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43話 四竦み

『異世界人』の合同訓練から、体感時間で三日が過ぎた。


 あれから会長にどっかの部屋に運ばれた俺は、ひっさしぶりのベッドに寝かされていいる。


 誰のベッドか知らねぇけど、すっげぇいい匂いがする。ぜってぇ女子の匂いだって、これ。最初()いだときテンション上がったわ~。俺だって年頃の男の子だしね。


 だって、いつも嗅いでた小便やゲロや血の臭いに比べればよっぽど、っつうか比べること自体おこがましいわ。ってわけで、一生に一度の機会、じっくり堪能(たんのう)させていただきました。あざっす。


 とはいえ、俺を運んだのは会長だから、会長のベッドじゃねぇはずだ。いくら親切だっつっても、まさか三回しか会話してねぇ男を、自分のベッドに寝かせるような奇特(きとく)な人じゃねぇだろうし。


 ってことは、会長と相部屋になった、同居人のベッド、とか?


 マジかー。無断で同居人のベッドに俺を寝かせるとか、マジ鬼畜だな、会長。このベッドの持ち主、この三日間どこでどうやって夜を越したんだ? かわいそうに……。


 まあ、それはいいや。


 ついでに俺は、ふっかふかなベッドの感触にも感動してた。ただ、半年以上石製ベッドだったからか、柔らかすぎて逆に落ち着かないという悲劇。普通に泣ける。


 体調を言えば、《永久機関》のおかげで飲まず食わずのまま、傷の回復には成功した。


 最後に、目を閉じたまま意識がはっきりしてる、っつう《永久機関》の弊害が発覚した。


 なお、今もその弊害は進行形である。


 順を追って説明しよう。


 そもそも、傷が完治したのはかれこれ六時間前。


 その間に体力も気力も回復し、体は至って健康体。


 本来なら、もうとっくに起きあがってもいいはずだ。


 が、何かそんな雰囲気じゃねぇ。


 何故かって?


「……ぇっ! ……ぇぅ、…………ぅぇっ、…………ぐずっ! …………ふぇぇ、…………ひっ! …………ぅぅぅ」


 まず第一に、貞子がめっちゃ泣いてる。


 声の位置からして、多分枕元にいるんじゃねぇかな? とにかく、そこで延々嗚咽(おえつ)を聞いている状態だ。


 俺が目を覚ましたら泣きやむんだろうが、起きあがった瞬間に騒ぎそうで、ちょっと…………。


 そうやって二の足を踏んでいたら、結局六時間も経っていた。まあ、問題はそれだけじゃねぇんだが。


「…………っ」


 第二に、残念先生が俺の手を握りながら、後悔してるっぽいため息を何度もこぼしている。


 …………重い。重すぎる。


 我がことながら、たかだか生徒一人が死にかけたくらいで、何をそこまでと思ってしまう。


 これが、生徒大好き病んでる属性か。担任と真逆すぎて、ちょっと甘く見ていたぜ。


「ちっ!」


 第三に、チビが定期的に舌打ちしていて、明らかにご機嫌斜めなこと。


 コイツ、俺が死にかけても勝負だ何だとほざいてた戦闘狂だろ?


 俺が目覚めた瞬間、襲いかかったりしねぇだろうな?


 冗談みたいな本気の懸念が頭をよぎり、ベッドから起きあがれる気がしねぇ。


「…………」


 最後に、会長からの気配が冷たすぎて動けない。


 三日前の殺気もそうだったが、会長の気配って物理的に影響あるんだよな。


 今は俺の足下にいるらしく、布団に包まれているはずの足はどんどん冷たくなっていく。


 まるで抜き身の刃みたいな気配を感じ続け、動いた瞬間切り捨てられそうな気がして、迂闊(うかつ)に行動できねぇ。


 な? どう考えても起きれる状況じゃねぇだろ?


 っつうか、俺まだバリバリ生きてんのに、ほぼお通夜じゃんこの空気。


 さすがの俺でも、この中で「おはよう。今日もいい天気だね。キラッ」みたいに起きる度胸はねぇ。


 ふざけたが最後、今度こそ息の根を止められそうだ。


「…………うぅ」


 だが、いつまでも寝ころんでいるわけにはいかねぇ。


 傷自体は治ってんだ。


世理完解(アカシックレコード)》の閲覧で、じっとしてても暇つぶしは出来るが、それだけしてても時間の無駄だしな。


 ようやく決心が固まり、とりあえず無難に苦しむ感じの声を出してみて、ゆっくり目を開けてみる。


「…………知らない天井だ」


 言葉に出さんが、正直、すまん。


 これだけはどうしても言ってみたかったんだ。


 テンプレシチュエーションを体感できるなんて、早々ねぇ経験だし。


 これが遺言になってもいいから、ふざけたかった。


 それが、俺の偽らざる本音だ。


「ぁ!」


「っ! 大丈夫ですか!?」


「ちょっとアンタ! 死んでないわよね!? 何とか言いなさいよ!!」


「…………よかった」


 すると、即座に各々(おのおの)から反応が上がる。


 視線を右に向ければ、目を真っ赤にしたホラー貞子降臨。とはいえ、前と比べりゃかわいく見えるのは、前髪が顔に張り付いていないせいだろう。


 左を見ると、さっきまでのため息が嘘のように明るい表情の残念先生。よかった、病んでない。それを確認できただけで、俺の心労の四割は減った。


 残念先生の隣にきたのは、チビ。必死の形相で俺に詰め寄ろうとするその手には、俺を撲殺(ぼくさつ)しようとした杖が。待て待て、その杖は置いておけ。


 んで、ベッドを挟んでチビの反対側にきたのは会長だ。さっきまでの気配が嘘のように、穏やかで優しい笑顔を浮かべている。これでようやく、俺の心労がゼロになった。


 でも、冷静に考えたら、どういう状況なんだ、これ?


 ちょっと死にかけただけで、数回出会っただけの美人美少女に囲まれて、中には泣くほど心配している奴もいる。


 俺の人生のどこから、こんなハーレム要素がぶっこまれたんだ?


 いや、実際はハーレムなんて甘いもんじゃねぇんだろうけどよ。


 会長は、以前暴言を吐きまくった俺に仕返しをする隙を(うかが)っており。


 チビは、俺との勝負で負けたという事実の払拭(ふっしょく)に執着しており。


 残念先生は、教師という強い自負から生徒(おれ)庇護(ひご)という使命を抱いており。


 貞子は、他三人に泣かされたという事実から俺に助けを求めている。


 (ふた)を開ければ、真相なんてこんなもんだろう。


 だって、なぁ?


 俺みたいな奴に、ハーレムが出来るような要素がどこにあるんだ?


 そもそも、スキルのおかげで小賢(こざか)しくなっただけの平凡男を、こんなS級美人たちが好きになるなんてありえねぇ。


 実はコイツら全員俺に()れてんじゃね? とか、俺の《奇跡》が十連続で成功するくらいの確率しかねぇ。


《神術思考》で演算もしてみた結果がそうなんだ、間違いねぇ。


 経験上、俺が調子に乗ればぜってぇろくな結果にならねぇんだから、そんな自惚(うぬぼ)(ドブ)に捨てちまった方が賢明だ。


「あ~、どうも、ご心配を、おかけしました?」


 気を取り直して。


 三日ほど声を出さなかったためか、ちょっと声が()れていたものの、とりあえず会長たちに感謝の言葉を伝えておく。


 台詞が疑問系なのは、俺自身が深刻じゃねぇのに、周囲がお通夜だったことへの戸惑いが強かったから。


 だって、やろうと思えば残念先生の【再生】なしでも、俺のスキルだけで怪我の治療は出来たからな。思考に余裕があったのも、助かる確信を持ってたからだし。


 そもそも、『日本人』である俺に【再生】が効きづらいのは当たり前だ。


 何せ、俺は魔力が『0(ない)』。


 俺にスキルを使用した時の様子から推測した予想だが、【再生】は残念先生の働きかけで発動するものの、怪我や病気の治療に関しては対象の魔力も消費する必要があるんだろう。


 つまり、【再生】は対象の魔力を活性化させて、自己治癒力を異常に高めることで治療を可能としている。


 そうした手法なのは、魔力は指紋みてぇに、各個人で質が若干異なることが原因だな。あ、これは本で覚えた常識な。


 残念先生の独力で回復させようとしても、魔力の質が異なる残念先生の魔力だけじゃ、【再生】対象にうまく馴染(なじ)まないはず。


 よって、【再生】を用いた怪我の治療では、対象の体組織に対象自身の魔力が含まれていないと難しい。


 この世界にゃ魔力を持つ人間ばかりだから普通は問題ですらねぇんだろうが、【再生】の治療メカニズムからして、魔力のない『日本人(おれ)』は完全な例外だ。


 魔力がねぇ体から壊れた組織を創りだし、その上で傷口の接合も残念先生の魔力で補おうとすれば、自然と治療過程も使用魔力も増えて治療速度は落ちる。


 加えて、魔力がない『日本人』の体は魔力を異物と判断する。そうした拒絶反応にも対処しようとすれば、さらに魔力や集中力を要するだろうよ。


 ダメ押しで、俺は肉体に魔力を蓄積出来なくなる性質のスキル《永久機関》を持っていた。


 ほぼ確実に、残念先生の【再生】に回された魔力は、俺の体に使用された瞬間から《永久機関》の流れに乗り、【再生】の効果がうまく発動しなかったんだろう。


 それでも効果があったのは、【再生】がユニークスキルだったが故。その他の治療系上級スキルなんかだったら、ほぼ間違いなく魔力の無駄遣いになってただろうな。


 ま、残念先生の行為が無駄だとは言わねぇ。俺が治療のためスキルを同時発動した時に、《永久機関》の動力源として残念先生の魔力を回せたから、俺の予想以上に回復が早かったんだからな。


 ちなみに、残念先生の介入がなければ俺はどうしていたかというと。


 まず地面を経由させて、その場にいた全ての人間に《同調》を付与する。


 俺が死にかけた時、『王城』全体が《同調》対象として登録されたから、余裕で可能だったはずだ。


 で、次に一斉に《神経支配》を発動して、俺が死んだ『幻覚』を全員に見せる。


 スキルの説明からして、LV1の《同調》と《神経支配》じゃ10%×10%=1%くらいしか他人の脳を支配できなかったはずだが、1%ありゃ視覚くらい誤魔化(ごまか)せっだろ。最悪、《限界超越》でスキルの補正も上げられたし。


 それ以外にも、千人強もの人間に『幻覚』を見せるのはかなりの負担だっただろうが、《神術思考》のサポートがあれば可能だと踏んだ。


 んで、その間に本体の俺はさっきと同じ要領で《永久機関》を使い、じっくりと怪我の治療に専念すればいい。


 ただし、隠れた後で《同調》がまだの奴に俺の姿を見られたら、偽装工作はバレたかもしれねぇが、おそらく平気だっただろう。


『異世界人』だったら俺という同郷の人間が死んだ訓練場なんて、二度と使いたいとは思わねぇだろうから、自然と寄りつかなくなる。


 イガルト人でも、表面上は『異世界人』に配慮して、この訓練場はしばらく閉鎖するはずだ。もし誰かきたとしても、《生体感知》であらかじめ気配に気づいていれば、《同調》を仕込んで俺を認識させなくすることはできる。


 後は俺が回復するまでのんびりと待って、怪我が治れば城からこっそり脱出もできるかも? って思ってたんだがな。


 結果はこの通りだよ。


「……ふぇっ! っ~~~~!」


 人生ってのはままならねぇなぁ、なんて思っていると、貞子の涙腺がまた決壊した。


 抱きつかんばかりに、ってか実際布団から出てた俺の右腕に抱きついた貞子は、俺の体に顔を(うず)めて泣き声を殺している。


「よかった……、ほんとうにっ、よかった…………っ!」


 残念先生は両手で包み込むように握っていた俺の左手にさらに力を込め、万感の思いを口から吐き出した。


 いやいや大げさな、って言葉はさすがに野暮だし、無言を貫く。


「ばっ!? だ、だれがアンタの心配なんてしたってのよ!! アタシはただ、勝負を反故(ほご)にされたくなかっただけなんだから!! それだけなんだからねっ!!」


 チビよ、お前はさっきからそればっかりなんだな。


 今やったら確実に負けるだろうし、一生勝負なんて受けてやんねぇ。


「具合は如何(いかが)ですか? 怪我そのものは塞がった、と連絡を受けたものですから、急いでこちらへ(うかが)ったのですけれど?」


 うん、会長とチビが六時間前に同時で来てたの知ってる。


 ずっと俺についてた残念先生と貞子以外のアンタらが、この三日間定期的に顔を出しに来てたのも知ってる。


「……大丈夫、みたいっす。痛みも、ありませんし、喉が、ガラガラなこと、くらいっすかね」


「ぁ! …………ぉ、みず……っ!」


 会長に乾いた笑みを浮かべて返答すると、即座に反応したのは意外にも貞子だった。


 ばっ! と顔を上げたかと思うと、至近距離の俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声量で言葉を絞り出し、突如(とつじょ)出現したコップを持って差し出してきた。


 中にはなみなみと注がれた、綺麗な水。


 多分、前説明した【結界】の転移能力で呼び寄せたんだろうが、どっから引っ張ってきたんだ、それ?


「あー、サンキュ」


 疑問は尽きねぇが、細けぇことは後回しで、貞子が離れてフリーになった右手でコップを受け取る。


 ずっと寝てばっかだったからか、筋肉が動かしづらいな。


「ん……、本当に、体調は大丈夫ですか? 無理をしてはいませんか?」


「大丈夫ですよ。こんなことで嘘を吐いたりしませんって」


 こっそり涙を拭ったらしい残念先生の確認に、水をチビチビ飲みながら苦笑を浮かべながら返した。


 それよりも、未だにがっちりホールドされている左手を解放してほしい。気持ちが重いから。


「どうだか。アンタは口先だけは達者だから、信用ならないのよね」


 しかし、チビは腕組みをして疑念丸出しの視線を俺に送ってくる。


 俺の日頃の行いが悪いとは言え、それはねぇだろチビスケ。


「……一理ありますね。では、私たちが大丈夫だと判断するまで、交代で見張る、というのはどうでしょうか?」


 え? 会長もチビスケと同じ意見なの?


 しかも、全員納得して頷いたぞ、おい?


 コイツらの俺に対する認識って、一体?


「というわけで、まだ大人しくていて下さいね?」


「いや、俺は本当に大丈夫っすから、」


「い・い・で・す・ね?」


「…………はい」


 背筋が凍り付く気配を感じ、俺は渋々頷いた。


 くどいようだけど、会長の殺気は寒くて怖ぇんだよ!!


 怪我人相手に向けるもんじゃねぇって、絶対!!


「なら、最初は私が()ますので、皆さんはどうぞ休んでいて下さい。長時間の看護で、さぞお疲れでしょう?」


「その言葉、そのままそっくりお返しするわ。アタシがコイツを見張ってるから、アンタたちこそ出て行きなさいよ」


「いえ、ここは引き続き、【再生】のスキルを持つ私が残るべきでしょう。容態が急変しても、私ならば対処できるでしょうから」


「…………っ!」


 仕方ねぇ、ゆっくり休むか、と思ったのも(つか)の間。


 今度は監視役の立候補で()めだした。


 会長は背後に龍を背負った笑顔で。


 チビは虎を彷彿(ほうふつ)とさせる厳しい眼光で。


 残念先生は猛禽(もうきん)類のような目をした真顔で。


 貞子は他三人と視線を合わせながら俺の右腕を抱え込んで亀のように動かねぇ。


 何だこれ?


 俺の頭上で、四人の見えない視線がぶつかり、火花が激しく散っている。


『…………』


 沈黙。


 ひたすら無言。


 誰も(ゆず)らねぇし、この部屋から出て行く素振りもねぇ。


 どうしよう、全然心休まらない。


 何を争ってんのかは不明だが、すっごい迷惑。


 でも、直接口にすれば、また殺気が飛んでくるかもしんねぇし…………。


 俺の内心など(つゆ)知らず、会長たちはその状態で一時間も睨み合ったまま動かなかった。


 ようやく(ほこ)を収めたのも自発的な終息ではなく、様子を見に来たイガルト人のメイドが仲裁に入ったからだ。アイツがいなきゃ、いつまでもああしていたに違いねぇ。


 王城にいるイガルト人に心から感謝したのは、後にも先にもこの一件が最初で最後だった。




====================

名前:平渚

LV:1

種族:日本人▼

適正職業:なし

状態:精神疲労


生命力:1/1

魔力:0/0


筋力:1

耐久力:1

知力:1

俊敏:1

運:1


保有スキル

【普通(OFF)】

《限界超越LV10》《機構(ステータス)干渉LV1》《奇跡LV10》《明鏡止水LV1》《神術思考LV1》《世理完解(アカシックレコード)LV1》《魂蝕欺瞞(こんしょくぎまん)LV1》《神経支配LV1》《精神支配LV1》《永久機関LV1》《生体感知LV1》《同調LV1》

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