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43.6話 足りない力


 残念先生視点です。


 なお、残念先生の恋愛ステータスは……

一途(いちず)     ★★★★★

・嬉し恥ずかし ★★★★☆

初心(うぶ)     ★★★★★★★★★★

 ……で、お送りしています。


『あの子』に出会ってから、また五ヶ月の時間が経った。


【再生】の共犯者となった水川(みなかわ)さんと毒島(ぶすじま)さんに加え、この世のものとは思えないほどのかわいらしさを持つ菊澤(きくさわ)さんとともにいる時間が増え、私たちはお互いの助力を得ながら力を付けていった。


 水川さんには、【再生】を用いて多様な攻撃手段を教えた代わりに、《生成魔法》における魔力の物質化についての知識と経験を。


 毒島さんには、【再生】の力をヒントにした『循環魔法』や『魔力増幅』を教えた代わりに、主に対軍戦闘におけるスキルの戦術運用法と【幻覚】に類するスキルの戦闘経験を。


 超絶プリティーな菊澤さんには、彼女の弱点と彼女がいかに癒しと萌えと無限大のかわゆさを有した反則級の生き物であるかという真理を説いた代わりに、魔法全般とどうしようもない理不尽に相対する時の心構えを。


 それぞれが足りない部分を教え合い、鍛え、成長していった。


 また、私は己の鍛錬と並行して異世界人への【再生】も順次行っていった。


 やはり、王城にいた異世界人だけでなく、イガルト王国の貴族に預けられた異世界人たちも『歪み』を抱えていた。


 教師やその他の大人は生徒の言いなりになり。


 生徒は与えられたステータスで不遜(ふそん)な態度が目立つ。


 幸いだったのは、生徒の(おご)りが王城の彼らと比べればマシだったことくらい。


 それでも、ステータスという評価基準を与えられた異世界人の精神構造は、呆気なく暴力的な思想に染まり、屈服していたと思う。


 私はそれを、(ことごと)く【再生】で破壊していった。


 そして、私が変わるきっかけをくれた、父の面影を宿した『あの子』のことも気になっていた。


 あれから、私は『あの子』と一度も会えていない。


 それは私にとって、違和感でしかなかった。


 九百人を超える生徒がいる中で、一人の生徒の姿が見えないくらい、大したことがないという人もいるだろう。


 が、勉強や訓練など生活基盤の確保という名目で、現在異世界人は方々(ほうぼう)に散っている。


 王城に残った異世界人も、総人数からしたら人数はかなり少なくなった。


 その中に『あの子』がいないことは、異常だ。


 王城にいる異世界人の人数は、およそ百人。単純計算で、私たちはイガルト王国に十の集団に分断され、生活を管理されていることになる。


 そう、たったの百人だ。


 千人の中から特定するよりも、余程簡単に個人を特定することができる人数のはず。


 なのに、『あの子』はどうしても見つからない。


 そこに、私はどうしてもイガルト王国の強い思惑が感じられてしまう。


 冷静になった今だから考えるが、イガルト王国が私たちの生活全般を保証しているということは、私たちの生殺与奪(せいさつよだつ)も握っているということ。


 衣食住は、もっともわかりやすいものだ。


 衣服がなければ体温調節がままならず、食事がなければ空腹にあえぎ、住居がなければ安心して眠ることもできない。


 当然ながら、普段提供されている私たちの豪華な食事や、衣服や装備、生活の補助をしてくれるメイドにも、莫大な資金が投入されていることだろう。


 それらに加えて、イガルト王国から提供される『知識』がなければ、私たちがこの世界で生き残ることは非常に困難だ。


 私たちがいるのは、外国などという認識さえ甘すぎる、異世界。


 常識も、言語も、文化も、通貨も、法も、生態系も、何もかもが地球とは違う、本当の意味の別世界。


 そんな世界に無知のまま放り出されていれば、私たちが生き残る可能性はゼロに等しい。


 さらには、私たちに常識を教えるために必要な教師や、戦闘訓練を施す兵士たちも、王国が雇用しているため賃金が発生している。


 人間千人を、高等教育を受けさせながら一年間養おうと思えば、かなりのコストがかかるのは明白だ。


『勇者召喚』などという身勝手を振る舞ったイガルト王国には義務だと思えるが、それは被害者であった私たちの認識に過ぎない。


 意図的に私たちを()びだした加害者側は、私たちに何かしらのメリットを求めて、資金を湯水のごとく投入しているはずだ。


 つまり、莫大なコストを支払ってでも、私たちを生かし鍛えることで、イガルト王国は『先行投資』以上の『利益』があると見込んでいることになる。


 この世界の生活水準からすればあり得ないくらいの優遇を、一年間に渡って浪費することが許容できるほどの、イガルト王国にとっての大きな『利益』。


 それは本当に、【魔王】の討伐()()(まかな)えるものなのか?


 兵士を始めとした『武力』は、有事の際に自国を守るため、あるいは保有武力という外交カードとして、大きな効果を発揮する。


 しかし、ひとたび平時となるとかなりの無駄が生じる金食い虫に変貌する。


 人件費、育成にかかる諸費用、装備類などなど、力を維持するだけでも相当なお金が飛んでいくはずだ。


 私たちがイガルト王国に求められている役割は、まさにそうした『武力』。


 今は【魔王】を撃破するための、義勇軍候補扱いだが、その先は?


 もしも全員がイガルト王国に賛同し、世界のために武器を取ったとして。


 本当にイガルト王国は、【魔王】を討伐すれば私たちを日本へ帰してくれるのか?


 通常の兵士とは比べものにならないほどのコストを支払って得た、【魔王】を滅ぼすことの出来る強大な『武力』を、脅威の排除が完了しただけで手放すだろうか?


 もしも、私たちを喚んだ国王が他国との戦争を望まない、温厚な考えの持ち主であれば、すぐさま日本へ帰してくれただろう。


 大きすぎる力は、保有するだけで周囲から畏怖(いふ)され、外交上優位に働いても本当の意味での信頼関係を築くのが難しくなる。


 誰だって、自分を殺しうる武器を持った護衛を背後に(はべ)らせた相手に、恐怖こそすれ好印象など抱くはずがない。


 穏健な思想の王であれば、私たちの存在は優秀な『武力』から、親密な外交を阻害する『邪魔』と捉えてくれる。


 だが、過激な思想の王であれば。


 それこそ、この世界の覇権(はけん)を握っていたと明言したような。


 イガルト王国民以外はどうでもいいと暗に言い放ったような。


 帝国主義に近い思想を()とする国王であれば。


 世界の脅威であった【魔王】さえ下した私たちは、喉から手が出るほど欲しい『武力』足り得る。


【魔王】という生命の危機が排除されれば、次に私たちが駆り出されるのはどこか?


 十中八九、他の人類国家との戦争だろう。


 他国の有する資源や技術を根こそぎ略奪し、実際に世界の覇者となるために。


 そう考えれば、私たちに対する必要以上の厚遇にも、納得できてしまう。


 ただ、逆を考えてみればどうだろう?


 すなわち、イガルト王国が見込んでいる『利益』をもたらさないだろう異世界人は?


 それがもし、『あの子』だったとしたら?


 イガルト王国からどんな扱いを受けているのか、わかったものじゃない。


 そうした考えにすぐ思い至ったからこそ、私は『あの子』を必死に探した。


 でも、見つからない。


 不安と焦燥が、身を焦がす。


 時間だけが過ぎていき、『あの子』の安否さえあやふやになってきた、そんな時。


 私は、『あの子』を、見つけることが出来た。


「っ、見つけた!」


 それは、魔物討伐訓練の一週間前に組まれた、異世界人全体の合同訓練の日。


 私が『あの子』の姿を探して、訓練場内を歩き回っていると、隅にあった井戸の近くでうずくまっている『あの子』を発見することが出来た。


「~~っ」


 最初に浮かんだのは、腰が抜けそうになるほどの、安堵。


 生きていた。


 生きていて、くれた。


 最悪の予想ばかりが頭をよぎっていた私にとって、『あの子』の元気そうな姿を確認できただけで、とてつもない歓喜をもたらしてくれる。


 次に私に芽生えたのは、初めて感じるほど強い、動悸(どうき)


 ドクン、ドクンと、耳がうるさく感じられるほど強い心臓の鼓動は、(わずら)わしいはずなのに、どこか心地いい。


 変になった心臓に呼応して、顔に血がどんどん巡っていくのもわかる。


 もう、私の目には、『あの子』しか見えていなかった。


「あれ? 長姫先生じゃないですか? どうしたんです?」


「…………」


 誰かから話しかけられた気もするが、多分、気のせいだろう。


 私は一つ深呼吸をして、顔の火照(ほて)りを(しず)めてから、『あの子』に向かって一直線に歩き出す。


 初めて会った時は、とても恥ずかしい姿ばかりを見せてしまったので、今度こそ大人としての余裕というか、格好いいところを見せてあげねば。


 そう意気込んで、私はいつも以上に学校関係者たちに見せる顔を意識して、『あの子』に声をかけようとした。


「おひさしぶりで、…………何をしようとしてるのよぉっ!!??」


 だが、そんな私の見栄っ張りな部分は、ものの見事に『あの子』に潰されてしまう。


 だ、だって、変な声だって上げちゃうって!?


 私が声をかけた瞬間に、ズボンをずりおろそうとしたんだよ!?


『この子』が相手じゃなかったら、即行で蹴り飛ばしてたところなんだからっ!!


「んあ?」


 私の大混乱など我関せずとばかりに、『あの子』は気の抜ける声とともに振り返った。


 久しぶりに見た『あの子』の顔に、知らず、先ほど静めた火照(ほて)りが数倍になって上がってくる。


 反射的に顔を覆った両手から『あの子』の姿を見て、私のテンパりはさらに上がっていく。


「あ、お久しぶりです」


「あ、うん、お久しぶりです。って、そうじゃなくて!! 公共の場で何しようとしてるのよ、君はっ!?!?」


「え? 洗濯」


「下は今じゃなくていいじゃない!?」


 前と同じようなやりとりに、たくさんの恥ずかしさと、ちょっとだけの安心を覚える。


 その、明らかに、私をからかって面白がっているのがわかるから、恥ずかしくて。


 でも、その裏で、『この子』が『更生』の必要がないほど、『変わって』なくて。


『この子』と感情と理性と、全部に翻弄(ほんろう)されながら、私は『この子』との再会を心から喜んでいた。


「だって臭いですし。ほら」


「うっ!!」


 が、それもすぐに(しぼ)んでいく。


『この子』が洗濯するといって差し出した、学生服。


 その臭いに、私は大きく顔をしかめた。


 酸っぱく、えぐみのある、鉄臭い、他にも言葉では表現しきれない酷い臭いの集合体。


 それが、『この子』の手に持つ学生服から漂ってきたからだ。


「…………それ、貸して」


 一言では収まりきれない思いを抱いたが、それは後だ。


 こんなものを、いつまでも生徒に、『この子』に、着させておくわけにはいかない。


 私の言葉に一瞬(いぶか)しそうな顔を見せたが、『この子』はすぐに理解して学生服を地面に放り投げる。


 すでに水洗いしていたのか、べちゃっ! という音がして、学生服は地面に広がった。


「んっ!」


 離れていても強烈に鼻を刺激するそれに、私は【再生】を施した。


 学生服に刻まれた、物の歴史とも言うべき『記録』。


 それを(さかのぼ)っていき、学生服としての形を成した時点へと、『この子』の学生服を戻した。


【再生】が終わると、臭いはおろか水気もすっかりなくなった、新品の学生服が姿を現す。


 私の【再生】は、対象に『記録としての過去』さえあれば、どんな状態にも戻すことが出来る。


 一度【再生】で戻った対象は、魔法をかける前にたどった時点には戻れないのが欠点だけど、ユニークスキルが強力なことに変わりはない。


「お見事。本当に便利だな、先生のユニークスキルって」


 私の【再生】を熟知している『この子』は、特に驚くことなく手を打ち鳴らしていた。


 褒められてちょっと嬉しかったりしたけど、私の視線は残りの『この子』の服へと移っていた。


「そんなのはいいから、他の服も貸して。【再生】をかけてあげるから」


「え? 脱ぐんすか?」


「ベルトに手をかけないでっ!!」


 だから、脱ぐ必要ないじゃないっ!!


 絶対、ぜぇったい、わざとだよね!?


 先生をからかっちゃいけないんだぞぅ!?


 私は顔が真っ赤になりながらも、おそらく体臭も酷くなっているだろう『この子』ごと【再生】をかけた。


「いやぁ、助かりましたよ先生。この服のせいで、周りからの目が厳しかったもんで」


「…………そう、ですか」


「お、体臭も消えてますね。あざっす」


「どういたしまして。そう手間ではありませんから」


 何でもないことのように冗談めかして笑う『この子』だったが、私は『この子』のように笑えない。


 だって、『この子』の学生服の臭いは、普通じゃなかった。


 それだけで、『この子』がどれほど悪辣(あくらつ)な環境に身を置いていたかが、わかってしまったから。


 そもそも、私は初めて『あの子』と会った後になって、おかしいと思っていたんだ。


 私たちには過剰すぎるほどの衣食住が保証されているにもかかわらず、『あの子』はずっと学生服のままだった。


 しかも、当時の学生服でさえも傷みが激しく、少し臭いがあったと思う。


 その上で、今日だ。


 武具防具の(たぐい)を一切身につけておらず、服と呼ぶにもはばかられる学生服を未だに着用し、あまつさえ『洗濯して再び着用しようとしていた』という事実。


 推測されるのは、一つしかない。


『この子』だけ、イガルト王国からの支援は、ほとんど行われていない。


 それどころか、『この子』はすでに、死に(ひん)する状態を経験したことがある可能性すらある。


 さっきの、学生服から漂ってきた、臭い。


 色々混ざりすぎていたけど、その中には確かに、鉄(さび)のような『血の臭い』が混じっていた。


 あれほどの悪臭の中にあってさえ、『血の臭い』がわかるということは、それだけの出血があの学生服にかかっていたということ。


 …………それだけの出血を、『この子』が浴びた、もしくは、()()()ということ。


 前者ならば、本当はよくないんだけど、まだいい。


 でも、もしも、後者だったら。


『この子』は、どうして、こんなに無邪気に、笑えるんだろう?


『この子』は、本当に、私が思っているように、『無事』なんだろうか?


『この子』を見ていると、どんどん、名状しがたい不安に、支配されていく気がした。


「で? 俺に何か用っすか? わざわざ探してくれてたみたいですけど?」


 内心で苦虫を噛み潰していると、『この子』は話題を変えるように話を振ってきた。


「え、っと、それは……」


 その言葉に、私はびっくりしてしどろもどろになってしまう。


 な、なんで、私が『この子』を探してたなんて、わかるんだろう?


 さっきまで、ずっと、後ろを向いてたはずだよね?


 それなのに、気づいてた、ってことは…………。


 私のこと、ずっと、見てた、ってこと、だよね?


(っ!!)


 ……何で、だろう?


 私の行動を、見透(みす)かされた感じがして、恥ずかしいのに。


 嫌じゃない。


 むしろ、満たされていく自分が、いる。


 相手は、『この子』は、子どもで、生徒、なのに…………。


 菊澤さんに感じるものとは違う、ドキドキで。


 胸がキュゥって、締め付けられる。


 もう、私は。


『この子』しか、見えない。


「その、私、君のことを」


 心配していた? ……違う。


 探して、お礼を言いたかった? ……違う。


 今の、私の、本当の、気持ちは…………。


 意を決して、それを告げようと思っていた、その時だった。


「おっと」


 私の目の前から、いきなり『あの子』が消えた。


 代わりに、縦に空気を切り裂くように、見覚えのある杖が地面を殴りつけた。


「ちっ! また逃げられたっ!!」


「気配くらい消せよ。それか、スキルでフェイントでもやっとけ、バーカ」


 いきなり始まった、『この子』と毒島さんの口論に、私は口をポカンと開けたまま、動けなかった。


 いきなりすぎる展開についていけない。


 いや、『この子』の言からして、私は毒島さんが近づいてくることにさえ気づけなかったほど、油断していたんだろう。


 それくらい、我を忘れていて、『この子』しか、見えていなかった……?


(っ~~~~~!?!?)


 ひゃわぁっ!!


 なにそれぇっ!?


 わたしっ!? そんなぁっ!?


 すごく、すっごく、恥ずかしいぃっ!!!!


 私は言い合いを続ける『この子』と毒島さんを止めることも忘れ、顔に上った熱を下げるのに必死だった。


 それはもう、『高速思考』でひたすら円周率を唱える必要があったほど、私の羞恥心は強いものだった。


 この時ほど、『高速思考』のスキルを覚えておいてよかったと思う日はない。


 その後、何とか心を持ち直して、違和感なく『あの子』と話をすることが出来たんだから。


 …………でも、毒島さんに続けて、水川さんや菊澤さんも『あの子』と知り合いだったなんて、思わなかったけど。


 しっかりとかわいい子に(つば)をつけていた『あの子』の手の早さに、ジト目を送っちゃったのは仕方ないと思う。


 余談だけど、『あの子』に(すが)りつく菊澤さんは、神()かった反則級のかわいさだった。【結界】さえなければ、即お持ち帰りしたのに…………。




「長姫先生? さっきの男子生徒とはどういう関係なんですか? 教師と生徒、という割には、とても親密な距離にいたように思えましたけど?」


「…………」


 そして、合同訓練が始まった、のだけど。


 さっきから私の対戦相手、倉片(くらかた)龍人(たつと)先生がしつこくてうるさい。


 水川さんや毒島さんの試合は終わっていて、二人の試合を観戦している最中も、やたらと私に声をかけてきて集中できなかった。


 内容は、『あの子』との関係、一点のみ。


 どこからどこまで見ていたのか、私が『あの子』と会話しているのを見ていたらしい。


 それでネチっこく聞いてくる倉片先生だが、正直鬱陶(うっとう)しいことこの上ない。


 ただの同僚である倉片先生に、私の人間関係に口を出される筋合いはない。


 生徒たちがいる面前であり、教師としての顔が必要でなければ、今すぐにでも罵倒(ばとう)を並べて追い返したいところ。


 でも、生徒たちの前で、そんな大人げないことは出来ない。


 都合良く対戦相手になったから、この鬱憤は試合で晴らそう。


 そう決めて、私はひたすら、兵士さんの試合開始の号令を待った。


「では、構え」


「…………だんまりですか、長姫先生。いいでしょう。ならば、僕がこの試合に勝てば、あのガキと何があったのか、話してもらいますからね」


 ムカッ!!


 ガキって何よ!!


 顔だけの軟弱男と比べれば、『あの子』の方が何億倍も格好いいんだからっ!!


「始め!」


 私は以前の魔法使いのような装いとは違う、水川さんの《生成魔法》で作られた柔道着のような上着と、紺色の袴を身に(まと)い、裸足(はだし)で地面を噛みしめて脇を締めて構える。


 それ以外に防具はない。私には必要ないから。


『あの子』から教えてもらった【再生】で戦うには、これが一番しっくりくる。


「行きますよ!」


 先手は、いけ好かない倉片先生(イケメン)


 魔法槍士という適正職業だった倉片先生は、訓練用の槍をクルクルと回転させ、ユニークスキル【大蛇(おろち)】を発動させた。


 倉片先生の背後に出現したのは、八本の水流。まるで鞭のようにのたうつそれは、いつ見ても気持ちが悪い。


【大蛇】とはおそらく、日本神話で有名なヤマタノオロチを指す言葉なのだろう。


 ヤマタノオロチは山の神、もしくは水の神と言われており、倉片先生の【大蛇】は水の神を指しているものと思われる。


 何度も訓練で相手をしているが、山を連想させる攻撃はなく、水属性魔法しか使ってこなかった。水属性に特化したユニークスキルという認識で問題ないだろう。


 それに、攻撃の数はずっと八の倍数だったし、八つの頭と尾を持つヤマタノオロチを連想させるには十分だ。


 それに、倉片先生も【大蛇(ヤマタノオロチ)】と呼ぶに相応しい女好きのナンパ男だし。


 ヤマタノオロチは年に一度、若い処女を食らうために山から下りてくる化け物、という話だった。


 ほぼ毎日のようにイガルト人をナンパしまくって、この間百人切りを達成したと自慢していたらしい倉片先生には、本当にお似合いのスキルだと思う。


 私としては、軽薄で陰険でネチっこい女々しい男なんて、死んでもゴメンだけど。


「行け!」


 八本の水の鞭が、倉片先生の号令で一斉に私に向かう。


 何だか、よく見ると触手にも見えてきた。


 本当に、気持ち悪い。


「すぅ、……っ!」


 強すぎる生理的嫌悪を《明鏡止水》で無理矢理落ち着かせる。


 そして、《異界流柔術》を意識しながら、《魔力支配》で両手に魔力をコーティングして《流転(るてん)》を発動させる。


《異界流柔術》は、【再生】によって私の遺伝子に刻まれた先祖の記憶を(さかのぼ)って得た、柔術という武術がスキルとなったもの。


 同じ方法で、水川さんにもいくつか新しいスキルを発現させた。彼女が早い段階で取得した《異界流刀術》や《異界流弓術》には(かな)わないが、他の武術では私に一日の長がある。


 日本の柔術というと、言葉の響きだけなら柔道や合気道のイメージがあるが、本来は素手や短い武器を用いた多様な武術だ。


 投げ、締めといった敵を殺さず無力化する捕手(とりて)術はもちろん、かつて日本の戦場で敵を組み伏せ殺す手段だった組討(くみうち)、小刀や脇差(わきざし)などを用いた護身術などを源流としている。


 なので、敵の無力化だけでなく、敵を殺す急所を狙った当身(あてみ)も存在する。というか、当身の方を重要視している流派が比較的多い。


 そして、《流転》はいわゆる受け流しを突き詰めた、防御と回避の極意ともいえるスキルだ。こちらもまた、【再生】で得たご先祖様の記憶のおかげで得ることが出来た。


 短く息を吐き出し、全方位から迫る【大蛇】を、一つ一つ丁寧に素手で弾き、(さば)いていく。


 鞭のような攻撃は無軌道で読みづらく、本来は防御も難しいが、『高速思考』と『未来予知』を併用(へいよう)すればある程度予測できる。


 後は、スキルの補助に従い、(はた)き落とせばいい。


「ちっ! なら、これでどうですか!?」


 いつまでも私が倒れないことに業を煮やしたのか。


 倉片先生は八本の【大蛇】はそのまま維持し、槍へと水属性魔法を付与して私へ向かってきた。


「はあっ!」


「…………」


 一回り以上膨れ、圧縮された水の刃を前に、私は表情一つ変えない。


 背後から襲ってきた【大蛇】の一本を(ひじ)で殴り飛ばし、連撃の中に一瞬の空隙(くうげき)を見つけて、倉片先生と相対する。


「う、わぁっ!?」


 瞬間、突き出された槍を、一瞬だけ《限界超越》を付与した《流転》で強引に()らした。


 突進の勢いが完全に返され、倉片先生は私を飛び越えて斜め後ろへ飛ばされる。


 その先には、倉片先生が出現させた、私に迫っていた【大蛇】が三本。


「ぐえっ!?」


 制御が間に合わず、背中に二本、お腹に一本、【大蛇】による打撃を食らった倉片先生。


 まるで(かえる)が潰れたような声に、少しだけ胸がすっとし口角が上がる。


 が、まだ【大蛇】は消えていない。


 ほぼオートで迫る水流に意識を戻し、先ほどと同じように攻撃を(かわ)していく。


「げほっ! ごほっ! く、くそぉ! よ、よくもやったなぁ!?」


 どうも耐久のステータスが低いらしい倉片先生が、若干上擦(うわず)った情けない声を上げる。


 あれは【大蛇】の制御さえ完璧であれば防げた、いわば倉片先生の未熟が招いた負傷。


 私に責任を押しつけようなんて、見当違いも(はなは)だしい。


「こ、これなら、どうだぁ!?」


 接近戦は危険と判断したのか、十分離れている距離をさらに開いて、倉片先生は右手を私に向けて手のひらを広げる。


 すると、八本だった【大蛇】がさらに八分割され、六十四本になった【大蛇】が無茶苦茶な軌道で迫ってきた。


「は、ははははっ! どうだ! この数なら、いくら長姫先生でも、っ!?」


 が、こんなもの、数が増えただけだ。


 対処そのものに、不都合はない。


 私は反動のないよう、自力で対応できるギリギリに抑えた《限界超越》を肉体にかけ、さらに速度を上げて【大蛇】を弾き飛ばす。


 その場で(こま)のように回転しながら、弾き、いなし、相殺させていく。


「だ、大丈夫だ! こ、こんなことは、今までもあっ……たぁっ!?」


《流転》の防御を続けるさなか、攻撃がなくなる刹那を利用して【再生】で生み出した手裏剣を袖から出し、《異界流暗器術》の補助で投擲(とうてき)


 まるで隙だらけだった倉片先生の腹部に三本、俗に言う棒手裏剣を放った。


「あ、あぶな……っ、危ないじゃないかぁ!!」


 しかし、標的に当たった瞬間、棒手裏剣は倉片先生の体を突き抜けてしまう。


【大蛇】のスキルは、水川さんの相手だった金木くんの【業火】同様、肉体を魔法に変化させうる特徴を持つ。


 先ほど()せて苦しんだのは、同じ【大蛇】のスキルで生み出した攻撃であったためで、私からの攻撃はほぼ通じない。


 だから、正攻法で攻撃を通すには、倉片先生の魔力を削りきる必要がある。


「だ、だが、僕の防御を抜くには、少々火力が、ぁあっ!?」


 多弁は多弁でも、『あの子』とは違って倉片先生は本当に無駄口が多い。


 私は冷め切った視線で一瞥(いちべつ)し、【大蛇】を(さば)きながら【再生】に意識を()く。


 そこには、変な悲鳴を上げる倉片先生に四方八方から襲いかかる影があった。


 正体は、さっき私が投げた棒手裏剣。


 一度倉片先生の体を突き抜け、『武器としての意味』を失った棒手裏剣が、【再生】の連続行使により『攻撃』という概念を『再利用(リピート)』される。


 結果、倉片先生に(たか)るようにして、棒手裏剣は投擲の勢いそのままに何度も反転。


【大蛇】と比べれば数の少ない追尾武器として、何度も何度も倉片先生に刃を突き立てる。


 もちろん、棒手裏剣には《魔力支配》で魔力を付与してある。


 防御できずに刃を受ける(たび)、倉片先生の魔力は消耗されていくだろう。


「うわっ! このっ! な、なんだよ、これぇ!?」


 私は必要でない限り、あまり手の内をさらすような戦いはしない。


【再生】のおかげで私の戦法は無限に広がっているが、考えなしに披露(ひろう)していては水川さんに対策を練られてしまう。


 水川さんの万能で臨機応変な戦闘力を前に、私が勝てる要素は予想外の攻撃で意識の穴を突くくらい。そうした私の優位性を失わないようにするためだ。


 故に、今まで表だった訓練で見せなかった攻撃に、倉片先生はかなり混乱しているようだ。


 倉片先生の訓練の様子をずっと見てきたが、ずっと【大蛇】の魔法制御だけに注力していて、槍の扱いは手つかずで(おろそ)かなまま。


 その怠惰が原因で、倉片先生は縦横無尽(じゅうおうむじん)に飛び回る棒手裏剣に全く対応できていない。


 へっぴり腰で刃物を(おく)したまま、虫を追い払う(ほうき)のように振り回すだけで、見事に空振りしている。


 なんて、無様。


 こんな姿を見せられれば、たとえ容姿が優れていようと、百年の恋も冷めるというもの。


 やはり、『あの子』の方が、何兆倍も魅力的な男性だ。


「ふっ!」


 もう、相手をするのも(わずら)わしい。


 一気に勝負を決めることにした私は、再び一瞬の時間だけ、今度は最大規模の《限界超越》を《流転》に施す。


 そして、六十四本に細分化された【大蛇】の半分をほぼ同時に受け流し、残りの半分にぶつけて完全に相殺させた。


「おりゃあっ! ……えっ!?」


 水流の【大蛇】が水飛沫(みずしぶき)となって消え去った直後、私は一気に倉片先生と距離を詰め、無手の領域である懐に入り込む。


 片倉先生はといえば、ちょうど棒手裏剣に向かって槍を大振りに振り回した直後であり、完全に胴体はがら空き。


 積もりに積もった不満とともに、先ほど『あの子』をガキと侮蔑(ぶべつ)した怒りも上乗せして、私は右手に《貫徹》を付与した。


「ごぶふぉっ!?!?」


 そして、《限界超越》の補助を受けて視認さえ難しい速度で打ち出した掌底(しょうてい)を、倉片先生の鳩尾に突き刺した。


 まだ魔力に余裕があったはずの倉片先生だが、あらゆる攻撃を(てっ)する《貫徹》のスキルに貫かれ、吐血。


 私の《異界流柔術》による当身の勢いも殺せず、体をくの字に曲げて吹っ飛んでいった。


「あぎゃあっ!?」


 広い訓練場を何度もバウンドした後、【再生】が生きたままだった棒手裏剣が片倉先生を追っかけていった。


 飛来した棒手裏剣は、右上腕、左ふくらはぎ、右下腹部に突き刺さり、地面に縫いつける。


 同時に舞う鮮血。


 どうやら、魔力より先に【大蛇】の制御が切れたらしい。


「勝負ありましたね。安心してください。内臓は一つも破壊していませんし、【再生】で傷は回復できますから」


 すべてのスキルを切り、無理矢理作った無機質な笑顔で、倉片先生への拒絶の意思を示した。


 貴方のような愚物(ぐぶつ)に、『あの子』とのことなど、一片たりとも話してやるものか。


 何が起きたかも理解できていなかっただろう倉片先生は、私の言葉も聞こえていない様子で気絶し、間抜け面をさらしていた。




 それから訓練は進み、かわゆさとは裏腹な菊澤さんの一方的な試合も終わり、後は消化試合が続く。


 正直、水川さん、毒島さん、菊澤さん以外の異世界人相手では、ほとんど勝負にすらならなくなってきた。


 私が力の温存など()()()、全力を出すしかなくなる相手は、現状この三人以外いないと断言できる。


『あの子』をガキ呼ばわりした無礼者を成敗できたのはいいけど、勝負に手応えがなさすぎて消化不良を残しているのも事実。


 私には、まだまだ、力が足りないと思うから。


 確かに、私は強くなった。


『あの子』に説教されるまでと比べると、信じられないほどの高みにいる。


 でも、足りない。


 まだ、まだまだ、生徒たち全員を守りきると断言できるには、遠い。


 最優先庇護(ひご)対象である『あの子』を守りきるのは当然として、実力が伯仲(はくちゅう)する水川さんたちをも超える力を。


 正真正銘の化け物だという【魔王】をも、圧倒できるだけの力を。


 私はまだ、有していない。


 自分を守るために、強さをひたすら求めていたという、毒島さんではないけれど。


 私はまだ、満足できない。


 だから、後で訓練をしてもらおう。


「あ、菊澤さん。少しいいですか?」


「?」


 そう思って、しばらくして見つけた菊澤さんに声をかけた、ちょうどその時。


「きゃあああああっ!?!?」


「っ!?」


「……ぇっ!?」


 女子生徒の悲鳴が、訓練場にこだました。


 声の方向を向けば、そこには目を疑いたくなる光景が。


『あの子』が。


 さっきまで笑っていた、『あの子』が。


 あろうことか。


 教師に。


 生徒を守る立場であるはずの大人に。


 切られていた。


「菊澤さんっ!!」


「っ!!」


 ここからじゃ、人が邪魔で走って向かうには遠い。


 そう判断した私は、菊澤さんの肩に手を置き、【結界】の瞬間移動を促した。


 同じく、『あの子』が切られた瞬間を見て呆然としていたらしい菊澤さんだったが、私の声に即座に反応。


 次の瞬間には、私たちは『あの子』の近くに足をつけた。


「しっかりしてくださいっ!!」


『この子』を切った外道への対処は、菊澤さんに任せる。


 私は治療魔法師として、【再生】の所持者として、『この子』の治療に全力を尽くす。


「っ、すぐに治療します!! だから、頑張って!!」


 ぼんやりとした視線に、口からあふれ出る少なくない血液。


 躊躇(ちゅうちょ)も迷いもなかった。


 私は『この子』の患部に手をかざし、全力で【再生】を行使する。


 その際、毒島さんに教えた『循環魔法』の原理である、大気中の魔力を急速に私の中に取り込み、自身の魔力へと還元する【再生】の力もフル稼働。


 これで、事実上私は無限に魔法を発動させ続けることができる。


 そして、本来私の【再生】は回復に特化した癒しの魔法。


 すぐに『この子』の怪我は治る…………はずだった。


「っ!? な、んで……!?」


 なのに、傷の治りは、一向に早まらない。


 普段の【再生】と比べれば、牛歩(ぎゅうほ)と言っても差し支えないほどの、余りにも遅い回復。


 なんで?


 どうして?


 こんなこと、今まで一度もなかったのに!?


 私は今までにない事態に、完全にパニックになっていた。


「ごふっ……」


「やあっ!!!! やあぁっ!!!!」


「何やってんのよ!! もっと早く治しなさいよ!!!!」


「黙っていてくださいっ!! 気が散るっ!!!!」


 再び『この子』が血を吐き、菊澤さんの叫ぶ声と、毒島さんの罵倒(ばとう)が聞こえる。


 すぐに治せるのなら、とっくに治してる!!


 だから、静かにしていて!!


 私は必死だった。


 こういう時こそ冷静にならねばならないのに、《明鏡止水》の存在を忘れるほど、私は混乱の(うず)に飲み込まれていた。


 私にできたのは、ただただ全力の【再生】だけ。


 今までもっとも信頼してきたはずの、力が。


 こんな大事な時に、大して役に立てないなんて。


 このままじゃ。


 大切な、生徒が。


 大切な大切な大切な『この子』が!


 死んじゃうっ!!


(っ!! かみさまっ!!)


 力が、欲しい。


 どんな願いも、叶えられるだけの。


 いや、そこまでの贅沢(ぜいたく)なんて、言わない。


 ただ、『この子』を。


『この子』だけを助けられるだけの。


 力が。


 欲しい。


「なっ!?」


 すると、奇跡が、起こった。


 今までの回復速度とは明らかに異なる、傷の修復が始まったのだ。


 どうして、今になって?


 そう思ったが、どうでもいい。


『この子』が無事なら。


 また、『この子』が笑ってくれるなら。


 どんな理屈があったところで、どうでもいい!!


(うっ……!?)


 が、その代わりに私の意識がどんどん遠のいていく。


 魔力が、急速に、なくなっていく。


 世界から供給されているはずの魔力も、ほとんど抜け落ちていく。


 この感覚は、ほとんど経験のない、魔力枯渇の症状に酷似(こくじ)していた。


(……だ、…………め……………………)


 まだだ。


 まだ、『この子』は完治していない。


 私が。


 異世界人の中で最高位の回復手段を持つ、私が。


 ここで倒れるわけには…………。


 いか、な…………い……………………。


「く、っ…………」


 そこで、私の意識は、途切れた。




 次に私が目を覚ましたのが、『あの子』が倒れてから数時間後。


 水川さんたちに容態を聞いてから、私は再び【再生】をかけ続けた。


 完全に傷が塞がるまでの、三日間。


 食事も睡眠も休息もなく。


 感じる疲れは、すべて自身への【再生】で誤魔化(ごまか)して。


 ずっと、『この子』の無事だけを祈って。


 私は、足りない力を、振り絞った。


「…………うぅ」


 私の無力を痛感した、地獄のような三日間が過ぎ。


『この子』が、やっと、目を覚ました。


 覚まして、くれた。


「よかった……、ほんとうにっ、よかった…………っ!」


 知らず、私は泣いていた。


 私は。


 私の、未熟で。


 私の、力不足で。


 私の、『最愛の人』を。


 殺すところだった。


 そうならなくて、本当に……。


 よかったと、思えたから…………。


 それからは、いくつか『あの子』と話をし、少し水川さんたちと衝突して、結局メイドに部屋から追い出されることとなった。


 直後、【再生】で誤魔化し続けてきた私の肉体疲労が、ピークに達していた。


 失ったスタミナを取り戻すため、食事では正しく三日分の量の食事を平らげて、水川さんたちにどん引きされてしまったが、それはそれとして。


 現在、毒島さんの【幻覚】と、菊澤さんの《隠神(かくしがみ)》によって監視の目が消えた私の部屋で、話し合いを行っていた。


「…………以上が、これまでに感じた、イガルト王国に対する私の疑念です」


 割り込む形だったが、最初に口を開いた毒島さんの示す『あの子』への危険を聞いた後での、水川さんの疑念。


 それを聞いた私たちは、知らず口を閉じて顔をしかめました。


「…………そっか」


「…………あの子が、そんなことまで」


「…………ぅぅ」


 気になる点は多々ありましたが、水川さん以外の私たちが真っ先に反応したのは、『あの子』の行動の方だった。


 思い出すのは、異世界召喚初日の、国王との謁見(えっけん)


 誰もが混乱から脱せない中、『あの子』だけがイガルト王国への危機感に気づき、対処しようとしてくれた。


 確かに、あの時、誰かが国王と話をしていたことは、覚えている。


 でも、何故かその誰かの顔の記憶だけが薄れていて、誰が国王と交渉していたのか、ずっと思い出せなかった。


 それが、『あの子』だったんだ。


 私たちは、出会う前から、ずっと。


『あの子』に、助けられていたんだ。


 そう思うと、切ない気持ちを抑えきれない。


「彼は、最初から冷静でした。非現実な状況に飲み込まれず、あくまで私たちへのリスクを考慮して、行動してくれていたんです。だから、感謝してもしきれないという気持ちは、私も理解できます」


 しんみりとしてしまった空気の中、水川さんは微笑みを浮かべて頷きました。


 が、次の瞬間には、《鬼気》にも迫る真剣な表情へと引き締めます。


「だからこそ、彼が置かれている状況は、限りなく最悪に近いくらい、危険であるといえるでしょう。そして、それはイガルト王国の兵器として見られているだろう、私たちにも同じことがいえます。

 このままでは、私たちはこの国に利用され、彼は危険人物として殺されてもおかしくありません。そんな絶望的な未来を回避するためにも、国王陛下との関係を見直さなければなりません」


 水川さんの言葉に、全員が首肯する。


 今回のことで、イガルト王国も、異世界人にとっては『敵』なのだとはっきりした。


 そして、私たちは今、『敵』の腹の中にいる。


 気を引き締めなければ、そのまま食われてしまうだろう。


「後は、長姫先生。先生からも、何か気になることが、あるんですよね?」


「ええ。私の感じたイガルト王国への不信も、水川さんの話を補完するものとなるでしょうね」


 愉快な話ではないため、極力感情を押し殺して、私は口を開いた。


 私の雰囲気を悟ってか、三人とも身を乗り出して、私の説明に耳を傾けてくれた。


 生徒であり、信頼できる仲間であり、同じ一人の男性に恋をした、『恋敵(ライバル)』たち。


『あの子』を助けるには、まだまだ、私には力が足りない。


 でも、この子たちとなら、できる気がする。


『あの子』を、本当の意味で、助けることが。


 そんな根拠のない、されど確信に近い思いを抱きながら、私は『あの子』から感じた異常を、語っていった。




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名前:長姫(おさひめ)(きょう)

LV:10

種族:異世界人

適正職業:治療魔法師

状態:健常


生命力:200/200

魔力:2700/2700


筋力:20

耐久力:15

知力:450

俊敏:15

運:85


保有スキル

【再生LV5】

《魔力支配LV10》《詠唱破棄LV10》《明鏡止水LV5》《限界超越LV5》《広範魔法LV3》《連鎖魔法LV3》《極大魔法LV1》《異界流柔術LV1》《異界流暗器術LV1》《流転(るてん)LV1》《貫徹LV1》

『威圧LV10』『究理LV8』『高速思考LV8』『未来予知LV7』

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