」
雷鳴。
響かない。
雷光。
見えない。
雷撃。
届かない。
「だからっ! あいつなんて、いらないんだっ!!」
……いらない?
『あの人』が?
「違うっ!!」
雷の激しい音の中心で、確かにカツくんの声を聞いたわたしは、強い怒りとともに叫んだ。
わたしの声は、雷の音に紛れて消える。
カツくんには、多分、届いていない。
でも、そんなこと、どうでもいいっ!!
「っ!?」
『点』をばらまく。
《生体感知》を集中させる。
魔法の殺傷能力を消す。
そして。
『結ぶ』。
「ぐあっ!?」
カツくんの苦しそうな声。
【鳴神】の音と光が、止む。
わたしの目の前には、カツくん。
蜘蛛の巣に捕らえられたように、【結界】の『線』にがんじがらめにされた、カツくん。
わたしがしたことは、簡単。
【結界】で作った『区切り』で空間を乱雑に切り取り、『線』を固定。
そして、『線』をゴムのように伸縮させるように構築し、カツくんの【鳴神】ごと捕縛した。
初期性能じゃ、わたしの【結界】による『線』は、何でも切れちゃう凶器になる。
それだとカツくんがバラバラの肉片になって死んじゃうから、【結界】に干渉して殺傷力をなくした。
その結果、カツくんは【結界】の『線』に絡まり、身動きがとれない。
『あの人は、いらない人じゃないっ! すごい人なんだっ!!』
わたしは、生まれて初めてかもしれない感情そのままに、カツくんの目の前に鏡文字を書いた。
これは、怒り。
『あの男』がずっとわたしに浴びせてきた、忌むべき感情。
でも、この怒りは、きっと。
わたしにとっては、正しい使い方。
『あの人を、ひどく言わないでっ!!!!』
「う、わああああっ!?」
わたしの怒りに呼応し、『線』が四本、新たに『結ばれる』。
カツくんの両肩と両膝を貫通し、悲鳴が上がる。
わたしの【結界】は、『結んだ』間にあるものすべてを両断する。
さながら『線』は、光も音も臭いもない、魔力『1』の銃弾。
余程精緻に、魔力を感知するスキルの熟練者でない限り、避けることはできない。
そして、わたしを優に超えるほどの知力ステータスがない限り、防御することもできない。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!!」
興奮しすぎて、息が荒くなる。
それくらい、わたしにとっては、怒りを覚えた言葉だったから。
『あの人』に酷いことをしたり、言ったりする人は、許さない。
たとえそれが、カツくんであっても。
そして、兵士さんの判断でわたしが試合には勝利した。
でも、ちっとも嬉しくなかった。
わたしの中では、消えないモヤモヤが、ずっと漂っていた。
それからは、他の人の試合も行われていった。
負傷した人は、イガルト人の治療魔法が使える人が担当している。
カツくんも、そっちへ運ばれていった。
異世界人の訓練は苛烈だから、時々重傷者は出るけど、その時は長姫先生がすぐに治してくれる。
だから、みんな、相手を殺さない範囲で、全力で戦っている。
「…………」
でも、わたしは全然戦えていた気がしない。
そもそも、カツくんの実力じゃ、わたしを開始位置から動かすこともできなかった。
わたしがしたことは、【結界】で自分を守って、四回攻撃をしただけ。
動かなさすぎて、訓練どころか魔法の練習にすらなっていない。
カツくんは確かに、異世界人の中では、強いんだと、思う。
雷属性魔法の、威力と、速度。
そして、制御の難しい魔法をきちんと操れていた技術。
とても努力して、とっても苦労して得たんだろう、カツくんの強さ。
でも、わたしには、物足りない。
わたしにとって、『力』も、『防御』も、『速さ』も、『巧みさ』も。
わたしの知力を超えない限り、【結界】があれば、簡単に無力化できる。
すべてが揃っているだけじゃ、わたしには勝てない。
水川会長のように、すべてが突出しているか。
芹白さんのように、とても特殊な能力があるか。
長姫先生のように、思いもよらない奇策をかけられるか。
いずれにせよ、わたしと同じくらい、何かが突出していないと、勝負にすらならない。
合同訓練に参加して、他の人の試合を見て初めて、そう思えるようになった。
「…………」
だから、わたしは訓練相手を捜していた。
あの三人だったら、わたしの【結界】を攻略してくるから。
それを乗り越えて、戦えば戦うほど、強くなってる実感があるから。
『あの人』を、守れる力がついていると、思えるから。
わたしたちの訓練グループの中を、探した。
「あ、菊澤さん。少しいいですか?」
「?」
すると、向こうの方から声をかけられた。
この声は、長姫先生?
どうしたんだろう? そう思って、声の主に振り向いた、その時だった。
「きゃあああああっ!?!?」
女の子の悲鳴が、聞こえたのは。
「っ!?」
「……ぇっ!?」
長姫先生と一緒に振り向くと、わたしは頭が真っ白になった。
血を流している、『あの人』。
倒れようとしている、『あの人』。
『あの人』の前には、多分、先生。
先生は、剣を握って。
『あの人』を、切って。
また、『あの人』を、切ろうとして……っ!?
(ダメっ!!)
わたしはすぐさま、『あの人』と先生の間に、平面の【結界】を張った。
形は、円形。
『点』も『線』も一番少ない『面』だから、作るのも早い。
『点』を2つ対角線に置き、2本の『曲線』で『点』同士を繋ぎ、中の空間に『面』を作る。
先生は、肩から斜めに剣を振り下ろそうとしている。
それを止められるように、盾になってくれるように。
『あの人』の前に、『面』を『結んだ』。
「菊澤さんっ!!」
「っ!!」
盾を作ったのと、同じ時。
長姫先生が、叫ぶようにわたしの名前を呼んだ。
そうだ、『あの人』の怪我!!
長姫先生の言いたいことを理解したわたしは、さらに【結界】を操作。
わたしたちを囲むだけの円錐を作り、『あの人』の盾にした『平面』をさらに広げて別の円錐を作った。
円錐は、『立体』でもっとも簡単に構築できる図形。
さっきの円形による『面』を地面に作り、頂点になる『点』を頭上に浮かべる。
頭上の『点』と地面の2つの『点』を『線』で結び、テントのように扇形の『面』で覆えば、完成。
3つの『点』と4つの『線』、そして3つの『面』でできるから、早い。
そして、わたしと長姫先生を囲む『立体』と、『あの人』の盾から作った『立体』。
二つの『立体』内の空間を、『結ぶ』。
わずかな浮遊感の後、わたしたちは瞬時に『あの人』の近くへ移動した。
「しっかりしてくださいっ!!」
すぐに『この人』に近寄った長姫先生は、【再生】を発動させた。
これで、大丈夫。
そう思ったのは、最初だけ。
全然、治らない。
なんで?
なんでっ!?!?
「やっ!! やあっ!!!!」
口から血を流して。
切られたお腹からも、いっぱい血が出てて。
『この人』の顔も、どんどん、青くなって。
わたしは、『この人』が死んじゃうと思って。
怖くなって、泣いた。
「ごふっ……」
水川会長や、芹白さんもいたみたいだけど、わたしはそれどころじゃなかった。
また、『この人』が、血を、吐いた。
「やあっ!!!! やあぁっ!!!!」
もう、わたしは、怖くて、怖くて、泣くことしかできなかった。
『この人』が死んじゃう!
嫌だ!!
いやだぁっ!!!!
守りたいって、思ってたのに!
守れなかった!
わたしは、『この人』の、『味方』なのにっ!
気づいてあげられなかったっ!!
間に合わなかったっ!!!
『また』、見捨てちゃったんだっ!!!!
結局、わたしは。
自分の無力と、『この人』がいなくなるという恐怖を嘆くだけで。
何も、できなかった。
…………何も。
わたしが泣き叫んでいた間に、何とか一命を取り留めた『あの人』は、三日後に、目を覚ました。
長姫先生みたいに、怪我の治療はしてあげられなかったけど。
それ以外のお世話を、いっぱいがんばった。
起きて、わたしを見てくれた時は、思わず『あの人』に抱きついて、また泣いた。
安心しても、嬉しくても、涙は出るんだな、って。
初めて、知った。
でも、ちょっと一緒にいただけで、わたしたちはメイドさんから部屋から追い出された。
今度こそ、離れたくなかったのに、残念。
でも、『あの人』は見つかったんだ。
これからは、いつでも会えるんだ。
そう思うと、とっても、ほっとした。
でも、『あの人』のいる場所は、まだ、そんなに優しい場所じゃなかったらしい。
追い出されたみんなで、食事をとって、話があると長姫先生に声をかけられた。
長姫先生の部屋につくと、いつものようにわたしが《隠神》を、芹白さんが【幻覚】を使って、邪魔な人たちを追い出す。
それから語られたのは、わたしにとっては寝耳に水なことばかり。
まず、芹白さんが語ったのは、わたしたちが『あの人』を好きだから生じる、問題。
水川会長や芹白さんや長姫先生が綺麗で美人だから納得だけど、わたしも入っていたのには素直にびっくりした。
次に、水川会長が語ったのは、イガルト王国が異世界人の力の有無で見せる態度の格差や、両者の間にある不自然な恋人関係。
そして、イガルト王国が『あの人』に抱いているだろう感情と、長期間『あの人』がいなかったという事実から浮かび上がる疑念。
そして、最後に長姫先生が語ったのは、イガルト王国の目線から見たわたしたちへの過剰な厚遇の理由と、異世界人の『武力』としての利用価値。
そして、水川会長の疑念を裏付けるような、『あの人』の今日の様子。
全部わたしは知らなかったことで。
全部、『あの人』にとっては、悪いこと。
『…………』
すべてを聞き終えて、わたしたちは、みんな、怖い顔をしていた。
わたしは、多分、この中で一番頭が悪い。
昔から難しいことを考えるのは苦手だったし、嫌いだったから、避けてきた。
でも、みんなが何を考えているのかは、わかる。
イガルト王国は、異世界人にとって、【魔王】よりも身近な『敵』。
それが、導き出した答え。
わたしも一緒。
わたしたちを兵器としてとか、戦争に利用してとか、そんなことはわからない。
でも、イガルト王国は、『あの人』に酷いことをした。
し続けた。
この八ヶ月の間。
ずっと。
それだけがわかっていれば、十分だ。
イガルト王国は、わたしの『敵』。
『あの人』の『敵』は、わたしの『敵』。
だから、わたしは、『あの人』を守るために、『敵』と戦う。
それさえ心に決めれば、後はどうでもいい。
「ぁ……っ」
「どうしました? 菊澤さん?」
でも、一つ。
怖いことを、思いついてしまった。
それが吐息に出ていて、水川会長に聞かれたようだ。
みんなの視線が、わたしに集まる。
怖い、なんて、言ってられない。
わたしは、すぐに胸の前で鏡文字を書き、顔が青ざめる。
『あの人に酷いことをしてきたこの国で、あの人を一人っきりにしてよかったの? メイドさんに、あの人のお世話を任せて大丈夫なの? あのメイドさんも、イガルト人だよね?』
『っ!!』
わたしの魔力文字をすべて読み切った水川会長たちは、同時に立ち上がった。
「彼のいる部屋へ行きましょう! 魔力を気取られる可能性がありますから、【結界】の転移は使えません! セラさんと菊澤さんはスキルを維持していてください!」
焦燥をにじませた水川会長の声に、わたしたちは無言で頷き、走り出した。
わたしの特殊上級スキル、芹白さんのユニークスキルが見破られるとは思えないけど、念のためにということだろう。
とにかく、わたしたちは真っ直ぐ『あの人』を寝かせている部屋へと走った。
「っ、やっぱカレンは速いわねっ!!」
「仕方ありませんっ!! 地力が違いますっ!!」
しかし、すぐに水川会長が一人先に行ってしまい、わたしたちは取り残されてしまった。
魔法をうかつに使えない現状で、純粋なステータスの差は大きすぎた。
それに、水川会長以外のわたしたちは、全員が本来魔法師系の職業だ。
ステータスは魔法関連に集中していて、純粋な身体能力じゃ万能のステータスを持つ【勇者】の水川会長に勝てるはずがない。
それでも、わたしたちは足を止めない。
むしろ、無理をしてでも進もうと、息が上がるのも構わず走る。
そして、間もなく『あの人』を寝かせていた部屋へ到着する。
すでに扉は開けられ、水川会長が中にいることはわかった。
「カレンっ!!」
「水川さん、あの子はっ!?」
「っ!!」
水川会長に続くように、わたしたちも慌ただしく部屋の中へ駆け込んだ。
「…………」
でも、水川会長は、部屋の真ん中で立ち竦んだまま、動かない。
わたしたちの声が聞こえたはずなのに、反応もない。
嫌な予感が、ぶわっと、全身を巡った。
「っ!」
一瞬だけ止まった時間がもどかしく、わたしは室内に入ってベッドへ近づく。
水川会長の横を通り過ぎ、『あの人』がいるはずの、そこへ、行く、と…………。
「……少し、遅かったようです、ね」
わたしは、ベッドの横に立ったまま、呆然とするしか、できなかった。
水川会長の声が、どこか、すごく遠くから、聞こえたような、気がした。
「ちっ!!」
「やられたっ!!」
わたしたちの、視線の先。
まだ寝てなきゃいけない『あの人』がいるはずの、ベッドに。
『あの人』は、もう、いなかった。
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名前:菊澤紫穂
LV:10
種族:異世界人
適正職業:空間魔法師▼
状態:健常
生命力:65/65
魔力:1500/1500
筋力:5
耐久力:5
知力:600
俊敏:5
運:10
保有スキル
【結界LV7】
《鬼才・魔法LV8》《生体感知LV10》《隠神LV10》《不撓不屈LV1》《かわいいLV-》
『怯懦LV10』『思慕LV10』
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